こんにちは!Wantedly CFOの吉田です。
先行して報道のあった「AdobeによるMarketo買収」が正式発表されましたね!良いきっかけなのでここに至るまでのAdobeの変遷を今回取り上げてみたいと思います。
SaaS転換の一大成功事例 Adobeは、一般的にはフォトショ、イラレやPDFのAcrobat Readerでよく知られていますよね。さらに近年は「大手企業がソフトの箱売りからSaaS型へと劇的にビジネスモデルを転換させた成功例」として認知されてる方も多いと思います。
Adobe Investor Handout - July, 2018
2012年にAdobe Creative Cloud(フォトショやイラレをクラウドで提供するSaaSサービス)をリリースし、2013年にはソフトの箱売りを完全に止めるというとんでもなく大胆な決定を行い、いまや売上高の90%ほどがサブスクリプション収益(Recurring Revenue)になっています。
売上高5,000億円規模だった同社がこれだけの転換を果たすだけでも歴史に残ります。
並行して走るもうひとつの変革 しかし、私がそれ以上におもしろいと思っているのは、このSaaS型への転換と並行して(むしろその前から)進められている事業ポートフォリオの変革です。今回のMarketo買収につながる「マーケティング領域への進出」ですね。
マーケティング領域の事業は「Adobe Experience Cloud」という名前で、Adobeの売上高の約30%を占めています。下記スライドの字が小さいですが、製品群はMarketing Cloud、Analytics Cloud、Advertising Cloudの3つに分かれています。
Adobe Investor Handout - July, 2018
要は、下図のようなデジタルマーケティングのプロセス全体で包括的に価値提供を行っていくことを目指しているわけです(配信、分析、最適化が同社にとって新しい領域)。
今でこそこういったデジタルマーケ全体を支えるプラットフォーム展開は「そーだよね」という話だと思いますが、Adobeはなんと 10年近く前からこの製品群の構築に取り組んでいる んです。
皮切りは、2009年に18億ドルで行ったWeb解析サービスのOmniture社の買収でした。そこから、着々と買収により事業づくりを進めてきています。Google Analyticsと比較されていたOmnitureの後に、CMS、DMP、マルチチャネル広告管理とひとつひとつ必要な要素が揃えられているのが、下表でよく分かるかと思います。
変革を牽引しているのは? Adobeは、2008年頃から金融危機後の景気後退により株価が大幅に下落し、2009年には前年比で減収減益に陥りました。
その危機感がひとつのきっかけだったとは思いますが、SaaSへの転換であれだけ成功しながら、EC構築のMagento、今回のMarketoの買収まで踏み込むところを見て、何としても変革を成し遂げるという意志を強く感じました。
この変革はどういった経営のもとで行われてきたのでしょう?恥ずかしながら私も知らなかったのですが、実は、この間CEOはずっと同じ人物が務めていました。それは、2007年にCEOに就任したShantanu Narayen(シャンタヌ ナラヤン)という経営者です。
インドの大学を出て、渡米して修士号を取得。AppleやSilicon Graphicsで製品開発に従事し、Pictraという会社を共同創業した後、1998年にAdobeに入社という経歴です。
もともとジャーナリストを目指していたとのことで、だからこそ出版やデジタルメディアに関わるAdobeの事業にも想い入れが強いそうなのですが、人のキャリアはどうなるか分からないものですね。
試金石となったOmniture買収 Narayen CEOが明確なビジョンを示しながら実績を積み上げ信認を得てきたことで、これだけの長期政権が続いている。その結果、10年に渡る壮大な新事業創出の取り組みもここまで続いてきました。
その試金石となったのは間違いなく先述のOmnitureの買収でしょう。Narayen CEOがとった方針は、「OmnitureをCEO直下の独立した新事業体とし、元の経営陣にそのまま運営させる」でした。(それにしても、Omniture買収に関するこのFAQの周到さがすごい…!)
