Author:大内 裕未(インターン)
DAOの思想をアナログで実装する
Loftwork Kyotoでインターンをしている大内です。私はWeb3領域におけるDAO(自律分散型組織)やコモンズといったテーマに関心を持ち、デジタル公共財と呼ばれるオープンソースソフトウェア、オープンデータなどの従来の市場経済の仕組みでは資金提供しにくいものに対して民主的に資金提供していくための理論や実践を伝えていくGreenPillというグローバルムーブメントの日本支部立ち上げや、複数のEthereumカンファレンスやDAOやコモンズにフォーカスしたミートアップへの参加、プロダクト開発などを通して学んできました。
伝統的なヒエラルキー構造のある組織形態に対して、よりフラットで民主的な形であるコミュニティやDAOなどの言葉に注目している方は多いのではないでしょうか。しかし、コミュニティの重要性や利点が多く語られる一方で、その弊害に目を向ける必要性も感じています。
コミュニティとは、共通の目的と価値観を共有する集団であり、社会的孤立を防ぎ、人々に居場所を提供する重要な役割を果たします。一方、その成立と維持のためには、管理者による積極的な介入と、参加者同士の活発なコミュニケーションが不可欠です。そのため、個人の自発性や積極性が強く求められます。しかし、そういったコミュニティは、新規の参加者や、コミュニケーションに消極的な参加者に対しては、ときに参加障壁が高く、排他的になってしまう場合があります。
一方、DAOは管理者の許可なく誰でも参加することができるという点でコミュニティというよりコモンズ的であると言えます。しかし、専門用語や高度なテクノロジーの説明が多いことによって、本質的な理解が妨げられているような印象があります。
そこで、DAOの基本となる、誰でも参加できるプロトコル*的なルールを設計することで、自律的でインクルーシブなエコシステムを作ることを目指して「生け花プロトコル」という企画を実施しました。
「生け花プロトコル」は、FabCafe Kyotoを舞台に、カフェのお会計後に好きな花を一輪選び、テーブルの上の花瓶に生けていただくという企画です。
本企画は、ブロックチェーン技術どころか、記録以外にデジタルテクノロジーを使用していませんが、「花を選び、花瓶に生ける」というシンプルなルールで誰でもFabCafe Kyotoのエコシステムに参加することができるという点で、DAOの思想を反映しています。
また、アナログな手法をとることで、軽やかな実装が可能になるとともに、テクノロジーを使用することにより発生しうる障壁を排除したことで、コラボレーションが物理空間で可視化され、参加方法とその結果の感覚的なわかりやすさにも繋がると考えました。
舞台となるFabCafe Kyotoには、コーヒーを飲みたい人、友人と会話できる場所を求めている人、仕事や作業ができる場所を求めている人、デジタル工作機器を利用したい人、様々な目的を持った人が訪れます。それぞれが自身の欲求を満たすために行動しながらも、同じ空間を共有しているというゆるやかな連帯感を育むことを目指して本企画を実施しました。
6/4(火)〜6/15(土)の2週間に渡る実験「生け花プロトコル」の様子をお届けします。
*プロトコル:インターネットでデータのやりとりを行うために定められた共通の規格やルールのことを指す言葉
コモンズによってインクルーシブな社会の実現を志向する
コミュニティという概念は多様に広がっていますが、その言葉をなんとなく使っている方も多いと感じています。
前述の通り、コミュニティの強化は、しばしば排他性を伴うことが無視されがちです。コミュニティが強固になるほど、その内部と外部の境界が明確になり、結果として流動性が下がり、同質的になり、包括性が失われることがあります。
一方、より開かれた協働を必要とするものとして、コモンズがあります。コモンズは、特定のコミュニティや人が私的に占有するものでもなく、公的な機関が管理するものでもありません。人々が参加し、関係しあうことで維持管理される共有資源であり、明確な管理者が存在せず、許可なく誰でも利用することができます。多様な人々に開かれているため、利用と維持管理に関わる人々の間には明確なルールが必要です。このルールは、コモンズの持続可能性のために重要であり、協働を促進する役割を果たします。
コモンズの最大の特徴は、誰も排除しないという点です。強固なコミュニティが内と外の境界を作り出すのに対して、コモンズは多様な参加を開き、境界をなめらかにすることができます。そのため、コモンズにおける協働(コモニング)は、インクルーシブな社会の形成に重要な要素であると考えています。
本企画では、FabCafe Kyotoをコモンズ空間と捉え、花を選んで生けるというルールを定めることで、誰でも参加できるインクルーシブな場にするとともに、同じ空間を共有する人々の間にゆるやかな連帯感を生み、居場所としての価値を高めることを試みました。
さらに、インクルーシブな社会を考える上で重要な概念として近年注目されるキーワードに「Plurality(多元性、複数性)」があります。厳密に定義することが難しい言葉ですが、広義には、多様な背景や価値観を持つ人々が互いに尊重し合いながら共存するための基本的な概念として捉えることができます。
