エンジニアリング界をリードする著名人が「いま話を聞きたい」開発者を直接指名し、日頃なかなか聞けない開発トピックについて語り尽くすオンライントークセッション「DevLounge.jp」。
Session B-2では、間もなく設立5年目を迎える株式会社10XのCTOである石川洋資氏が、クックパッド株式会社で同じくCTOを務める成田一生氏を指名。スタートアップにおけるエンジニアの採用や活用、会社が成長していくにつれて変化していくフェーズに対応した組織作りまで、気になることを聞いていくスタイルでトークが進んでいきました。
スタートアップで方向性を定め、基盤を築き上げて事業を成功に導くにはなにが重要なのか。日本最大の料理レシピサービスを提供するクックパッドの道のりはどのようなものだったのかなど、実感のこもった意見や興味深いエピソードを語っていただきました。その一部をダイジェストでお送りします。
石川 洋資 大学にて経営工学を専攻。在学中にスタートアップの創業メンバーとなり、iOSアプリの開発に取り組む。大学卒業後は面白法人カヤック、LINE株式会社、株式会社メルカリで新規事業やアプリの開発に携わる。その後、メルカリで同僚だった矢本 真丈と株式会社10Xを創業し、CTOとしてプロダクト開発全般を担当。オープンソースプロジェクトへの参加や執筆活動も行っており、2017年2月には『Swift実践入門 直感的な文法と安全性を兼ね備えた言語』を出版した。
成田 一生 2008年にヤフー株式会社に新卒入社。Yahoo!メールのバックエンドエンジニアを務めた 。2010年にクックパッド株式会社に入社し、サーバーサイドのパフォーマンス改善や画像配信を担当するインフラエンジニアとして経験を積む。現在は執行役CTO兼人事本部長として、エンジニアのみならず会社全体の組織作りに務めている。
エンジニアリング組織のレベルを上げていくためには優秀な人を1人採用する 石川:私はいま株式会社10Xという、25名ほどのスタートアップでCTOをやっています。エンジニアの人員が12名で「Stailer(ステイラー)」という事業をやっていて、いまはその事業が伸び始めた段階。エンジニア組織をこれから広げていくフェーズに差し掛かっています。
成田さんは現在、クックパッドという強くて大きな組織のCTOでいらっしゃるわけですが、以前はスタートアップのフェーズを経験されているとお聞きしています。それで参考になるお話を伺えるのではと思って、今回指名させていただきました。
成田:ご期待に沿えられるといいんですが(笑)。僕がクックパッドに入ったのは12年前で、その頃の社員数は80人くらい。エンジニアは10人ちょっとです。僕がジョインしたのはマザーズに上場した直後というタイミングでした。
石川:その頃は組織としてどんな背景があり、成田さん自身はどんな気持ちで入っていかれたんですか?
成田:組織としてはまず、創業者の佐野(陽光)が「クックパッドはテクノロジーカンパニーである」と言い出していたんです。ちゃんとしたエンジニア組織を作っていこうという意味ですね。その頃クックパッドにいたエンジニアは、群を抜いてハイスキルではないけれど、タフなスタートアップの面々という感じだったそうです 。まだRuby on Railsが出たばかりで、みんなでバージョン2になったか、ならないかのものを使って、慣れないコーディングに取り組んでいて。だけどシステムは、まだまだ完璧には程遠い状況だったんですね 。
そんな中で当時、僕が以前に在籍していたヤフー株式会社で上司だった井原(正博) が、まず技術部長としてクックパッドに転職したんです。その3ヶ月後くらいに、僕も声をかけてもらったのがクックパッド入社までの流れでした。それが2010年です。
入社後は、インターネットでtoCのビジネスをやっていくためのサービスを確立するには技術が重要だということに共感し、どうするかを考えていました。インターネットを使っているユーザー、そこに存在するエコシステムなどを含めて、すべて正しく理解したうえでサービスを作っていこうとしていたんですね。そのことが「毎日の料理を楽しみにする」という会社としてのミッションを達成するために重要なんだ、とみんな当時から高い目線を持っていました。
石川:僕は新卒が2012年の年でした。成田さんがクックパッドに入社されて2年後ですが、その頃にはもうクックパッドといえば各領域に強いシニアのエンジニアが揃っているというイメージ。iOSにもAndroidにもそれぞれすごい人がいて、Ruby on Railsでも 優秀な人が多くいた印象が強いんですが、そこに至るステップではなにがあったんでしょうか?
