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Wantedly RecSys 2022 参加レポート② - 心理学に基づいた推薦システム

こんにちは、ウォンテッドリーでデータサイエンティストをしている樋口です。この記事では、先週のRecSys2022で聴講した心理学に基づいた推薦システムに関する発表を紹介します。

明日以降も順次、社内のメンバーがブログを投稿するのでぜひご覧いただけたらと思います!

Wantedly RecSys 2022 参加レポート① - Wantedly データサイエンスチームで RecSys 2022 にオンライン参加しました | Wantedly Engineer Blog
こんにちは。ウォンテッドリーでデータサイエンティストをしている合田です。 この度ウォンテッドリーのデータサイエンスチームで推薦システムの国際会議である RecSys に聴講参加してきたので、その参加報告を行いたいと思います。データサイエンスチームの RecSys への参加は通算3回目となり、チームの恒例イベントになってきました。過去の参加報告は 2021年参加レポート、 2020年参加レポート をご覧ください。 RecSys2022 は2022年9月18日から23日にかけてアメリカのシアトルの会場とオンラ
https://www.wantedly.com/companies/wantedly/post_articles/434552


推薦システムに心理学を組み込む意義

本稿では、心理学に基づいた推薦システムについて紹介します。そもそも、なぜ推薦システムに心理学という異なる分野の学問を組み込む必要があるのでしょうか。

それは、推薦システムは ”複数の候補から価値のあるものを選び出し、意思決定を支援するシステム*”であるためです。
* 推薦システム実践入門 P2 より引用

人間の意思決定はその人の性格・取り巻く環境・感情など様々な要因によって左右されます。

従来の多くの推薦システムは行動データやユーザの入力情報からユーザの嗜好をモデル化し、その嗜好に沿ったコンテンツを提供してきました。

より人間の嗜好を深く捉えて意思決定を支援する推薦システムを作るには、従来のデータドリブンな手法に、人の意思決定やそのもととなる嗜好や行動を形成する根本的な心理的メカニズムを解明する心理学の知識を加えることが効果的と言えるでしょう。

また、RecSysにおいても、Call for Papersに

We welcome new research on recommendation technologies coming from diverse communities ranging from psychology to mathematics.

https://recsys.acm.org/recsys22/call/

と書いてあるように、心理学や数学といった異なる学問から行われる推薦システムの研究を歓迎しています。

Psychology-informed Recommender Systems

以降では、9/18に発表された"Psychology-informed Recommender Systems”というTutorialをもとに、心理学に基づいた推薦システムについて紹介します。

なお、本文中のスライドはすべて、16th ACM Conference on Recommender Systems 2022: presentation slides から引用させていただいております。

Tutorialでは、心理学に基づいた推薦システム(PIRS)を以下のように3つに分類していたため、本稿でもこれに沿って紹介できればと思います。

  • Cognition-inspired RecSys (認知に基づいた推薦システム)
  • Personality-aware RecSys (パーソナリティを考慮した推薦システム)
  • Affect-aware RecSys (感情を考慮した推薦システム)


Cognition-inspired Recommender Systems

まずCognition-inspired RecSys (認知に基づいた推薦システム)について紹介します。

認知とは、経験や学習から得た知識の集合や、知覚をもとに情報を処理する能力です。この認知をモデル化し、人間の振る舞いを理解/説明/予測する学問こそが認知学です。Cognition-inspired RecSysの分野ではこの認知学を推薦システムに組み込むことで、よりユーザの振る舞いに沿った推薦をできるように取り組んでいます。

発表では、Cognition-inspired RecSysを"Stereotypes, Memory Models, Case-based Reasoning, Attention, Competence"の小ジャンルに分けて説明していましたが、ここでは記憶(Memory), 注意(Attention)に絞ってそれぞれ紹介します。

記憶(Memory)

記憶は、情報の保存・検索能力であり、人間の問題解決・注意・意思決定・知覚における中心的な役割を果たします。また、sensory, short, longで分類され、過去には多くのモデル化がなされています。(図はAtkinson and Shiffrin model)

Ref: https://www.wikiwand.com/en/Information_processing_theory


記憶は、情報を受け取り、文脈に応じた探索を可能に変化するEncoding、エンコードされた情報を後で使えるようにするStrorage、必要な状況に応じて情報をリカバーするRetrieveの処理を行き来して保存・利用がなされます。

また、最初と最後に受けた刺激を強く途中の刺激は弱く保存する、時間経過で徐々に損失する(Ebbinghaus Curve)、複数回刺激を受けると長期保存するといった性質を持つことがわかっています。

このような性質やモデル化を組み込んだ推薦システムには以下のようなものがあります。

1つめは、協調フィルタリングに時間経過による記憶の損失を組み込んだ手法です。
こちらは、協調フィルタリングのスコアリングに記憶の忘却をモデル化したEbbinghaus Curveでweightをかけることで、人が記憶を徐々に忘れること、興味が遷移することを組み込んだシステムを実現しています。従来の手法に比べ、予測誤差が小さくなることが確認されています。

[Ren, 2015]: Ren L. A Time-Enhanced Collaborative Filtering Approach. In 2015 4th International Conference on Next Generation Computer and Information Technology (NGCIT) (pp. 7-10). IEEE, 2015.


