ビジネスを通じたSDGsや社会課題の解決が求められる今、さまざまな取り組みをされる企業が多く見られます。しかし、働く社員一人ひとりの意識が変わらないと感じる経営者や管理職の方も多いのではないでしょうか。そんな方へのヒントになるイベントが開催されました。
2022年9月22日・23日の2日間、多種多様な人たちが集い、一つのテーマを掘り下げて議論する『ヒューマン・フロンティア・フォーラム』にFICC代表の森が招待され登壇しました。今回のテーマ「自分ごと、会社ごと、社会ごと」において、森がFICCで実践するリベラルアーツ経営とその考え方がこれからの時代を切り拓く力になるのではないかとお声がけいただきました。ここでは、当日の内容を一部レポートにてお届けします。
「ヒューマン・フロンティア・フォーラム」とは?
ヒューマン・フロンティア・フォーラムは、クリロン化成株式会社 代表取締役 栗原清一氏が中核となり、新しいナレッジを共有する場として始まりました。2005年から毎年開催され、異分野・多領域でフロンティアに立っている人たちがセクターを越えて集まり、合宿形式で徹底的に議論することで、現代の日本の課題は何かを浮き彫りにし、問題意識、考え方、具体的な方向を深め、参加者が何かを持ち帰ることを目的としているイベントです。
今回のテーマは「自分ごと、会社ごと、社会ごと」。現代社会において、社会における諸課題、会社におけるさまざまな問題、そして自分自身のことがバラバラになってしまっているのではないか?これらの3つを同期させることが、働く人にとってよい生き方につながるのではないか?という問いかけに、アミタホールディングス株式会社 代表取締役会長兼CEO 熊野英介氏、花王株式会社 高村玲那氏、そしてFICC代表 森の3名が登壇し、違った視点でセッションした後、参加者と対話を重ねました。
サステイナブル経営総合研究所 所長 多田博之氏
森のセッションのモデレーターとしてお話いただいたのは、さまざまな企業・経営者へのコンサルティングを務めるサステイナブル経営総合研究所 所長の多田博之氏です。FICCのリベラルアーツ経営に共感いただき、過去に企業のCSR・SDGs推進部門に向けたセミナーにお声がけいただき、「学習する組織、共感型の組織をいかにデザインするか」というテーマで森が登壇したことがご縁となり、今回に発展しました。
未来に向けたストーリーテリングの重要性
ブランディングとマーケティングを融合し、「ブランドマーケティング」の専門知識から企業を支援するFICC。ブランドは人の想いの集合体であり、FICCが大切にしているのは、ブランドに関わる一人ひとりが自分の想いを語る「ストーリーテリング」です。マーケティングの世界では、ロジックと共感の両方が必要であるとされ、データだけでなくストーリーテリングの大切さについても注目されています。しかし、森がいうストーリーテリングは、自分と社会をつなぐ一本の線を指し、次のように指摘します。
森:今世界で起こっている多くの問題に対して、SDGsアクションプランという形で日本政府は方策を示していますが、なぜそれをするのか、提示されたリストだけでは意味が見えず伝わってきません。それは未来に対するストーリーテリングが欠けているからではないでしょうか。
不透明な未来のなか、企業のあり方も財務的な利益の実現から社会的な利益の追求へ、先が読めないことを前提とした経営、決めたことを実行する集団から付加価値を追求する集団へと変容が迫られています。人材マネジメントも、企業に合う人ではなく、変化に対応する人へと切り替える必要があるのではないでしょうか。そして、会社や社会においての役割以前に、「自分が誰なのか」「ひとりの人としてどういう価値を作るのか」に向き合うことが大切です。
この、未来に向けたストーリーテリング、未来が予測できない時代の価値創造を実現するために必要なのが、リベラルアーツの考えです。
なぜリベラルアーツ経営なのか?イノベーションとの関係性は?