デジタル民主主義の文脈でPluralityとは、マイクロソフトの研究員で経済学者であるGlen Weylと、台湾の元デジタル大臣であるAudrey Tangが提唱した概念で、「違いを超えて協力するためのテクノロジー」のことを指します。彼らは、社会的な違いや文化的な違いを認識し、尊重し、力を与えるテクノロジーを追求することで、民主主義社会を実現し、社会的分断を克服することができると主張しています。このムーブメントは、コモンズにおいて必要とされるような、多様な人々が参加し協力できる仕組みを、テクノロジーを通じて創出することを目指しています。そして、多様な人々間の協働を促進し、インクルージョンを達成するためのテクノロジーとして、ブロックチェーンに可能性を見出しています。
コミュニティとコモンズにおける人々の協働の形
コモンズのためのDAOと激弱インセンティブ
ブロックチェーンは管理者が不在で、分散的にデータを所有管理するためのテクノロジーです。ブロックチェーンプロトコルは誰でも自由にアクセスし、利用することができる、コモンズ的な性質をもっています。そしてDAOは、ルールに基づいたアクションが自動履行される仕組みが中心にあるとともに、トークンインセンティブを通じてコモンズの維持管理を促す動機づけができるため、コモンズの持続可能な管理に有効な手段となり得ます。
DAOとは、スマートコントラクト(ルールに基づき、ブロックチェーン上の取引や外部情報をきっかけに契約を自動的に実行するプログラム)と呼ばれるプロトコルが中心にあり、それに基づいて人々の行動が調整されている、そのエコシステムのことを指す言葉です。これにおいて人間は、人間の直接的な介入なしに、定められたルールに基づいて行動するため、参加者の綿密なコミュニケーションや相互理解は不要です。そして、DAOには許可なく誰でも参加することができます。
また、DAOは基本的に、トークンと呼ばれるデジタル資産による経済的なインセンティブによって人々の行動を促します。参加者がプロジェクトに貢献することで報酬を得る仕組みは、高い参加意欲を引き出すことができます。
しかし、経済的なインセンティブはときに強力で、プロジェクトの本来の目的や、長期的な視点での持続可能性が損なわれることがあります。
本企画を考える上では、金銭的なインセンティブよりも弱く、企画意図を壊さずに参加を促すインセンティブ設計を重視しており、それを「激弱インセンティブ」という言葉で表現しました。本企画では、「激弱インセンティブ」を「参加することでちょっと心地良い気持ちになるような動機付け」と捉え、花を用いています。
花を生けるという行為によって癒しや幸福感といった「激弱インセンティブ」が働き、その行為が積み重なるほど自分の目の前の空間やFabCafe全体に花が増えて空間が豊かになるというネットワーク効果が発生するという設計になっており、トランザクション(取引)が増えることでプロトコルの価値が高まるというブロックチェーンプロトコルの設計を意識しています。
激弱インセンティブによるネットワーク効果
生け花プロトコルの実験
検証方法
注文をしたら花を選んで花瓶に生けるというルールを定めることで、来店されたお客様にFabCafe Kyotoの空間と、その空間を共有するカフェクルーや他のお客様の存在を自然と意識する瞬間を増やし、居場所としての価値を感じてもらうことを目的として本企画を実施しました。
その達成度を測るために、以下のことを行いました。
- 毎日の営業終了後に各テーブルと個々の装花、空間全景を撮影して記録
- カフェクルーによる毎日の日報記入
- カフェクルーへの振り返りインタビューの実施
- SNSのチェック
心理的圧力を下げて自然な体験にするため、また上記のことを自発的に意識していただけるようにするために、事前の告知は行わず、企画期間中に来店されたお客様に対しても、花を選び、生けていただく指示のみを伝えました。
また、同様の理由でお客様への直接のインタビューは行わず、カフェクルーによる観察結果を中心に分析を行いました。
この企画で使用する花と花瓶は、普段からFabCafe Kyotoの装花をしていただいている edalab.さんにご提供いただきました。edalab.さんは、「花と人の新しいコミュニケーションの構築」をテーマに全国のホテルや商業施設への大型装飾、イベント装飾、ウェディング装飾を手掛けており、本企画の企画段階からご協力いただきました。
結果
撮影記録
毎日の営業終了後に各テーブルと個々の装花、空間全景を撮影しました。
観察結果
カフェクルーによる観察を通して、以下のようなフィードバックを得ることができました。良いフィードバックも多数ありましたが、改善点やアナログ手法による限界も見えてきました。
▼良かった点
- 空間や他の人々を意識する瞬間が増えた
- どこの花瓶に生けようか見回していた
- 花の写真を撮ったり、スケッチをしたりしていた
- 新たな関わりしろを生むことができた
- 花瓶がいっぱいになって、お客様が自ら余っていた花瓶をテーブルに置いて花を生けていた
- 自分のテーブルではなく、あえて他の人の近くの花瓶に生けて花をプレゼントしていた
- お客様から京都のおすすめの花屋を教えていただいた
