森山 和彦 | PEOPLE | 株式会社CRAZY(株式会社クレイジー) | CRAZY,Inc.
大学卒業後、人材コンサルティング会社に6年半在籍。2012年7月に株式会社CRAZYを創業。完全オーダーメイドのウェディングプロデュース事業「CRAZY WEDDING」を運営し、「情熱大陸」をはじめ数多くのメディアに取り上げられる。2019年2月には初の自社ブランド施設「IWAI ...
https://www.crazy.co.jp/people/kazuhikomoriyama
こんにちは。株式会社CRAZY 代表取締役の森山です。
人生って言葉が意味する、なんだか奥行きがあって、じんわりとした感覚がいつも好きです。一人ひとりの人生は、あらゆる角度から見ればみるほど、奇跡にあふれ、不可思議で、困難で、複雑。だからこそ、人生を扱う事は簡単なことでは無いのだと思います。
人生のメカニズムは自然と同様に複雑で、そして自然と同様に美しい。
僕は社会人になってから、ずっとこの「人生」というものに向き合ってきました。
このブライダル業界で起業したのは偶然なのですが、きっと人生に深く関わる仕事が好きだからなんだと思います。
書くという行為を通して、明らかになるこの感覚。あれも書きたい、これも書きたいと枝分かれして、やけに下書きが増えていってます。これがループ地獄かぁ(笑)。
今日は、ちょっと結婚式の哲学的な部分の話をしたいと思います。長文で、マニアックなので、あしからず。
このコロナ禍の中で、「非接触によってどんな新しい価値を生み出せるか?」を考えるわけです。新しいアイディアも大切なんですが、そもそも結婚式って何?本当に必要?っていう事を考えていきました。
僕は昔から、この「そもそも論」を哲学するのが好きなタイプなのですが、事業開発においては見過ごされがちとも思います。
CRAZYを創業してからずっと変わらない会社の判断軸として「本質的で美しくユニークに」という価値観があります。まずは、すべての事柄を本質を通して考えていくのがCRAZYらしさだと思っています。
ちなみに、本質的かどうかという正解は存在していなく、問いそのものが本質だと思っているので、本質を追求するとは、あらゆる角度からその対象を見ていく、という行為だと思っています。
これから書いていく結婚式の価値などは創業期にも話し合っていて、今も事業に根付いています(それについては別の記事で。これが枝分かれ笑)。
その価値を念頭におくからこそ、ただのサービスではなく、温度感を伴う(カルチャーを感じる)サービスができるのだと考えて実践してきました。
だから今回もとても重要ですし、非接触によってどんな新しい価値を生み出せるのか?というお題から、また新しい価値が発見できると考えるとワクワクしてきます。
結婚式の歴史ってどのくらい昔からあるものなの?何が伝統で、何が決まり事なの?
このように、あらゆる文化やしきたりについて論じるには、ある程度の知識が必要です。もちろん本を読んだりと、ある程度は勉強しているので、歴史や文化についても記事を一つ書きたい気持ちもありますが、それはここでは論じません。
しかしながら、この結婚式にどのような価値があるのかという話は、まさに歴史の話でもあり、社会文化の話でもあり、切り口は多数あるのです。
例えば、社会学的にマクロの立場から見たときの意味で言えば、結婚式は次のような流れを経ていると考えられます。
非常にざっくり言えば、近世の村社会の婚姻の儀礼が、戦後に「神道の結婚式」へと確立されていきました。そして、90年代に入ると、ホテルでの派手婚や、チャペルでの西洋型結婚式への人気が集中。最近では、オリジナリティを大切にしたスタイルへ、という流れです。
ちなみに、今もあるチャペルでのセレモニーの興隆は宗教とは関係なく、ロイヤルファミリーの結婚式を機に、西洋的なものへのあこがれが増大した結果であると僕も考えています。
つまり、それぞれの時代で、家を守るという価値や、社会的ステータスを示すという価値、憧れを満たすという価値など、歴史を通して様々その価値は変化しているわけです。
このように、社会学的に見れば、顧客価値というよりは「マクロ的な役割」という話になりそうです。他にも宗教的視点での価値など挙げ始めると止まりません。
今回は、日本の現代においてブライダルサービスを行う者が、そのサービスにおける価値に加えて、人生という哲学的な立ち位置から、その価値を述べることに意味があると考えています。
なぜならば、一般的に言われている「感謝を伝えることが結婚式の価値であり目的ですよ」という部分だけでは、説明しきれない、表現しきれていない価値が感じているからです。
さて、いよいよ本題です。結婚式は、誰にとって、いつ、どんな価値があるのかをブレストしていくと、以下のような項目が出てきました(他にもありますが主要なものを出していきました)。
続いて、これらを、「個人的なもの(図では【個】)」「他者との人間関係(図では【他】)」「何かしらのイベント(図では【イ】)」の3つにグルーピングすると説明できると考えました。
この図を眺めつつ、どのようにまとめていくのかを考えるわけですが、
やはり結婚式の価値を考える際には、どうしても避けられないテーマが「幸せ」だと思います。
ライフイベントの中でも、人生最高の幸福感があるとも言われる結婚式は、何かを買うという物質的なものというよりは、精神的な部分が大きいので、この幸せという観点はしっかりと深めていきたい分野です。
起業する前は、心理学を駆使した組織開発の仕事をしていたので、色々と当時の資料を漁りつつ、考えを巡らせました。そこで、ピンと来たのがアドラー心理学でした。
