ロフトワーク リーダーズインタビュー「Loftwork is...」第2回 北尾一真
「クリエイティブ」や「クリエイティビティ」といった言葉が本質的に抱えているものとはなんだろう? なんらかのモノをつくる仕事をする人であれば、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。本連載「Loftwork is…」では、ロフトワークのリーダーたちに、各々の考える「クリエイティビティとは何か」を尋ね、その多様な解釈を探索していきます。
“クリエイティブ”と言うと、「新しくて画期的なもの」という側面ばかりに着目されがちではありますが、「生存戦略」でもあるという──。
これが連載第2弾、北尾一真さんへの取材で得た学びでした。大学では生物について学び、前職は養蜂場に勤めていたという北尾さん。2015年に入社したロフトワークではシニアディレクターの肩書きを持ち、プロジェクトの設計から進行、完了までの一連の流れを担っています。
「僕にとってのクリエイティビティは、第3の選択肢なんです。そして、それが最も生き残りやすい道であると思っています」
第3の選択肢とはなにか? なぜ、生き残りやすい道と言えるのだろうか?
「この世界はクリエイティビティでできている」事実とともに、生き残ってきたすべてのものたちにリスペクトの眼差しを向ける北尾さんに、お話を伺いました。
執筆:小山内 彩希
撮影:村上 大輔
企画・取材・編集:くいしん
クリエイティビティとは第3の選択肢
── 北尾さんが言う「クリエイティビティとは、第3の選択肢」とは一体どういう意味でしょうか。
第3の選択肢とは、AかBか、0か100かだけじゃない3つ目の選択肢のことです。
僕はロフトワークでディレクターをやっていますが、「いかにしてゴールに辿り着くのか」をいつも考えています。そのゴールまでの過程で、AかBかの2択を迫られることは毎日のようにあります。
── たとえば選択肢としてどんなものがありますか?
わかりやすいものとして、2021年11月にサイト公開された、星野リゾートの「界タビ20s」というキャンペーンサイトを制作した例を挙げます。
制作がスタートした時点で、納期は2ヶ月でした。その中で、星野リゾートとしては20代の若者に訴求するサイトづくりをしたい思いがありました。一方のロフトワークとしては、いいクリエイティブを出すためにどの案件でもしっかり調査をしたい意識があり、そのために2ヶ月以上の時間が必要になりそうだと見積もっていたんです。
── 「期日」or「質」、どちらを取るかの2択に迫られたのですね。
そこで第3の選択肢の話になります。
そもそもクリエイターをすべて若者にしてしまえば、どうすれば若者に響くのかを検証しながらサイトづくりができると考えました。どの写真を使用するのがいいのかなども、すべて若いクリエイターに集めてもらうことで裏付けできる。
期日を守りながら、創造する行為と検証する行為を同時にやるプロジェクトデザインというものが存在したんです。
── 期日と質のどちらかを切り捨てることなく新しい価値を創出した。
僕はそうやって新たな選択肢を生み出す行為そのものが、クリエイティビティだと思っています。
クリエイティビティのありか
── 北尾さんのように第3の選択肢を見つけられる慧眼力は、どうしたら身につくのでしょうか?
僕が特別ということではありません。この世の中で上手く機能していることすべてが、“第3の選択肢を選んできた結果で成り立っているから”です。
── と、言いますと?
僕は学生時代は生物学を学び、新卒で養蜂場の会社に勤めていました。第3の選択肢を選んできたことによってうまく機能しているのは、ミツバチ社会にしても当てはまります。
ミツバチ社会では女王蜂が死んだら巣が存亡の危機に陥り、ミツバチも一緒に死んでしまうという問題がありますが、滅んでいくことに抗えないのかというとそうではありません。女王蜂が死んだら、女王蜂の卵が産まれる仕組みになっているからです。今まで女王蜂ではなかった蜂が女王蜂として機能するようになり、もう一回その巣を構築できるんです。
── 人間社会でも第3の選択肢を見つけてきた歴史はあるのでしょうか?
