イオンのネット専用スーパー「Green Beans」を運営するイオンネクストでは、各部署とIT部がワンチームとなってさまざまな革新に挑戦している。本稿ではMD管理部がIT部とともに、革新的な需要予測手法であるRPOを活用することで得られた大きな効果を紹介する。
小売業の鍵を握る「需要予測」と「自動発注」
「ある商品が、明日何個売れるのか?」。需要の予測は小売業にとって永遠のテーマだ。需要を正確に予測できれば適切な発注が可能となり、余剰在庫の削減にもつながる。余剰を減らすことができれば、効率的な経営が実現するだけでなく、環境負荷の軽減にも寄与することができる。一方、需要予測を誤れば、売れ残りの在庫が山と積まれ、キャッシュフローを圧迫する事態を招くことになる。
そこで多くの小売事業者が導入を進めているのが、需要予測を用いた自動発注システムである。
小売業において、発注数量は各店舗の発注担当者が商品の売れ行きや天気、商圏の地域情報などを加味しつつ、最終的には勘と経験に頼って決定し、本部が数量を取りまとめてメーカーや卸売業などのサプライヤーに発注情報として送る形が一般的だった。
しかし小売業のチェーン化が進み、店舗数が増え、取り扱う商品の品種や複雑さが増すなか、「勘と経験」頼みではなく、システムが予測した需要に基づいて発注数量を算出、その勧告に従って発注を行う企業が増えてきている。
一般的に、需要予測を行う際には過去の売上実績と、客数の予測とを掛け合わせる手法が用いられてきた。
計算された需要をもとに、取引先に商品を発注する数量(=発注数)を算出するのだが、ここではすでに店舗にある在庫数量を勘案しつつ、店頭の陳列量や在庫がある一定の期間切れないようにするための安全係数などを足すという方法が多い。また発注時には最低発注数(ロット)なども考慮する必要がある。
いずれにせよ、参考にするのは1年分の「過去データ」であることがほとんどだ。過去を参照して、未来を予測するのが、これまでの需要予測であり自動発注だった。
イオンネクストで需要予測ならびに発注を行う「MD管理部」は、その3万点以上におよぶアイテムの約6割程度の発注を、「RPO(Recommended Purchase Order)」が担う。RPOとは、さまざまなデータを元に、取引先に何個商品を発注すればよいか、すなわち「発注推奨値」を精度高く算出する機能だ。この「RPO」が既存の自動発注システムと比較して革新的であるポイントは、「過去」ではなく「未来の数字」を反映できる点にある。
イオンネクストでは、その中核となるシステムとしてイギリスのネットスーパー Ocado社が提供するOSP(Ocado Smart Platform)というオンラインの食料品・日用品販売のソリューションを活用している。「RPO」はその機能の一つで、各配送拠点の発注推奨値を算出するというものだ。
イオンネクストのMD管理部 需給在庫管理 マネージャーの田中尚哉は語る。
「小売業の発注の考え方は、基本的には1個売れたら1個発注するというものです。在庫をどのように保つかの調整はあっても、ここは企業によって大きな違いはありません。
しかし、当社が利用しているRPOが算出する発注勧告数は、“ジャストインタイム”の考え方に基づいています。発注リードタイムと次の納品のタイミングを加味した上で、納品時に何個在庫があれば十分なのかという“必要数”を需要予測から割り出し、足りない分を発注するというものです。この精度がこれまでの発注数算出ロジックと比べると非常に高いのがRPOの特徴です」
さらに、RPOは「日別の廃棄見込み」も加味して発注数を算出する。特に、パンや日配品など、消費期限が短いアイテムの廃棄数予測はアイテム数の多さもあり難易度が高いのだが、RPOではシステムが自動で算出し、需要予測に盛り込むことができる。
イオンネクストが運営するネット専用スーパーのGreen Beansは、お客さまからの注文を受ける仕組みが特徴的だ。
お客さまは買物をする場合、7時から23時の間で1時間単位の配送枠を指定することができ、非常に柔軟な仕組みが特徴。同時にGreen Beans側にとっては、どの日にどの商品を出荷しなければならないのかという情報が2週間分積みあがっていく状態といえる。
いつお客さまが来店し、いつ売れるのかが全く予測できない実店舗とは違い、Green Beansは、この2週間分の注文の情報を分析し、さらに精度高い発注数予測に活用することができるのだ。
未来の在庫を活かしてチャンスロスを防ぐ
