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オールナイトニッポンみたいな会社が作りたかった!?

言葉:田野百萌佳

こんにちは。インビジョン煩悩コラムライターの田野です。

先日、インビジョンホームページのトップのイラストを描いてくださったテッポー、デジャイン。さんの個展をインビジョンメンバーと観て来ました。(というか、行ったらみんないた)

テッポーさんが描く、リアルのなかにちょっとクスッとしちゃうような要素が散りばめられていて、あったかくていい匂いがしそうな世界観、、まさにわたしたちが目指すおダシ溢れる世界そのものなんですよね。
インビジョンがテッポーさんと出会えたのは運命だと思います。関係各所に感謝!

ちなみに私個人的にもいわゆる「昔ながら」なものに惹かれる性分で、
テッポーさんの絵がどタイプなのですが、先日の個展で特に目を惹かれたのがこのラジオの絵。


メディアのさきがけ、ラジオからただよう哀愁がたまりません、、。

なぜこんな話をしているかというと、、
108つの「インビジョン煩悩エピソード」からインビジョンの「らしさ」を紐解いていくこのコラム。
今回ご紹介するのが、まさかの「ラジオ『オールナイトニッポン』みたいな会社が作りたかった」というテーマ!
(執筆途中でテッポーさんの個展へ伺ってラジオの絵を発見し、大興奮してしまいました。)

実は、インビジョンが2年前まで公開していた旧採用ページや求人原稿、会社説明動画には「ラジオ『オールナイトニッポン』みたいな会社」という言葉がよく散りばめられていたんです。

インビジョンの煩悩「エピソード」コラムと言っておきながら、今回に限りインビジョンの文化を包括したキャッチコピーのような意味合いになりますが、悪しからず。

そもそも、みなさんオールナイトニッポン聴いたことありますか?

聴いたことがないという方にとっては、「オールナイトニッポンみたい」と言われてもピンと来ないですよね。正直なところ、私もたまーに聴く程度なのでちゃんと調べてみました。

そもそも、ラジオが日本に普及したのは大正時代のこと。1923年の関東大震災を受けて情報伝達メディアの必要性が高まったことにより、1925年に現在のNHK東京放送局から全国放送したのがはじまりだそう。

しかし、1964年の東京オリンピックの影響でテレビが普及したことによりラジオのリスナーも減少。

そんな中、新しいリスナー層をターゲットに日本初のラジオ放送から約42年後の1967年10月2日に誕生したのが、ニッポン放送による「オールナイトニッポン」。

この新しいリスナー層というのは、受験勉強真っ只中の中高生や大学生。

放送時間25時〜29時(現在は25時〜27時)、最先端の音楽とともに、ゲストを呼ばずラジオパーソナリティーがほとんどアドリブで語りかけてくるという内容で始まったこの番組は、変化しながらも現在まで続く長寿番組に。(ニッポン放送制作番組の中で放送期間歴代2位。)

作り手がブレずに貫く自然体な語りかけがあり、リスナーが肩の力を抜いて「ながら聴き」できる親しみやすさがある。それがオールナイトニッポンの醍醐味なんじゃないでしょうか。

、、、なんだかオールナイトニッポンの紹介記事になってしまいそうなので、話を戻しますね。

会社説明動画でみた「オールナイトニッポンみたいな会社」という言葉にビビッと来た

私が入社前にインビジョンに惹かれたのも、「ラジオ『オールナイトニッポン』みたいな会社」言葉がきっかけだったりして。

私のインビジョンとの出会いは、就活中にたまたまリクナビからのメールで届いた会社説明会動画でした。

他の会社の説明会って何だか肩に力が入ってしまって行くだけで億劫になることもあったけど、動画だと気軽に観られるということもあり、気づいたらベッドに横たわりながら動画を開いていました。(←おい)

動画に出てくる人たち(誠吾さん、智菜さん等)も、説明しているというより「喋りたいように喋るから、興味あったら連絡してね〜」みたいな雰囲気。だけど「働く幸せを感じる、かっこいい大人を増やす」ってことに本気だということは事業内容からもひしひし伝わってきて。

そこで出てきたのが「うちってオールナイトニッポンみたいな会社だと思ってます」という言葉。
「あ、なんかわかる〜!」とビビッと来ました。

動画を観終えるころには「この人たちの仲間になりたいな〜」って気持ちで、ラジオ局にお便り送るようなワクワク感でエントリーしたのを覚えています。


↑キャンプファイヤーの前で内定書をもらう私

オールナイトニッポンみたい、つまり、ナチュラルな会社を作りたかった

インビジョンに無事入社できて2年目を迎えた昨年、インビジョンにとっては設立13年目、インビジョンは「おダシ屋」にリブランディング。
採用面でも、「船に乗るより、漕ぐ覚悟はあるか?」という新たなコンセプトのもと、採用ターゲットや選考フローも改革。
それに伴い「オールナイトニッポンみたいな会社」という言葉も大々的にアウトプットしなくなって、少しだけ寂しいなあと思っていたんです。
そんな矢先に108つの煩悩エピソードの中から久々にこの言葉を見つけ、このエピソードについて誠吾さんに話を聴いてみることにしました。

