概要
三重県いなべ市にある市営の温浴施設「阿下喜(あげき)温泉 あじさいの里」。いなべ市と温泉道場が賃貸借契約を結び、2024年4月に、「いなべ 阿下喜ベース(仮)」へと生まれ変わります。
ビジネスモデルづくりから、施設のリノベーションまで。リニューアルオープンの準備を進める新裕之さん、和田ゆかりさん、宮本昌樹さんの3人にインタビューを行いました。
――阿下喜温泉のリニューアルの経緯を聞かせてください。
和田)もともとは市民の健康増進のため、2006年にいなべ市が立ち上げた施設です。指定管理により運営されてきたのですが、おふろを経営するノウハウがなく、市費の負担が続いていました。
いなべ市としても維持が難しくなるなかで、旅する温泉道場に相談をいただきました。
いなべ市の特長は、まちからも近くて、自然が豊かなところ。そこで、「自然と健康」をコンセプトに事業を組み立てていきました。今はまさにリニューアルの真っ最中です。
新)「温浴施設の再生」は、現場での関係づくりがとても大事。ぼくは支配人候補として、2022年から阿下喜温泉のお店に立ち、関係性を築いてきました。
――以前は、どんな経営課題があったんですか?
和田)客層とキャッシュポイントという、2つの課題がありました。
利用するのは、地元のおじいちゃん、おばあちゃんばかり。そして、売上げのほとんどが入浴料でした。レストランや売店もあるものの、施設全体は赤字の状態でした。
和田)エントランスには「健康増進施設」と書かれていて、中に入るとたたみの休憩スペースでおじいちゃんが囲碁、おばあちゃんは井戸女子会をしている。わたしの第一印象は「公民館⁈」でした。
新)アウトドアのアクティビティを楽しもうといなべ市を訪れる人が増えているのに、阿下喜温泉にはなかなか立ち寄りません。いなべ市へ移住した若い世代からは「車でわざわざ近隣のスーパー銭湯に通ってます」という声を聞いたこともあります。
和田)いなべ市からも「地元の若い人や訪れた人にも利用してもらうことで、収益を生み出せる施設にしたい」という声が聞こえてきました。
――入浴料を値上げするとか……?
和田)そうすると、地元の高齢の方の足が遠のいてしまいます。地域の健康増進に役立ちつつ、あらたな客層にも利用してもらうにはどうしたらよいか。そこで、課金制のサウナを新設することになりました。
――サウナ、ブームですよね。
宮本)ブームだからやる、ということではないんです。これまで、多くの温浴施設の経営相談を受けるなかで、赤字の温浴施設には共通点がありました。
――共通点。
あたらしいことをはじめるときに、ストーリーがないんですね。「流行っているから」「売れそうだから」とあたらしい設備を導入して、かえって赤字になってしまうパターンが多い。
――では改めて、どうしてサウナなんですか?
宮本)「健康」です。ドイツを視察したとき、おふろが認知症予防にうまく取り入れられていたんです。サウナで血流を良くして、水風呂に入ることで、体に刺激を与える。健康寿命に取り組んでいきたいんです。スマートウォッチの貸し出しなども考えています。
和田)市外の人にも春、夏、秋、冬とシーズンごとに訪れて、健康習慣をつくる場として位置づけてもらえたら。
――宿泊施設も新設すると聞きました。
宮本)そうですね。2、3日いなべに滞在する拠点として利用してもらえたら。いなべには自然、歴史、文化といった楽しみ方もあります。
宮本)官民連携のまちづくり組織・グリーンクリエイティブいなべが営む「にぎわいの森」を訪れたり、阿下喜商店街に次々とオープンするコーヒースタンドやセレクトショップを楽しんだり。そうして、いなべのまちと地続きの施設になれたら。
新)いま、いなべ市に追い風が吹いているんです。2024年には、いなべに東海環状自動車道のインターチェンジができる予定です。そうなると、愛知県名古屋市や豊田市からのアクセスがますますよくなります。“サウナー”の方に限らず、東海地方でアウトドアを楽しみたい人たちに訪れてもらえたら。
――いなべ 阿下喜(あげき) ベースという名前には、阿下喜商店街の活性化の拠点になりたいという思いがあるそうですね。
宮本)活性化、という言葉はちょっとおこがましい気もしているんです。自分たちがここにお店を構えて仕事していくのだから、地域に関わらせてもらうのは当然のこと。
宮本)温浴施設の再生がゴールじゃなくて、地域で仕事をつくる人が現れたり、このまちに住みたい人が増えて、地域が再生していくことが大きな目標。それでいうと、ぼくもちょうど昨日引っ越してきたんです。いなべに家を買っちゃいました。
――いなべ市民に!
宮本)「おふろ」という枠組みにとらわれることなく、いなべ市で必要とされていることを担っていけたら。たとえば、阿下喜商店街には次々と新しいお店がオープンしていますが、駐車場が不足しています。それならば、阿下喜温泉の駐車場を開放できないか。“ネオ温泉”って思ってるんですけど。地方での温浴施設運営のモデルをつくりたいんですよ。
――いなべ市にはどんな可能性を感じていますか。
新)うーん、仕事をしていて感じるのは、人がいい。移住して仕事をつくる人もいるし、行政のデザインリテラシーも高い。ここ、市役所の中ですからね。
――宮本さん、旅する温泉道場の今後の展望を聞かせてください。
宮本)いま、会社が大きく変わりつつあります。自社のWebサイトをつくっていたり、より地域に根差した社名変更も視野に入れています。
今後は、紀伊半島をベースとした活動をしていきたい。というのも、ぼくは和歌山生まれで、三重県に家を構えて。今年に入り、和歌山県有田川町と包括連携協定を結んだんです。
――緒に働く人に伝えたいことはありますか?
温浴施設って、人口が右肩上がりの時代に入浴料で収益を上げるビジネスモデルを築いてきました。でもこれからの日本は人口が減っていくし、これまでの正解が通用しなくなる。たくさん正解がないことをやっていかないといけない。
正解がない社会で大事になるのが、一人ひとりの「好き」だと思うんです。苦手を必死で補うよりも、自分の好きを伸ばしていけることを心がけています。
――旅する温泉道場のめざすところである「おふろを再生することで、地域も再生する」について聞かせてください。
宮本)ぼくは、地域活性を“焚き火”にたとえています。
最初は、着火剤があると薪(まき)に火をつけやすい。行政の補助金や助成金もうまく活用しつつ、火が燃え上がって。でも、そこで薪が尽きたらお終いなんですよ。だから、なにかをはじめたい人たちがやってくることで、いつまでも焚き火が燃え続けていく。そういうのが理想なんです。
宮本)で、社長であるぼくの役割は、紀伊半島の各地で、地域の人たちと長く燃え続ける熾火(おきび)を育てていくこと。
火起こしからはじめるエリアも、もう大きい火があるエリアも、雨でベチャベチャになっていることだってあるでしょう。
いろんな場所で焚き火をやっていきましょうよ。それを長く燃やしていきましょう。
阿下喜温泉のリニューアルはゴールではなく、はじまりです。
――ありがとうございました。
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