整体師を11年やっていた私が、34歳でメドレーに転職して「介護のほんね」に取り組む理由 | 私がメドレーに入社した理由
皆様こんにちは、介護施設の口コミサイト「介護のほんね」で、セールスと相談員を兼務している福田と申します。もともと整体師として10年以上働いたのち、34歳でメドレーに入社しました。まさかその時は、...
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はじめまして。株式会社メドレーのオガワタクと申します。
現在、医療介護求人サイト「ジョブメドレー」の求人原稿を作成する部署で、原稿品質の維持・向上に取り組む「エディターチーム」と、社内外との調整を担当する「コーディネータチーム」のリーダーを兼任しています。
2014年5月に新卒インターンとして初めてメドレーに来た日から、いつの間にか4年弱が経っていました。今回は、ノープランでただ漫然と毎日を過ごす、まさしくチャランポランを絵に描いたような大学生だった私が、メドレーに出会ってどんな変化があったのかをお話しできればと思います。
学びたいことは特になく、「地元を離れられればなんでもいい」という程度の考えで大学に進学したような、やる気も夢もないような学生でした。
入学後は、元々の不精な性格に初めての一人暮らしの開放感が加わった結果、あっという間に昼夜逆転の生活になり、だんだんと大学にも行かなくなりました。
当然、必修科目の単位を落とし、1年目から留年。2回目の1年生~3年生は無事進級できたものの、あいかわらずのサボり癖で卒業単位が足りず、4年生で2回目の留年。
それでもなんとか卒業できる目処はたったものの、つねに「進学できるか否か」という状況だったため、就活はまったくしていませんでした。
ある日、就職課に呼び出され就活の状況を聞かれたため、正直に「なにもしていません」と答えたところ、「君だってね、将来結婚するかもしれないでしょ?もしかしたら子どもが産まれるかもしれないわけだ。そうしたら奥さんと子どもを養うためにも、ちゃんと就職して(略)」とお説教を頂いたことを覚えています。
そんな状態だったため、晴れて卒業したあとも就職先はまったく決まっていない状態でした。
(あの頃誰もが全く想像できなかったであろう、私の働く姿です 笑)
6年かけて大学を卒業したものの、就活もバイトもしておらず、またもや夕方近くに起きてから日の出とともに眠りにつく昼夜逆転の生活を送っていました。
やりたいことや目指したい分野はまったくなく、働いている自分の姿を想像することもできませんでした。
1ヶ月ほどそんな生活を送っていたのですが、ある日のお昼すぎ(私にとっては夜中ですが・・・)に一本の電話がかかってきました。
話を聞いてみると、在学中に申し込みだけしていた、大学生向けインターンプロジェクトのコーディネート会社からの、「新卒向けのインターンを募集することになったので、説明会に来ませんか?」という連絡でした。
寝入りばなの電話だったため寝ぼけていた私は、よく考えずに「行きます」と答え、説明会に行くことになりました。
この電話がなければ、私は今ごろ路頭に迷っていたかもしれません(笑)
説明会でインターンの仕組みについての話が終わると、さっそくインターン先の企業を選ぶことになりました。
分厚い冊子の中から選ぶのですが、先述のとおりやりたいことがなにもないわたし・・・。「営業は向いていないだろうな」「スーツを着て働くのは想像できないな」と、消極的な姿勢でインターン先を探し始めました。
そんななかで一つだけ目に留まった企業がメドレーでした。
気になった理由はふたつ。
ひとつは、「医療介護求人」という、わかりやすく社会貢献度の高い分野だったこと。漠然と「働くならやりがいのある仕事がいい」と思っていたため、ピッタリの分野だと思いました。
もうひとつは、「編集」という仕事に興味がわいたこと。読書家と呼べるほどではありませんが本を読むこと自体は好きだったため、「書く」ということを仕事にできるのであればぜひ挑戦してみたいと思いました。
恥ずかしながら強い動機や志があったわけではありませんが、こうしてわたしはメドレーと出会いました。
(全国10万以上の事業所様に求人を掲載いただいており、今や医療介護分野では日本最大級のサービスに!)
