エンジニアリング界をリードする著名人が「いま話を聞きたい」開発者を直接指名し、日頃なかなか聞けない開発トピックについて語り尽くすオンライントークセッション「DevLounge.jp」。
イベントの締めくくりとなるセッションに登壇したのは株式会社メルペイでAndroidのエキスパート職を務める日高正博氏と、株式会社リクルートのAPソリューショングループマネジャー兼シニアソフトウェアエンジニアの古川陽介氏です。
お二人はそれぞれ分野の違うテックコミュニティを運営されていて、カンファレンスでもコロナ禍の影響を経験されています。セッションではテックコミュニティの変化やフロントエンドエンジニアの現在について語っていただきました。この記事ではその一部をご紹介します。
日高正博
2017年2月にメルカリ入社、2018年4月にはメルペイへジョイン。現在はAndroidのエキスパート職を務めている。OSSや技術コミュニティへの貢献も行っており、モバイルエンジニア1000人超が参加するAndroid年次カンファレンス「DroidKaigi」のOrganizerや「技術書典」という10000人が参加するテック系の技術書イベントも主宰している。
古川陽介
複合機メーカー、ゲーム会社を経て、2016年にリクルートテクノロジーズに入社。現在はリクルート APソリューショングループのマネジャーとしてアプリ基盤の改善や運用、各種開発支援ツールの開発、またテックリードとしてエンジニアチームの支援や育成までを担っている。Node.jsの日本ユーザーグループコミュニティの代表を務め、Node学園祭(現「JSConf JP」)などを主宰している。
オンライン開催はオフラインと同じ価値が提供できるのか コロナ禍で変わったイベントのあり方
古川:テックイベントがオンラインになるケースが多くなってきています。オンラインでやること自体はオーガナイザーとしては楽なんですが、オフラインと同じものは提供できていない気がします。カンファレンスってそれ自体の価値は50%くらいで、残りの50%は会場にいる人との会話や交流なんですよね。
日高:僕も「本来の価値の半分も提供できていないんじゃないか」という不安はあります。私たちはこうやって人前で話すことに慣れていますが、今もみなさんからの反応がわかりません。とくにスピーカー初体験の人の場合、相手に伝わっているのかを知りたいですね。
古川:僕がテックコミュニティに入った目的の半分くらいはコミュニティの人たちと話すことでした。「勉強会に行くくらいだったら自分で勉強すればいい」という人もいると思いますが、僕は教わるだけではなく、みんなとディスカッションをすることが面白くて行っていたんです。だから、オンラインでそういう機会が提供できているのかということは考えてしまいます。
日高:そうなんですよね。しかもコミュニティで発表をするときも、オンライン開催でアーカイブが残るとなると萎縮してしまいがちです。オフラインの勉強会だと残らない安心感がありました。それをオンラインでどのように提供するのか、解答はまだ見つけられていません。
古川:あと個人的にオンラインで実現したいこととして「井戸端」があります。たとえばリクルートでは社員に飲み会セットを送って、オンラインで飲みながら話し合えるという取り組みをしたのですが、それが盛り上がりました。たとえばオンライン会場でアバター同士で交流できるとか、そういった取り組みがもう少しできればいいなと思っています。
日高:オフラインができなくなって、知らない人に出会うことも難しくなりましたよね。僕も雑談会を企画してブログで参加者を募ったところ、Androidエンジニアが70〜80人くらい「僕も話したい」って手を挙げてくれました。
古川:一気にそれだけの数のAndroidエンジニアをアトラクトできるなんて、すごいですね!
