「車両開発は今後、ソフトウェアファーストにシフトしていけるかどうかが肝になると考えています」。そう話すのは、トヨタコネクティッドで次世代コックピット開発に初期の頃から携わってきたUX/UIデザイナーの保利みなみです。クルマ作りが変革期を迎える中、グローバルな体制でどう開発に挑んでいるのか、未来を見据えたUX/UIデザインに携わるやりがいとは何か、話を聞きました。
北米拠点で車載器開発の初期からUIデザインに携わる
——保利さんがトヨタコネクティッドのUX/UIチームに参画することになったきっかけを聞かせてください。
新卒で入社したのが商社系のシステム開発会社で、スマホアプリやウェブサイトといった開発案件を受託で引き受け、デザインから実装までをやっていました。それまで私はデザインの経験はなかったのですが、4〜5人からなるデザインチームに入ってBtoB、BtoC向けのアプリやサイトを受託で作りながら学んでいったんです。そこで携わったのが北米トヨタコネクティッドの案件でした。
現在も車載器開発に携わっていますが、当時は前世代のマルチメディアシステムのデザイン支援を行っており、テキサスに拠点を置く北米チームが主導していたので、渡米して現地のデザインチームに加わる形で一緒にデザインを作っていました。
前職を辞めてからも、フリーランスのデザイナーとして参画していましたが、日本で新規にUXチームを立ち上げるというタイミングで、北米チームのリーダーから正式にお誘いをいただき、2019年12月にトヨタコネクティッドに入社しました。
——UX/UIチームができた初期の頃から参画していたんですね。当時、このチームでこんなことがしたいといった理想はありましたか?
オンボードでデザイン支援をやっていた頃の車載器開発の知見を活かしたいというのが1つ。もう1つは、北米チームとの関わりやコネクションをうまく活かして、よりスピーディーで円滑なグローバル開発チームを築いていけるようサポートしたいと思っていました。当時は開発思想の違いや言語的な壁もあり、日米の連携がうまく取れず、プロジェクトが思ったように進行しないことがあったんです。
これまで、開発は日本かアメリカどちらかが主導し、もう片方がそれをローカライズするというやり方をしていましたが、これからはどちらの地域にも適したデザイン・開発設計をすることになります。日米でグローバルワンチームとして一緒に作っていく必要があるため、今後はよりスムーズな連携が求められます。
また、北米チームにはエンジニアやデザイナーなど技術力の高いクリエイターがたくさんいます。そういう仲間と仕事をすることは、自分のスキルを高めることにつながります。一緒に仕事をし始めた当時、彼らは英語が達者でなかった私に対してもフレンドリーに接してくれました。人柄がよく、とても仕事がしやすい方たちだったので、これからも一緒にデザインを考えていきたいと感じたことも参画する一因になりました。
機能ごとにスクラムチームを細分化
グローバルでワンチームになって車両開発を進める
——先ほど、UX/UIチームとして車載器開発に携わっているというお話がありましたが、具体的にはどんなことをしているのでしょうか。
今関わっているプロジェクトでは、車のコックピットと呼ばれる領域で、特にマルチメディアシステム、メーターのデザインを作っています。マルチメディアはいわゆるカーナビと呼ばれる、車のセンターディスプレイに表示されるシステムのことです。
以前はこの2つは別々に作られていましたが、統合された乗車体験を実現するためには共通のコンセプトに基づいて一緒に考えられるべきだという考えから、一緒に開発をすることになったんです。
さらにいえば、ステアリングやハードスイッチ、ライティングなど、インテリアを含めた要素も考慮して作っていく必要があるため、これらの機能やハードを横串でまたいだ開発体制を心がけています。そういった乗車体験や、それを実現するための開発体制など大枠の部分も考えつつ、細かな実デザインも作っています。
また、車載器開発だとクルマを運転するうえでの安全性を確保しなければならないことから、トヨタの厳格なレギュレーションに基づいてデザインを作っています。例えば、ディスプレイに表示するボタンの大きさや数、文字の大きさなどはもちろん、聞きたい音楽がかかるまでにタスク時間を規定秒数内にするといったような、ユーザー体験としての心地よさも含めてデザインを考えています。
——それらの開発を具体的にどんなプロセスで進めているのでしょうか。
スマホアプリやウェブサイトの構築は、単発で3ヶ月〜半年、長くて1年ほどです。対して車両開発というのは、4〜5年のスパンがあります。それだけ開発サイクルが長いと、企画が始まった初期の段階から世の中のトレンドも変わっていってしまいます。
