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当たり前がアップデートされる条件はなんだ?山田麗音の「誰かの何かを更新する」クリエイティビティ

「クリエイティブ」や「クリエイティビティ」といった言葉が本質的に抱えているものとはなんだろう? なんらかのモノをつくる仕事をする人であれば、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。本連載「Loftwork is…」では、ロフトワークのリーダーたちに、各々の考える「クリエイティビティとは何か」を尋ね、その多様な解釈を探索していきます。

連載第四弾となる今回は、2022年4月からCreative Executiveに就任した山田麗音さんにお話を聞きました。

麗音さんにとってのクリエイティビティは、「誰かの何かを更新すること」「なんでもないことを、なんでもなくすること」。つまりそれは、誰もが自分の中に当たり前に持っている価値観が、何らかのきっかけにより更新されて、そこから新しい価値観が生まれること。

じゃあ、「何らかのきっかけ」って、たとえばどんな?

それはブレイクダンスのフリーズだったり、椅子の並べ方だったり、ジェームズ・タレルや高松次郎のアートだったり。はたまた、自身の麗音(れのん)という名前だったり。本当に多種多様。

あらゆる価値観のアップデートの機会を、生きながら仕事をしながら魔法のように見つけ、誰かの当たり前を更新していくその様は、まるでジョン・レノンのようでした。

執筆:小山内 彩希
撮影:村上 大輔
企画・取材・編集:くいしん

なんでもない「直立不動」を更新した

── 麗音さんにとってのクリエイティビティとは何かについて、教えてください。

麗音 端的に言うと、誰かの何かを更新すること、ですね。

── というのはつまり?

麗音 それまでの何かに対する価値観が揺さぶられ、今までなかった新しい視点を持ち得たり、新しい考え方の回路ができたり、新しい体の動かし方がわかることです。

価値観が更新された結果、困ったり迷ったりといったネガティブなことになってもいいと思っていて。更新されること自体がクリエイティブだと思うんですよ。

── 誰かの何かを更新することがクリエイティビティ。そう思うようになっていったきっかけは?

麗音 体験としてはいくつかあるのですが、一番はじめは高校生のときです。

あるとき隣のクラスの子に「ブレイクダンスをやろう」と誘われて。彼についていくと、営業が終了した映画館の前に大学生が集まっていたんです。僕らもそこに混ぜてもらって一緒に練習をしていたのですが、突然、バトルが始まったんですよ。ブレイクダンスは基本的にはバトル文化なので。

── アドリブで。

麗音 はい。僕も初心者ながらに参加しました。

でも、自分はダンスを始めたばかりだし、何がカッコいいノリかもわからない。とにかく音に合わせ、最後の決めの音でポーズを取ることしかわかっていなくて。その決めポーズを取ることをブレイクダンスでは「フリーズ」というんですけど、何かこう、カチッとフリーズが決まれば場が沸くんですよ。

── 麗音さんはどんな決めポーズを取ったんですか?

麗音 直立不動です。

── えっ。

麗音 っていうリアクションになりますよね、こうやって話している場合は(笑)。

でもそのときは、周りがワッと沸いたんです。それだけでなく、1対1のバトルにも勝つことができた。すごい技を決めたわけでもないし、ただ音に合わせてバッと真っ直ぐに立っただけなのに。

── 周りの人たちも、まさか直立不動で場が盛り上がって勝っちゃうなんて、ダンスが始まる前までは想像もしなかった世界ですよね。

麗音 直立不動のアップデートが起こったということですよね。あのとき僕はブレイクダンスのバトルで直立不動という「なんでもないもの」を「なんでもなくした」。そして、周りの人たちはそこに何かを感じて沸いたという。

── 「なんでもないことをなんでもなくする」、と言いますと。

麗音 「なんでもないこと」とは、「青ってこんな色」とか「夕焼け空のグラデーションが綺麗だ」とか。その人にとっては当たり前となっていて特別な価値を感じられない、何か。直立不動もそうですよね。

そういった「なんでもないこと」が「なんでもなくなる」、そんな世界があると思えて仕方ないんです。

オルタナティブな姿勢と技術開発

── なんでもないことがなんでもなくなる、誰かの何かが更新される。それが起こりうる条件みたいなものはありますか?

麗音 僕がロフトワークの仕事の中でも意識していることなんですけど、なんでもないことを新たな価値へと更新するために必要なのは、オルタナティブな姿勢と技術開発だと思っています。

── オルタナティブな姿勢と技術開発?