日高:きっかけさえ作れば、みんな技術について話したいという気持ちを表に出してくれるんですよね。僕もやっていてすごく面白かったです。オンラインの良さでいうと、地理的に遠くても話ができる点もあげられますよね。
古川:それは間違いないですね。今までの「東京に来ないと参加できない」といった部分が解消されて、沖縄からでも北海道からでも普通に参加できるというのはかなりの進歩です。
日高:一方でいろんな都市で開催されていたオフラインの勉強会はけっこう減っている気がします。「ネットでやってくれるから、どこにいても聞ける」「オフラインでやる意味があるのかな」という気持ちになってしまう部分があるんでしょうね。
古川:確かに、地方のテックコミュニティのイベントは減ったかもしれないです。
日高:新しくエンジニアになる人たちが勉強する場がなくなるのは困るので、コロナ後はオンラインとオフラインが相互に補完する形ができるといいですね。
古川:僕もそう思います。井戸端やコミュニティでの教え合いはいい体験になると思うので、そこが提供できるといいですね。
オンライン開催はコスト面も人員面も負担が軽い ダイバーシティ実現のためには取り組みが必要
日高:JSConf JPとかDroidKaigiとか、参加者が1000人くらいになってくるとカンファレンスの運営は、すごく大変です。参加者が事故なく楽しく一日を過ごして帰ってもらうために、行動規範を作ってスタッフもたくさんいないと運営できません。それがオンライン開催となるとコストを抑えられて、今(※)みたいにスピーカーが来て話をすれば安全に終われるので、オーガナイザーとしてはすごく安心感があります。
(※)DevLounge.jpの収録のこと。安全に配慮した環境を用意し、スピーカーとスタッフのみで行われました
古川:それはありますね。あとJSConf JPの場合、年度の始まりから準備を始めますが、まず1000人規模だと会場を探すのが大変なんです。でもオンラインだと会場を押さえなくていいのでだいぶ気持ちが楽になります。
日高:そうなんですよね。テックカンファレンスは継続する前提があるので、1年くらいかけて準備するのは運営側にはけっこう大きな負担です。何人ぐらいのチームでやっていますか?
古川:20〜30人くらいです。当日ボランティアも募集して、手弁当でやっています。
日高:手弁当って日本のいい文化ですよね。海外のカンファレンスだったらvoluntaryで成立することはまずないですからね。
古川:そうですよね。例えばJSConf EUは大規模な音楽フェスティバルの規模です。年単位でプロジェクトが動き、ものすごく大きなガレージを借り切って豪華にやります。
日高:海外のエンジニアと話していると「日本のカンファレンスは参加費が安すぎるが大丈夫か」って言われます。向こうだと10万円くらいするのが普通ですよね。
古川:僕もよく言われます。JSConfのEUやアメリカの担当者などと話したときにも、JSConf JPは安いと言われました。
日高:私たちの場合、ベースは「勉強会」なんですよね。互いに知識をシェアしてエンジニアリングの価値を高め、業界の地位を高める。その延長にカンファレンスがあるという感じです。だからスポンサーがついていても、出してもらうお金は最低限です。ただそれでは今後は立ち行かなくなる気がします。ブログにも書いていますが、昨年のDroidKaigiの中止の際は4000万円くらいかかりました。
古川:ブログ見てびっくりしました、こんなにかかっているのかって。
日高:参加者やスタッフの命を預かっている部分があるので、それを保証できるだけの仕組みを作るためには手弁当やcontributeだけでは無理があります。
古川:そうですね。少し話が戻りますが、ほかにオンライン開催のメリットとして、子どもを持つパパやママが気軽に参加できるようになったというのがあると思います。まさに僕もその一人です。
日高:イベント参加者の中には、平日の昼間にやってほしい人もいれば仕事があるので夕方がいいという人もいる、子どものお迎えがあるから夜がいいという人もいます。でもオンライン開催でアーカイブが残っていれば、自分のライフスタイルに合わせて参加できます。それに女性の中には男性の参加者が多い場所に入っていくことに恐怖心を感じる人もいますが、オンラインなら直接は接触しないという良さがあります。
