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リモートワークが浸透した現在、業務の効率化などが進んだ一方で、就職や転職で新たに入社した人たちがいつまで経っても会社に馴染めないという問題が、さまざまな企業で浮上しています。
意欲を持って入社してきた人たちが、能力を発揮できないままに辞めてしまうケースもあるのは残念なこと。リモートでも会社に馴染んでもらうには、どのような「オンボーディング」のアップデートが必要なのでしょうか?
海外拠点で自身もフルリモートで働き、新入社員ともフルリモートで接する、デジタルエージェンシーTAMのオランダ法人「Tamsterdam」代表、飯島章嘉さんにお話を聞きました。
採用面接をワークショップに
―最近、Tamsterdamで同僚が増えたそうですね。
美大卒で前職はインハウスのデザイナーだった村松さんが転職してきました。入社したのはちょうど1年前、昨年の春です。日本在住なので東京のTAMに所属しながら、Tamsterdamの仕事をメインでやってもらっています。
―新入社員とリアルで会わないで仕事を始めることに不安はありましたか?
新しい仕事が完全リモートで始まるというのは、入社する本人も不安だろうなと思いましたが、こちらも正直不安はありました。ただ、クリアしないといけない難しさは他にもいろいろあったから、リモートだというのはその中の1つでしかなかったとも言えます。
例えば、村松さんは僕より10歳以上若いですし、僕がUXデザイナーなのに対して、彼女の経験はWebデザイナーだったので専門も微妙に違う。それにプラスして、オランダと日本の時差が7~8時間あるので、結構「無理ゲー」感がありましたね(笑)。
でも、たとえコロナがなかったとしても、海外拠点である以上どこかで「リモートの新入社員教育」をやらないといけないし、やるんだったら工夫して早く馴染んでもらえるように、真正面からやった感じです。
―新しい職場に慣れてもらうためにまず工夫したことは?
まずは、入社前の段階で働き方を体感してもらうために、採用面接をワークショップ型にしてみました。
エージェンシーの仕事というと、まず打ち合わせでクライアントの要件を聞き、企画制作を請け負って納品する、以前はそういう形だったと思うのですが、今は「Zoom」とか「Miro」を使ってディスカッションやコラボレーションをする、ワークショップ形式になってきていて。
コロナ禍のここ数年、リモートであってもそういう形でお客さんともうまく仕事を進められている実感があったので、「こんな働き方をしているよ」というのを体感してもらいたいと思ったんです。
それは社内での仕事の進め方も同じで、先輩が仕事を教えて、「これを明日までに作っておいてください」と頼んで、チェックして……というよりは、全部がコラボレーションのような形になっています。
だから面接も僕は、「志望動機はなんですか?」とか、「今までの経歴やポートフォリオを説明してください」ではなくて、「今やっている仕事で、ちょっと難しいと感じていることについてディスカッションしてみましょう」みたいなのをやりたかったんですね。
―そうすることで、飯島さんの仕事のことも知ってもらえるし、相手のことも理解できますね。
面接ってある意味「表の顔」っていうか。面接は面接で、ちゃんと自分のことを話せるとか、大事な点があるとは思うんですけど、なにより僕自身が就職活動のときに苦手だったんです、志望動機とかを言うのが。そんなに「御社の将来性に〜」とか思っていないし、「普通の話をしたいのにな」みたいな。
今の若い人は学生時代からインターンとかにも慣れているし。それなら「プチ仕事体験」じゃないですけど、一緒になにかをやってみるとか、考えてみるみたいなことをしたいな、と思いました。入社して一緒に働くのも、結局そういうことだと思いますし。
社内外で「知っている人」を増やす
―入社後、いよいよ「オンボーディング」の段階ではどんな工夫をされていますか?
基本的に今、3人チームみたいな感じで動いているんですけど、他のチームのディレクターやエンジニアをTamsterdamが主導する案件に招いたりして、なるべくいろんなチームの人と仕事をしてもらうようにしています。
デザイナー、エンジニア、プロジェクトマネジャー…… いろんなところに知り合いがいれば、なにか分からないことがあったときも、「Slack」などで相談しやすいですよね、「はじめまして」よりも。なにかを一緒にやったことがある人が社内に多いというのが大事かなと思います。
村松さんはTAMの東京オフィスにも結構出社しているみたいです。僕はまだリアルで会ったことないですが(笑)。かならずしも同じチームの人に会えるわけではなくても、そうやって最寄りのオフィスに出社して、社内のいろんな人と出会ったり、ランチに行ったりというのは、十分意味があると思います。僕としても、TAMに東京オフィスがあって、助けられてますね。
―所属にとらわれずに出社して仕事をするのは、今の時代にフィットしていて参考になりますね。
そうやっていろいろな人と協働する中で、自分でメンターやパートナーと呼べる関係の人を見つけてもらえれば、と思っています。それは社内だけではなく、外部のパートナーやクライアントも含めて。入社したてのころからオンラインミーティングはなるべく出てもらって、いろんな人と会ってもらうようにしています。
制作会社のデザイナーは特に、毎回ディレクターからなにか依頼され、デザインをして、それをディレクターに返して、エンジニアに説明して実装してもらって……みたいな、同じワークフローに偏りがち。もちろんそれも勉強としては大切なんですが、同じやりとりばかりずっとやっていても飽きちゃうかな、と思うし。
かつ、Tamsterdamみたいに人数が少ないチームだと、上司やディレクター役も毎回同じ人になってしまって、発見が得にくくなってしまうかな、とも
―「馴染む」のがオンボーディングの目的だと思っていましたが、いろんな人と出会うということは、逆に「馴染まない」ようにするとも言えますか?