インターンとして初めて会社に来るときは、「エラそうなオジサンがふんぞり返っているような会社だったらどうしよう・・・」と不安でいっぱいだったのを覚えています(笑)
実際に来てみればそんなことはまったくなくて、平均年齢は20代後半~30歳くらいの若い人たちが働いている会社でした。
(入社当時お世話になっていた方々。本ブログのことを聞きつけ、僕の今の仕事ぶりをチェックしにきました笑)
インターン期間中はとにかく目の前のことに対応するので精一杯でした。はじめは受信したFAXの管理などの事務業務から学び、慣れてきた頃に原稿作成を教えてもらい、それからはひたすら原稿を作っていました。
ただ、私はインターンから順調に正式採用されたわけではありません。3ヶ月のインターン期限を迎え、新卒として迎え入れてもらえるかどうかのジャッジで出た結果は不合格。当時は「なんで採用されなかったんだろう」と不満に思いましたが、今思えば能力がまったく足りていませんでした(笑)
とにもかくにも、またもやニート生活に戻り、一日中ぷよぷよをしたりビールを飲んだりする日々に・・・。
(無職で飲むビールもウマいということをこの時に学びました。ビールって偉大です)
しかしながら、生活のためにお金を稼がなければなりません。とはいえ、これから就活をするほどのバイタリティもない。
どうしたものかと考えた末に、インターン時にお世話になっていた福田に「バイトとしてでも雇ってもらえませんか?」と連絡をしたところ、まさかのOKをもらうことができました。
(ちなみに福田も未経験からメドレーにジョイン、という経歴の持ち主です。)
こうしてわたしは再びメドレーに戻り、バイトとしてではありますが無事に働き始めることができました。
バイトとしてメドレーで働き始めてからは、ひたすら原稿を作成し、「書く」スキルを磨く日々でした。
しかし「介護付き有料老人ホームと住宅型有料老人ホームってなにが違うの??」という具合に、複雑な介護施設の種別を理解することができず、介護施設の求人を書くのはとても苦手で、いまいち伸び悩んでいました。
当時は自分から積極的に介護施設の求人に関わることもせず、自分でできる範囲のことに逃げていたように思います。
そんな私を見かねてか、ある日先輩社員から「今年中に社員登用を目指そう」と言われました。
「こんなチャランポランのわたしを社員として迎えてくれる会社なんて他にはないかもしれない。」と思い至り、社員採用に向けて努力することを決意しました。
(僕を見捨てず育ててくれた先輩方には本当に頭が上がりません)
介護施設の種別一覧を印刷して読み込んだり、勉強がてら介護施設の求人をたくさん書かせてもらったり、先輩社員に助言をもらったり、とにかく苦手分野の克服に向けて行動しました。
その甲斐あってか、バイトとして入社してから4か月後にあった社長との評価面談(メドレーでは年2回、上長との評価面談があります)で、社員としての採用が正式に決まりました。
その際に社長の瀧口から「最近がんばってるらしいじゃん」と言われたことが、自分の価値を認められたようでとても嬉しかったことを今でも覚えています。
がんばった人や成長した人を認め、それを口に出して褒める文化が根付いていることも、メドレーの魅力のひとつだと思います。
求人原稿を作ることに慣れてきたころには、気持ちに余裕が出てきたのか、社内のいろいろなことに気づくようになっていました。
入社当時は求人原稿を作成する部署ができたばかりだったこともあり、原稿作成以外にもいろいろな調整や改善、仕組みづくりが必要な状況でした。
そのなかで、「これはこうしたほうがいいな」と気づいたことを率先してやっているうちに、観葉植物への水やりから新人教育まで、いつの間にか「いろいろやっている人」になっていました。
そうしてしばらくは原稿作成とその他もろもろの業務をしており、しばらくは大きな問題もなかったのですが、クリエーションチームの人数増加や事業の成長にともない、それまでのやり方では通用しない場面が次第に多くなっていきました。
受注量はどんどん増えていくなかでも、「この問題はどう対応しようか」という小さな意思決定から、もっと多くの人に応募してもらうための大きな改善まで、原稿作成以外にも課題がたくさんあり常にてんてこ舞い状態に。
チーム全体のパフォーマンスも思うように上がらず、生産能力を上回る受注量に、ほとんどチームとして機能しない状態になってしまいました。
そんな折に、会社の大きな体制変更があり、横尾がクリエーションチームのマネージャーに就任しました。
それからは、チームが抱える山のような問題を地道にひとつひとつ解消していく日々が始まり、わたしの主な業務も原稿作成から業務の改善に変わりました。
夜11時から横尾と2人で話し合いが始まったこともあるような高負荷な日々でしたが、着実に一歩ずつ前に進めている感触がありましたし、成長につながっている実感もあったため、まったく苦ではありませんでした。
(今では誰一人そんな働き方はしていませんのでご安心を!)
