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SESでの無茶振りに心が折れた後、SaaSのテックリードまで這い上がった私が、システムディレクターとして一から出直した理由

本記事について

株式会社スケッチ・オブ・デザイン様の協力を得て、弊社従業員に業務への想い、これまでのキャリアから株式会社ニュー入社後の変化に至るまで、様々な角度からインタビューした内容となっています。

少しでも株式会社ニューの輪郭が読者のみなさまに伝わると幸いです。

インタビュー対象者

石鍋 伸和

2021年7月に株式会社ニュー入社。SESや自社プロダクトの開発現場でプログラマー、システムエンジニアと開発畑を歩み、前職ではテックリードまで経験。
システムエンジニアからキャリアチェンジをしてわずか6ヶ月、システムディレクターとして顧客から絶大な信頼を得る。

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石鍋と直接話す

何気なく門を叩いたIT業界は、間口広く受け入れてくれた

大学卒業を間近に控えても、将来やりたいことが見つかっていなかった私は、そのまま考えなしでフリーター生活に突入。すると、同級生たちがキラキラとした社会人生活を送る様が横目にチラチラ入ってくるわけです。それが直視できないくらい眩しくて、今さら焦りがこみ上げてきました。「今からでも、どうにか就職できないだろうか」と頭を巡らせるうち、ふと「ITなんていいんじゃないか」という発想に至りました。

といっても、高校時代にRTS(リアルタイムストラテジー)にハマったことを皮切りに、インターネット対戦などに没頭した経験から、「少なくともパソコンの前にずっと座っているのは苦ではない」と思ったくらいなのですが。そんな決して高尚とは言えない動機を抱え、既卒の未経験者でも採用してくれる会社を探しました。するとうまい具合に、応募条件の緩いSES企業に巡り会います。寝坊して面談に大遅刻した私を一切責めず許してくれた懐の深さに感銘を受けたあの日。蓋を開けてみれば、研修も不十分のまま、金融系のシステム開発現場に参入。そんな典型的な流れで、これを読んでいる皆さんであれば、状況を察することができるでしょう(笑)。

「このIT技術があればなんでもできる」という慢心

テスターから始まった現場では、半年後にはサブリーダーポジションに祭り上げられていました。システム開発の「いろは」もあやふやなまま、五里霧中で進捗管理や協力会社管理を任されるように。案の定、数年持たずに心が折れてしまいました(笑)。「二度とITなんてやんねんぞ」と誓い、「これからは国際人材だ」と、安易に英会話を学んだものの、たいした収穫も得られず、結局IT業界にカムバックしてきたわけです。

それでも「涙の数だけ強くなれるよ」とはよく言ったもので、いつしかたくましく鍛えられていた私は、さまざまなプロジェクトを渡り歩くうち、フロントエンドからサーバサイドまで一通りこなせる、いっちょまえのエンジニアとして腕を振るうようになっていました。

今思えば「若気の至り」で恥ずかしいのですが、その頃は「このIT技術があればなんでもできる」という万能感を抱いていたと思います。それが高じて、これまたよくある話ですが、「SESで現場を転々とするのではなく、じっくり腰を据えて、愛を注げる自社プロダクト開発に取り組みたい」と、インターネット広告配信システムを手がける企業に入社しました。

手段に精通しているだけでは、何も生み出せない

当初は、逼迫した状況が多いSESと、マイペースな自社開発の雰囲気の違いにカルチャーショックを受けたことを覚えています。でも、「これは逆にチャンスに溢れているんじゃないか」と、待ちの姿勢ではなく、ぐいぐい前のめりで、ハッカソンを企画したり、社内ブログの運用体制を作ったりと、様々なかたちでチームビルディングを自由にリードさせてもらいました。気付けば、テックリードのポジションに。エンジニア人生としては悪くないキャリアと言えますが、一方で「このままじゃダメじゃないか?」という不安がよぎるようにもなっていたんです。

というのも、自分がやっていることって、誰かが決めた要件を実装しているだけなんじゃないかと気付いたんです。「このIT技術があればなんでもできる」という錯覚は、その「なんでも」は「つくりたいもの」があって初めて成立するもの、つまり、ビジネスサイドのことがわかっていなければ、決して良いアイディアなんて浮かびはしません。長い自社製品開発経験があるにも関わらず「要件は誰かがきめていてくれる」という前提で動いていたことに気づき、道具の使い方に精通しているだけでは、何も生み出せないで終わるという現実を自分突きつけられたわけですね。

「目的ドリブン」で、心から腹落ちする「最適解」を示す

そんな葛藤の最中、高校の同級生だった、牧野(靖正: 株式会社ニュー 代表取締役)と久しぶりに会う機会がありました。ちょうどニューを創業しようとしているところで、「システムディレクター」という仕事について熱く語ってくれました。その役割・業務内容は、ビジネスサイドに立脚したうえで、これまで培ってきた技術を活かせるもので、まさに次に私が進むべき道だと天啓を得たかたちです。こうして私はニューにジョインするに至ったのです。

現在私は、システムディレクターとして、ポスレジ系のプロダクト開発に携わっています。プロダクトマネジャーと伴走しながら、データ分析・ヒアリングを行い、さまざまな意見を吸い上げ、そこから得たインサイトをもとに、機能等の優先準備を決め、要件に落とし込んでいきます。

エンジニアからシステムディレクターへと転身して、象徴的に変わったのは、意識が「目的ドリブン」になったことです。「どうやってものづくりするか?」という「How」ではなく、「なぜやるのか?」という「Why?」を深く掘り下げるようになったのです。ディレクションという仕事は、プログラミングと違い、「仕様を満たす」という「唯一解」がない世界なので、自問自答の果てに、みんなが心から腹落ちする「最適解」を示していく必要があるからです。

なお、この転進は想像以上に困難でした。これまで少なからずエンジニアとして評価されてきた自負はあったのですが、そんな経験値が通用しない場面に多く突き当たったからです。まさに頭に汗をかき、ロジカルシンキング・クリティカルシンキングを駆使して、意志決定していくプロセスとがむしゃらに格闘している日々です。

会社もある意味プロダクトの一種、楽しく働ける場所へのディレクション

まずはシステムディレクターとしてのパイオニアでもある牧野の背中を追うかたち。彼と協働している別プロダクトのプロジェクトでは、ともに同じもの・ことに触れたうえで、視座のギャップを把握したうえですり合わせができるので、その知見やノウハウを大いに学ばせてもらっています。

また、エンジニア時代は避けてきた、文章能力とプレゼンテーション能力の強化も直近の課題と言えます。とにかくアウトプットの量を増やして、「ここだ」と決めたゴールに向かって人を動かしていくコミュニケーション手段を習得していきます。

そして将来、システムディレクターとして自他ともに一人前となれた暁には、このニューという会社を、誰もがもっと楽しく働ける唯一無二の場所にしていく、そんな「会社づくり」をディレクションしていきたいと目論んでいるのです。


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石鍋と直接話す

インタビュアー・監修

株式会社スケッチ・オブ・デザイン様(https://www.ofdesign.co.jp/

内容の客観性を考慮し方向性の認識合わせ以降をすべてお任せさせて頂いたところ、弊社代表も気づいていなかったメンバーの一面が分かる素晴らしい記事になりました。

ありがとうございました。

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