アドラー心理学について言及しませんが、幸せは対人関係で決まるという立場をとっている心理学です。そのアドラー心理学から、次の幸せの定義を引用したいと思います。
以下の3つを満たす事
①自己受容 → ありのままの自分を受け入れること
②他者信頼 → 他者を無条件に信じ、仲間だと認識すること
③他者貢献 → 他者との共同体への貢献感があること
僕なりに考えをまとめると、自己受容とは自分への信頼がある状態を指します。条件付きではなく無条件で、自分の命がある奇跡に対して、潔くありのままを受け入れるという感覚です。
結婚式のプロセスでは、自分の生い立ちから振り返ることができるので、自分に対する新たな発見があるはずです。
そして自分を受け入れてくれる相手と出会うというのも、結婚の価値でもあるので、自己受容は進みやすいと考えています。
他者信頼と他者貢献は、結婚式においては、他人と自分の関係性を見直すということにあります。特に親との関係における認識の変化は、CRAZY WEDDINGのプロセスでも多く見られる光景です。
いくつも実例があるのですが、僕の知っている人(父も娘も)のnoteから抜粋してみます。
プロデューサーの森さんが提案してくれたコンテンツにの一つに
「お父様からお母様へ子育てありがとうのメッセージをおくりませんか?」
というものがありました。
その提案を受けた時「絶対無理だ」と思いました。
父とは大きな確執があり、私は父を“父親”とは思えずにいたのです。
手始めに父を母づてに結婚式に誘ってみるも「用があるから行かない」との返答。
“やっぱりか”と思いつつ、意外だったのは、その言葉を思い出すほどに涙が出てくることでした。その時はじめて“ああ、寂しかったんだ”ということに気づきました。
本当に、結婚式で人生が変わる人はたくさんいます。いい仕事です。
さて、ここから、先ほど出てきた価値と合わせて考えると次のようになります。
【個】個人的なもの → 自己受容
【他】他人との人間関係 → 他者信頼・他者貢献
(分かりにくいかもしれないので前の図をもう一度貼りました↓)
上記の【個】と【他】は、ある種普段の生活から実践することが可能なものでもあります。しかしながら、自分を受け入れ、他人と共に生きていくというシンプルなことは、やはり実践が困難なことでもあります。
そこに、結婚式のような儀式的プロセスがある事の意味を加えていくと、次のような言葉にまとまっていきました。
【イ】何かしらのイベント → 特別な体験
特別な体験とは、普段の日常生活と区別されるようなめったにない実際の経験の事です。この特別な体験というものがあるから、ある種の言い訳となって、普段伝えられない何かが起こるのです。
それをいろいろな方法で提供しているのが結婚式のプロセスだと考えています。儀式も、衣装も、改まった空気も、特別感を演出する事で、自己受容や信頼関係の醸成を助ける役割があると思います。
という事で、一旦の結論として以下の結婚式のまとめができました。現時点で考えられる結婚式の価値だと思っています。
結婚式の価値を次の3つの言葉にまとめました。
①自己受容
②信頼関係の再構築
③特別な体験
そして、それをサービスにどのように活かしているかという一覧表も、以下のようにまとまりました。
なんと言うか、書き出していて「気づき」とか「意味づけ」とか、なんだか懐かしい言葉たちです。すごくシンプルですが、すっきりしました。
さて、今日はちょっと長いです笑。この記事を読んでいるあなたに、まだ伝えたいことがあるからです。
それは、上述の結婚式の価値を踏まえて考えたときに、この価値を含んだ結婚式は、僕の人生にとっても価値があったように、あなたの人生にとってもきっと価値があるんだということです。
その事を、今回の記事のタイトルにある「人生と、節目と、記念日。」という観点から、まとめていきたいと思います。
人生における、記念日とは、節目をつくるという行為なのです。
いきなり竹の話になりますが、竹ってしなやかですよね。小学校のころ、竹のすごさについて習った時に「竹のようにしなやかに生きましょう」って先生が言っていた事を、やけに覚えています。
竹は、節があるから高く伸びることができます。ロシアの劇作家、アントン・チェーホフは「人生の大きな出来事は竹の節であり、"節"と"節"との間にある生活の連続こそが人生だ」と、人生のあり方を竹に例えたそうです。
この節目というものは、一体どうやってできるのでしょうか。
それは「終わりと始まりが同時に起こる」という事を意味しているのです。
結婚式は新しい始まりばかりが目に行くのですが、新しく何かが始まるためには、必ず何かの終わりが同時にあるものです。その終わりをどう作るかが、よい節目をつくる条件だと思います。
この話も、もはや別の記事に書きたくなりました。「結婚式の終わり」というタイトルでしょうか。ちなみに結婚式では司会者は「終わり」という言葉を使っちゃいけないので、いい感じのタイトルですね(笑)。
結婚式のプロセスで、自己と他者との関係において、終わりと始まりをつくる事で、体験はよりその深みを増します。そして、忘れられない強烈な記憶として、その人のコアに、五臓六腑に、魂に刻まれるのです。
これが伝わらないから、結婚式は、意味が無いだの、なんだのって話になってしまうと思っています。
人生の節目づくりを、もっとみんなが体験できるようになれればいいと願いつつ、終えます。最後にもう一つ、節目に関して名言があったので載せておきます。
人は、人生の節目を迎えるたびに、自分のために新しい神話を作るか、
それとも古い神話を受け継いでいくかを選択する。
― スタンリー・ケレマン ―
とまぁ、格言で閉めてみたけど、正直リリースが近くて、久しぶりに寝れない日々です。それが懐かしくて楽しくて、ほんと毎晩ナチュラルハイです。
で、記事も長くなっちゃった。