2022年3月。Wantedlyのプロダクトデザインチームに、強力な助っ人がジョインした。経験豊富なデザインストラテジスト・倉光美和だ。
ゲームのUIデザイナーからキャリアをスタート。3社目のクックパッドではアプリの新機能開発やUIデザインに携わった後、30人規模の全社デザイン組織を横断的にマネジメントするデザインストラテジストに。この4月には、自身のデザインスタジオ 「KRAFTS&Co.」を立ち上げ、プロダクトデザインと企業のデザイン組織づくりに携わっている。Wantedlyでは、外部の立場からプロダクトデザイナーの成長を支援し、チームマネジメントの一端を担っていただいている形だ。
ここ数年、業界内でも活発に議論されている「デザイン組織」というテーマに対し、倉光はどのようにアプローチしているのか。SNS上で話題のトレーニング手法「#アプリ模写100本ノック」が生まれたきっかけとは?Wantedly参画の経緯とともに、デザイナーのキャリア構築とデザイン組織のマネジメントに役立つヒントをお届けする。
<編集・写真:後藤あゆみ / 執筆:藤田マリ子>
マネジメントもデザインも、「仕組みづくり」である
ーーまず、これまでのキャリアについて教えてください。
倉光:新卒でゲームの開発会社に入社し、グラフィックデザイナーからキャリアを始めました。大学ではエディトリアルデザインを専攻していたんですが、就職活動のタイミングではゲーム業界が面白そうだなと感じて。カプコンの「逆転裁判」シリーズなど、いくつかの家庭用ゲームタイトルのUIデザインを担当していました。
その後はクックパッドに転職しまして、最初の頃はアプリのUIデザイン、後半はデザインシステム構築やチームマネジメントを担当させてもらい、今年の4月に独立しました。Wantedlyには、会社設立を準備していた3月頃から関わっています。
ーーゲーム業界からクックパッドへの転身。少し珍しいような気もしますが、どのようなお考えのもと転職されたのでしょうか?
倉光:ゲームの開発中、ユーザビリティテストやユーザー調査を進める中で、UXデザインという概念に出会って。それまでも無意識的にやっていたことではあったものの、改めてその概念を認識し直したときに、もっと突き詰めてみたいなと思ったんです。
また、その後のキャリアを考える中で、次は生活者の日常的な課題を解決するサービスに携わってみたいと思うようになり、クックパッドに入社しました。
ーークックパッドでは、1デザイナーからマネージャーへと転身し、最後は30人のチームを統括されていたとのことですが、マネジメントに携わる中での難しさや葛藤はありませんでしたか?
倉光:もともと私は「仕組みをつくる」のが楽しくてUIデザインをやっていたんですが、それはマネジメントや組織のデザインでも同じだと思っていて。
プロダクトのUIをつくるときは、必ず対象となるユーザーの方たちがいて、その人たちがどんな生活をしていて、このプロダクトを使うことで人生がどう変わるか、といったことを考えながらデザインしますよね。
「UIを通じて人に接するか、直接人に接するか」という違いはありますけど、「仕組みをつくって、“関係性”を円滑にする」という部分は、UIデザインもマネジメントも同じ。UIデザインで学んだことを、そのままマネジメントに応用していくような感覚だったので、葛藤とかはあまりなかったですね。
ーークックパッドでは、どんな仕組みづくりに取り組まれたのでしょうか?
倉光:経験豊富なシニアデザイナーとの対話を通じて自身のキャリアデザインを考えられる制度「師匠制度」をつくりました。
この制度の特徴は、メンバーが自分のパートナーになる師匠を指名できる点です。それまで1on1の組み合わせは、メンバーそれぞれのスキルタイプに応じて私の方で決めていたんですが、どうも形骸化してしまっている印象があって。あるとき、「マネージャーがスキルタイプを決めちゃうの?それって、メンバーの成長可能性を奪っていない?」と言われたことがきっかけで、思い切って直接指名制にしてみたんです。
すると、自分で相手を選ぶことで、メンバーはより積極的に1on1の機会を活かそうとしてくれるようになりました。一方、教える側のシニアデザイナーには、1対1の関係性の中で「あなたと共に考えたい」と言われることにより、後輩と接することへの健全なモチベーションが生まれたように思います。もう4期目になりますが、現在のデザイナー統括マネージャーがアップデートしながら、いまでも使われ続けているそうです。
ーーなるほど。チームの人数が多くなっても、その中に1対1の関係性をつくっていくというのは、1つポイントな気がしますね。
倉光:そうですね。デジタルプロダクトのデザイナーって、まだまだ人数が少ないこともあって、キャリアに悩んだ時に相談できる人が少ないんです。特に事業会社だと、新卒デザイナーの同期が1人もいないということも少なくなくて、業界の一般的な成長水準に対して自分がどのくらい成長できているのか、皆さん気にされているんですよね。
なので、会社やプロジェクトの状況を抜きにして、キャリアのことをフラットに相談できる、自分より少し先を行く先輩がいたらいいなと思ったんです。
事例を“型”に落とし込み、デザイン組織の課題に総合的に対処する
ーー独立して新しく立ち上げられたKRAFTS&Co.では、どんなことをやられているのでしょうか?