リベラルアーツは、古代ギリシャ・ローマに奴隷であった人たちが解放され、自由市民になるために学ぶべき学問「自由七科」が起源です。森がリベラルアーツに触れたきっかけは高校時代のオーストラリア留学です。大学以降は本格的なリベラルアーツ環境に身を置くためアメリカへと渡り、そこで得た学びは人生を豊かにしてくれたものだと自身の経験を語ります。そして今、経営者としてリベラルアーツを通じた価値創造企業を目指すとともに、一人の人間としてリベラルアーツの本質を未来へつなぐことが、人生のミッションだといいます。
自身の経験から、リベラルアーツの本質にあるのは「答えのない問いで自分を知る」「余白により自ら問いを創造する」「一人ひとりが貴重な存在である」であり、人を自由にするための考え方や生き方を身につけることだと語ります。
森:答えはひとつじゃなく、人の数だけある。答えのない問いに向き合うことで、自分を知り、最小ルールと最大余白の環境のなかで、自ら社会や世界につながる問いを立てる力を養う。それは当然ながら、自分も他の人もかけがえのない存在であり、否定をせず受け入れ、互いの視点や問いに出会うことの大切さが存在している環境なのです。そして、この考え方は、イノベーションにもつながるのではないかと思います。
森:多くの社会課題は、私たちのなかにある固定観念や、社会にある既成概念が理由となっています。イノベーションとは、それらに私たち自身がとらわれることなく、自由な思考と大切な想いを起点に、より良い社会や未来につながる新たな問いを立て、共創していくことであり、まさにリベラルアーツが教えてくれていることだと考えるようになったのです。
自分と社会をつなぐ、ファーストステップとなる問いかけ
2019年代表就任後、リベラルアーツの考えを経営に取り入れることになった森。どのように社内へ浸透していったのでしょうか。
森:2017年頃、社員に自分の経験を通じてリベラルアーツを伝え始めたところ、翌年2018年にはリベラルアーツをもっと学びたいという社員が増え、異なる分野の方々を招いて同じテーマで対話するイベントを自主的に開催してくれました。そして、2019年の代表就任時にリベラルアーツを経営のコアとし、会社のビジョン・ミッション・バリューを掲げ、リベラルアーツの哲学に基づき、未来への価値を創造し続けられる組織へと深化するための仕組みを導入しました。
大切なのは、社会課題と自分の心が、逆であってはいけないことだといいます。
森:SDGsが普及して、「わが社はSDGsの何番で……」という話を耳にするようになりましたが、これは逆だと思うんです。社員一人ひとりが大切にしていることは、人それぞれ違うはず。だからまず、「あなたの心が揺れる社会課題は何ですか」と一人ひとりに問いかける、そこからスタートすることが大切です。
心が揺れ動くもの、大切な想い。この感覚を社員全員とどのように共有することができるかを考えた森は、「スパークジョイ」という言葉を発信しました。スパークジョイとは、お片付けコンサルタントとして知られるこんまりこと近藤麻理恵さんが使う言葉で、「ときめき」を意味します。一人ひとりの大切な想いを社会につなげ、その想いから市場を創造するマーケティングを実現する。関わる人たちの大切な想いがあるからこそ、社会に対して意義を持つブランドが自走し続ける。それこそが、FICCが信じるブランドマーケティングの姿です。
リベラルアーツは一人ひとりのスパークジョイを見出すのを助け、それを社会につなげていくための力強いツールにもなる。また、自分を取り巻く情報を情報のままにおかず、一定のベクトルを与え、価値創造の源泉に変える力もある。お互いの価値創造の源泉を持ち寄りクロスシンクすることで、多様な視点を掛け合わせ、社会につながる新たな問いや価値の源泉がまた生まれる。こうした作業を、勉強会や対話、ストーリーテリングなどを通じ、日々実践し、新たな価値を創造しようとしています。
答えのない問いへの向き合い、そして固定概念から解放されるまでのプロセスとは
FICCでは、月に一度答えのない問いに向き合い対話するクロスシンクワークショップを行っています。はじめは、「何を話して良いかわからない」という声もあるなか、まずは思考に慣れるところから始めました。
森:最初、リベラルアーツの話をしても、みんな「はて?」という反応でした。日本は暗記を中心とした答えを求める教育のため、答えのない問いに向き合うということに慣れていない社員がほとんどでした。そのため、まずは自分について話すことから始めました。