古川:女性が参加しにくいというのはかなり問題になっています。その対策として女性コミュニティができるのはいいこととは思いますが、それを作る必要がないというのが本当はいいんですよね。本来、技術の話をする場所であるテックカンファレンスでは性別とか年齢とか肌の色とかは関係ありません。でも関係ないからと何もしないでいると偏りが生まれてしまうので、偏りを戻す取り組みも必要です。
日高:いまのままでいると業界は変わりません。そういう部分を気にする人たちもちゃんと入ってこられるように、業界が活性化するように、テックカンファレンスも変わっていかなければいけませんね。
フロントエンドエンジニアにはコンピューターサイエンスの基礎が不可欠
古川:フロントエンドエンジニアはHTMLやCSSなどテクニカルなワードだけをやっている人ではなく、ユーザーエクスペリエンスやデベロッパーエクスペリエンスを含めた全てを最大化する人たちのことだと思っています。最大化のためにはCPUやメモリの後ろに何があるのかといったことを知る必要があって、それにはコンピューターサイエンスの基礎知識が大事だと感じています。
日高:僕も似たようなことを考えています。僕はAndroidのネイディブアプリ開発をする立場ですが、ReactがでてきてWebかiOSかAndroidかといったことはほとんど関係なくなりました。徐々にそれぞれの考え方を理解できるかどうかの勝負になってきています。そうなると言語の垣根を超えた、コンピューターサイエンスの認知の問題となります。先行者が強いわけではなく、技術に触れた人が強いんです。
古川:そうですね、大学や高専でコンピューターサイエンスを学んでいなければいけないという感じではないですね。
日高:ただその技術を使うにあたって、後ろに何があるのかを考えられることが大事です。
古川:フロントエンドはどんどん難しくなっています。少し前までは自分たちですべてセットアップしなければならず、相当な設定コストがかかりました。ですが最近はNext.jsなどプリセットされているものがでてきていて、それを使えばかなり大丈夫にはなります。ただ問題が起きた際に解決するためには、後ろにある複雑な設定とかまで見ないといけません。
日高:そこまでの知識が求められることがあるんですよね。ときどき物事の本質にある難しさに出会うことがあって、エンジニアリング力を問われるなと感じます。
古川:結局どれだけ苦労してきたかとか毎日取り組んできたかとか、そういう所が大事なんですよね。
日高:それを効率よくやる、知識をアップデートする場所が勉強会だと思います。友人が「自分がこの問題にぶつかったとき、こうやったら直ったよ」と教えてくれるような、そういう瞬間があるのがいいですよね。
古川:それにコミュニティはアウトプットの機会があるというのも大きい。発表するためには自分が一番勉強するので身になります。いい体験になるので、やろうという人が少ないのはもったいない気がします。
日高:技術的に難しい問題を一人で解決することの大変さを知っているので、みなさんにはうまくコミュニティに飛び込んでいってほしいですね。
古川:あと最近の話でいうと、プライバシーの問題についてブラウザベンダー間で戦争が起きてしまっていますよね。
日高:個人情報って守るべきもので個人の権利なのに、勝手にターゲティングして広告を出すのはいいことなのか、というのは日本でも海外でもホットな議論になっています。その中で技術とのバランスを考えるためにも、いまエンジニアの声がすごく重要になっています。
古川:このやり方で本当にいいのか、という部分はプラットフォーマー側もエンジニアの意見を聞きたいんですよね。プライバシーとかセキュリティとか、ブラウザベンダーに対峙すると自分たちの力が及びそうもなく思える部分ではありますが、意見を言える場は提供されています。
日高:私たちが意見をちゃんと言って、技術をこういう風に使いたいというのを周りと一緒に考える。そうやって少しずつ前に推し進められたらいいですね。
当日のアーカイブはYouTubeでも配信中。イベントレポートではお届けしきれなかった話が盛りだくさん。気になった方はチェックしてみてください。
前のセッションはこちら
イベント詳細はこちら