完璧じゃない自分と重なるヒーローの姿
――あれ、その本どうしたんですか?
殿塚:omusubiのスタッフインタビューで、「自分を表すもの」を持ってきて紹介する、っていうのがあるじゃないですか。それがいいなあ、と思って、僕も持ってきちゃいました(笑)。
――殿塚さんが持ってくるとは思っていなかったので想定外でした(笑)。でも、ぜひその本について詳しく教えてください。
殿塚:中身全体っていうよりは、この本文中に出てくる歌詞がすごく好きなんです。『アンパンマンのマーチ』の1番に、「なんのために うまれて なにをして いきるのか
こたえられないなんて そんなのはいやだ!」っていう歌詞があるんですね。子どもの頃はもちろん意味なんて理解していなかったけれど、大人になってから改めて聞くと、結構がちな歌詞だなと思って。
――たしかに子ども向けのアニメですが、メッセージの意味を捉えるととても深いですよね。
殿塚:そうそう。あとはヒーローなのに弱いところとか。顔が濡れたら戦えなくなっちゃうし、顔が吹っ飛んでなくなっちゃうことだってあるじゃないですか。自分自身、全然完璧じゃないなあって思ってるし、だからこそいろんなスタッフが会社にいてくれているわけで。そういう「無敵じゃないヒーロー」の姿を見ていると勇気をもらえるなって。
使われていない場所に、あたらしい価値を生み出す
――omusubi不動産は松戸を拠点にさまざまな取り組みをしていますが、実際にどんなことをやっているのか、ぜひこのnoteを読んでくださっている方に向けて、改めて教えてください。
殿塚:事業としては大きく分けると、「不動産事業」と「まちのプロジェクト」の二つがあります。不動産としては、あかぎハイツ、せんぱく工舎、One Table、隠居屋など、さまざまな物件の募集や管理運営をしています。下北沢だと、BONUS TRACKや、去年オープンしたナワシロスタンド、あと今年完成したnakahara-souもですね。
――いろんな場の管理や運営をやっていますよね。それぞれどんな場所かも聞かせてほしいです。
殿塚:まず、募集のサポートでいうとあかぎハイツは松戸市稔台で40年以上続く賃貸マンションがあります。家族で経営されていて3代目の大家さんである、よっちゃんこと赤城芳博くんが、自らリノベーションをしています。omusubi不動産を開業した当初から取り扱いさせてもらっている物件で、今では募集をかけるとあっという間に埋まってしまうほど人気になりました。あかぎハイツの一階には僕らの事務所もあります。
殿塚:せんぱく工舎は、もともと、企業の社宅だった建物でした。平成になってから一度も使われていなかったらしくて笑、かなり年季が入っていたんですけど、僕は「ここかっこいいな」と思って。今では1階にショップ、カフェ、本屋やバルなどが入っていて、2階は作家さんのアトリエや工房として使われています。
One Tableは、曜日代わりの店主が営業するカフェです。One Tableを構える場所はもともと空き商店街で、数年前からシャッター通りになってしまっていました。そこへ2014年にomusubi不動産が拠点を構えたことで、商店街の仲間たちとこの辺りに皆が気軽に集まれるようなカフェが欲しいね、という話になり、みんなで作ることになったって感じかな。結果的に、One Tableができたことで、徐々にまわりにもお店が増えていきました。
――すごい。シャッター通りから、あたらしいまちが生まれていったんですね。
殿塚:でも、いきなり閑散としていた商店街に、カフェを開く方が現れるなんてことはなくて……。そこで、自分のお店を持っていなくても、カフェをやりたい方が、日替わりで営業する形態なら実現可能じゃないか、というアイデアが出たんです。しばらくすると、One Tableで間借り営業をされた後、松戸市内でお店をオープンする方も出てきました。
――ちいさく始める実験的な場として、機能しているんですね。「隠居屋」はどんな場所ですか?
殿塚:大正時代に建てられ、関東大震災にも耐えた歴史ある建物なんですが、しばらく住まい手がいなかったそうです。オーナーさんは「人々が集まれる空間をつくりたい」という思いを持っていたので、新しい場として生まれ変わらせるために、オーナーさんご自身で時間をかけて片付けから改装まで行いました。現在はomusubi不動産がオーナーさんの意志をお聞きしながら運営しています。
殿塚:新たなスペースとして生まれ変わった「隠居屋」では、トークイベントやジャズライブ、マルシェや子ども食堂など、様々なイベントが日々行われています。
――どこももともとは使われていなかった空き家だったんですね。現在の様子からは想像もつかないです……!