ひとつのテーマをみんなで考える、一人ひとりの「思考の旅」。その思考の旅のなかで興味を持ったものを、なぜ興味を持ったのか、何か違和感を覚えたことがあれば、それはなぜなのかを、純粋な好奇心、探究心をもって問い、気づきを導き出します。
そこから固定概念、世の中の当たり前を覆すプロセス「フレームブレイキング」を行います。既成概念を覆す視点はもちろんのこと、自分が気がつくと持っていた固定観念にも出会うことで、新たな気づきが生まれます。さらにフレームブレイキングした内容を持ち寄って対話し、新たな問いやイノベーションの種を創造します。
森:自分が見る世界を通じてフレームブレイキングした内容を伝えると相手から反応がありますよね。そこで、相手の視点を自分のなかに内在化させることで、さらにフレームブレイキングの精度を高められます。そこから、フレームブレイキングした内容について集まった人と対話することで、どんな新たな問いが生まれてくるだろう?と考えます。対話したからこそ見えてくる、社会の価値につながる新たな問い。
ここで重要なのは、自分の言葉で相手に伝えること。相手に伝えるには、ロジックとストーリーの両方が必要です。あなたのストーリーを、あなたの言葉で語れる人になってほしい。なぜなら、あなたが喋るそのストーリーは、誰にも否定できないからです。そして、一人ひとりのストーリーの共創により生まれたイノベーションの種は、さらに多くの人たちから共感されるものになるからです。
社会を巻き込むプロジェクトへ
取り組みによって生まれたイノベーションの種は、パーソナルなものから社会的なものまで、多様なものが揃っています。ある社員の想いからはじまり、外部と連携して実現したソーシャルなプロジェクトも生まれました。
森:「COLOR Again」は、一人ひとりの感性が大切にされ、人の可能性により社会がより良い姿へと少しでも前進することを願い、そのきっかけを提供するプロジェクトとして、教育機関や企業など、想いに共感する人たちとの様々な共創に発展しています。
森:「祭エンジン」は、「地域の祭を支える人の物語」を伝え、応援したい人と地域がつながるサービス。 祭から地域を知り、地域名産を購入することで、売上の1割が神社に寄付され、祭のために使われるという仕組みです。先人が残した祭を次世代に届けると同時に、地域産業が潤い、神社に資金が巡り、日本古来より続く「日常(ケの日)と祭(ハレの日)の相互作用」で地域が豊かになる仕組みの再生を目指しています。
多様な視点を持つ参加者との対話
セッション後、参加者を交えた対話が行われました。参加者からの問いを通じて、自分自身の視野が広がり、新たな視点で言葉を交わすことができた貴重な体験だった、と森はいいます。その内容の一部をご紹介します。
リベラルアーツ経営は、ボトムアップなのか、トップダウンなのか。
── FICCの経営スタイルがボトムアップなのか、トップダウンなのかが疑問に思います。どちらでもなく、本当に一人ひとりの個を大事にされていると感じたのですがいかがでしょうか。
森:大前提として、自分ひとりでは何もできない、人は弱いものであるという価値観があります。経営者の想像を超える未来を作るためには、どこまでも人の可能性を信じることが大切で、絶対にトップダウンではありません。しかし、経営者が率先して見せなければいけないことは、経営理念から絶対に外れないこと、そして自らがストーリーテリングをすることです。私が代表に就任したときも、まずは「なぜ、リベラルアーツ経営を始めるのか」のストーリーを社員に伝えるところから始めました。また、年始や期首などの節目には、必ずストーリーテリングをするようにしています。
「自由」という言葉の意味は?
── リベラルアーツは「人を自由にする学問」とおっしゃっていましたが、英語で自由はリバティ、フリーダムの2種類がありますよね。この「自由」をもうちょっと噛み砕いて説明していただけますか。
森:ここでいう「自由」は、「とらわれない」ことだと思っています。自分が正しいと思うことが本当に正しいのか自問自答できる力や、人間力をもってどのような環境においても問いを立てていけるかどうか。そう考えていくと、自分自身にもとらわれないことが、ここでいう「自由」ということかと思います。
── では、究極の正解や問いはあるんですか。
森:自分のなかのストーリーを磨き続けることです。問いを立てる目的が何なのか。それは社会のため、誰かのためですが、自分のためでもあると思っています。自分がどういう問いを立てる人なのか、どんな世界を見ている人なのか、人生の中で問い続けていくことが大切で、終わらない旅だと思います。
ストーリーを語る重要性は?