- 「激弱インセンティブ」が働いていた
- 花瓶を自分の近くに引き寄せたり、他のテーブルから持ってきたりして楽しんでいた
- おかわりの注文をした際に、「もう一輪選んでもいい?」と聞かれ、自分のテーブルの花瓶を2種類の花でデコレーションして楽しんでいた
- その他カフェクルーの気づき
- 空間に花が増えていく様子が見ていて楽しかった
- 企画の様子をFabCafe Kyotoのインスタで投稿したら、いいね数が普段の1.5倍あり、しばらく見ない方からもいいねがついていた
▼改善が必要な点
- 企画説明の難しさ
- 外国語話者のお客様が指示を勘違いして、退店時に花をカウンターに戻してしまった
- 常連のお客様が企画に気づかず、説明する前に素通りしてしまうことがあった
- 花の管理
- 空間のクオリティを保つため、萎れてしまった花は企画の途中でも処分する必要があった
- 装花のクオリティの担保
- 花瓶の高さと花の長さが合っていないものがあり、すぐ萎びてしまう原因になっていた
- 空間のクオリティを保つため、花の長さや角度を調整したくなるものもあった
▼アナログな手法の限界を感じた点
- 人が介入することで生じる問題
- 案内を忘れてしまうことがあった
- カフェクルーによって説明時のニュアンスが変わってしまう
- 正確な記録の難しさ
- 毎日完全に同じ位置での撮影が難しかった
- 細かい変化の記録をすることができなかった
多様な人々が協働するための自律システムを作る
来店されたお客様にFabCafe Kyotoの空間と、その空間を共有するカフェクルーや他のお客様の存在を自然と意識する瞬間を増やすという本企画の狙いは達成されたと考えています。また、激弱インセンティブの作用により、居心地の良さにも繋がりました。
一方で、本企画ではDAOの思想を軽やかに実装するためにあえてアナログな手法を選択しましたが、デジタルを使わないことの限界も再確認することができました。特にアナログの手法だと、お客様への説明や花の管理などの自動化できないオペレーション業務が発生し、人が介入することによる問題が付随して発生します。また、正確で詳細な記録の難しさもあります。
こういった問題に対して、デジタルテクノロジーを活用することでより良い運営を実現することができます。例えば、IoT技術によって業務の自動化と詳細なデータの収集が、ブロックチェーン技術によってデータの正確な記録と半永久的な保存が可能になります。
今回の事例で考えてみます。まず、花の状態をセンシングし、必要なメンテナンスを通知したり自動で行ったりするIoTシステムを組み込んだ花瓶があれば、管理の手間を最小限にして花の状態を最適に保つことができます。また、来客のトラッキングにIoT技術を利用することで、来店時間や滞在時間に加え、誰がいつどの花を選び、どの花瓶に生けたかという顧客行動の詳細なデータを自動で収集できます。そして、これらのデータをブロックチェーン上に記録することで、データを半永久的に保存し、追跡可能にすることができます。
特に、ブロックチェーンによってデータが透明性高く記録され追跡可能になると、より多くのデータが入手可能になり、特定のエコシステムにおいてどのくらい協働が生まれているのかが可視化されます。それによって、曖昧に評価されてきた場の「ゆたかさ」を定量的に評価することができるようになります。例えば、新規参加者の増加率、リピート率、参加者同士のインタラクション頻度などの数値をインパクト指標として設定することが可能になります。場の「ゆたかさ」が分析可能になれば、より効果的な改善策を導き出すことが可能になるでしょう。
インパクトを定量評価するためのツールやプラットフォームが開発されると、将来的に「ゆたかさ」が資本主義経済においても価値として扱えるようになる可能性があります。コモンズの創出や維持に寄与する活動が経済的なインセンティブと結びつき、直接的に経済的利益を生むようになるかもしれません。
多様な人々の協働を可能にする自律的なシステムの構築のために、どのようにデジタルテクノロジーを活用することができるか、引き続き考えていきたいと思います。
ブロックチェーン技術を活用した、インパクト評価に関するプロジェクト
- OSSがエコシステムの健全性に与える影響を測定、分析するためのデータとツールを提供するプロジェクト事例:Open Source Observer
- 市場で取引可能なインパクト証明を作成し、社会に良い影響を与えるプロジェクトの資金調達をサポートするためのプロジェクト事例:Hypercerts
Author:大内 裕未(インターン)
東京女子大学経済学専攻。2021年冬にWeb3に関心を持ち、DAOを中心に探求する。2023年にデジタル公共財支援に関する理論や実践を広めるコミュニティGreenPill Japanを設立。後に大学を休学し、海外放浪しながら複数のカンファレンス、ミートアップ、ハッカソンに参加。ブロックチェーンが切り開く新しい資本主義や民主主義の未来にわくわくしながらも、その思想をより社会と近い場所でどう実装していけるか考えたいと思い、2024年4月にロフトワークにインターンとして入社。京都を生活拠点にしつつ、夜行バスで東京の大学に通学している。