田中「需要には波があります。過去の売れ行きを平均して需要予測を行う仕組みでは、この波をとらえることが難しく、結果として『需要が下がる時に商品は余り、需要が上がる時に商品が足りない』という状態になりがちです。
しかしRPOを使えばこれから需要が上がっていくということを捉えることができます。それによって、需要の上昇を予測し、販売数を伸ばしていくことができます」
「RPO」の機能で最も効果が大きいのが、「今在庫がなくても、これから発注して配送に間に合う商品であれば、お客さまの注文を受け付けられるようにする」というものだ。
普通のネットスーパーでは倉庫に在庫がなければお客さまの注文を受け付けないものだが、Green Beansでは配送に間に合えば、注文可能とする。いわば「未来の在庫」を前提とした非常に革新的な機能であり、「販売機会を逃さずに売り伸ばすことができる」ということを指す。
田中「普段は1日に1~2個しか売れないような商品が、不定期に注文を上限数の99個をまとめて受けることがあるんです。通常であれば『在庫がないから売れません』となるところですが、Green Beansの仕組みであれば、その注文を受け付けた後に発注できるので、売り逃しを防げます。ロイヤルカスタマーを確実にとらえられるのがこの仕組みのいいところです」
自らが予想できない需要を逃さず、さらにチャンスロスを防ぐことができているという。
仕様がわからず右往左往。力業の手作業でリリースした導入期
RPOの機能がGreen Beansにとって必要不可欠であるということは、サービスローンチ前から認識していた。特に、パンや日配品のように大型物流拠点のCFC(顧客フルフィルメントセンター)に在庫できる日数が短いアイテムを、14日先までずっと発注し続けるのは、発注リードタイムが長く難しいためだ。「発注していなくても受注できること」はGreen Beansのビジネスモデルにとって欠かせない要素となっていた。
そこで、2023年7月のGreen Beansサービスローンチ後、MD管理部はIT部に相談を持ち掛け、 RPOを実現するためのシステム連携プロジェクトがスタートする。
このプロジェクトを推進したのが、先に登場したMD管理部の田中尚哉、濵田奈々、そしてIT部の柳田信一である。
柳田は元々コンビニエンスストアの出身で、イオン入社後は、都心型スーパー「まいばすけっと」の需要予測のシステムを担当した経験を持つ。Green Beansではデマンドチェーン(サプライチェーン)構築全般に関わっている。
柳田「今回はOSPについているRPOという機能を活用するプロジェクトでしたが、最初のハードルはその機能や仕様についての理解でした。Green Beansがローンチして、売上データが出力されるようになれば、"Recommended PO"、つまり"発注の推奨値"が自動的に出力されるのだろうと思い込んでいたんです」
在庫がなくても注文を受け付けるためには、商品をAPI経由で「Replenishment Group(補充グループ)」に登録する必要があると気づくまで、数か月を費やしてしまった。こうしてやっとのことで、2023年10月、RPOの利用を開始する。当初は、17商品を手で登録するというスタートだった。
柳田「ですがここも手作業で、かつ理解も及んでおらず、さまざまな誤解がある状態でした。」
その"さまざまな誤解"がやっと解かれたのは、2024年1月にOcado UKのメンバーが来日した際のことだ。「なぜ君たちはこのような使い方をしているのか?」と質問されたことがきっかけとなり、誤解が解消され、システム上の修正などを経て、2024年3月、やっと正しい形での稼働を始めることができた。
スタートアップのプロジェクトは常に暗中模索の連続だ。誰かが親切に正解を教えてくれるわけではない。関係各所が泥だらけになりながら、知恵を絞り、プロジェクトを推進していくだけだ。しかし試行錯誤の末に見つけた正解は、圧倒的な経験値になり、ひいては間違いなく競合他社との大きな差別化要因となる。
田中も、RPOのプロジェクト開始当初は暗中模索・疑心暗鬼の状態であったという。
田中「実際にRPOを17アイテムでスタートしたときには、手計算をして本当に数字があっているのかを確認しつつ、Ocadoに問い合わせながら進めていきました」
平均在庫日数、廃棄率などの指標が大幅に好転
現在RPOの対象となる「Replenishment Group」に登録されているアイテムは総アイテム3万点以上の中で、約6割を占めている。