プロジェクトの初期段階でユーザーリサーチをするときに、4〜5年後、もっというと10年後の未来に、生活者の常識がどう変わっているのか、技術的にはどういうことができるようになっているのか、未来洞察も含めてリサーチする必要があるんです。
そうやって設計したペルソナがどんな車内体験を求めているか、メンバーとのワークショップでアイデアを出し合います。例えば、家から勤務先に行くまでのあいだにどんなことができたらいいか、シナリオベースでユースケースを考えて、UXに落とし込んでいきます。
そうしてワイヤーフレームレベルでUIができたらUX/UIチームから開発チームへハンドオフして、アジャイル開発で実装してくというプロセスを採っています。
プロジェクトにはたくさんの役者がいて、現在日本側の開発者だけでも120〜130人ほどが携わっています。恐らく車両開発の後期になると300〜400人の人が関わってくるのではないでしょうか。
そのような状態なので、メンバーをUXエリアと開発エリアに分け、エリアごとにフォーカスして開発を進めています。いま、私は開発側で、プロダクトオーナーやエンジニア、スクラムマスター、デザイナーとでスクラムチームを組んで、2週間1スプリントでプロジェクトを回しています。
——それだけのスタッフが、業務上どのように連携を取っているのでしょうか。
先ほど、UXエリアと開発エリアで分けていると言いましたが、開発エリアの中でもさらに、機能ごとにスクラムチームが組まれています。ここでいう機能というのは、例えばナビの機能だけでなく、音楽を聞く機能、電話をかける機能、空調を動かす機能というふうに細分化されているんです。
こうした各スクラムチームのプロダクトオーナーが、定例会議を設けて連携を取っています。ここに北米のメンバーも含めると、なかなかの大所帯になりますね。
リージョンによって機能が異なる場合には日米別々に開発を進めますが、グローバルで共有する機能については、日米問わず手が空いている人が、プロダクトバックログに積まれたタスクに着手していきます。自分の持っているタスクについて聞きたいことがあれば、GitLabやSlackを通じて質問しあうような形で進めています。
グローバルでワンチームになって開発をするというのが、コックピットプロジェクトの開発指針の1つでもあるんです。
ソフトウェアファースト、アジャイルな車載器開発でトヨタの変革期に関わる
——いま、グローバルでワンチームになるというお話がありましたが、保利さんはUX/UIチームのカルチャーについてどう感じていますか?
どういうやり方がいいのか、どこを改善すればいいのか、エンジニアとデザイナー、プロダクトオーナーが日々密接にコミュニケーションを取りながら手探りで開発を進めています。やり方が決まっていないので、最適な方法があればどんどん提案できるし、1つのやり方にとらわれずにチャレンジできますね。
従来の車載器開発は、初期段階で仕様やデザインを固めてしまって、そこから開発のフェーズに移り、テストをしてリリースをするというウォーターフォール型の手法を採ることが多かったと思います。
しかし、トヨタコネクティッドではソフトウェア開発の部分を内製化して、アジャイル型で開発を進めていこうとしています。そもそもトヨタ内でアジャイル開発をするのは初めてなので、どう進めていくか、UXの要素をいかに取り込むか、手探りでやっている部分が大きく、その分チャレンジしやすいカルチャーがあると思っています。
トヨタ自動車は現在ソフトウェアファーストの指針を打ち出し、車両開発の変革を進めています。車載器のアジャイル型開発もその一環で、トヨタ自体が大きく変わろうとしているんだなという印象を受けますね。
——トヨタ自動車が変革を進める中でその先端のプロジェクトに参画できるというのは、貴重な経験になりそうですね。
そうですね。このようにトヨタが内製開発を進める1つの理由として、外部に委託することで開発スピードが落ちてしまうという課題があったためなんです。
外注する際、見積書を書いたり、仕様変更のたびにコストを算出したりしていると、例えば自分が作ったデザイン画面が実装され、実機で確認できるのが半年先になる、ということもありました。時間が経てば経つほど世の中のトレンドは新しくなり、デザインもアップデートされるので、開発のスピードを上げる必要があるんです。
妥協なく丁寧にUX/UIデザインに取り組める環境で、多様な価値観に触れて成長できる
——そうした環境で仕事をすることで、どんな成長を実感していますか?