麗音 オルタナティブな姿勢とは、まだ取られていない方法があるんじゃないかとか、別のやり方や見方があるんじゃないかとか、物事を疑って見る姿勢のこと。でもそうやって見ているだけじゃ誰かの何かは更新されなくて、オルタナティブな姿勢を体現するための技術開発も必要なんです。

── 具体例があれば教えてください。

麗音 数年前になりますけど、ロフトワークのマーケティング担当の方々が企画するイベントで、運営側にひとつ提案をしたんです。従来はシアター形式に椅子を並べて、イベントに来たお客さんが並べられた椅子に座ってお話を聞く、という形にしていたんですけど。

そのイベントのテーマは「当たり前を疑う」だったんです。そこで僕は、「イベントに来たら椅子が並んでいる」という当たり前の状況を疑ってみるとおもしろいんじゃないかと思いました。そこで提案したのが、「普段は並べられている椅子を入り口に積んでみる」でした。

── 入り口に積む?

麗音 入り口に積むことで、お客さんが勝手に椅子を取っていって自分の聞きたい位置で話を聞いてもらうことができる。それだけじゃなく、均一に並べられない椅子の間を、登壇者が歩き始めるかもしれない。さらに、イベント後は今までは運営側が片付けていたけれど、自分で持ってきたものだからという理由でお客さんが自分の手で椅子を片付けるかもしれない。

こんなことが起こりえるのではないかと想像したからです。

── なんだか椅子を並べるという行為が、すごい化学反応を起こす装置のように思えてきました。

麗音 「自分で椅子を並べる」ということは、すごくシンプルな技術開発です。でも、これが行われたことによって、聞くことに対するクオリティが向上しはじめるんじゃないか? そんな期待感があったんですよね。

ロフトワークの中ではそうやって、オルタナティブな姿勢と技術開発によって、今までなかったような問いが生まれる状況をつくりたいと思っています。

ラベリングという技術開発

── ここまでは、「麗音さんが『誰かの何かを更新できた』体験」を明かしてくれましたが、麗音さん自身が、自分の中の当たり前の価値観を更新された、と思った経験はありますか?

麗音 たとえば現代美術家のジェームズ・タレル。光と空間を題材にした作品づくりをしている作家で、四角に切り取られた天井から空を眺める作品があるんです。

僕はそれを夕方に見て、「夕方から夜に変わるときの色のグラデーションって、こうやってトリミングされて切り抜くこともできるんだ」と。こう、平面的に見えたというか。綺麗だなとは思いましたが、僕の感動ポイントはそこではなく。

その1年後に大学を卒業して就職をし、家までの帰り道を自転車で走っていたときですね。あのとき空を見ていたのと同じくらいの時刻に自転車を漕いでいて、ふと空を見上げたんです。そうしたらジェームズ・タレルの作品と同じ空の見え方だったんです。

── 広がっているはずの空が、トリミングされたグラフィックのようなものに。

麗音 はい。その瞬間、自分の中の当たり前だった日常が更新されたことに、すごい衝撃を受けました。そして、その空に対して僕の中で、「ジェームズ・タレル」というタイトルがついたんです。

── タイトルがついた。

麗音 はい。似たような体験だと、現代日本美術家の高松次郎。彼が人間の影をペインティングで描く作品があるんです。それを見てから、僕の中で人間の影というものは、「高松次郎」になってしまった。

ちなみに、ジェームズ・タレルや高松次郎が僕に対してやったこと、それに対しても「日常を横取る」というラベルをつけました。

── タイトルをつけるということも含め、ラベリングするという行為を、なぜされているのですか?

麗音 僕は一連の出来事をつなげて話すことが苦手なので、日常的に、一連の出来事にキーワードやコピー的なものでラベルをつけることで、出来事すべてをパッケージ化しているんです。

ラベルに圧縮されている言葉を解凍する作業をして、こうやって誰かと話している。最近はそのこと自体に、「携帯する言葉を持ち運ぶ」という名前をつけたくらい(笑)。

── 言語化されることによって物事の輪郭がはっきりしだしたり、その延長線上で新しい問いが生まれたりすることってありますよね。

麗音 そうですね。ロフトワークの新たな試みである「ロゴとワーク」も、「ロゴというものと自分たちが普段働いていることをどう関係付けながら考えられるんだろうか?」という問いが生まれることを期待して発案しました。

※「ロゴとワーク」…ロフトワーカーが10種類のロゴの中から自社のロゴを選んで使用できる仕組み。

「金言を落とすことが僕の仕事」

── クリエイティブ・ディレクターの肩書きを持つ麗音さんですが、今年4月からは新たに設置された「エグゼクティブ制度」のもとCreative Executiveにも就任。仕事の領域は多岐に渡りますよね。

麗音 仕事内容について「これをやっています」と一言で説明するのは難しいですね(笑)。

ロフトワークのクリエイティブディレクターの役割は、大きくPM(プロジェクトマネジメント)とクリエイティブディレクションの2つに分かれます。僕はPMの仕事よりも、クリエイターとのコミュニケーションなど、得意なほうを任せてもらっています。

── クリエイティブディレクションの方が得意な理由ってなんでしょうか。

麗音 たぶん、「きちんと正確よりだいたいのドンピシャ」の方が自分に合っているからだと思います。

── 「きちんと正確よりだいたいのドンピシャ」?