Omnitureはアドビ システムズ社にどのような形で統合されるのですか。 Omnitureは、アドビ システムズ社内の新たなビジネスユニットとして運営されます。これは、「Omnitureビジネスユニット」と呼ばれ、SaaSプラットフォームと、1) 広告費の最適化、2) 訪問者によるコンバージョンの最適化を実現する統合ビジネス解析アプリケーションセットのOmniture Online Marketing Suiteの提供・発展に取り組みます。 アドビ システムズ社に新設されるOmnitureビジネスユニットの責任者を教えてください。 Omnitureの旧CEOであるジョシュ ジェイムズ(Josh James)は、新ビジネスユニットのシニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャとしてアドビ システムズ社に参加、社長兼CEOのシャンタヌ ナラヤン(Shantanu Narayen)の直属となります。
確かに、箱売りのパッケージソフトの会社とサービスの会社なので文化がだいぶ違うでしょうから、後講釈でなら正しい方針と言えてしまいます。
ただ、この買収はNarayen CEOとしては絶対に失敗できない一手だったはずです。そこを自分の直下に置きはしつつも、性急に飲み込んでしまわずに、Omnitureの文化を大事にして独立運営させるのは相当な勇気が必要だったのではないかと思います。Narayen CEOの懐の深さを感じます。
その後の変革の基礎に 後講釈をもうひとつ加えると、ここでOmnitureからSaaS事業のプロトコルを学べたことやM&Aの成功体験を積めたことが、Adobeのその後の全社的なSaaS転換や継続的にPMIを成功させていくうえでの下地になったのだろうなと推測します。
現在も、Omniture出身のBrad Rencher、買収したBehanceの創業者であるScott Belskyが経営陣に名を連ね、それぞれマーケティング事業(Digital Experience)、クリエイティブ事業(Creative Cloud)を統括していることが、そのひとつの証左のように思います。
ちなみに、Omnitureの創業者で買収後もその事業を率いたJosh Jamesは、2011年にAdobeを離れ、BIツールのDomo(弊社でも使ってます!)を創業しています。ダイナミックですね!
Marketoの買収により違うステージの存在に 最後に、今回のMarketo買収についてです。買収額は47.5億ドル(約5,300億円)。Adobeとして過去最大規模の買収になります。
Adobeの公式発表によると、Marketoの2017年売上高が3.2億ドルで2018年は20%以上の伸びを想定とのことなので、PSR(売上高に対する株価倍率)でいえば12倍くらい。USの上場SaaS企業のPSRも10倍前後なので、収益性を置いておくとリーズナブルな水準に見えます。
Marketo reported pro forma revenue of approximately $320 million in calendar year 2017 with expected growth of greater than 20% in 2018 and improving operating margin. Adobe to Acquire Marketo - September 20, 2018
既に報道もされていますが、買収の狙いはB2B企業の取り込みです。これまでのExperience Cloud事業(マーケティング領域)の顧客はB2C企業が中心。一方、MarketoはB2BのMAツールとしてHubspotに並ぶトップ企業の一社。Adobeとしては、これでB2C・B2Bのどちらにもサービス提供が可能となります。
Our success has stemmed from serving businesses that sell directly to consumers in industries such as retail, financial services, media and entertainment, and travel and hospitality. Increasingly, our platform is also being adopted by B2B and B2B2C customers who face many of the same marketing challenges. To address this large opportunity, we are excited to announce our intent to purchase Marketo, the leading B2B marketing engagement platform. We believe the combination of Adobe Experience Cloud’s analytics, personalization and content solutions with Marketo’s lead management, account-based marketing and attribution technology will make us the leading platform for all marketers. Adobe to Acquire Marketo - September 20, 2018
しかし、今回の買収は、B2Bが空いてるから足しますね、という単純な話では当然ないはずです。Experience Cloud事業の売上高は20億ドルなので、Marketoによる直接的な上乗せはせいぜい15〜20%くらい。
それ以上に、B2Bも含めたフルラインナップにして、Salesforce、Oracle、Microsoftといったエンタープライズの巨人たちの領域に明確に踏み込んでいく姿勢を示したことの意味は大きいと思います。Salesforceはじめどんどん統合を進めていく最近の流れを見ると、何かで躓けばAdobe自身が買われる側に回ってしまう可能性もあるわけで、とことん攻めて勝ち切るぞという覚悟でしょう。
Adobeとしては、このExperience Cloudの領域が530億円(約6兆円)のTAM(Total Addressable Market=対象市場規模)と見込んでいます。
今後、さらに殴り込みをかける形で、CRMやその周辺領域のサービスも買収や提携によって取り揃えていくと思います。クリエイティブ領域で話題を振り巻き続けているAdobe SenseiのAI技術をマーケティング領域にも投入してくることでしょう。広告クリエイティブの自動生成や動的生成は今後常識になっていきそう。これからの同社の展開がとても楽しみですね!
最後に Marketo買収をきっかけに、過去の変遷などを調べてみて、Adobeという会社の奥深さを知ることができました。
Adobe(1982年設立)が自分とほぼ同い年で、社名の由来が創業者の家の裏の川の名前で、創業後しばらくはスティーブ・ジョブス率いるAppleのレーザプリンタ向けソフトのライセンス収入が売上の大半だったことなども初めて知りました笑。
そこからイラレなどのアプリケーションに事業の軸を移しているので、事業ポートフォリオ転換の文化は、その頃から脈々と受け継がれているのかもしれません。
普段はどうしても目の前の現場に意識が傾いてしまうので、こうやって事業・経営のストーリーを俯瞰して考えるのは良い頭の切り替えになりますね。こういう話もたまにはしたいよね、という方がいましたらお気軽にお声がけください!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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