そうですね。でも、社内にたくさん知っている人を作るという意味では、会社全体のカルチャーに馴染むこととも言えます。と同時に、同じ会社でもいろんな職種や考え方の人がいるので、その差分というか、距離感みたいなのも見えてくる。
アイデアやデザインというのは、抽象化と具象化の行ったり来たりだと思うんですが、同じ人と同じ仕事ばかりしてると、決まったレンジでものを見たり頭をつかうのに慣れてきて、抽象化ができにくくなる。いろんな人と出会ったり、いろんな出来事があるからこそ抽象化ができる。その切り替えができるほどクリエイティブな発見もできると思うんですよね。
コラボレーションツールをフル活用
―「フルリモート」で、新入社員の方との日々のコミュニケーションはどうしていますか?
まず、毎日定例のミーティングを、30分から1時間ぐらいZoomでやっています。その後はSlackでの非同期コミュニケーションをこまめにしています。
一応、仕事の終わりには日報のようなものを書いてもらって、僕はなるべく日本の翌朝までにフィードバックします。時差を活かした「書き置き」じゃないですけど(笑)。
フィードバックといっても、具体的な仕事のことが半分、残り半分はその話を題材にした雑談みたいな感じです。例えば、「今、つまづいていることと、僕が昔やったこの案件が近いアイデアかもしれない」とか、「最近話題になっている事例」とか……報告以上に僕がいっぱい書いてますね。
―リモートだとそうした非同期的なチャットは大事ですよね。ZoomやSlack以外にはどのようなツールを使っていますか?
Notion、Miro、Figmaといったツールはフル活用していますね。
Notionはデータベース性のあるメモ帳のようなツールなので、テキストが中心。Miroはオンラインホワイトボードで図的なやりとり、FigmaはUIデザインツールですが、どれも基本的にブラウザでアクセスして、コメントなどでコラボレーションできるクラウド型のツールです。
例えば、リサーチのやり方を学んでもらうために、Miroにレファレンスを集めてきて、そこにデザインのポイントをコメントしたり、それを見ながらZoomやSlackでディスカッションしたり。そのアウトプットをそのままクライアントに見せて提案したりもしています。
「オンボーディングのため」というより、日々の業務でオンラインで一緒に働くために使っているとも言えますね。
オンボーディング2.0の鍵は「インタラクティブ」
―オンボーディングで、他にも工夫していることはありますか?
村松さんに限らず、TAM全体で若手や新人の人たちが学べる環境として、Slack上でチャンネルを作って、なにか特定のテーマについて興味を持った人が半趣味的に学べる場にしています。
例えば、「Miroが好き」「Figmaが好き」とか、ツールを切り口として情報共有したり、それだけだと情報掲示板的になりそうなタイミングで、オンラインイベント的にミーティングをしたり。
「ワイヤーフレームの会」というSlackチャンネルでは、プロジェクトで作ったUIの構成案(ワイヤーフレーム)や、その後の完成デザインをMiroに貼ってもらって、それを見ながら事前にみんなで気づいたことをコメントして、オンラインミーティングで半分雑談みたいに話し合ったりしています。
僕が元々そういう「メイキング」「中間プロセスの共有」が好きなんですよね。仕事でやる「振り返り」とは別に、オンラインサロン的に(?)集まってやっています。
―なるほど。リモートの雑談もいろいろな人と関わるいい機会になりそうですね。
全部大事なのは「インタラクション」じゃないでしょうか。
この1年ぐらいいろんなツールを使って、同期・非同期で小刻みにやり取りして、お客さんともリモートで仕事ができる実感があったので、同じことを新入社員のオンボーディングでもやっているという感じです。
今の時代は、オンボーディングも「教える」「教わる」というよりは、「コラボレーション」じゃないかと思うんです。「教える」と思うと面倒な感じもしますが、それならこちらも発見や学びがあって、楽しいというのもあります。リモートで僕が実感したのは、一番大事なことはその相互作用の回数じゃないかな、ということですね。
Tamsterdam B.V. 代表 飯島章嘉
建築会社、Web制作会社を経て独立。大企業からスタートアップまで、Webサービスや業務アプリのUX/UI設計に多数携わる。2018年にオランダに渡り、現地法人Tamsterdamの代表として活動している。HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト。
[取材] 岡徳之 [構成] 山本直子