プロフィール
そもそも、なぜ話題は起こるのでしょうか?どこから着火し、どのように広がり、そしてどのように終わっていくのか。これまでなかなか可視化されてこなかった話題化の構造に、データという文脈から挑むのが、登坂泰斗です。
登坂 泰斗(Taito Tosaka)
ファッション系広告代理店へ勤務後、2013年にオズマピーアール入社。外食チェーン・商業施設・日用品などのナショナルクライアントをメインに戦略PRの立案からPRコンテンツの企画開発を手がける。現在は、“デジタル時代のコミュニケーションとは”をテーマに、データを起点としたデジタルで話題になる情報流通プランニングや話題化コンテンツの開発などを中心に活動中。
SNSでの話題化って、ナンダ?
2017年現在、オズマピーアールでデジタルコミュニケーション領域をリードする登坂泰斗。もともとはアパレル系広告代理店の人間でした。しかし、広告という枠に囚われず、ただのプランニングではない、話題の創出をやりたい、顧客の事業に貢献したい。それを実現できるのはPR――そんな思いを胸にオズマの門を叩きました。
入社後、広告代理店との協働業務や商業施設のPRを担当し、デジタルPRの領域に足を踏み入れたのは、入社3年目のこと。その後、新しいソリューション開発チームが立ち上がり、そのスタートアップメンバーとして配属されました。
「部の立ち上げ当初、“まず、PRの人間もきちんとデータ分析をしましょう”ということからはじめました。半ば手探り状態で業務をこなすなか、たまたまデータエクスチェンジコンソーシアムという協議会に参加することになりまして」
データエクスチェンジコンソーシアムとは、企業や公共組織が保有する「ビックデータ」を共有し、利活用することを目的にした組合組織。そこへの参加から、登坂は新しい発想と出合います。
「たとえば、SNSデータと他のデータを掛け合わせると、どうなるんだろうとか。メディアをデータととらえ、SNSの観点から見るとどういう役割を果たせるのかなど、さまざまな“データの掛け合わせ”にトライしはじめました。それと同じタイミングで、クライアントから『SNSで話題化したい、でもどうしたらいいかわからない』というような話もいただき、これはやるしかないなと」
“話題化”というひどく曖昧なことと、真っ正面から向き合うことになってしまった登坂。そんな答えのない課題をクリアするため、まずツイッターやインスタグラムといったSNSの特性の把握からスタート。そこからデータの掛け合わせによって得られる分析結果を生かし、情報拡散から体験までのプロセスを紐解いていきます。
インスタ映えするパンケーキ、#ゆめかわベアーは、なぜ生まれたのか
ここで、この概念を実際に体現できたプロジェクトをご紹介します。
2017年9月、新宿にオープンした『BEAR’S SUGAR SHACK(ベアーズシュガーシャック)』。10代から20代前半の女性をターゲットにしたパンケーキの専門店のお手伝いをしたケースです。
「決まっていたのは“小さなパンケーキを出す”こと、それだけ。いまの若い女の子たちが、体験してみたくなる、わざわざ食べに来たくなるものって何だろう?ということをテーマに、SNSやWEBメディアのデータを分析し、情報戦略を編み出しました。
その過程で、話題化に成功した競合店のSNSにおける波及を分析したのです。すると、ツイッターでの拡散が起点となり、来店者が増加。実際に足を運んだ人たちはインスタグラムに写真を投稿し、また来店者が増加という話題化の構造を見つけたのです」
ただ、他と同じことをするだけでは登坂は満足しません。特筆すべきは、その分析結果を用いて“商品開発”にまで携わったことです。
「『ゆめかわいい』、『ユニコーンカラー』そして古くからある香川の伝統菓子『おいり』。一見するとなんの脈絡もない言葉の羅列のようですが、すべてインスタ女子の間でいま、非常にウケているワードなんです。これらがBEAR’S SUGAR SHACKの世界観ともすごくマッチするので、ネーミングやトッピングとして採用してもらうよう提案しました」
その結果、看板メニューとなった「ゆめかわベアー」は、ゆめかわスイーツとしてカテゴリー化されると同時に、数多くのメディアに取り上げられ、やがてSNS上でも話題に。
「この事例のポイントは、人気メディアのツイッターアカウントでの露出が大きなフックとなったこと。ただ単に、個人の投稿から火がついたわけじゃない。このことが分析から明らかになって、もっとPRで応用できる何かがあると確信しました」
数字だけを追う、最適化をする……従来のデジタルマーケティング手法とも違う、データから文脈を追うというPR視点を持った分析。これを叶えるためには、どのような能力が必要なのでしょうか?