倉光:toC向けデジタルプロダクトの「プロダクトデザイン」と、それを生み出す組織の「デザインマネジメント」の2軸で活動しています。やはりユーザーの生活に関わるプロダクトが好きで、「toC」というのは1つの軸にしています。
デザインマネジメントの領域では、企業のデザイン組織づくりを支援しています。どのような内容の支援を行うかは、企業のフェーズや状況によって異なります。Wantedlyの場合はデザイナーの育成支援ですが、採用部分をメインで支援させていただくこともありますし、プロダクトのデザインマネジメントという観点だと、ノンデザイナーでもオンボーディングできるようなデザインシステムやオペレーションの構築を支援する場合もあります。
ーーデザイン組織づくりは、ここ数年特に関心が寄せられているテーマでもあると思うのですが、この領域を事業にしようと思ったきっかけなどはあったのでしょうか?
倉光:昨年より、Designship Doというデザインスクールで、チームマネジメントという授業の講師をさせていただいているんですが、リードデザイナーの方々のうち、ピープルマネジメントに苦手意識を持っている方は少なくないようです。プレイヤーとして優秀なデザイナーから、他のメンバーからも信頼を集めてリーダーになるケースは多いと思うんですが、そうしたデザイナーが、改めてプロジェクトやチームのマネジメントについて学び直す機会って、実は全然ないんですよね。
さらに、組織やマネジメントに関する課題の中には、知識やスキルだけでは解決できない「適応課題」が多く存在します。自分も組織の中に入り、継続的に支援していく必要があります。
一方、私の方では、いくつかの経験から頻繁に発生する問題のパターンが見え始めていて。さまざな企業の中に入り、問題解決をお手伝いさせていただくことで、事例を収集し、ちゃんとした問題解決の“型”に落とし込めるのではないかと思っています。
外部からの成長支援は、お互いの理解と信頼関係構築から
ーーWantedlyには、どのような経緯で参画されたのでしょうか?
倉光:独立して法人設立を準備していたときに、共通の知人経由でCTOの川崎さんからお声がけいただきました。Wantedlyでは、組織改編によりデザイン部門もCTOが管轄することになったのですが、デザイナー視点でメンバーの成長をサポートしてほしいとのことで、プロダクトデザインチームのマネジメントをお手伝いさせていただくことになりました。
個人的には、クックパッドにいた頃から、デザインチームによる発信や「Wantedly Culture Book」などのクリエイティブを拝見しており、小規模ながら高品質なデザインを生み出し続けているWantedlyの開発体制に興味を持っていました。
ーーWantedlyでは、どんなことをやられているのでしょうか?
倉光:現在は、プロダクトチームのデザイナーたち3人と、それぞれ個別に1on1を進めています。まずはメンバーたちのことを知らないと、具体的な提案もできないので、「どんなデザインが好き?」「今後のキャリアではどんなことをやりたいの?」といったことをヒアリングしながら、お互いを理解することからスタートしました。
その後は、設定してもらった目標の達成方法を一緒に検討したり、プロジェクトや個人的なキャリアに関する相談を受けたり、その内容をふまえて「こんなことをやってみたらどう?」と提案したり、という感じで進めています。
ーー「1on1をどうやって行うか?」は、デザイン組織に限らず、マネージャーが共通して抱えている悩みだと思うのですが、工夫されていることなどはありますか?
倉光:まず、お互いが率直にものを言える空間である必要はありますよね。特にWantedlyの場合、最初は私も組織のことを深く理解しているわけではなかったので、メンバーとの信頼構築ができなければ、成長支援にはつながらないだろうと思っていました。
その上で、初回セッションの際に「この時間を活かすも、無為に過ごすも、私たち次第。双方に責任がある」ということをお話しし、「事前に話したいテーマをドキュメントにまとめてくる」というルールを設定しました。
メンバーには、「進めているデザインについてレビューしてほしい」「こうしたスキルを身につけたいと思っているが、どうやって勉強したらいいか」といった相談内容を事前に書いてきてもらい、私の方でも聞きたいことがあれば書くようにしています。
ーー1on1の目的の確認と、ルールの設定は大事ですね。1on1を始めてから、感じている手応えや変化はありますか?
