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宇多田ヒカルと宮沢賢治と食べる通信

宇多田ヒカルと宮沢賢治と食べる通信の関係について書きます。

私の実家は、岩手県花巻市にあります。夜明け前に北上川沿いを散歩するのが日課です。北上川沿いにはところどころに小さな雑木林があります。暗闇の中、林の中からガサガサ何かが動く音がしたり、突然野鳥が飛び立ったりして、他の生物の存在に敏感になります。そんな中をひとりとぼとぼ歩いていると、普段使っていない部分の感覚が研ぎすまされ、自分が生き物であるという当たり前のことを自覚します。

写真は、宮沢賢治詩碑から眼下に広がる田園地帯。自宅から徒歩5分のところにあります。もやが立ちこめているのが北上川で、その手前に「下ノ畑二居リマス」で有名な賢治自耕の地があります。かつてこのあたりは薮地でしたが、賢治は近くの宮沢別邸で独居自炊をしながら、桑で開墾。トマト、白菜、たまねぎ、アスパラガスなどを植えました。創作もやりました。

賢治の童話には、擬音語が多用されています。

どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

ご存知、風の又三郎のイントロです。小学生のとき、音楽の授業で歌いました。擬音語の部分が耳に残って、家に帰っても離れませんでした。大の宮沢賢治好きで知られる宇多田ヒカルもこの擬音語にとりつかれたひとりです。『WINGS』という曲の歌詞にある「ラララらララ ラララヲウヲオ」の部分は、賢治の詩にあこがれてカタカナ表記と平仮名表記が混ざったと自ら語っています。

『テイク5』という曲の歌詞も、彼女は賢治の世界とダブらせて書いています。ちなみに、宇多田ヒカルの祖母は花巻市の出身で、母は一関市出身です。彼女自身、花巻には何度となく訪れ、創作活動のインスピレーションを得ているそうです。何年か前に、宮沢賢治記念館のさわやかトイレネタをTwitterで発信し、ちょっとした話題になりました。

『traveling』という曲に出てくる「風にまたぎ月へ登り」とか「波とはしゃぎ雲を誘い」という歌詞も、「らしい」です。賢治作品から影響を受けていることがよくわかります。またこの同じ曲で、「春の夜の夢のごとし」、「風の前の塵に同じ」という歌詞が出てきます。これは平家物語の一節をそのまま引用したものと思われます。

形あるものはいつか壊れる、命あるものはいつか朽ちる。宮沢賢治にしても、宇多田ヒカルにしても、平家物語にしても、そこに通底しているのは「無常観」です。この世に永遠のものなど何ひとつない。「限り」があるからこそ、「生」は自ら光り輝く。近代社会は快適で便利な暮らしを実現する一方で、私たちの感覚の中からこの「限り」、あるいは侘び寂びという伝統的美学を遠ざけてきたと言えます。

この本来日本人が持っていたメンタリティを涵養してきた背景には、地震や津波などの自然災害がありました。

地震学者の寺田寅彦が昭和10年に書いた『日本人の自然観』という本があります。その中で、西ヨーロッパの自然と日本の自然を比較しています。西ヨーロッパでは自然が安定していて、ほとんど地震がない。なので自然を客観的に観察でき、データを収集することができる。結果、自然を征服したり、コントロールする思想が生まれた。

一方、日本では自然が不安定で太古の昔から地震が多発し、台風などの自然災害も頻繁に起きてきた。日本人は、そのような不安定な自然と付き合う中で、ひとたび自然が怒りだしたら抵抗してはならない、頭を垂れ、人々が互いに助け合うことで、その自然の猛威から自分たちの生活をいかにして守るかという知恵を積み重ねてきた。

このように何万年となく恐ろしい自然の脅威と向き合ってきた結果、「天然の無常観」という感覚を日本人は自然に育てるようになった、そう寺田寅彦は書いています。

近代を押し進めたユダヤ・キリスト教文明、アングロサクソンの西欧社会からすれば、この無常という日本的な精神ほど虚無的な思想はありません。しかし、この思想こそ、私たち日本人が世界に発信すべきものだと、私は思うのです。西欧近代の人間の思い通りに自然を管理・支配・コントロールしようという思想が、人類の生存を脅かす気候変動を招いてきました。

東日本大震災で、私たちは改めて人間の思い通りにならないことがあることを思い知りました。自然に頭を垂れ、自然を畏怖し、自然に感謝し、自然と共に生きていく。この自然観を日頃から実践しているのが、この国の土と海を舞台に生きる農家や漁師たちです。食を通じて、彼らとのつながりを取り戻すことで、私たち日本人が忘れてしまった「天然の無常観」を取り戻し、生き方を変え、世界に発信していく。

そのことをやりたくて、生産者と消費者を「情報」と「コミュニケーション」でつなぐメディア《食べる通信》を始めました。それが私の志です。

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