その効果は在庫日数に現れている。元々30日以上あった平均在庫日数が現在8日にまで短縮された。平均在庫日数は商品の鮮度などの品質や事業のキャッシュフローに多大な影響を与える、小売業にとっては非常に重要なKPIだ。特にグロサリー、ヘルス&ビューティケアアイテム、米というカテゴリーで顕著な効果が表れているという。米に関しては平均在庫日数が5日と非常に高速な回転を維持し続けている。
廃棄率も、当初は売上に対する個数ベースで高い廃棄率だったが、現在では大幅に改善され、業界平均と比較しても低い水準で推移している(柳田談)。
もう一つ、「明日の配送枠を選択したお客さまが商品を購入できる状態になっているかどうか」を示す「ATP」という指標は、RPO稼働前の80%未満だったが、現在は約95%に達している。
それまではいわば徒手空拳の発注によって「仕入れすぎ、廃棄が多すぎ」だったものが、RPOを活用し、需要予測、発注数勧告が適正になることによって「仕入れが正確になり、廃棄が減り、チャンスロスを防げる」ようになったと、これらの数字が示している。
お取引先さまとシステムをつなぎ、さらなる効率化を目指す
RPOが安定稼働をはじめ、効果も見えてきた。今後どのような取り組みを進めていきたいのか。
柳田「私たち自身でできることと、Ocadoと協業して進めることの両方があるので、バランスをとって進めていきたいと考えています。
RPOをあるべき形にするためには、"供給制限があり、無制限に受注できない"という情報を取引先さまからいただく必要も出て来ます。
OSP、イオンネクストのMDプラットフォーム、お取引先さまがシステム上でつながって、データの上り下りがうまくできるようになることが目標です。特に受注に関しては、こちらから発注データは送っていますが、それに対してお取引先さまからの納品予定数量を受け取るという仕組みはまだありません。ここを繋いで、納品予定数が〇個だから、〇個まで注文を受け付けられます、というような形を目指したいですね」
現在は、濵田が中心となり、OSPから出力される1か月間の発注予定データを取引先に送ることで、発注先への業務改善につなげてもらうような取り組みを行っている。
濵田「お取引先さまにあらかじめ発注予測数量をお伝えすることで、生産計画や倉庫内での移動などに活用していただきたいと考えています。現在RPOが適用されていない商品でも、予測データを活用していただくことで、RPOを適用できるようになると思います」
これらの取り組みは本記事で言及したCFARなどへの取り組みにもつながっていくものである。
複雑性と急拡大をさばき、未来の小売業を作りあげる
イオンネクスト 技術責任者の樽石将人はさらに高い視点でこのシステムを捉え、未来を見据える。
樽石「イオンネクストの事業は急拡大を遂げています。この1年でも10倍ほど、さらに何年かするとさらに10倍以上の成長を遂げることが見込まれます。まずはそれに耐えうるような仕組みを作っていかねばなりません。
スタートアップは事業初期のころは力業でなんとかなるのですが、規模が急拡大するとそのような方法は通じなくなるものです。今は千葉の誉田に1か所だけしかないCFC(顧客フルフィルメントセンター)も、今後東京の八王子、埼玉の宮代町と増えていき、さらにサプライチェーンの裏側が複雑になっていくことが予想されます。
商品供給やお客さまの需要を連携させるための仕組みをどんどん作っていかなければなりません。規模の拡大と複雑性の増大をどう捌いていくか。ここがMDに関する最大のチャレンジになります」
チャレンジ成功の鍵を握るのはPdM人材(プロダクトマネジャー)だと樽石はいう。
樽石「私たちがこの仕組みを含む“イオンネクストプラットフォーム”を構築していくなかで、たくさんのPdMが必要になってきます。なぜこのプロダクトを作るのか?何を作るのか?という、開発のときに必要なWhy、Whatなどの要素を整理して、チームを率いてプロダクトを作りきる人材です。
イオンネクストの特徴は、事業部門もIT部もワンチームでことを成し遂げるということです。この先ワンチームで進めていく中で、イオンネクストなりのPdMというロールができていくのだと思います」
オンラインとオフラインを行き来しながらプラットフォームを構築する。そして急成長を見据えつつ、新しい小売業の在り方を模索する。他ではできない挑戦がここにはある。
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