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「合意のない期待」は不幸の始まり。さくらインターネット・田中邦裕の教訓㊤

インターネットサーバーのサービスを提供する「さくらインターネット」社長の 田中邦裕さん。

高専在学中にサービスを始め、会社を作ってメンバーが増えーー山あり谷ありの会社経営を20余年続けてきましたが、あるとき、人に対する意識が大きく変わったといいます。

「『スキルのある人が多いからといって、いいチームにはならない 』ということが分かってきました。なぜなら人間には関係性があるから」

ざっくばらんに語るインタビューは、田中さんが、自ら社長を降りたところから始まります。


田中邦裕 (たなか・くにひろ)
1978年生まれ。大阪府出身。国立舞鶴工業高等専門学校在学中の96年にさくらインターネットを学生起業。当時は珍しかったインターネットサーバーの事業を開始。2005年に東証マザーズ上場、15年に東証一部上場。自らの起業経験等を活かし、スタートアップ企業のメンターや学生エンジニアの指導などにあたる。19年12月、ABEJAの社外取締役に就任。


「こんなんじゃやってられん」自ら社長を退任

ーー社長を自ら退任されたことがあるそうですね。

そうです。2000年、社長を退任して副社長になりました。今となっては、ロックバンドのメンバーが「音楽性の違い」から、衝動的に「こんなんじゃやってられん」と辞めたみたいなものだったんですけどね。

僕が社長を降りたいと思い始めた時期は、会社が急速に成長し、「上場」も見すえるようになっていた時期でした。

職場の会話で「普通の会社だったら」「常識だと」という言葉が増えてきた。「上場企業になるのだから」と、服装や行動、コミュニケーションの仕方や働き方が見直されるようにもなった。

当時の僕は社長でありながら自分で開発もやってました。高専在学中に一人で始めたこともあって、サポート、営業、企画も全部自分でやるのが当たり前。

「好き」から始めた事業で、会社も作ったんだったら、自分たちの作りたい会社にできれば、という想いもありました。でも新しい人が入ってくるうちに、気づいたら、かつての文化や空気感が消えてしまっていました。

会社に来なくても仕事ができるような環境なのに、なんでわざわざ定時に集まらんとあかんねん。自由にやったらいいし、遅刻もしゃあない。服装もTシャツでいいんじゃないかーー。社内の管理体制の強化だけ目指すのは嫌だなぁと、当時の僕は思ってました。

サーバー・サービスを広めるために会社を始めたのに、本質でないようなところに時間が取られてしまうじゃないか、と。

とはいえ、今振り返れば調達した資金の管理をきちんとするのは当たり前ですし、不満に思っていた自分でも「自たちはこういう会社作るんだ」と確固たるものを持っていたわけではなかったんですけどね。

ーー何がきっかけで「社長辞める」と?

きっかけはあったんでしょうが、今となっては思い出せない程度のことです。

時間が経つとたいしたことじゃなくても、その当時の自分にとってはすごい大切なものだった。その大切なことが貫けなくなって。

僕だけではなく、それぞれの大切なことがあるのだと思います。それぞれに「正義」がある。

ーー で、副社長に。

会社も辞めるつもりだったんですが、そのころ、ネットバブルが崩壊しました。みるみる会社が危機的な状況になって副社長で残ることになりました。かなり苦しい思いをしながら、経営していました。その後、紆余曲折あって2007年に会社が債務超過になったとき、社長に戻りました。


ーー以前は従業員の方々を、自分がやりたいことの「補助をしてくれる人」ととらえていた、と。

6年ぐらい前までそうでしたね。

「社員は手段」と考えていて、周りの人を「使えるか・使えないか」という価値判断で見ていたところがありました。でも社員もお互い様です。「この会社、使えるか・使えないか」みたいな感覚、持ってませんか?

でも人事部長を兼任するようになった6年前から、人への深い関心が生まれ「スキルのある人が多いからといって、いいチームにはならない 」ということが分かってきました。

なぜなら人間には関係性があるからです。

「人間関係がよくない」というのは、その人自身が悪いんじゃなくて、人間同士のつながりの状況がよくないということ。「何でも好きなことを言い合える」というのは、良い関係性です。「話はできるけれど大切なことは話さない」関係なら、やっぱり業務的な関係性だし、「全然しゃべらないし、相手の悪口ばかり言ってる」のは、悪い関係性です。


「一億総エスパー化」がもたらした、「合意のない期待」

社会人の不幸の8割は合意のない期待」という記事をnoteに書いたんですが、すごくバズりました。6年前に人に関心を持つようになってからの気づきを文章化した記事です。


社会人の不幸の8割くらいは、合意のない期待によって生まれているんじゃないかなぁと思っています。
勝手に期待をして、裏切られたと思う、この気持ちが自分の中のフラストレーションを生んでいます。(田中さんのnote 「社会人の不幸の8割は合意のない期待」から)


田中:どんな関係でもそうですが、親子関係で言えば、親に何か言われた時に子どもが「なんでそんなこと言われんとあかんねん!」と反抗する。これは合意が無いのに期待されていることへの怒りです。