倉光:最初はお互い手探り状態だったのですが、1on1を通じて徐々に個々の強みや伸びしろが見え始め、どこから手をつけていくべきかがわかってきました。また、最初の頃のセッションで設定した目標を達成して、次の課題に移っている人もおり、着実に前進している感覚はあります。
▶︎ 1on1に参加しているスタッフの声
【スタッフの声① Nishiya】
プロダクトデザインチームのリーダーになってからまだ半年ですが、倉光さんとの1on1を始めてから、自信を持ってリーダーとしての行動を起こせるようになりました。
倉光さんとの1on1では、リーダーとしての役割ややるべきことを中心に話しています。「そもそも、リーダーの責務ってなんだっけ?」ということから、メンバーの育成・評価や採用の話まで、自分なりに整理した課題を共有し、それに対するフィードバックをいただいています。
「こういう事例がある」「こういう理由で、こうした方がいいかも」といった、ご自身の経験に基づく具体的なフィードバックをいただきつつ、「それをふまえて自分はどうするか?」という意思決定をお手伝いいただくことで、インプットが増えて視野が広がり、チームや自分にとってよりよい選択ができているように感じます。
また、チーム全体にも活気が生まれており、本当に助かっています。
【スタッフの声② Takemura】
初回の1on1では、自身の目標と課題に対して、適切な目標設定のアイデアを提示してもらい、そのためのスキルアッププロセスもわかりやすく分解して指導していただきました。
その後の1on1でも、実践中の課題に対してのレビューや壁打ちをいただき、都度軌道修正しながら、3ヶ月経った今では、目に見えて目標へ近づいていると感じています。
【スタッフの声③ Tanaka】
倉光さんと1on1を通して、自分の立ち位置がわかるようになったと感じています。何が出来ていて、何が課題なのかを整理し、それに対する解決策を提案していただきました。
中でも特に成長を感じているのは、メンバーとのコミュニケーションの部分です。「施策内で戦略を立てられるようになる」という目的のもと、どんな施策でもユーザーストーリーシートを作成することを心がけるようになったことで、自分の思考整理され、チームメンバーに対して何がしたいのか簡潔に伝えられるようになりました。
それ以外の課題についても、客観的かつ高い視座からのアドバイスをいただくことで、都度軌道修正しながら確実に解決に向かうことができており、助かっています。
話題の「#アプリ模写100本ノック」はこうして生まれた
#アプリ模写100本ノック・詳細 https://note.com/hebereke/n/n7b3d8b5e50b8
ーー倉光さんがやられている「#アプリ模写100本ノック」。ユニークな取り組みだなと思ったのですが、こちらはどのような経緯で始まったのでしょうか?
倉光:アプリUIの模写は、もともとは5年前くらいに私がクックパッドで新機能のUIを考えていたときに、「デザインパターンをインプットしたい」と思って、やっていたものです。
当時は自分でやっていただけなので、特に言語化とかはしていなかったんですが、Wantedlyのメンバーから、「アイデアの引き出しを圧倒的に増やしたい」という相談を受け、じゃあこれをやってみようかとフレームワーク化しました。1on1で一緒に取り組んで、生まれたアウトプットをSNSにあげてみたところ、思いのほか反響がありまして。「やり方を知りたい」という人がけっこういたので、noteで詳しいやり方を公開したという流れです。
ーー こちらも1on1から生まれたものだったんですね!
倉光:そうですね。「アイデアの引き出しを増やしたい」という相談がなければ、わざわざ言語化したり、noteを書いたりもしなかったと思うので、若手のデザイナーとのコミュニケーションを通じて、私自身もよいアウトプットの機会をもらっていると感じます。
また、他の会社の方から「うちのデザイン会でやってみました」とご連絡いただいたり、SNSを見ていると、20本、30本と継続してくれている人もけっこういて。結果的にWantedlyだけではなく、他の組織や個人の方にも役立つ情報を提供できたのはよかったですね。
ーー20本達成した人に対しては、デザインレビューの依頼も受けられているんですね。忙しい中でも後進の育成に力を入れるモチベーションは、どこから来ているのでしょうか?
倉光:実は自分が学生のころに、思い切って社会人のデザイナーさんにコンタクトをとったら無視されたことがあって、すごいショックだったんですよね。そんなことで世の中のデザイナーが1人減るくらいだったら、私は無視しないでちゃんと向き合おうと思って。10代のエンジニアの方から「個人開発でサービスつくっているけれど、デザインが全然うまくいかないんです」といったDMをいただいたこともありますが、可能な範囲でレビューするようにしています。やっぱり、自らものをつくっている人は応援したいですしね。
あとは、デザイナーやデザイン組織の課題に関する事例収集という側面もあります。デザイナー個人のキャリアにおいても、初学者、一人前のデザイナー、リードデザイナーと、それぞれのフェーズにおいて、つまづくポイントにはある程度パターンがあるので。それらの課題を集合知的に解決できるのであれば、自分にシェアできることはシェアしながらやっていった方が、デザインする環境全体がよくなるんじゃないかと思っています。
ーー直接関わっている組織だけでなく、業界全体のことを考えて発信されているんですね……!Wantedlyや個人としての活動を通じて、どんなことを目指されているのでしょうか?
倉光:デザイナーも、そうじゃない人も、みんながワクワクしながら働けるような状態をつくりたいです。私自身はデザインがすごく楽しくて、ずっと部活動をやっているような感覚なんですけど、それぞれが自分の思う「ワクワクしながら働いている状態」を実現できたら、すごくいいなと思います。
Wantedlyでは、プロダクトデザインチーム・リーダーの西谷がいろいろ考えてくれているので、そこに対して筋の良さそうな打ち手を私も一緒に考えていきたいです。
ーー組織づくりの支援においては、自分でビジョンを示すのではなく、あくまでメンバーの挑戦を応援するというスタンスなんですね。
倉光:そうですね。どんな組織の支援に入る時でも、主役はその組織の人たちなので。その人たちが生き生きと働けるように、支援していきたいです。