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【退職エントリー】ディップで働いた1年間は僕に"本当に"大切なものを教えてくれたんだ

オフィスの机に備え付けられた電話が大きな音を上げている。まるでその音は、小さい頃に近所のおばさんに叱られた-あの甲高く、そしてどうして怒っているのか全くわからないような-ときのそれに近いような騒がしさで、僕の耳に届いた。寝不足の僕は、その甲高い音を出し続ける電話の受話器を取り、声を出す。

「お電話ありがとうございます。○○株式会社でございます。」

僕は今日はじめて声を出したと思う。いや、厳密に言えばビルのエントランスで警備員のおじさんに挨拶をされた。「おはようございます」えらくのっぺりとした声はたちまち僕の耳に届き、そして僕はほぼ反射的に「おはようございます」と返した。しかし、そこには意志もなければ、交歓の意図もなかった。それは、目の前に突然飛んできた野球ボールを意識せず避けるような-世間一般ではそれを脊髄反射というのだろう-行為に他ならなかった。

○○株式会社で働く僕は、今月でこの会社を辞める。僕は地元に帰ることにしたのだ。東京での長い生活に慣れた僕は、かつてそこに見出していた大きな意味をもはや見出すことができなくなっていた。そこにあったのは、ただ拡大し膨張を続ける都市のありようそのものだった。



大量のトラックが首都高を通り過ぎ、地下鉄は今日も乗車率200%で人々を都心へと誘う。東京は毎日、大いなる運動を続けているのだ。高層ビルのなかでは、たくさんの人々が働き、そして彼ら/彼女らの足音が重層的に連なる。東京中の高層ビルで働いている人が出す足音を全部集めたら、いったいどんな音になるのだろうか。コツコツと規則的に鳴るヒールの音や、スニーカーから聴こえてくるステップは東京の大いなる運動を表象するに違いない。

「辞めるのか。なんだか寂しくなるなあ。お前とは5年の付き合いだったからな。」

同期のSが僕に話しかけてくる。僕とSは、同年入社でずっと同じ営業部で働いてきた。お互いどちらが部署内MVPを取れるかで競ったこともあったっけ。彼は僕にとって大切な仲間であり、また同時に最大のライバルだった。世間で言う「良い仕事仲間」だったのだろう。しかし、僕はここで新たなステップを踏み出さなければいけない。これは、決して否定的な意味の退職でもなければ、独りよがりな退職でもないのだ。

僕はこの会社でどんなことを得ただろうか。なにかを「得る」ということは案外簡単ではない。僕らは、普段の消費生活のなかでお金を払えば大抵のものは、簡単に手に入れることができる。けれど、この大量消費社会のなかで一つ言えることがある。それは、"本当に"大切なものほど、簡単に「得る」ことはできない、ということだ。



例えば、仕事の経験。知識。それはただ本を読んだからとか、上司に教えてもらったからとかで身につくものではない。なんといえばよいのだろう、簡単に身につくことはある種フリーソフトウェアのように世界中に溢れている。僕たちはその簡単に身につくことを手に入れては-それはダウンロードという感覚に近いのかもしれない-「仕事ができそう」という記号を自身の身体に貼り付けることになる。

しかし「仕事ができそう」という記号は決してそれ以上には変化しない。あくまで、その「仕事ができそう」は「仕事ができそう」でしかなく「仕事ができる」とは決してならないのだ。そういう意味では、インターネットが全世界に溢れる今日においては、以前にも増して"本当"に大切なものは手に入れることが難しくなってきているといえる。かつてボードリヤールが主張したように、オリジナルなき「シミュラークル」が世界中に溢れる今日において、"本当"(Genuine)なものを見つけることは極めて難しい。何もかもがコピーであり、アウラはとっくに消失しているのだ。

そんななかで、僕たちの仕事は僕たちの社会、東京、そして自分自身に何を与えるだろうか。僕はそんなことを深く考えるタイプの人間ではないから、今どうしてこんな文章を書いているのかわからない。けれど、もしこの文章が退職というタイミングに、ある種の意味性を少なからず帯びるのだとすれば、それはとても好ましいことだと僕は思う。

同期Sが言う。「また東京に戻ってきたくなったら、いつでも帰ってこいよ。俺はまたお前と働けることを楽しみにしてる。」

同期Sは今、新たな社内目標に向けて努力を重ねている。彼はこの場所で努力をし、本当のなにかを得るために運動を続ける。僕は、地元でまた新しい人生を始める。

都市の各人が個別的で、まるで繋がりのないような活動を、そして運動をしていると思っても、本当はそんなことないのだ。この都市、東京では誰もが「なにか」のために働いている。そしてその「なにか」は「だれか」のためになり、そしてそれがこの大きな都市の運動を支えている。

僕は社員証とPCを返却し、オフィスをあとにした。次にここに来ることはあるだろうかー。

「1階、First Floor。」

無機質な女性の声がエレベーター中に響く。僕はビジネスシューズのコトコトとした音をガラスのエントランスフロアの床に響かせながら、帰路へと急いだ。新しい日々に向けて、その歩みは始まったばかりだ。

Fin.



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こんにちは。ディップの次世代事業準備室でインターンをしている、佐々木です!

もうすぐ6月ですね。暑い日が連日続いていて、なんだかもう真夏の気分がしなくもない毎日です。さて、僕は5月末をもって1年間お世話になったディップのインターンを卒業することになりました!

僕がディップに入社したのは、2017年5月。Wantedlyでお誘いをいただいたのがきっかけでした。入社以前は、某メディアでWeb記事の編集や管理をしていたのですが、僕がディップで担当したのは「新規事業開発」というお仕事。IT企業で働いていたとはいえ、まったく新しい挑戦でした。

採用関連のサービスの開発を中心に、様々なことに挑戦する機会を与えてくれたのがディップで、そしてそれを後押ししてくれたのは優しくも、的確なアドバイスをくれる社員の皆さんと、同じくインターン生みんなだったことは言うまでもありません。本当に楽しく、また充実した1年間だった気がします。

本当にありがとうございました!

と、ここまでだと普通の退職エントリになりそうなので、趣向を変えてなにか変わったことをやりたいなと思いたちました。何が良いだろうと考えたときに思いついたのが、ショートショートの小説を書いてしまおうというものでした。何の構想もプロットもなく書いてしましましたが、ここまで読んでいただき嬉しいです。

一応テーマは「退職」でした。それでは、また会う日まで!Good-bye!

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