成田:そのときは「強い人を採用すると、強い人を呼んでくれる」作用が大きかったと思います。採用の格言のようなものに「Aクラスの人材はAクラスを採用し、Bクラスの人材はCクラスを採用する」という言葉があり、それと似た感じで強い人が強い人を引っ張ってきてくれていました。だからエンジニアリング組織のレベルを上げていくのに大事なのは、たくさん採用することよりも、非常に優秀な人を1人採用することなんだと感じますね。
たとえば当時クックパッドに入社した人は、株式会社はてなからクックパッドに来て、僕の前にCTOを務めた舘野祐一さん、それから宮川達彦さんなどです。そういう、有名ですごく能力の高い方をご縁があって採用できたことは、成長を加速する力になっていました。
石川:確かに業界のレジェンド的な方たちですね。
新卒中心の文化へ移行するタイミングと、リーダーシップが上手く機能する組織作り 成田:当時はまだ技術的にもRuby on Railsを使っている会社は珍しかったし、クックパッドは人数も少なかったから、誰もが活躍できそうな匂いがプンプンしていたんですよ。システムはまだ荒削りで、自分が入ったらもっと良くしていけるだろうという状況も目の前にあった。展開しようとしていたサービス内容も優れていたと思うし、ユーザーさん同士のコミュニティとしては、他社さんにはないようなものが出来上がっていました。
そういう中で、採用基準は高くしていましたね。当時は「いまいる人よりレベルが高い人しか採用しない」とまで言っていました。もちろん、すべての領域に完璧な人はいないんですけど、少なくともそのときの会社内にないケイパビリティ(強み)を持ち込んでくれるような人じゃないと採用しない、という目線は持っていました。
石川:それで、どんどん優秀なエンジニアが入って組織が強化されていったと。ただ、そこから次はまた違ったレベルというか、ポテンシャル採用をするようなフェーズに移っていますよね。
成田:転機は2014年に新卒採用をはじめたときでしょうね。最初は苦労していました。もちろん、優秀な人が入ってきてくれて 、いまも残っている人はいます。
ただ、1世代目の新卒ってその人たちを育てられる人が社内にいないんですよね。それでも続けているうちに、だんだんと新卒だった人が新卒を育てられるようになったり、新卒だった人が企画した採用イベントで新たな新卒を採用したり。新卒を中心とした文化が形成されていったんです。そのサイクルを上手く作れたことが、いまでは弊社の強みになっているのはすごく感じます。
石川:新卒中心の文化に切り替えていった潮目をもし自由にいじれるとしたら、もっと早くするべきだった、あるいは遅らせるべきだったと思われますか?
成田:どうだろう。振り返ってみると、その新卒中心のカルチャーに切り替えていったタイミングはちょうどよかったのかなと思いますね。
会社のフェーズって絶対に変わっていくものじゃないですか。スタートアップが上手くいったらマザーズで上場して、成長して伸びていくと採用も積極的にできるようになって、新しいことにもどんどん挑戦できる。
実態もそうだし、外から見てもそういうフェーズに入った会社だと、けっこうヒキが強くなっているから、新卒でチャレンジしたい人も多くなってくると思います。だから、人を採用しやすいフェーズに入るんですよね。ただし、どんな事業でもそういう時期は長く続かない。採用において一番いい状態のフェーズはいつか必ず過ぎていくので、そこを見極めて先手を打っていくのが、振り返ってみると大事なんだろうなと思いますね。
石川:いままさに我々の会社、10Xでは基本的にシニアのエンジニアに絞った採用をしている状況です。事業が成長していて、作るものも増えています。
そこにもっと強いエンジニアがジョインしたら、事業的にできることも広がるだろうとは思っています。だけど、シニアのエンジニアだけをずっと採用し続けていくのは限界があるとも思っていて。少し葛藤があります。
いま12人くらいでやっている状況なので、エンジニアが30人いたらクオリティももっと高まるし、別のセクションも作れる。でもそれでいいのかな、といったことをよく考えるんです。
成田:わかります。ただ、5人のエンジニアがいる組織を30人にしたら生産性が6倍になるかといったら、ならないんですよね。人数を増やしても生み出せるものって案外増えなくて、むしろ往々にして、5人のときのほうがやれていた、みたいなことが起きるんですよ。
というのも、5人のすごく優秀な人が少数精鋭で集まって開発に取り込んでいる状態って、すごく早く物事が進むと思うんです。ところが、手が足りないから30人にしましょうといっても、同じような精鋭たちを25人集めるのは無理がある。新しい人たちの面倒を見るために、もともといた5人の人たちの時間も奪われて生産性が低くなってしまうんです。
そこで重要なのは、リーダーシップが上手く機能するような組織作りかなと思います。結局「頭」が増えないと上手く機能しないんです。物事を考え、生み出す人、クリエイティブに頭を使う人が増えていかないと、やれることは全然増えない。仕事だけがやたらと増える、という感じになってしまいます 。
チームの作り方は現場のトップダウンとボトムアップの融合が理想 石川:最初はスタートアップとして強い人を中心に集めてどんどん新しいことをやっていって、そこから上手く新卒を採用して育てていくやり方に変えていったと。ただ、クックパッドはいまでもスタートアップらしさを残されているのかなと思っています。 意識されていることはありますか。
成田:そこは難しいですね。スタートアップの面白さ、楽しさみたいなものは、やっぱり油断していると失っていくんですよ(笑)。
クックパッドに転職したときに、こんな面白い状況の会社でも成長していったらだんだんつまらなくなっていくんだろうな、とはどこか感じていて。だから面白くなくなる、薄まっていくのをできるだけ防ぐ責任が自分にはある、という使命感を覚えてきました。「いまはまだ面白い」「いまちょっとつまらなくなってきている」というのはけっこう気にしながら、フェーズ・フェーズでできることをやってきました。
石川:チームの作り方という面では、どうでしょう。会社が大きくなってきて、各チームの権限の置き方で意識していることはありますか?