上司と部下の関係も同じです。上司は部下に「言わなくても分かるだろ!」と勝手に思うけれど、言われなかったら分からないですよね。

反対に、部下が「言ってもムダ」と上司に報告しなかった上司は気づかないまま。すると部下は勝手に期待して「上司はこれをしてくれない」となってしまう。

お互いいい人なのに、やりたいことが交換されていないために勝手に期待し「そのとおりに動いてくれない」とすれ違う。会社をよくしたいと思っている2人が動けなくなってしまう。きちんと話し合えばいいだけの話なのですが。

僕はこれを「1億総エスパー化」と呼んでいます。

「言ってないけど分かって欲しい」は、みんな思っていること。だからこそ話すことで価値観を共有し「こういう方向性だからこれはやめよう・これはやろう」と、具体的に合意して動けば、いいチームになると思う....と実感したのが、実際に人に関わり始めたこの6年ぐらいだったんです。


ーーぶつかり合う議論も時には必要だ、と。

田中:そうです。さくらインターネットでも「これ、ダメな方向に行ってるやん」「こうしたほうがいいのに」と全員が思っていても、結局誰も動けない.....なんてことが起きていました。

関係性が悪いまま放置して、それを避ける意思決定ばかりをしていく。例えば「あそこの部署とやると面倒くさいからやめておこう」「あの人を説得するのは大変だからやめよう」とか。

口では「この人、嫌いだからやりません」などと言わなくても、本質的には「あの人と合わない」という「好き・嫌い」「話せる・話せない」という価値判断で辞める人が出てくることも多い。こうした関係性の克服は、課題の一つです。

本来、こういう事態は対策を立てたら避けられるはずなんですが、皆、なぜか果敢に「失敗」に向かってチャレンジしていく。そういうのをやめたいなと思いました。

月1回、全幹部向けに僕が話したことを文字起こしして全社員に配るんですけど、その時には必ずなんでも言い合える関係について言うようにしています。先週は全社員を集めて来年の方針の頭出しをしたんですが、その時も話しました。

社員を巻き込んでいくことも大事です。

4年前、会社の設立20周年に向けて「さくらのいいとこワークショップ」という集まりを何度も開きました。半年から1年ほど続けて、社員1人2回以上は参加したんじゃないかな。

こういう集まりって、だいたい文句から始まるんですね。でも、ここは文句を言い合う場所ではない。さくらインターネットのいいところを、みんなで出し合いましょう、と。

ワークショップを重ねるうち、「自由」「誠実にやる」「チャレンジ」というのが、うちのいいとこだ、となってきた。そのなかから【「やりたいこと」を「できる」に変える】という会社のスローガンが生まれてきたんです。

加えて僕が作った会社から、みんなで作る会社に変えようとなって、社名の変更も試みた結果、英語名の社名は変わったんです。インターネットの頭文字のI(アイ)を小文字のi(アイ)に変えて。

このワークショップを含めたプロセスが、すごく大事でした。一体感も出ました。


「ヒエラルキー」から「チーム」に変わっていく背景


田中:5年ほど前、サイボウズの青野慶久社長と話していたとき気付かされたことがあります。

青野さんは「チームが重要だ」という考えをお持ちで、サイボウズのビジョンにも「チームワークあふれる社会を創る」を掲げ「チームワークを支えるソフトウェア」を開発しています。

「チーム」という言葉は、スポーツ界隈で使われていたものですが、最近はビジネスの現場でよく聞くようになりました。単純労働から頭脳労働への変化を背景に、ヒエラルキー型の組織の価値観から、フラット型の組織の価値観に変わってきたのだ、と思います。

少なくとも30年前は、ヒエラルキー型が当たり前で「上の人のことは聞く」という価値観が「常識」だった。

ヒエラルキー型の組織はある意味でラクです。厳格にルールを決めれば、上司と部下の間に齟齬が生まれることはあまりない。ルールを破ったら部下の責任。ルールが明確に伝わってなかったら上司の責任。深いコミュニケーションが必要なくなります。

ただ、そういう組織だと、弾力や回復力といった「レジリエンス」が下がる。

早い変化についていくために、上下関係のないフラットな「ホラクラシー組織」や本質的に対等な関係の重視、権限移譲の必要性が議論されています。

でもホラクラシー組織では個人が判断する場面が増える分、社員一人ひとりがすごく重たい責任を持たなければいけなくなって、余計にツライこともある。

その中でやはり、人と人とのつながりの状態、つまり「関係性」をきちんと保つことが極めて重要になってくると思うんですよね。

とはいえ僕も、まだまだこれからです。まずは関係性をよくしていくことを心がけましょうと、ことあるごとに投げかけ続けるしかないと思っています。

(㊦に続く)

写真:川しまゆうこ

(2020年2月12日掲載のTorus(トーラス)by ABEJAより転載)

「合意のない期待」は不幸の始まり。さくらインターネット・田中邦裕の教訓㊤|テクプレたちの日常 by ABEJA
インターネットサーバーのサービスを提供する「さくらインターネット」社長の 田中邦裕さん。 高専在学中にサービスを始め、会社を作ってメンバーが増えーー山あり谷ありの会社経営を20余年続けてきましたが、あるとき、人に対する意識が大きく変わったといいます。 「『スキルのある人が多いからといって、いいチームにはならない 』ということが分かってきました。なぜなら人間には関係性があるから」 ...
https://torus.abejainc.com/n/n8454c9a7edc8
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