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コロナ禍を受けて教育現場では、「オンライン授業」「オンデマンド授業」という新たな学びの形が急速に広がりました。より良い授業や学びの在り方を目指して各教育機関が試行錯誤を重ねるなか、全学を挙げて高品質なオンデマンド教育コンテンツの作成と提供に取り組んでいるのが、全国屈指の大規模総合大学である近畿大学です。
「KICSオンデマンド授業」と呼ばれる同学の取り組みは、2021年4月からスタート。同年秋からは私たちクリーク・アンド・リバー社もプロジェクトの一員となりました。
KICSオンデマンド授業とそこにおける当社が担っている役割について、プロジェクトをけん引する高木純平氏と、動画制作を担当するクリエイターの篠原阿貴仁氏に話をうかがいました。
※KICSとは、Kindai Creative Studioの略称で、東大阪キャンパスに設置された収録スタジオの名称です。ここで収録・編集した授業を、KICSオンデマンド授業といいます。
「学びたい者に学ばせたい」
創設者の思いが高品質なオンデマンド教育につながる
大学運営本部 通信教育部学生センター 技術課長代理
DX推進ユニット デジタルコンテンツチーム
プロジェクトマネージャー
高木純平氏
■より良い教育を提供するためにDXを推進
コロナ禍が加速・普及させたものの1つに、DX(デジタル・トランスフォーメーション)があります。私たちも今、「近大DX」を掲げて様々な改革に取り組んでいます。その具体的な施策の1つが、授業のオンデマンド化である「KICSオンデマンド授業」です。
KICSオンデマンド授業に至るには、コロナ禍以前や本学の設立にまでさかのぼる近畿大学ならではの土壌があります。まず1つは、まだDXという言葉が知られていない頃から行われていた、デジタル化の取り組みです。よく知られるところでは、出願の完全ネット化やamazonでの教科書販売、学内キャッシュレス化という「日本初」の取り組みがあります。これらはすべて、「より良い教育を提供したい」「より良い学生生活を送ってもらいたい」という思いが根底にあり、デジタル化が目的とならないよう取り組んでまいりました。
KICSオンデマンド授業もこれらと同じ文脈にあります。コロナ禍を受けて大学は、授業が対面で行えないという難しい局面に立たされました。このとき私たちが考えたのは、「より良い教育を提供したい」「そのためにはデジタル技術が有効な手段になる」という点です。すなわち、デジタル技術を効果的に用いることによって、コロナ禍であっても従来と同等の、あるいはそれ以上の教育を提供しようと考えたのです。
本学は、創設者である世耕弘一の「学びたい者に学ばせたい」という強い願いから誕生した大学です。それを象徴するとも言えるのが、地理的制約を受けることなく、より多くの学生の学びを可能にしている通信教育部です。同学部では、以前から映像を使ったオンデマンド型の授業を行っていました。そこで蓄積されていた知見が、今回のKICSオンデマンド授業に活用されました。大学設立時からの本学の精神が、コロナ禍において図らずともDXを加速させる一因になったと言えます。
■教職員が一体となって動画の質向上に取り組む
オンデマンド型の映像授業であるKICSオンデマンド授業には、(1)ハイブリッド型ではなくフルオンデマンド型である、(2)履修者数の多い共通教育科目(一般教養科目)を対象としている、(3)教職員が一体となって制作に取り組んでいる、(4)学生アンケートや視聴ログの解析によって改善に取り組む、という特徴があります。2022年度前期の時点では23科目がKICSオンデマンド授業で開講されており、後期には28科目にまで増える予定です。
4つの特徴の中で、全国でも先駆的な取り組みだと言えるのが、(3)の教職員が一体になって取り組むという点です。映像を使ったオンデマンド授業は、教員の工夫やデジタルスキルに依存しているという一面が少なからずあります。先生がカメラを用意し、その前で授業を行って自分で録画・編集をするというケースも珍しくないのです。あるいは、それらの作業を職員が受け持つこともありますが、あくまでも先生と職員との個人的な「お願い・お手伝い」ということが多いです。この状態では、なかなか質の高い映像教材を作ることができません。
