中目黒『鮨おにかい+1』のつけ場に立つ松下耕平さんは、元はMUGENの居酒屋業態で店長兼料理長を務めた料理人でありながら、2020年秋からは鮨職人として実務に励み、『鮨おにかい+1』には店舗立ち上げから関わってきました。将来は日本料理店を開きたいという31歳の松下さんが、いま鮨職人として働く理由をうかがいました。
もともと飲食の道に進むとは考えていなかった
―MUGENでは、もともと居酒屋業態で長く働かれていたとか。なぜいま鮨を握っているのですか?
それは入社前から説明しないといけないですね。わたしは高校1年の春から飲食店でアルバイトをしていたんです。はじめは懐石料理の店です。途中から知り合いの小料理店も掛け持つようになったんですが、当時は飲食はあくまでアルバイトの手段で、職にしようとは考えていなかったんです。だから大学も飲食とは関係ない一般的な学部に進んだんです。
だけど、卒業が近くなってもやりたいことが見つからなくて、どうしようかと考えていた時、仲のいい地元の先輩が小料理店を始めるということで、卒業後にその店を手伝うことにしたんです。たまたまタイミングが合ったんですが、飲食の仕事は嫌いではなかったので。
そこでいろいろな料理を教わるうちに、初めて料理を真剣にやろうという気持ちが芽生えて、将来は自分の店を持ちたいと思うようになりました。23歳の頃ですかね。
―そう思ったきっかけは何だったんですか?
真剣にやってみると、料理で人に喜んでもらうのが楽しかったんです。作るだけでなく接客……というか人と関わることも好きでした。だから将来は、お客さんと会話しながら料理もつくって、みたいな、お客さんとの距離が近い和食の店を開くのが理想です。
面接の2日後には働き始めてました(笑)
―その次のステップがMUGENですか?
はい。店を持ちたいとなると、もっと料理人としての引き出しを増やしたいと思いまして。ただ、その店ではあまりにも休みが取れなかたので、辞めて1カ月近くは遊んでました(笑)。その後、なんのあてもないので人材紹介所に行って、紹介されたのがMUGENだったんです。
面接の段階で若くてもチャンスをもらえ、裁量も大きいという社風については理解していたので、とりあえずは働いてみようということで、2日後には働き始めてました。
―最初の配属先は?
品川の『なかめのてっぺん』です。4月に正式採用でキッチンとホールを掛け持つところから始めて、次の1月には副料理長、2年目の1月には料理長になりました。合間で他店の開店に関わったりしつつ、品川で働いたのは合計3年ほどですが、その間にさまざまなことを学びました。
料理はもちろんですが、大きな経験になったのは利益や原価率など、常に経営目線で数字を考えるようになったことです。MUGENの場合は数字さえ守れば、仕入れや料理の内容まで任せてもらえるので、そこのやりがいは大きいです。
本当に急速に学べるので、店長兼料理長になった25歳のときには、2年後には27歳で自分の店を出すと決めたんです。実際にはまだまだだと、思い知らされることになるんですけどね(苦笑)。学びにはキリがないです。
「鮨、興味ある?」
―そうこうしているうちに、新型コロナがやってきます。
はい、それで会社としても居酒屋業態が厳しくなってきたとき、内山(正宏)社長から電話が入ったんです。「鮨、興味ある?」って。
鮨は好きでしたけど、もっぱら食べるばかり。鮨職人のイメージも、きちんと修行しても握れるまで10年かかって大変だ……くらいのものでした。でも内山さんに「鮨の学校のこと調べてみてよ」と言われて、俄然興味が湧いたんです。自分の目標に対しては回り道になるかもしれないけど、鮨の経験が無駄になることはないし、絶対に自分の糧になると感じたので。
ただ、会社のお金で学ばせてもらう以上、生半可はできないとは覚悟しました。
―学校は通常業務と掛け持ちですよね?
そうです。学校は週6で朝から16時まで。17時からは居酒屋で勤務ですから、学校に通った3ヶ月間は正直たいへんでした。でも、鮨を学ぶ気持ちは固まっていたし、学ぶこと自体も楽しかったので乗り切れました。学校を修了したのが、2020年9月で、翌月からは『鮨つきうだ』と『鮨おにかい』で職人として仕事をするようになり、月生田(光彦)さんと内山さんのテストに合格して、11月頃には握っていました。
その後『鮨おにかい+1』を立ち上げることになり、12月から望月(将)さんと店舗オープンに携わって、いまに至ります。
4年後には自分の店を開きたい
―ということは、鮨に関わりはじめて、いまがちょうど1年目(取材時)。MUGENらしいとはいえ、ものすごいスピード感ですね。
鮨ってカウンターに立てるようになるまで10年かかるというイメージがあったので、実務を通じて成長できることはありがたい限りです。実際、鮨は面白いんです。魚の寝かせ方とか保存の仕方とか、刺し身ひとつとっても居酒屋とは考え方が違って、魚に対する探究心が湧き出てきます。
常にお客様を見ながら握るには視野の広さが必要だったりと、接客面でも考えることはいっぱいです。居酒屋時代にもお客さんの前で料理することはありましたが、気遣いのレベルが違います。でも、それもまた面白い。鮨を通じて「やっぱり自分はカウンターで仕事するのが好きだ」と実感しています。
―では、将来は鮨の道に邁進するんですか?
いえ、そういうわけじゃないんです。やっぱりお客さんと距離が近いカウンターの和食の店を持ちたい。たまには「鮨の日」とかを作っても面白いかもしれないですね。
でもいまはとにかく学びと成長です。鮨を始めるとき、5年は頑張ると決めたので、4年後には自分の店を持ちたいと考えています。居酒屋から鮨にいたるまで、常にチャレンジさせてくれるMUGENという会社には感謝ばかりです。もちろん、プレッシャーもありますが、いまは日々、いい経験を積めています。