殿塚:空き家の活用、という文脈では下北沢のナワシロスタンドもそうですね。空き家活用だけでなく、新築でも地主さんと一緒にnakahara-souという地域に開かれた物件の活用を進めています。また、小田急線の跡地にできたBONUS TRACKの運営にかかわるようになったことで、今年の4月から小田急不動産さんと空き家問題の解消をしていくための取り組みをスタートしています。実は世田谷区って、自治体別で空き家数が全国一なんですよ。
――えっ、意外ですね。人口密度が高いのかな、とイメージしていました。BONUS TRACKはあたらしくできた施設ですが、どんなことをしているんでしょう。
殿塚:BONUS TRACKには、まちの不動産屋としてテナントで入居しながら、施設の管理業務を行っています。また、これは初めての試みだったのですが、コワーキングスペースの運営であったり、シェアキッチンスペースやレンタルスペースの運営も行っています。
――ふむふむ。プロジェクトにはどんなものがありますか?
殿塚:松戸では「科学と芸術の丘」という芸術祭の実行委員会として毎年運営を行っています。2018年から始まり、コロナ禍でもなんとか続けてこられて、今回で5回目を迎えます。
東京では、学芸大学の高架下のリニューアルを考えるプロジェクトを東急さんや学芸大学に住むまちの方と進めています。また、三軒茶屋のマンションを、地域にひらかれた使い方をしていくためにリノベーションをしていく取り組みも今進行中です。
松戸の外に出ることで、松戸というまちが拡張していく
――松戸だけではなく、東京のいろんな地域のまちづくりにもかかわっているんですね。松戸だけでなく、他の地域の取り組みもするようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
殿塚:うーん、なんだろうな……。2020年に下北沢と世田谷代田の間に開業した「BONUS TRACK」に声をかけてもらったときと、「松戸のことを松戸の中でやるには限界がある」と感じていたタイミングが一緒だった、というのが大きいですね。
殿塚:つい先日も、学芸大学の方に、まちの見学として松戸へ来ていただいたんですけど、こういった機会が生まれることで松戸のことを知ってもらえたり、他の地域の方から何か相談してもらったときに松戸の経験が生きたりしていて。
――どんどん松戸が外に広がっていってるんですね。
殿塚:そうなんですよ。僕らが松戸というまちに思い入れを持ってこの事業をやっていることに変わりはないんですけど、外に出てみたことで、想像以上に松戸のことを知ってもらうきっかけをつくることができているなって感じています。
「人と人をつなぐ」のが、僕らの役割
――話が少し変わりますが、omusubi不動産そのものも、「不動産」という役割を拡張していますよね。それを支えるのは中にいるスタッフがいてこそだと思うのですが、さまざまなバックグラウンドを持つ人が多いですよね。
殿塚:うーん、でもいろんなひとを意図的に集めてるってわけじゃないんですよね。「不動産」ではなく、「何かやりたい人のサポート」とか「人と人をつなぐ」ということを軸にしているから、そういうところに惹かれる人が集まるのかもしれないなあ。不動産業をやりたい人は、うちみたいなところには来ないと思うんです。
――たしかに。まちの人も巻き込んで場所を運営していったり、関係性を築いていく、というのは一般的な不動産業というよりも、「まちづくり」の事業ですよね。
殿塚:そうかもしんないですね。仕事ではとにかく、ほんっとにさまざまな立場の方と関わるので、スタッフに共通しているのは「極力、相手の価値観を尊重しようとする人」が多いのかも。それはスタッフ同士もそんな気がします。
殿塚:スタッフさんは関わり方も人それぞれで。フルタイムのひともいれば、omusubiの業務と他のお仕事の割合が3:7の人もいる。僕としても、その人のやりたいことと、omusubi不動産の目指す方向が重なる部分があって、スタッフが自分らしくいられたらいいなと思っています。
――かかわり方は人それぞれですが、たしかにスタッフの間でも、個々人を尊重している雰囲気がありますよね。
次回は、殿塚が「omusubi不動産」の役割を「人と人をつなぐ」ことだと捉えるようになったのはどうしてなのか、今後どのようなことをやっていこうと考えているのかについて聞いていきます。
取材・撮影=ひらい めぐみ