今回はエムアウトでIT人材向けの学習・転職支援サービスを創り上げたpaiza株式会社代表・片山のインタビューをお届けします。
非常にユニークなキャリアを歩んできた片山は、自身のエンジニア経験からIT人材の転職市場に「非合理な仕組み」を見出し、その仕組みを破壊すべく事業開発に取り組んできました。片山のこれまでの経歴、事業開発エピソードや今後の目標などを長時間にわたってお話いただきました。
終身雇用の崩壊を悟り、進学ではなくバンド活動へ
高校を卒業後は、3年間は何もせずに過ごし、その後フリーターになりました。
もともと、学校の仕組みや教育制度、学校を卒業したら当然のようにサラリーマンになって社会に組み込まれていく、日本の社会構造に違和感を感じていたんです。
終身雇用制度も崩壊し始めたタイミングだったので、大学に行くことに意味を見いだせず、進学はしませんでした。しばらくは高校時代の仲間とプロを目指してバンド活動に熱中。インディーズでCDを出すほどで、わりと真剣に取り組んでいましたね。演奏するより作曲が好きで、その頃から「こういう曲をやったら自分たちのファンにウケるかな」と世の中の反応を意識してロジカルに考えるタイプでした。その後、まだウェブデザイナーという言葉が身近ではなかった頃に独学でホームページを作ったことがきっかけで、バンドを脱退してIT企業に入社しました。ちょうど大卒と同じ23歳の時でした。
IT企業での幅広い業務を通して、世の中に必要なサービスは何かを考えるように
はじめて就職した会社は社員20名規模の、いわゆる「中小零細のよろずやIT企業」です。この会社ではWeb制作からシステム開発、パソコン教室まで本当になんでもやりました。オープンソースのCMSがまだなかった時代に、自分でCMSを作って営業して歩いたこともあります。小さい組織なので個人の裁量に任される部分が大きく、企画、制作、ディレクション、営業、値決めなどを一気通貫で担っており、一人親方のような立場で自由に動いていました。幅広く業務を経験させてもらえたからこそ、常に世の中に必要なサービスとは何かを考えるクセがついたように思います。
ただ、この会社では一人で動くことが多かったので、マネジメントスキルに関しては未熟でした。将来を考えた時に、もっとリーダーとしてプロジェクトを動かせるスキルが必要だと感じて、ちょうど入社7年目に転職を決意。この時の転職活動でエムアウトの存在を知ったのですが、当時はまだ現場で経験値を高めるフェーズだと考え、ナショナルクライアントを持つIPO直前の大手IT企業に入社を決めました。
世の中を変える事業を創造するため、エムアウトに二度目の転職を決意
2社目の会社では、入社直後からPMとしてナショナルクライアントのプロジェクトを担当。1億円近い規模の大型長期プロジェクトでしたが、リリースの1日前にはやることがなくなっていたほどスムーズにプロジェクトを遂行でき、とても自信に繋がったことを覚えています。次からはプロデューサーの立場で上流を担うことが多くなり、クライアントの組織運営に関わるような提案をすることも多くなっていました。けれども、結局は受託で外部からのコンサルティングという枠を出ることはできないため、「もっとこうすれば世の中の課題を解決できるのに」と思っても実現できないことが多くて。この会社でできることの限界を感じるようになり、世の中を変えられるような事業を創造すべく、エムアウトへの転職を決意しました。
エンジニア経験から見えた「非合理な仕組み」をもとに、人材サービス「paiza」を開発
エムアウトに入社して作ったのは、エンジニアに特化した人材サービスです。
自分自身がエンジニアとして働く中で感じた「日本のエンジニアの地位が低い」という課題、そして転職を経験する中で感じた「日本の人材業界がエンジニアの能力を適切に評価できていないために、エンジニアの転職にミスマッチが起きやすい」という課題を解決したく、エンジニア向け学習・転職支援サービス「paiza(パイザ)」を開発しました。未経験からハイクラスまで、学習支援と転職支援が一体となったコンテンツとしては、業界唯一を自負しています。