私:誠吾さん、リブランディング前のインビジョンの求人原稿に「オールナイトニッポンみたいな会社」ってありましたよね。

誠吾さん:うん、創業時から言ってた。まあ、俺そんなに聴いてるわけじゃないんだけどね〜。

私:え、そうなんですか?

(まじか、このコラムもここで終了か、、?いやでも、煩悩って言ってるくらいだから何か大事なことあるはずだよなあ、、)

じゃあ、「オールナイトニッポンみたいな会社」って、どういう思いだったんですか?

誠吾さん:「ナチュラルにアウトプットしてるもの」の代表格としてラジオ、その中でも「オールナイトニッポン」が浮かんでさ。
俺は30歳になったら起業するって決めてたんだけど、「仕事って面白い」ってナチュラルに体現できる会社にしたいってずっと思ってて。

俺さ、小学生の時の全校集会がツボだったんだよね。校長先生がよくわかんない長い話をしてるのを、みんな姿勢良く聞いてるのがおかしくてたまらなかったんだよ。(笑)おもしろがってたと同時に、その不自然さが違和感でしかなかった。
そういう不自然なシーンって大人になればなるほど増えていく気がするんだよね。
例えば笑顔なんだけど目が笑ってない人とか、あんまり理解してないのに首をブンブン振りながら相槌を打つ人とか。

そういう本来の自分を押し殺しちゃってる瞬間って、変に力入っちゃってつまんないじゃない?仕事でもナチュラルに自分らしくいたほうが、人生って面白いはずなのに。自分が会社を作るならそういうナチュラルさを大事にしようって思ってたの。それは今もまったく変わってない。
だから例えば、形式ばった「朝礼」「会議」「ねまわし」みたいなのはしたくなくて。

私:たしかに。いつもミーティング中では爆笑してる声とか聞こえて来ますもんね。(笑)
その代わり本音も飛び交ってますけど!会議でもおダシ祭りでも、商談でもそうですけど、なんか、その場の「生」の空気感を大事にしながらめちゃくちゃ目的を意識する、みたいなところはすごく大事にしてますよね。


↑ナチュラルを追い求めすぎて海辺でミーティングする誠吾さんと荒武さん(西日本沸騰屋)

たしかに、ナチュラルでいることって、何かと向き合い続けるための秘訣かもしれないなあ。

「オールナイトニッポンのような会社」が「おダシ屋」にリブランディングして、「ナチュラルさを大事にする」というカルチャーにはより磨きがかかっている。「船に乗るより、漕ぐ覚悟はあるか?」というアウトプットにも滲み出ているように、働くって、「リスナー側」じゃなくて「作り手側」になるということなんだなあ。

オールナイトニッポンの歴史と、誠吾さんとの会話からそんなことを考えました。

ここからは完全に書き手の好奇心により調べたことなのですが、、、

ちなみに、日本で初めてラジオが放送されたのは1925年(大正14年)3月22日午前9時30分、東京・芝浦の東京高等工芸学校内に設けた仮設スタジオからの放送だったとのこと。

超歴史的瞬間、どんな声明を届けるのか。その第一声は、

「アー、アー、聞こえますか?」

だったそうです。ナチュラル〜。
てっきり、ニュース番組のオープニングみたいな形式を想像していたのですが、、
まあ、確かに聞こえてるか気になりますよね。でもなんだかお茶目。(ちなみに東京以外には聞こえていなかったそう。)
そんな瞬間から、ラジオの長い歴史は始まったんですよね。

つまり(つまり?)、自分を作り込まなくても語れちゃうような好きなこと、嫌いなこと、他じゃ言うのためらっちゃうような本音って、大人になって仕事する立場になったらむしろ大事だなあ、と。

働く前に抱いていた「いい環境そう、面白そう」って俯瞰するだけじゃ利益は生み出せない。かと言って、とりあえず「やらなきゃいけないからやる」では心折れちゃう。

肩に力入っていない素の自分が、「作り手」として自信もてることをできているかということ。それが仕事の面白さにつながるんだろうなあ。まさかラジオの話から、そんな気づきにつながったのでした。

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