2つめは映画のストリーミングサービスでUI上でユーザの記憶を補助した推薦システムです。
こちらは、ショートリストの形でユーザがインタラクションした映画をUI上に保持することでユーザの短期記憶をサポートすることを提案しています。

こちらの論文では、ジャンルやスター数でフィルタリングされた映画一覧のカルーセルを表示するUIとそのカルーセルに加え、ユーザーが過去に閲覧したコンテンツをショートリストとして表示するUIとの比較を行っています。

ユーザーが過去に閲覧したコンテンツをショートリストとして表示するUIは、カルーセルのみのUIに比べ、より多くのフィードバック、学習データが得られるようになりました。また、このショートリストを提示することで意思決定の質、エンゲージメントの観点からユーザーの満足度を向上したことが確認されています。

[Schnabel et al., 2016]: Schnabel T, Bennett PN, Dumais ST, Joachims T. Using shortlists to support decision making and improve recommender system performance. In Proceedings of the 25th International Conference on World Wide Web 2016 Apr 11 (pp. 987-997).


注意(Attention)

注意(Attention)は、散らかった環境中の情報を選択的に処理する機構のことを指します。

自然言語処理の分野では、CNNやRNNなどの従来のネットワークを用いず、系列のどの部分を注視するかという情報を保持するAttentionブロックで構成された、Transformerというアーキテクチャが様々なタスクでState-of-the-Artを達成しています。

このようにAttentionは別の分野の深層学習でも役に立っていますが、認知学における注意に根付いた研究はあまりなされてないようです。

認知学においては、注意を多層ネットワークから構築されるSUSTAIN (Love, B. C., Medin, D. L., & Gureckis, T. M. (2004). SUSTAIN: A Network Model of Category Learning. Psychological Review, 111(2), 309–332. https://doi.org/10.1037/0033-295X.111.2.309) と呼ばれるアーキテクチャでモデリングする研究等がありました。このSUSTAINと協調フィルタリングを組み合わせ、ユーザの現在の注意に沿ったアイテムを推薦する推薦システムなどが提案されています。

Paul Seitlinger, Dominik Kowald, Simone Kopeinik, Ilire Hasani-Mavriqi, Elisabeth Lex, and Tobias Ley. 2015. Attention Please! A Hybrid Resource Recommender Mimicking Attention-Interpretation Dynamics. In Proceedings of the 24th International Conference on World Wide Web (WWW '15 Companion). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, 339–345. https://doi.org/10.1145/2740908.2743057


Personality-aware Recommender Systems

次にPersonality-aware Recommender Systems (パーソナリティを考慮した推薦システム)について紹介します。

推薦システムでパーソナリティを考慮するモチベーションには以下の2つがあります。

1つめはコールドスタート問題の緩和です。インタラクションベースの推薦システムでは、アイテムに対してあまりインタラクションしていない新規/復帰ユーザには精度高く推薦できない可能性が高いです。
ユーザの情報(ex. プロフィール)をもとにして、パーソナリティを同定し、似たパーソナリティを持つユーザが高く評価しているアイテムを推薦することができれば、サービス利用開始後の早いタイミングから質の高い推薦を提供することが出来ます。

2つめは、推薦システムのパーソナライズの深化です。例えば、多種のアイテムを探索したいようなパーソナリティを持つユーザか、いつものアイテムにインタラクションしたいユーザかを推定することができれば、推薦結果をそのユーザが好むダイバーシティに調整してリランクすることが出来ます。

このようなパーソナリティを考慮した推薦システムを構築するには、当然ですがユーザのパーソナリティをモデル化する必要があります。パーソナリティのモデル化にはOCEANや、Five Factor Model (McCrae, R R, and O P John. “An introduction to the five-factor model and its applications.” Journal of personality vol. 60,2 (1992): 175-215. doi:10.1111/j.1467-6494.1992.tb00970.x) と呼ばれるパーソナリティを構成する5要素にそれぞれ点数をつける手法が有名です(性格特性論ともいう)。

ユーザのパーソナリティごとに好みの推薦結果が異なることはいくつかの論文で言及されています。
例えば以下の研究では図のように、ユーザの性格特性(OCEAN)のスコアと、Diversityの程度には有意な相関があることを示しています。

[Chen et al., 2013]: Chen, L., Wu, W., He, L. How personality influences users' needs for recommendation diversity?. Proc. CHI Extended Abstracts 2013.

また、こちらはクラシックミュージックのジャンルとユーザのパーソナリティスコア(TIPI)に有意な相関があることを示しています。

[Schedl et al., 2018]: Schedl, M., Gómez, E., Trent, E.S., Tkalčič, M., Eghbal-Zadeh, H., Martorell, A. On the Interrelation between Listener Characteristics and the Perception of Emotions in Classical Orchestra Music, IEEE Transactions on Affective Computing, 9(4):507-525, 2018.