日本ではエンジニアのスキルが適切に評価されていません。その原因はプログラミングのことを理解している人が採用に携わっていないこと、そしてエンジニアのスキルが可視化できていないことにあります。例えば、エンジニアが転職エージェントに登録しても、エージェントのキャリアアドバイザーはエンジニア未経験の方が非常に多いです。そのため、仕方のないことではありますが、エンジニアならではの仕事環境やスキルに理解がなく、自分が本当に求める職場や仕事内容と180度違う求人を提案されることもかなり多いのです。
転職エージェントでは良い転職はできないからと、友人知人を頼ってリファラル採用で転職を決めるエンジニアも多いのが実情です。このような状態は非常にもったいない。そのエンジニアが真に力を発揮できる職場がほかにあるかもしれないのに、そもそも選択肢が限られているためにその才能を生かせる職場に出会えていない現状は大きな課題だと考えていました。
「paiza」は、エンジニアのプログラミングスキルをWebテストで可視化し、エンジニア人材を求める企業と求職者をマッチングします。求職者は自分のスキルを適切に評価してもらうことができますし、企業としても自社の求めるスキルを持った人材を採用することができます。ゲームのように進めることができる学習コンテンツもあり、プログラミング未経験者でも楽しく気軽に学習しながら、エンジニアとしてのキャリア形成を始めることができるようにしました。
このサービスは今では35万人の登録者を抱え、求職サービスの利用企業数も2000社を超えるまでに成長しました(※2020年7月実績)。2年連続で「日本e-Learning大賞」を受賞するなど、学習サイトとしても高い評価を受けています。
日本から世界最先端のサービスが生まれる未来を目指して
「paiza」が成功したのは、エムアウトの中で事業を作れたからだと思います。仮に、自分一人で起業し「paiza」を立ち上げていたら、今の成功はなかったのではないでしょうか。
エムアウトでは、思い付きなどではない本質的な価値を理解する力やマーケットの課題と解決策を見つけ出すことを学びました。また、コンセプト開発やリサーチ、フィージビリティスタディを通じて、ほかの似たようなフェーズの事業を知ることができ、自分の事業の参考や刺激にもなり、ビジネスプランの根幹を作り上げることができました。2020年1月、「ギノ株式会社」はMBOにより「paiza株式会社」として独立しましたが、MBOの際もエムアウトが持つ情報や人材などを活用して、自社の新たな成長フェーズに最適な環境を用意するために、かなり色々なサポートをしてもらったと思います。
もし、「業界の仕組みを変えれば課題を解決できるのに」とモヤモヤしている方がいたら、ぜひ迷わずエムアウトの門を叩いてほしいです。スタートアップ創出を約20年間続け、豊富なナレッジを持つエムアウトでなら、一人では実現できないことでもきっと何らかの形になると思います。せっかく見つけた課題をビジネス化できないのはあまりに勿体ない。エムアウトの田口会長もおっしゃっていましたが、人口減少に進む一方の日本が今後も経済発展していくためには、業界を壊すような新たなビジネスモデルを創出することが不可欠です。私も、いつかプログラミングの原風景になること、そして次世代のGAFAが日本から出てくる未来を目指して、日本のIT人材を取り巻く課題の解決をし続けていきたいと考えています。
片山良平プロフィール
paiza株式会社 代表取締役社長/CEO
インターネット黎明期より100を超える企業のWebデザイン、システム開発などに携わる。その後、ITエンジニアとしてPHPとMySQLを使用したCMS、ASP型ECモールなどの自社開発を担当。2007年より、ネットイヤーグループ株式会社にて大手通信企業のデジタルマーケティング戦略を統括。2011年、新規事業開発の専門会社である株式会社エムアウトに入社。2012年にエムアウトの社内新規事業としてpaiza株式会社(2020年3月にギノ株式会社より社名変更)を創業、代表取締役社長に就任。paizaが運営する「paizaラーニング」では、サービス企画やディレクションなども担当。