NIKEの有名なキャッチコピー、”Just Do It”
多くの人が理屈をこねて「できない理由」を探す現代、このフレーズは多くの人に響いたことでしょう。
頭で考える前に、とりあえずやってみろ。そしたらわかることがあるから。
これは、ごもっともな意見です。人の認知能力はたかが知れています。やる前にすべてを見通すことなんてできません。やってみてわかることがたくさんある。
しかし、これは、何も考えずにただやることを推奨しているわけではありません。
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さて、少し話は飛びますが、皆様はサッカーのPKを見たことがありますでしょうか?
点が決まる可能性が高い、攻撃側のビッグチャンスです。
さて、統計的に、PKにおいて、キッカーがボールを右1/3のエリアに蹴る確率は33%、真ん中1/3のエリアに蹴る確率も33%、左1/3のエリアに蹴る確率も33%ということがデータからわかっています。
ということは、キーパーは真ん中に突っ立っていても33%の確率でボールを止めることができるのではないでしょうか?(厳密な議論は抜きにして)
でも、皆様は真ん中に突っ立っているだけのキーパーを見たことはあまりないですよね?キーパーはどちらかに飛ぶことがおおいはずです。何故でしょう?右に飛んでも左に飛んでも、真ん中に突っ立っていても、ボールを止められる確率は33%。なのに、ほぼ必ずキーパーはどちらかに飛ぶ。
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キーパーがほぼ必ず右か左に飛ぶのはなぜか。それは、突っ立ったままだと「サボっているように見える」からではないでしょうか?頑張って飛んで止めようとしたなら、たとえ止められなくても仕方ない。けれど、何もせず、真ん中に突っ立ったままで止められないのは許せない、という周りの声も聞こえてきそうです。
全てのキーパーが本当に「サボっているように見られたくないから」という理由でPKの時に飛ぶか否かは別として、一般に、人は、何かがあったときに行動せずにはいられないという意思決定の癖があるようです。これを「アクションバイアス」と呼びます。
いくつか例をだしましょう。
火事が起きたとき、室内を酸欠状態にして火の勢いを弱めるのがベストな時があるそうです。必ずしも、窓を割ってそこから水をかけることが正解ではない場合があるらしい(室内に人がいて、助けなければならない場合は当然別です)。ですが、室内で火が燃えているんだから、何かしなきゃいけない、という衝動に駆られて、窓を割ってしまう人がいる。こうして火の勢いが増し、大火事に発展することがあるらしいです。これは、行動することが裏目に出る例です。この場合、「何もしないで静観すること」がベストな選択です。
怪我をした時に、余計なことはせずに自然治癒に任せるのが一番良い時もある。けど、余計な薬を塗りたくってしまう。これもアクションバイアスの一つかもしれません。
もう少し卑近な例を出すと、とある異性の気を引きたいときに、「好きなんだ!」と気持ちを伝えすぎずに、何もしないことがベストな時もありますよね?(じらす、というやつでしょうか。。。笑)でも、ついつい「好きなんだ」と何度も伝えてしまう。。。
仕事においても同じことが当てはまるのではないでしょうか?何か課題、問題があったときに、とりあえず何らかの対処をする、というのが正解でない場合もあるのかもしれません。むしろ自分が介入することで、事態が悪化することもあるかもしれません。そんなときは、「そのままにしておく」というのも選択肢の一つとして考えるべきではないでしょうか?
例えば、業務に必要な書籍購入の補助費を出すという方針を打ち出した後に、一人の社員が業務に関係のない書籍を、補助費を利用して買ったとします。これに対処する為に、「それはけしからん。購入した書籍のレシートを提出させて承認制にしよう」という解決策がすぐ浮かんできそうです。
しかし、これには「承認する」という新たな業務プロセスを立ち上げる必要が出てきます。これは、コストです。
一人の社員がルール違反することを防ぐために膨大な承認プロセスを構築しなければならないとしたら、それは採算があいません。
この場合「放置する」という選択も含めて考慮に入れるべきではないでしょうか?
承認プロセスの構築コストが、一人の社員が補助費を悪用するコストを上回る場合、放置した方がネットでプラスになる可能性がある、ということです。
(もちろん、一人がルール違反をすることで、それが周りにも蔓延し、制度自体が崩壊する可能性がある場合、当然それなりの対応を考えるべきですが。大事なことは、「放置する」ということも選択肢の一つには含めるべきではないか、という点です。)
何か問題、課題があったとき、ビジネスパーソンとして、その解決方法を考えるのは当然です。しかし、目的はあくまでその解決方法をとった際の企業価値の最大化です。何もしないことが企業価値の最大化につながるのだとしたら、勇気をもって「静観する」という決断をすることも選択肢の一つとして考えるべきではないでしょうか。
「あいつは何もしていない」と周りに陰口をたたかれることになったとしても。
参考文献:
Levitt, S. D., & Dubner, S. J. (2014). Think like a freak: How to think smarter about almost everything. London: Allen Lane.
Kaufman, Josh. (2010) The personal MBA :a world-class business education in a single volume New York : Portfolio Penguin,