ユーザのパーソナリティを組み込んだ推薦システムにはSteamにおけるゲームの推薦が紹介されていました。

この論文では、ユーザ、アイテムの性格特性をそれぞれOCEANの5次元からなるベクトルで表現します。ユーザはソーシャルメディアのポストから、アイテムはそのゲームをプレイしたユーザのベクトルと、ゲームのレビューから推定しています。

推薦する際はユーザとアイテムのベクトルの類似度を以下のように取ることでスコアを付けています。

  • アイテムとユーザのコサイン類似度(S_user)
  • ユーザがプレイしたアイテムとアイテムのコサイン類似度(S_game)
  • 上記2つの線形和(S_hybrid)

63名のユーザ評価を行い、S_gameの類似度を使った推薦が最も良い精度であったとのことです。

[Yang and Huang, 2019]: Yang, H.-C., Huang, Z.-R. Mining personality traits from social messages for game recommender systems, Knowledge-Based Systems 165:157-168, 2019.


Affect-aware Recommender Systems

最後にAffect-aware RecSys (感情を考慮した推薦システム)について紹介します。Tutorialでは強く短い刺激である情緒(Emotion)と弱く長い刺激であるムード(Mood)に分けて説明しています。

このAffect-aware RecSysは他のCognition-inspired RecSysやPersonality-aware RecSysに比べて研究があまりないとのことです。特にEmotionは短い刺激でありリアルタイムに正確に計測するのが難しく、推薦システムに組みづらいのではないでしょうか。

Affect-aware RecSysの実例としては、興味のある場所(place-of-interest, PoI)を選択すると、その場所に沿った音楽(track)を推薦するシステムが紹介されていました。

こちらの手法では、PoIはWeb調査のアノテーション結果から、trackは自動タグとユーザのアノテーション結果から24次元の感情カテゴリベクトルで表現します。

推薦する際はこのPoIとtrackのベクトルの類似度を以下のように取ることでスコアを付けています。

  • 感情ベクトルのジャッカード類似度(auto-tag-based)
  • DBpediaのKnowleadge-base graphにおけるPoIとtrackの距離(Knowledge-based)
  • 上記2つのランキングのアグリゲーション(Hybrid)

この論文では58名のユーザを使って評価を行ったところ、感情ベースとknowledge-base graphを併用したHybrid手法が最も良い精度となったとのことです。

[Kaminskas et al., 2013]: Kaminskas, M., Ricci, F., Schedl, M. Location-aware music recommendation using auto-tagging and hybrid matching, Proc. ACM RecSys, 17-24, 2013.


今後の展望

最後に、心理学に基づいた推薦システムの今後の展望について紹介します。

まず、上記のような研究によって、人間の記憶プロセスなど一部の認知機能とユーザの行動には強い関連性があることがわかりました。このような認知機能をうまく組み込むことでよりユーザの記憶を支援したり、注意をひくような推薦システムを開発することができそうです。

ただしこれまで研究されてきたものは、標準的な協調フィルタリングのメトリクスに係数をかけるものや、コンテンツベースとパーソナリティベクトルの類似度を取るといった比較的シンプルな手法の物が多いです。DeepLearningや協調フィルタリングと認知やパーソナリティをうまく統合するにはより一層の研究が必要と述べています。

また、パーソナリティやユーザの気分・感情といった情報は非常にセンシティブな情報であります。実用化する際には、ユーザが推薦システムに嫌悪感を抱かないように、プライバシーに配慮しつつ、これらの情報を検出、処理するような推薦システムが今後必要になってくるでしょう。

まとめ

駆け足でありますが、心理学に基づいた推薦システムについて紹介させていただきました。

Wantedlyでは仕事でココロオドル人を増やすために、ユーザが理想のシゴトが見つけられる推薦システムの開発に日々、取り組んでいます。

仕事探しは、ユーザにとって非常に感情を動かされる上に、人生の転記となる大きなイベントであると考えています。また理想のシゴトは、ユーザのパーソナリティによって全く異なるでしょう。今回の発表のような感情やパーソナリティを組み込んだ推薦システムをWantedlyに導入出来れば、よりユーザの体験を向上できるのでは、と想像を膨らませて聴講していました。

WantedlyはシゴトにおけるWhyを大切にしているプラットフォームです。募集にもなぜやるのか?や、ユーザのProfileにもこの先やってみたいことはなにか?を詳しく書くことが出来ます。もちろんプライバシーの問題もあるので慎重に進めるべきではあると思いますが、こういったリッチで非定型な情報からパーソナリティを理解し、よりユーザにとって理想のシゴトに出会えるような推薦システムを作れるようにしていきたいと思います。

今後とも今回のような学会参加などによるインプットと、勉強会や開発などのアウトプットの両輪で推薦システムの改善に邁進していきます。

少しでも興味を持っていただけたら是非「話を聞きに行きたい」ボタンを押して、おはなしできたら幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました!

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