プロダクトデザインの確かさを検証するためのプロトタイピングは「インタラクティブか/静的か」「最終UIに忠実か/忠実でないか」などの軸によって様々に分類でき、簡易なものではペーパープロトタイピングやWizard of Oz法などいくつかの方法が知られています。
これらの手法は主にユーザビリティ(使い勝手)の検証のために用いられますが、デザイン課題とはUIのユーザビリティに限定されるものではありません。プロダクトの持つ「意味=コンセプト」がユーザーにどう伝わるか、さらにはその意味の伝わり方によってユーザーの行動はどう変わるかといったコミュニケーションの道筋を設計することもまた、デザインの本質的な仕事です。
この記事では、Wantedlyのプロフィール画面リニューアルの際に行ったコンセプト検証について、一切の UI 表現を参照せず「対話」を通じてプロダクトのコミュニケーションを再現するという検証手法の解説とともに紹介します。
仮説:「意味のボトルネック」が存在している
β版としてクローズド公開された新プロフィール画面には、ユーザーが自分の価値を具体的に表現するための手段として「成果やプロジェクト」と呼ばれるコンテンツ入力欄が用意されていました。
しかしβ版の公開後にこのセクションに関して明らかになったのは、目に見えるアウトプットや成果といえる数字を社外に公表しづらいビジネス職・コーポレート職にとっては何を書けばいいかわからないという問題。
新しいプロフィールが掲げる「すべてのビジネスパーソンが自分の価値を表現できる場」というビジョンの通り、あらゆる職種のユーザーが日頃取り組んでいる仕事の価値を伝えられるようにするにはどうすればいいか。私たちの導いた仮説は、このセクションの意味づけ(コンセプト)を変えることにより上記の問題が解決されるということでした。
検証:プロダクトのコミュニケーションを対話で再現する
この仮説をもとに、私たちはすべてのユーザーがプロフィールを埋められるような「意味づけ」とはなにかについてアイデアの発散を行いました。そして、デザインチームの西谷(@NishaMe1024)が中心となって考案したのが「意思と行動によって自分自身を表現する場」というコンセプトでした。
問題は、私たちの意図通りにこのコンセプトがユーザーに届き、職種を問わずプロフィールを埋める一助となるかどうか。そこで意味を伝えるための「対話」を設計し、ユーザーテストを通じて検証していきます。
冒頭で述べたとおり私たちは今回、デザイン・プロトタイプを用意せずにこの検証を行いました。プロトタイプ作成の手間を省くリソース効率上の理由の他にも、まだユーザービリティについてテストするフェーズではないため、テスト参加者の関心を細かなUI表現に限定されないようにすることが狙いです。
UIを用いないコンセプト検証の手段として今回新しく考案したのが、ホワイトボード1枚で完結するような実際の対話形式での価値検証プロセスでした。この上なくシンプルな試みではありますが、検証の精度を上げるために対話の流れを以下のステップに沿って構造化した上で臨みました。
1.導入
まず「Wantedlyのプロフィールを自分の価値を誰かに伝えるものとして広げていくために、質問をしていくので答えてください」というようにテストの趣旨を伝えます。テスト参加者と目的を事前に共有することで、フィードバックの質を高めることが目的です。
2. 質問
続く質問ステップでは、「いまのチームに加わった時、『やってやるぞ!』と思ったことはありますか?」「今の役職で挑戦してみたいと思ったことはなんですか?」など、言葉を微妙に変えながらヒアリングを行います。
質問を重ねるうちに、「成果やプロジェクト」では答えづらいが「意気込みと実際の行動」だと問題なく答えられるようになるなど、意味の伝わり方によってテスト参加者の行動(答えられる・答えられない)に明確な差が生まれてきます。この差がユーザーのコンテンツ入力率を占う指標になるため、質問内容によってテスト参加者にためらいは生まれたかなど細かな観察をしました。
3. 記入
質問と並行するように、「意思と行動でその人のストーリーを綴る」というUXコンセプトに沿ってテスト参加者がコンテンツを生み出せるかどうかをホワイトボードを使って検証します。
この際にも、「この目的を達成するためにいま何をやっているかを書いてみてください」「その役割を全うするために具体的に行った施策はありますか?」など質問の粒度を細かく変えながら、対話の中で意味の伝わり方が記入行動にどのように影響するかをさらに深く探っていきました。
社内メンバーにヒアリングを行った際のホワイトボード
4. フィードバック
最後に、記入内容を振り返りながら「ホワイトボードに書く手が止まっていたときになにを考えていたか」「他の人の書いた内容も見てみたいと思うか」など、一連の体験への意見をテスト参加者から聞き出し、コンセプトが伝わりにくかった部分はどこにあったのかを具体的に洗い出していきました。
いくつかの課題が浮き彫りになったものの、全体としてテスト参加者の手応えは上々。元の画面では入力できないと言っていた人が新しい意味の枠組みの中では書けるようになることがわかり、対話を通じた生の反応によって新しいプロフィールの掲げるコンセプトに自信を持つことができました。
学び:コンセプトが行動を生み出す
今回紹介した手法の最大のメリットは、プロトタイプの作成コストがかからないこと。プロダクト上のコミュニケーションを対話で再現することにより、デザイン検証のリソースを抑えることができます。
さらにプロダクト・コミュニケーションの本質が対話を通じてクリアになった分、検証結果を最終的なUI表現に落とし込むための時間を短縮できるというメリットもあります。画面をひと通りつくった後の「やっぱり違う」がなくなることで無駄なくUIを最終形へと完成させることができました。
そして何より今回「対話」という手法を通じて得た最大の気づきは、デザインプロセスのうちもっとも抽象的な工程から最終的なアウトプットにいたるまで一気通貫する「意味」を見つけ出すことの重要性でした。
デザインプロセスにおける「コンセプト」の役割
多くのプロジェクトにおいて、コンセプトワークはキックオフの前後で行われる開発工程として扱われることが一般的です。しかし、はたしてコンセプトは”最初の工程”として定義されるだけで十分なのでしょうか?
作り手の頭の中にあるコンセプトが、最終的なデザインアウトプットを通じてどのようにユーザーに伝わるのか……. こうした〈内から外〉へと開かれる意味の道筋を完成させることこそデザインにおけるコンセプトワークの価値であると私たちは今回知ることがができました。
プロダクト・デザインにおける「対話」とは、作り手がプロダクトに込めた“新しい意味”をユーザーと共有可能な形に落とし込むために最適な手法なのだと私たちは考えます。これからも私たちは様々な対話を通じて、新しい意味の枠組みの中で行動変容を促すプロダクトをデザインしていきたいと思います。