そこで本学では、音声のクリアさや文字の見やすさ、洗練されたデザインなど、映像コンテンツとしての質の高さを、職員が全面的にサポートすることにしています。先生は授業のスライド作りと収録時の講義を受け持ち、それら以外の映像制作については、職員が主体となるのです。また、集中力が維持される15分を一区切りとして授業を組み立ててもらうなど、映像による学びならではの特性や対応方法については、職員から教員に情報提供を行っています。これら教員・職員の協働により、共通教育科目という多数の学生が受講する授業において、高い質を保った映像教材が実現しました。
■学内のメンバーと同じ熱量で取り組んでくれる
通信教育部学生センター デジタルコンテンツチーム
教職員が一体となって取り組むことは、KICSオンデマンド授業を成功させるカギでもあります。そのため、当初は専従のスタッフを学内に配置しようと考えました。同じ近畿大学のメンバーであるからこそ、KICSオンデマンド授業というチャレンジに対して熱い思いを持って取り組むことができると考えたからです。とはいえ、既存職員は他の業務も担当しており、現実的には専従は難しい。そこで外注が選択肢になりました。
ここで重視したのが、KICSオンデマンド授業への「熱量」でした。「KICSオンデマンド授業を成功させたい」「学生へより良い教育を提供したい」という思いを共有できる企業やクリエイターであって欲しいと考えたのです。所属先こそ違いますが、プロジェクトチームの一員になってくれる方を探しました。パートナー選定に当たっては複数の企業と面談して説明を受け、そのうえで協業をスタートさせたのがクリーク・アンド・リバー社です。
実際に制作が始まってみて、パートナー選びは正解だったと感じることができました。授業の映像を作る際には、先生が作ったパワーポイントの資料にデザイン的な調整を加えることがしばしばあります。そういった際に、非常に快く、そしてスピーディーに対応してもらえました。字幕の修正も同様です。「教材」であるがゆえの先生方のこだわりをよく理解していただき、我々職員と共に、粘り強く対応していただきました。先生方からも「見やすくなった」「わかりやすい」と好評をいただいています。
クリエイターの方々が、教材や授業に対する先生方の思いを受け止め、尊重してくれていることも印象的でした。先生方が作られる授業の資料は、デザインという視点から見ると大掛かりな手直しが必要な場合もあると思います。しかしそこには、「学生に伝えたい、わかってもらいたい」という先生方の思いやこだわりもあります。それらを汲み取って、そのうえで修正の提案をいただきました。これも、先生方から好評をいただけた要因ではないかと考えています。
我々職員だけでは手が足りない、スライド修正や収録、編集等を、3人のクリエイターが担当してくれています。うち1人は学内のスタジオに常駐してくれているため、急ぎの修正対応などにもタイムリーに対応してもらえます。また、他2人に対するリーダー的な役割も担ってくれており、品質の安定化や私たち職員サイドとのスムーズな意思疎通が可能になっています。さらに、3人をマネジメントする役割として、クリーク・アンド・リバー社のスタッフが加わってくれています。この体制のおかげで、スケジュール管理やクオリティ管理をスムーズかつ確実に行えました。
■データを分析し、さらなる質向上に活用する
オンデマンド授業の利点は、学生の視聴動向をデータとして収集・分析できることです。「学生が離脱することなく視聴できるのはどのようなコンテンツなのか」をデータに基づいて解き明かし、そこで得られた知見を次のコンテンツ作りに活かしていきたいと考えています。たくさんのデータが集まっていけば、成績と視聴傾向との関係性なども解析できるはずです。そうすると例えば、視聴状況が芳しくない学生を学部に連携し、退学防止や学修支援などに繋げていくことも可能となるでしょう。本学では2022年4月に情報学部を開設しました。先端的なデータサイエンスなどを学ぶ同学部と連携し、視聴データの解析と教育や学生支援への活用を行うこともできるはずです。これは、総合大学である本学ならではの強みだと言えます。
動画の配信から視聴後の学生や教員とのディスカッション、そしてレポートの提出など、オンデマンド授業に関するプラットフォームを統合していくことも今後の目標です。こうすることで、学生や教員にとっての利便性が高まることはもちろんですが、データも1か所に集約され、分析がより効率的・効果的になります。授業の映像にとどまらず、周辺の様々な仕組みにもデジタル技術を活用することで、「より良い教育を提供する」という本質的な目標へアプローチしていこうと考えています。
