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「食」を通して伝えたい この町が秘める力

春になると、あちこちに自然に生えてくるヨモギ。木の下に転がるヤマモモ。「休みの日に見かけても、“あっ、見つけた!何かに使えるかも”って思っちゃうんですよね」

井上美羽さんは、株式会社サン・クレアで業務委託の「食コーディネーター」として働いている。「ここで働くために、自分で決めた肩書です」。愛媛県北宇和郡松野町目黒で、「食」を通した地域の魅力発信に挑戦している。

美羽さん(後列右)

「答えは見えているのに」 東京でぶつかった壁

昔から「食べること」が大好きで、学生時代にはフードロス問題に興味を持ってオランダ留学も経験した美羽さん。株式会社サン・クレアと出合う前は、屋上緑化を進める東京の企業でレストランの広報業務に携わっていた。

レストランが目指していたのは、環境に配慮したサステナブルな運営。フードロス問題や環境問題など、自分の興味とこれまでの経験が生かせるコンセプトだった。例えば、ごみをなくすために生ごみをたい肥化するコンポストを設置したり、プラスチックの包装をなくすよう仕入れ先に相談したり。できることは、いくらでもあるように思えた。

「でも、東京で循環型のレストランモデルを作るのはめちゃくちゃ難しいんです。においの問題でコンポストは置けないし、物流の問題でうちだけパッケージを外してくださいというお願いもできない。社会が出来上がりすぎていて、いろんなしがらみがあるんですね。解決策は見えているのに実行できないことばかりで、悩んでいました」

作らなくてもここにある 目黒で見つけたもの

そんなときに参加したのが、2021年に開かれた一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会の目黒ツアー。株式会社サン・クレアが運営する「水際のロッジ」でレストランプロデュースも手がける、「PIZZERIA GITALIA DA FILIPPO」(ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ)の岩澤正和さんの案内で、初めて目黒を訪れた。

台所で出た生ごみを畑に捨てる。保存食を作る。目にしたのは、ここで長く続いてきた当たり前の生活だった。「ここはすごい、と思って。東京で頑張ろうとしてもすごく難しかったことって、新しく作ろうとしなくてもここにある。ツアーに参加した中で、すごく印象的でした」

東京に戻っても、美羽さんは目黒のことが忘れられなかった。ツアーの2カ月後、株式会社サン・クレアの代表の細羽雅之さんに連絡を取って再びこの町へ。「何かここでするわけでもなく、町を見て。ああ、やっぱりいいなぁって」

この町の「伝達者」になる

「私もこの町に関わりたい」。細羽さんに相談をした美羽さんが最初に選んだ仕事は「人」を切り口にした記事を書いて、町の情報を発信していくことだった。「学生の頃からアルバイトでライターをしていたんです。自分がここでできることを考えたときに、東京の人って全然この町のことを知らないよね、って思って。私は“伝達者”になります、と細羽さんにお話をしました」

「東京のシェフたちは、フードロス問題への意識がすごく高いのに、何をしたらいいのか分からなくて悩んでいる人も多いんです。循環型モデルを作ることに苦労している人たちに、一つの答えがここにあることを伝えたいとも思いました」

美羽さんは前職を辞め、東京と愛媛の二拠点生活をしながら、株式会社サン・クレアの従業員や「水際のロッジ」のレストラン「Selvaggio」(セルバッジオ)で使用する食材の生産者などへインタビューを始めた。しかし、スケジュールの都合がつかず、徐々に目黒を訪れる回数は減っていった。「正直、もうやりたいことはやりきったかなとも思っていました」

海外移住にも興味を持ち始めた美羽さんは、デンマークやオランダを訪れ、エコビレッジでのボランティアを経験した。そこにあったのは、住居や乗り物などは支給され、住人同士が支え合う持続可能なコミュニティ。自転車が壊れて困っていたら、直してくれる人がいる。畑でできた野菜を分けてくれる人もいる。

「その人たちが目黒にいるおじいちゃんやおばあちゃんを思い出させるんです。見るもの全部がリンクしていて、やっぱり全然目黒のことを忘れられていなかった。満足したと思っていたけど、まだまだ目黒でやりたいことがあるって思うようになりました」

帰国して真っ先に、細羽さんに連絡を入れた。エコビレッジで見たもの、考えたこと。自己満足だと思われてもいい。資料にまとめ、プレゼンテーションをした。

「こういう町、すごくないですか?目黒でやってみませんか?って。そのときに私が関わることができるのは、やっぱり“食”。この町には、今は0円の野草や果物が転がっているんです。シェフが来たくなる場所にして魅力的な食材を見つけてもらうことで、この町の価値を上げていきたいとも話しました」

ここに根を下ろし、「食」を通して地域の魅力を発信したい。美羽さんの視線は再び、目黒に戻ってきた。

「食」で発信したいのは、この場所の世界観

美羽さんは現在、株式会社サン・クレアの「森とパン」の運営に携わりながら、新たにオープンするシェアキッチン・コミュニティスペース施設「目黒テーブル」の準備を進めている。

「森とパン」は2023年4月にリニューアルオープンしたばかり。新たなコンセプトは「子どもに食べさせたい安心安全な食を発信する場」。自然栽培野菜や松野町に自生する野草を使ったサンドイッチなどを用意し、松野町にある自然の恵みを発信している。

「“子どもに食べさせたい”というのは、この土地に関わっている人たちが共有しているものを全部含んだ言葉だと思っています。サステナブルでおいしくて、未来に残したいもの。そういうものは、おじいちゃんやおばあちゃん、私たちも食べたいものですよね」

2023年5月には目黒で開催されたイベント「蛍の畦道ライトアップ」にも参加。現在は廃校になっている松野南小学校の校庭にブースを出し、人気商品の「レモンブリオッシュ」を販売した。

手が届きそうな距離を蛍が飛ぶ。畦道は手作りの灯ろうでライトアップされた

用意した「レモンブリオッシュ」は完売。「売り切れて商品がもうないのに、地域の皆さんがブースに声をかけに来てくださるんです。愛を注いでもらっているというか、受け入れていただいているなあと思います」

「でも、私たちは“パン屋さん”がやりたいわけじゃないんです。パンを通して伝えたいのは、その裏にある畑や人、サン・クレアが挑戦している地域づくりのこと。パンはこの場所の世界観を伝えるための、一つのツールだと思っています。最初は記事を書いて伝えていたことを、今はパンを通して伝えている。やりたいことは変わらず、“発信”して“食”を通してこの町の価値を上げていくことです」

準備中の「目黒テーブル」には、パンを焼くキッチンやコワーキングスペース、ふらりと目黒を訪れたシェフが使えるスペースも設ける予定だという。「私は作り手が大事だと思うので」。この場所を見つけてもらうための準備が、着々と進んでいる。

準備中の「目黒テーブル」

目指すはスペインにある美食の街、サン・セバスチャン。たくさんのシェフが集い、世界中から人々に注目される観光地になっている。「いつかは世界から“あの町は食がすごい”って思われるようになったら最高です。そのためにまずは、シェフの中で農業や自然農法の勉強をするとしたらここだよねって思ってもらえる場所になると嬉しいですね」

文/時盛 郁子

【公式】森の国リパブリック | 四万十川源流、人にはつくれない国 | 四万十川源流、森の国
「森を食べる野生ランチコース」森の国の5日間の食材探しの旅 全国を旅する出張料理人であり次の世代を生き抜く若手料理人が集まるChef's ...
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