やり方が定まっていない中で、今自分が何をしたらいいのか、UX/UIデザインや開発のあり方をどうしていくのがベターなのか、常に考えるようになりました。
何が最善かを常に考えて、メンバーと議論し、あるいは北米チームに提案するなど、プロジェクトをうまく進めていくために必要なスキルが必然的に身についていきますね。
周りのメンバーも本当にいい人が多く、何か検討や議論の必要があるときに声をかけやすいので、コミュニケーションコストが低く済みます。
キャリア採用で入ってきている人、プロパーではないけれども経験豊富な人など多彩なメンバーが揃っていて、特にデザイナーはウェブ系からきた人が多いので、ソフトウェア開発の視点からさまざまな提案をしていくことができます。
UXのエリアにおいては、皆さんそれぞれ頭の中で描いていることが違っていて、みんなで意見を出し合って何がいいのか検証していく体制があるので、とても参考になります。
——やり方が定まっていない中で、自分たちで提案して進めていけるというのはやりがいにつながりそうですね。ほかに、業務的なやりがいや魅力を感じることはありますか?
2つあります。
1つは、細部にまでこだわって、時間をかけてUXやUIデザインを作ることができるという点です。そこは親会社であるトヨタ自動車の力が大きいのだと思います。妥協なく丁寧に作りあげるというのはどのプロジェクトでもできるというものではないので、非常にやりがいにつながっていますね。
もう1つは、日米のチームが協働してプロジェクトを進められる点です。日米間ではスクラムチーム全体、デザイナー間などのミーティングを通して触れ合う機会がありますが、それが英語を勉強するモチベーションになったり、アメリカ発信の新しいデザインツールやデザイン手法を教えてもらったり、北米のメンバーと密接に関わることで気づきを得ることができています。
正解がない道を、相互にリスペクトを持った仲間と歩みたい
——保利さんご自身の今後の目標を聞かせてください。
自分自身がプロジェクトの潤滑油になることです。
お話したように、トヨタ自動車が変革期にある中、トヨタコネクティッドではさまざまな新しいことにチャレンジしています。
その中で、進め方が分からなかったり、日米との連携がうまく取れなかったり、規模の大きいプロジェクトであるがゆえにチーム間の連携がうまくできなかったり、これからもたくさんの課題が浮き彫りになってくるでしょう。
こうした大きなプロジェクトで難点なのが、知識や経験の集約がうまくいっていないケースです。例えば前の開発ではどんな仕様だったのか、あることについて知りたいが誰に聞けばいいのか。そういった点では、初期の段階から開発に関わっている私の知見が活かせると思うので、新しく入ってくるメンバーに対して手助けをしながら、プロジェクトをうまく回す要因になれたらと考えています。
——お話にあったようなチャレンジングな体制で開発を進めていく中で、どんな人と働きたいと考えていますか?
多様な価値観を受け入れて、お互いにリスペクトを持って進めていけるような方が理想ですね。さまざまなバックグラウンドの人たちが集まって開発をすることで、プロダクトの幅が広がってより面白いものが作れるのではないかと思います。
トヨタコネクティッドのUX/UIチームは新しいチームですし、絶対にこうしなければならないと価値観を押しつけられることはありません。いろんなことを試してみて「最適は何か」を探っていけるチームなので、新しい分野にチャレンジしたいと思う人にはよい環境だと思います。
個人的には、ハードを含めたソフトウェア開発をされている、例えばゲーム開発を経験されたような人と働いてみたいと思っています。ゲームの開発サイクルも意外と長く、2〜3年を要するという話を聞いたことがあります。コントローラーを通じて操作するというハードな部分があり、画面デザインやソフトウェアをつくり込む部分もあり、余暇として楽しむものというクルマとの共通点もあります。そうした業界の方に開発の仕方をアドバイスしてもらいたいですね。
また、今後はVUI(Voice User Interface)の技術も重要になってきます。VUIとGUIの考え方は大きく異なりますので、そうした知見がある方とも一緒にお仕事してみたいですね。ピンポイントな例になってしまいましたが、多様なキャリアの方にチャレンジしていただきたいと思っています。
アメリカの自動車メーカーであるテスラでも言われているように、クルマは今後、移動するコンピューターのような存在になっていきます。そうなると、時代に応じてプロダクトをアップデートさせていけるので、バリューが落ちません。「クルマ」に対する人々の捉え方は時代によって変わっていくので、それに適応したUXやUIデザインを提供できるよう、取り組んでいきたいと思っています。