必要なスキルは、仮説を立てないこと?
SNSやWEBメディアから得た膨大なデータを基に、生活者の声を読み取っていくデータ分析。そこにはホンネだけでなく建前も嘘も含まれています。
「当然ながら、分析専用のツールがあり活用もしてはいます。しかし、ローデータを本文として読み込んでいって、自分の記憶に刻まれたキーワードは何かを突き詰める作業が肝だと思っています。その後また視点を広くしてみたり、深くしてみたり。
それでもときには、何も出てこなかったりすることもあるんです。真の声を一度で読み解くなんて絶対ムリなので、そこは実は根性が必要だったりもしますね(笑)」
また、調査や分析に必要とされる仮説についても、持論があります。
「仮説は立てません、あえて。以前はターゲットなどを想定して分析していたのですが、人間の心理でどうしても自分のつくったものに寄せたくなっちゃうんです。それでは、正しい分析結果が出せないなと感じました。ペルソナ作りに注力しすぎてしまい、結果、来てもらいたい人と実際に話題にする人との間にかい離が出てきてしまうのも、問題かなと思っています」
期待しすぎず、依存せず。フラットな気持ちでデータと向き合い、しかるべき結果を導き出すのがベスト。しかし、そのスタンスで臨んでも、デジタル分析とは相性の悪い商材もあります。
「ラーメンや肉はその典型ですね。とにかく投稿ボリュームがありすぎるし、発信者の影響力で話題化される傾向があるから入り込む余地がない」いまの世の中がデジタル寄りだからといって、無理にやらないほうがいいこともある。また、デジタルだけに傾倒し、既存のマスメディアを軽視するのもナンセンスと考える登坂。これはデジタルコミュニケーションにどっぷりと浸かった彼ならではの、ひとつの結論でもあります。
PRはデータ活用でもっとクリアにできる
クライアントと生活者をコミュニケーション(情報発信)によってつながりを持たせるPR。そこに継続性を持たせられるのがデータないし、デジタルの価値だと登坂は強調します。
「話題化して、それが一旦落ち着くそのときこそ、SNS上での声に耳を傾け、フィードバックをすること。デジタルコミュニケーションこそ、PDCAに寄与できるものだと思っています」
デジタル上での声をリアル店舗にも反映する。登坂を介したBEAR’S SUGAR SHACKと生活者とのコミュニケーションは今もなお続いています。
「さまざまなものをクロスさせて、人のホンネやキモチを解き明かしていく。【データ×文脈】【SNS×リアル】……限りなく存在するその組み合わせを思うだけでワクワクしてきます。そして、さらにその分析を、店舗運営や商品づくりなど、“目に見える成果”につなげられるんです!これは一日中数字をにらんでいたり、最適化にばかり気を取られていては、絶対に得られない達成感だと思います。
昨今のデジタルマーケは、CVRやCPAにとらわれすぎです。もちろん、最適化も大事です。ただ、その結果、顕在層に向けたクリエイティブばかりが個々人のフィードを埋め尽くし、どこまでもアドが追いかけてくる。それでは、予想を超えるコミュニケーションは生まれず、お金を掛けた分だけの反響が、セグメントされたターゲットから来るだけの結果になってしまいます。予想できないことがあるから、広告・PRは面白い。いかに買ってもらうかではなく、いかに好きになってもらえるか、それが本質なのではないでしょうか。
足を運び、実際の目で見て肌で感じる。そして施策を考える。これこそが広告、そしてPRを生業とする人間がすべき仕事ないのでしょうか」
そんな彼が、今後さらに注力したいのが効果検証。基準を定め、“話題化”の予測を立てることを目指すと意気込みます。そう、PRでもデジタルマーケティングでも成し得ていない大業に、登坂は挑戦していくのです。