(刺激的な日々でしたねぇ…と昔話に話を咲かせる横尾と僕。)
(ちなみにたまたま靴が一緒でした笑)
そんな毎日のなかで、今でもわたしのなかで活きている一つの気付きがありました。
それは、「仕事を学ぶ」ということは「業務の手順を覚える」ということではなく「考え方を身につける」ということだ、というものです。
なにかに行き詰ったとき、場当たり的に対応方法を確立するのではなく、ときにはプロダクト理念まで立ち返って対策を考える、という思考方法が身についたことは、わたしにとって大きな成長でした。
今は2つのチームのリーダーを務めているわたしですが、このときの気付きや学びをメンバーにも伝えていければ、と思っています。
横尾がクリエーションチームのマネージャーに就任してから1年ほど経ったころ再度組織変更があり、横尾が他部署に異動になり、代わりに小川が新しいクリエーションチームのマネージャーに就任しました。
(小川にはビシバシ鍛えてもらいました。どうです、伝わりますか?このビシバシ感。笑)
小川がクリエーションチームのマネージャーになってからは、「運営管理チーム」として、業務改善や社内外との調整を担当していました。
運営管理チームには社員がわたしだけで、他はインターンの大学生2人だったのですが、今まで一人で業務に取り組むことが多かったため、他の人と一緒に一つの仕事をする、という経験があまりありませんでした。
それまでは仕事がうまくいっても失敗しても、言ってしまえば「自分のせい」で済んだのですが、人に仕事を指示するようになるとそうもいきません。
最大限のパフォーマンスを発揮してもらうためにも、「どうしたら気持ち良く働いてもらえるだろう」「どうやったら目的意識を共有できるだろう」という、今までにない悩みが生まれました。
指示を出すときの言い方を変えてみたり、問題の背景まで詳しく伝えたりと、まさに試行錯誤の連続でした。
幸い、2人ともとても優秀だったので、いろいろなことを教えなければいけないはずのわたしが、反対に教えられることばかりでしたが(笑)
そして2018年1月より、わたしはエディターチームおよびコーディネータチームのリーダーを務めることになりました。
リーダーになってからは、個々で考え方が異なるメンバーをひとつのチームとして束ねることの難しさを感じる一方で、自分一人では生まれなかったであろう気付きやアイディアがもらえることを嬉しく感じる毎日です。
まだまだチームとして不完全な状態ですので、これからは、メンバー1人ひとりが成長していける環境づくりにも取り組んでいく必要があると考えています。
そのためにもまずはわたしがいろいろなことに挑戦して、人を育てることができるようにならなければなりません。
今はまだリーダーとして至らない点ばかりでメンバーをやきもきさせてしまうことが多いですが、メンバー間で相互に高めあっていけるチームを作っていければと思います。
(未経験からでもOK!愉快なメンバーたちがあなたの応募を待ってます。)
「就職」や「転職」は多くの人にとって、人生のなかの大きな分岐点のひとつです。
わたしたちがつくる求人原稿の向こうには、結婚・出産などのライフイベントで今の職場で働き続けることが難しくなった人や、ブランクからの現場復帰を目指している人など、いろいろな事情を抱えている人がいます。
そんな人たちと人材募集をしている事業所が適切にマッチングするよう、お手伝いをするのがわたしたちの仕事です。
事業所様から「応募が入らなくて困っている」というご相談を頂くことがあるのですが、職場の魅力がより伝わるように求人原稿をブラッシュアップすると応募が入ることがあります。
また、求職者様からも「20年ぶりの復職で不安だったが、職場の雰囲気がわかる内容だったので、勇気を出して応募することができた」という感謝の声を頂くこともあります。
どちらも、編集スタッフたちが事業所目線・求職者目線で原稿を作成したからこそ適切なマッチングに結び付いた例だと思いますが、コツコツとした努力が就職・転職という「挑戦」を後押しできたということを実感できてやりがいにつながった瞬間でした。
ユーザーの顔が見えにくいWebサービスだからこそ、「これを読んだ人はどう思うだろうか」「こう書いたら伝わるだろうか」と、常に相手の視点に立って考えられる人と一緒に働きたいと思っています。
編集やコンテンツ制作の求人を探してみると、経験者の募集がほとんどだったり、特定の分野の知識が必要だったり、ハードルが高く感じられてしまいますよね。自分の文章力で通用するのかわからず、あと一歩を踏み出せない方もいるのではないでしょうか。
ただいまメドレーでは、経験の有無を問わず編集者を募集中です。「文章を読んだり書いたりするのが好き」「医療介護に関わる仕事がしたい」くらいの理由でもOK!実際、先輩社員のほとんどがライティング未経験から入社し、現在ではバリバリ原稿を書いています。
あなたもぜひ、メドレーで新しい一歩を踏み出しませんか?一緒に働ける日を楽しみにしています!
▼未経験OK、週2日からのアルバイトさんも歓迎です!
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第4回:私がドクターヘリを降りて、メドレーに入った7つの理由
第8回:Googleのエバンジェリストをやめてメドレーに入社した僕が6つに割れたバキバキの腹筋を手に入れるまでに実行した7つのステップ
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