たくさんあります。たとえば、農業。もともと、人間は自分たちの集団の中に食料を行き渡らせるために狩猟採集だけをやっていればよかったけれど、人口が増えすぎたから他の方法を生み出す必要に迫られた。
そのときに人数を間引くのではなくて、増えながらも生きていく方法を選んだんです。こうして選ばれた選択肢が農業です。
── 現代の人間社会も、戦争や環境問題など、生存を脅かすような社会課題をたくさん抱えているように思います。
そうですね……。それでも、悲観的になりすぎる必要はないと思っています。
僕は基本的に、世の中はずっと良くなり続けているんじゃないかと思うんです。なぜならこの世界がずっと、第3の選択肢を選んできた結果が今だから。そして今も世の中は、第3の選択肢を探し続けているからです。
環境問題にしても、地球環境が悪化した原因は人間が増えすぎたからですが、人間を間引くか・環境の改善を諦めるかの2択ではなく、環境を持続しながらみんなで生きていこうとしている。農業を始めた頃と同じような課題に、同じような姿勢で向き合っているんです。
その結果、本質的に環境にいいことは何かを考え始め、ものづくりひとつをとっても環境にいいものが増えてきたのが今じゃないかと。
── ロフトワークのCIは“We belive in Creativity within all”(=すべての人のうちにある創造性を信じる)ですが、まさに、はるか昔の人類から現代に生きるすべての人たちにまでクリエイティビティが宿っていることを、正面から肯定するお話ですね。
世の中に溢れているモノやサービスは、アウトプットだけを見れば簡単に生まれているように見えるものが多いけれど、じつは僕たちが知らないだけで、それらはとんでもないアプローチと相応の苦労を伴って、生み出されていると思うんです。
以前、仕事で北海道にある美味しい玉子焼き屋さんの工場を見学しに行ったら、玉子焼きを一気に何十個も焼ける機械を使っていました。「これどうしたんですか?」と工場の方に尋ねたら、「(業者に)お願いして特注してもらいました」と、既存の玉子焼き機ではなくオーダーメード品であることがわかったんです。アウトプットとしてはなんの変哲もない玉子焼きなんですけど、それを作る過程にすごいクリエイティブを発揮しているじゃないですか。
このようにクリエイティビティ、第3の選択は世の中にとって当たり前のように取られている選択肢なんですよ。
生存戦略としてのクリエイティビティ
── ここまでのお話を伺って、第3の選択肢は二極化しがちな問題を解決してきただけでなく、この世界のあらゆる領域の進化を支えてきたのだと分かりました。
進化しながら生き残っていく過程を担ってきたのが第3の選択肢であり、僕はそれこそがクリエイティビティだと思っています。
AかBか、0か100かの2つの選択肢って、誰でも思いつくんです。でも誰でも思いつくということは、たとえば企業の話でいうと、そこに競合がたくさんいるということでもある。競合がたくさんいる社会で生きることって難しいじゃないですか。そういう意味で、第3の選択肢は生存戦略として優れていると思います。
── 進化しながら生き残っていくこともできるという、生存戦略としてのクリエイティビティは、これからの時代においても重要なテーマになっていくでしょうか。
そうですね。今、多様性について見直されている時代の中で、人間も種族としては一種類だけれど、もしかしたらひとつの組織、一人ひとりの人間がひとつの種である可能性が高いんじゃないかと考えています。企業単位で種だと呼べるケースもあるだろうし、クリエイターはひとりであっても独立した種となりえるのかもしれない。
それを前提としたときに、自分がどういうふうに生き残る術を身につけていくかを考えるのは、種として生き残っていくために必要なことじゃないかと思います。
僕自身もこの世の中で生き残っていくために、どうクリエイティブを発揮するのかということを仕事の中でアプローチし続ける日々です。
おわりに
北尾さんの第3の選択肢へのアプローチの仕方。そこには鍛え上げられた「洞察力」が生かされているように思います。
洞察力を養ったツールのひとつと言えるのが、かつて趣味としていたカメラ。
「このカメラはプロのカメラマンも使っているものですが、同じ機材、同じレンズ、同じ設定、同じ角度からシャッターを切っても自分と同じアウトプットにはならないんです。それが不思議だなと」
いい写真を撮りたい。その思いひとつで観察と実験を繰り返しながらカメラの構造を理解し、自分の撮影に生かしてきたと北尾さんは言います。
観察と実験を繰り返す中で、本質を見抜く力を高めていく。こういった本質的な構造理解に挑み続ける姿勢は、カメラだけでなく仕事や日常で抱く疑問や欲求に対しても、一貫している姿勢なんじゃないかと感じました。
自然界で起きている事象や歴史上の出来事を点ではなく今に続く線のように捉え、第3の選択肢を模索していく。それがロフトワークのシニアディレクター・北尾一真のアプローチの仕方であり、生存戦略なのでしょう。