私たち近畿大学は、「社会に役立つ大学であろう。社会から期待してもらえ、応援してもらえる大学であろう」「そのためには常に革新的であろう」というビジョンを掲げています。現時点で評価をいただいている本学の取り組みも、そこで立ち止まっていては時代の変化から取り残されます。スピード感を持って常に変化に対応し続けることこそが、私たちの使命です。クリーク・アンド・リバー社には、この思いを共有し、一緒に新しいことにチャレンジしていけるパートナーでいてもらえることをこれからも期待しています。
編集作業は授業の内容を理解したうえで。光や影の統一感には細心の注意を払う
映像クリエイター
篠原阿貴仁氏
■半年間で1,000本近いセクションのうち、2科目(90セクション)の映像コンテンツを担当
3人体制からなる映像クリエイターチームの中で、リーダー的な役割を担当。学内のスタジオに常駐し、日々の制作業務を行っています。
コンテンツ制作は、大学の前期・後期という2つの学期に合わせて、半年サイクルで動いています。例えば2022年4月スタートの前期に向けては、2021年秋から制作業務がスタート。前半の3か月ほどは先生が用意してくださった講義用のスライドを、映像内で使用する画像素材として加工する作業を行いました。スライド全体のデザインの調整やグラフの作成などが、この時期に行ったことです。後半の3か月は収録と編集です。1科目は15回の授業から構成されており、1回の授業は1セクション15分の講義が3つから成り立っています。つまり先生1人あたり45セクション分の収録があるのです。KICSオンデマンド授業の2022年度前期の開講科目数は23。1035セクションの収録と編集が必要になりますが、このうち、映像クリエイターチームで2科目(90セクション)担当しました。
スライドの加工や映像としての編集作業を行う際に心がけたのは、先生の授業の内容を理解するように努めることです。大学の授業ですから、当然、専門用語などもたくさん登場します。わからない言葉などに出会ったときは、意味を調べるようにしました。もちろん、すべてを完全に理解できたわけではありません。でも、まったくわからずに加工・編集するのと、少しでも理解したうえで加工・編集するのでは、「先生が意図したとおりに伝わるか」という点においては大きな違いが生まれるはずです。教材の制作に携わるがゆえの大変さではあるのですが、そこはさすがに大学の先生方です。授業がおもしろいんです。ある意味、私自身も楽しく勉強させてもらいながら作業を進めることができました。
■視聴者の満足度を左右する「小さな違和感」を取り除く
制作にあたっては、クリエイターとしてのこだわりは最小限にしようと考えました。なぜなら、授業を映像化するにあたっては、主役は先生であり学生のみなさんだからです。クリエイターの個性やこだわりをことさらに打ち出す必要はありません。先生が伝えたい知識や思いが正しくわかりやすく伝わることが、何にも増して大切です。
そんななかで、あえて「こだわり」として挙げるとすれば、収録時の先生の立ち位置や光の当て方です。1回15分のセクションは、必ずしも収録も一発撮りで行われているとは限りません。途中で撮影をストップして少し手前から撮り直すこともありますし、時間の都合などで複数回に分けて撮ることもあります。このような場合に、前回とは違う立ち位置で撮影をすると、出来上がった映像では画面上で表示される先生の大きさが変わってしまうことがあります。すると、視聴する学生さんは違和感を覚えるはずです。光の当て方が変わって影の位置や濃さが変わっても、違和感が生じるでしょう。小さな違いですが、見る人にとっての心地悪さというのは、そういったところが原因になることがあります。ですから、「前回はどのように撮っていたか」を確認し、映像をつないだ際に何の違いも感じさせない撮り方には注意を払いました。
また、職員の方や先生方からのご要望に対して、「できません」とは極力言わないように心がけました。もちろん技術的な理由などで、ご要望をそのまま実現することは難しい場合もあります。そんなときには、ご要望に近いものを実現する別の方法がないかを考えて、提案するようにしました。
現在は、“2回目”の制作にあたる2022年度後期のコンテンツに取り組んでいます。“1回目”にあたる前期に向けた制作で得た経験を活かして、より良いものをよりスピーディーに制作していくことが今の目標です。そのためにも、職員の方々とのコミュニケーションをさらに密にして、KICSオンデマンド授業に対する思いを共有しながら制作を進めていきたいと考えています。