成田:ここ1、2年くらいの開発のスタイルは、プロダクトオーナーを立ててやるというものです。「この人がプロダクトオーナーです。プロダクトの意思決定も最終責任もこの人が受け持ちます」と徹底しています。その人が決めたことは、経営陣も口を出さないと決めていますね。
このプロダクトはこれからこういう方向を目指していく、だから今期こういうチャレンジをしていくというのは、現場のトップダウンで決めるしかないといま思っているところです。ただし、ディテールに関しては現場でワイワイ考えて作るという、その両面をやることが大事だと考えています。
石川:事業においてチームはどうあるべきか、あるいは何を解決するのかという達成すべきことを明確にしたうえで、そのやり方はチームごとに委ねられていて、メンバーが自律的に目標に向かって進めていく、ということでしょうか。
成田:理想的にはそうです。全部がそのように完璧に上手くやれています、とは言えないんですけど、目指していく姿はその通りですね。
現場のトップダウンとボトムアップの融合というか、現場で一人ひとりが物事を考えていくことが最も大事だと思います。プロダクトはこうあるべきだと、一人 ひとりが思っていなければならない。そのうえで、こういうことをしていこうという意思を持って、トップダウンで降りてきたミッションに従ってやっていくという。ハイブリッドスタイルのような、両方上手く混ぜていくのがたぶん現代的な、とくに組織の作り方かなと思います。バランスの取り方はなかなか難しいんですけどね。
自分たちは前に進めている、というメッセージを発信することが大事 石川:非常に参考になります。もうひとつお聞きしたいのは、クックパッドは幅広い分野にスキルレベルの高い人が揃っていますよね。クックパッドのテックブログなどを読むと、毎回クオリティがすごい。成田さんはCTOで、そういうハイスキルな技術集団をマネジメントする立場だと思いますが、その高度な技術知識を持つ人たちとどういうふうに向き合っているのかも気になりま す。
成田:シリコンバレーなど海外の会社のCTOを見ると、技術的にすごく尖っていて、その人の技術力が会社の技術力の上限を引き上げている、というタイプの人が多いですよね。
でも僕は、全然そちら側の人ではないです。どちらかというと、世の中でいうところのVPoE((Vice President of Engineering)的なことをやっていると思っています。組織作りや采配に関すること、スタッフィング、制度作りなどをやっていますね。
もちろん、僕もエンジニアとして技術で一番強くなりたいという憧れはあります。でも、現状それはあまりできていないのが正直ありまして、現場からもそこは期待されていないかもしれない。うちの会社の場合、それぞれの分野に技術に強い人がいるので、彼らがちゃんとリスペクトされながら仕事している体制になっていますね。
うちの会社のいいところは、iOS、サーバサイド、Androidと、各分野でその道に詳しくてリーダーシップの高い人がいることですね。そういう人たちと僕が会話をして、次の技術の方向性とか意思決定をチームで考えていける体制になっているかなと思っています。
石川:それぞれの分野に強いエンジニアがいて、その間の調整は成田さんがやっていらっしゃるんですか。
成田:そこも基本的には、自律的にやってもらっている部分が大きいですね。それはフェーズがやっぱりあって、いまうちの開発の基盤はかなり整っていると思うんです。
逆にネックになっているのは、技術の組織的な部分だと認識しています。CTOの役割は、そのフェーズで一番大事なことをなんでもやることかなと。サービスが弱いならそれをなんとかする、エンジニア採用が上手くいっていないならそこに注力する。だからいま、僕は組織作りをしています。注力しすぎていまは人事までやっているんですが 。
石川:仮にですが、自分が描いたものと実際のところがズレてきたときは、どんなアクションを取ろうと考えていらっしゃいますか?
成田:それは本当に難しくて、めちゃくちゃあけすけに言うと「成長がすべてを癒やす」ところがあるんですよね。すごい揉めごとが起きたとか、開発が全然上手くいかないことがあったとしても、組織って「成長が右肩上がりです」というだけで「じゃあいいか」ってなるんですよ 。
「問題はあるけど、俺たち前に進めてるよね」という共通認識があれば、いろいろなことが解決できるし、逆にそれがないといろいろと悪い問題が起きてくる。
だから、成長が踊り場に来ているようなサービスがあれば、それをどうやったらまた成長させられるかをCTOは考えるべきだと思います。それは売上かもしれないし、もっと重要なKPIかもしれないけど、それを上げることに注力する。自分たちは前に進めているんだぞ、というメッセージを発信することが大事だと思います。
石川:なるほど、よくわかりました。今日はCTOとして自分の会社の未来図を先に見られたな、という気がしています。ありがとうございました。
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