麗音 もともとは、ブックデザイナー・祖父江慎さんの言葉の受け売りで。まあ、これは僕なりの解釈なんですけど、「どんなプロジェクトでも、きちんと正確に綿密に組んで進めるだけじゃなく、ある意味では感覚的なものを頼りにしてドンピシャを狙いにいったほうがおもしろいよね」と。こういったことを話されていて。

── だいたいのドンピシャの方が自分に合っているというのは、どういうことでしょうか?

麗音 たとえば、難解な領域のプロジェクトを進めるチームの中で、クライアントやチームメンバーの議論がまとまらないときに、僕が「今までの話って、つまりはこういうことですよね?」と、一段抽象度を上げた言葉を投げかけることで、その場がスッと収束するシーンが結構あるということに気づいて。それが自分の得意なことであり、周りから求められている役割なのかなと。

── 先ほどのラベリングのお話とも通じる部分ですよね。

麗音 ニュアンスを捉えるじゃないですけど、そういう言葉を発しているんだと思います。直感や予感などの感覚を頼りにしていることがほとんどですけれど。

なので、「今日はいいミーティングだったな!」とみんなが思えるためのたった一言、その金言を落とすためだけに、各プロジェクトのミーティングに参加している節もある。もはやそれが僕の仕事なんじゃないかと思っているくらい。

そうやって生まれたプロジェクトの一体感や進んだ議論を、しっかり形にしようとPMが日々取り組んでくれているし、このふたつのバランスをディレクター職の中に持てることが、ロフトワークの価値だと思うので。

ジョン・レノンという試練

── そもそもタイトルやラベルリングをすることに関心が高い理由は、麗音さん自身の名前が関係していたりするのかな?と思ったのですけど。

麗音 そもそも、ジョン・レノンと同じ「レノンって読み方だよね」ってことですよね。

── はい。麗音さんにとって、麗音という名前はなんでもないことだったのか、そうじゃなかったのか。

麗音 確実にアイデンティティの形成に関係していると思いますし、「なんでもないはずのことが、なんでもなくなった」一番最初の体験かもしれません。

── 子ども時代に思っていたことは。

麗音 試練ですよね。ジョン・レノンという試練。

麗音 僕は今年で37歳になるんですけど、小学生の頃はまだカタカナのような名前が珍しくて。しかもレノン。ジョン・レノンは当時もこの世にいなかったけど、みんなの中ではビートルズもジョン・レノンもずっと生きている存在でした。

そういう環境の中で、僕の知らないところで麗音って名前が一人歩きしていくわけです。名前からなんとなくイメージが広がっていって、自分が知らないところで「麗音像」が出来上がっている。

── それはたしかに、試練ですね。

麗音 会話したことはないけどイメージだけが出来上がっている人に対して、できるだけイメージと一致させなければいけないような気がしていたし。

── 麗音さんにとって名前は「なんでもあった」わけですね。

麗音 そうですね。なので、名前というものを仮になんでもない、誰しもがつけられているものだとするなら、全然そんなことはないと思っているというか。

言葉が与えられたことで、僕がそうだったように、そこに実態を伴わせていこうと力が働くこともあるし。名前の力、言葉の力はものすごいと思います。

おわりに

麗音さんはどうして、誰かの何かを更新していくことに長けているんだろう?

それは麗音さん自身が、自分の中の当たり前が何か別の価値に取って変わるたび、変化を起こした要素──変化の発動条件──をしっかりと分析しているからだと思います。

たとえば名前が人格形成に大きく関わったことと、「ロゴとワーク」を発案した背景には重なるものがあるように。

似たような場面に出くわしたとき、「ここに技術開発を施したらおもしろいんじゃないか」と嗅覚が働いて、条件を応用しているんじゃないかと想像します。

それまで当たり前だった価値観が変わるということは、麗音さんも言うとおりネガティブに変わることもある。それでも、「誰かの何かを更新すること」を楽しそうに語るのは、ネガティブな不安なんかちっぽけに思えるくらい、アップデートされた世界に身を投じる感動の大きさを知っているからでしょう。

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