── ある家電メーカーの若い社員を対象にした取り組みで、森さんにワークショップをしてもらったんですが、真面目な社員ほどロジカルなスライドを作ることを目標にしてしまう。でもロジカルにやればやるほど上長からの指摘を受けてしまうわけで、やっぱり森さんの言うストーリーを大事にしなくちゃいけない。若い人の感性や価値観は上の世代には分からないので、そこはストーリーテリングで想いを伝えないといけないんです。森さんにコーチしてもらうと、本当に立派なストーリーが出てきて、経営陣がびっくりしたということがありました。
価値観が多様に異なる時代ですから、例えば化粧品だったら、「あなたにとっての美」もまた異なるわけで、以前だったら機能的に「くすみを消します」といえばよかったのが、今では、ストーリーで美を語らないといけない。僕は森さんからそういうことを学びました。
株式会社リワイヤード 代表取締役/一般社団法人知識創造プリンシプルコンソーシアム 共同代表 仙石太郎氏
森:あの時のみなさんは強い想いがあるけど、若いからまだケーパビリティがない。だから本気だけどできなくて悶々としている状態でした。それを超えるには、世代間をつなぐことが大切だと思いました。上の世代の方々は若い人を応援したい。でも、応援してもらえるようにストーリーを提示しないと、リソースも集まらないしケーパビリティも継承されません。世代間ギャップと捉えるのではなく、お互いを認め合い、共創するからこそ実現できるという考えが企業のなかでも大切であるということを、取り組みのなかで仙石さんとも対話していました。
参加者の感想
学びがありすぎて、私個人としてはめちゃめちゃ共鳴しました。ロールを外して一人の人としてどんな価値を作りたいのか、社会的役割を外したときの自分とは何者なのか、それを会社で問うたらどうなのかとか考えていました。
また、個人の体験や想いに立ち返って考え直すことは大事ですが、じゃあ、そこからどうやってお金を生むのかと考えたときに、既存の事業は古い価値観なので無理だろう。既存事業の延長線のところに、お客様と一緒に問題意識を考え、共感を生むような作業を続けていくと、その先に共創する関係性ができるのかなという気づきももらいました。
最後のセッションで森さんがおっしゃった「リベラルアーツは我々を解放する技術」という言葉が一番響きました。「自由になる技術」ではなく「囚われから解放する」。誰もが役割や会社に囚われて思考と行動を制限されているとしたら、まずそれを外さないといけない。そういう人たちが長期的に見ると環境を変えていくことになるので、絶やさずそういう人を探しにいく必要があるなと思いました。
自分と社会、そして会社の3つを一本の線でつなげること
最後に、森は次のように締めくくりました。
森:今回のテーマは「自分ごと、会社ごと、社会ごと」です。企業ではよく、社会課題に対して会社が掲げたテーマに、社員を合わせて自分ごと化させようとします。でも、この順番は逆じゃないかと思います。会社にいる人である前に、社会に生きるひとりの人として、「一人ひとりが大切にしている想いを社会につなげ、それを会社が会社ごと化」する。それは簡単なことではないかもしれませんが、未来が不明確な時代のなかで、価値を創造し続けていくために大切にされるべき、共同体としてのあり方、経営のあり方ではないでしょうか。もちろん目の前の利益やキャッシュフローも大事ですが、長期的な視点を持ち経営を行うには、そのような視座も必要だと思います。
組織の人材マネジメントにおいてコントロールしづらい自分ごと化。まずは、働く人がどんな想いを持っているのか、内なる声に耳を傾けることから始めるのが大切なのではないでしょうか。今回、異分野・多領域で活躍される方々との対話を通じて、「自分ごと、会社ごと、社会ごと」というテーマを多角的に考える機会となり、新たな気づきもありました。本イベントでの体験を活かし、FICCでは、今後も一人ひとりの想いと社会、そしてブランドをつなげ、より良い未来をカタチにするために励んでいきたいと思います。
執筆:黒田洋味(FICC)