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親分の優しさ

Photo by BAILEY MAHON on Unsplash

ある日、Tさんが社内研修の講師を務めると聞き、私も聴講することにしました。

開始前にお手洗いへ行き、席へ戻ると、私の斜め後ろにTさんの大先輩であるKさんが座っています。まだ前方の席も空いているのに「なぜ・・・?」と思いました。するとKさんは「こっち座って。そうしたら隠れられるから。」と言うのです。

自分がいるとTさんが話しにくくなるだろう、という気遣いからでした。しかし、当然のことながら隠れるのには、無理があります。話し始めてしばらくすると、やはり、TさんはKさんの存在に気が付きました。話の端々にKさんの名前を出すようになります。

Kさんは「良いこと言うようになったね」と言いながらTさんの話を聞いていましたが、暫くすると「俺、外で聞く」と私に小声で告げると、鞄を持って廊下へ出ました。

その姿を目で追うと、Kさんが出て行った扉が少し開きました。鞄をストッパーにして、5センチほどの隙間をつくり、扉の横で話を聞いているのです。扉に阻まれて直接は見えませんでしたが、「なんと微笑ましい姿だろう」と思いました。

長年同じ支社で「親分」「子分」のような師弟関係を続けてきた二人。その様子は以前からしばしばうかがっていました。入社以来、しばらく業績が伸び悩んでいたTさんを「Kさんは、ずっと信じ続けてくれた」そうです。そんなKさんから教わったことを、素直に受け止め、ひた向きに実践し続けたTさん。今では社内で知らぬ人がいないほどの存在となり、教わったことを自らの行動で示し続けるとともに、次の世代に伝えているのです。

実はKさん、社内の人気者となったTさんに対して、少しヤキモチを焼いている面もあります。「Tばっかりちやほやされている。」「あの話は俺が教えてやったネタだ。」と話している場面に遭遇したことが、何度かあるのです。それでも、そんな嫉妬心を表に出すときでさえ、どこか嬉しそうで照れくさそうな笑顔を浮かべています。決して、Tさんに向けられたスポットライトを奪おうとはしません。

Tさんも後輩が注目の的になる姿を見て「全部持って行かれた~」と悔しがることがありますが、その様子を嬉しそうに話してくれます。目立ちたがり屋でヤキモチ焼きな一面も、それ以上に、大切な仲間や後輩の成長を喜ぶ愛情の深さも、脈々と受け継がれているのかもしれません。

まさに“親”と“子”のように長い時間をかけて紡がれてきた温かい関係。言葉よりも何よりも、お互いの視線と行動から、その深さを感じます。

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