木村 優太 (きむら ゆうた) 株式会社リコー Fw:D-PT (フォワードPT)
ステレオカメラのキャリブレーションに携わったのち、『RICOH PRISM』プロジェクト(「最大化されたチームワークを体験する」ための、映像や音を駆使した空間づくりプロジェクト)に参加。主にハードウェア作成を務める。
ーーいま携わっている仕事について教えて下さい。
木村:『RICOH PRISM』という空間設計の中で、私は「xCube(エックスキューブ)」と呼ばれる空間に対する操作デバイスを作っています。名前に「キューブ」と入っている通り、形は立方体です。TVのリモコンなどとは違う、ユーザーが身近に感じるものにしたかったのでこの形にしました。
xCubeは空間の操作の他に、2つ機能があります。1つは「xCubeから情報を得る」機能。内蔵されたセンサーによって、xCubeを持っているユーザー位置情報などのデータを取得します。もう1つは「xCubeから情報を与える」機能。xCubeが光ったり震えたりすることで、ユーザーの動作に対するフィードバックを行います。それらの機能を実装するために、電子工作もするし簡単な組み込みもする。そういった仕事です。
ーー仕事の楽しさはどういった点ですか?
木村:視点の切り替えですね。基本的には広い視点で、つくった空間がどういった課題を解決するのか、使ってくれる人にどんな価値をもたらすのか考える必要があります。同時に狭い視点で、技術的にしっかり詰める部分を詰め切る。この視点の切り替えが面白くもあり、難しくもあります。
このプロジェクトには外部から参加してくださっている方も多くて、そういった方を見ていて思うのは、この「視点の切り替え」が上手い。「元々何がやりたかったんだっけ」を常に考えながら、技術的な面でのスケジュール感覚をしっかり持っている。見習っていきたい部分ですね。
コミュニケーションに「触覚」が加わっても良い
ーー「初めてやりたい事を見つけたのは大学院」とお聞きしました。大学時代はどのように過ごしたのでしょうか?
木村:正直ひどかったです。授業に出ても寝ていたりで、今になって残っているものはほとんどありません。本当にもったいない事をしたなと思います。
研究室では宇宙にまつわる研究をしました。宇宙を選んだ理由は2つで、物理が好きだったからと、星を見るのが好きだったから。ただ実際に研究してみて「星は見るものだな」と気付きました(笑)。
ーーそこからどのようにして、「やりたい事」に出逢ったんでしょうか?
木村:大学生活がそんな感じだったので、大学4年で就活をしてみたんです。「やりたい事がないから」という理由の就活だったので、とにかく面白そうな事をやっている会社に行きました。
その中の1社に、1日インターンシップに行った時のことです。「新しいコミュニケーション方法として、音声を用いた新しいコミュニケーション方法を作ろうとしています」という話を聞きました。
それを聞いた時にふと、「コミュニケーションに五感を増やしていく時に、触覚があっても良いのでは」と思ったんです。そこから気になって調べてみると、触覚は五感の中で一番直感的な感覚にも関わらず技術の進歩が芳しくなかった。当時は触覚を使ったコミュニケーションと言えば、点字と携帯のヴァイブレーションくらいだったと思います。「この時代にこんなに進んでない技術があるのか!」と驚き、触覚を使ったコミュニケーションに興味を持ち始めました。
そこから研究室見学の時期に入ります。触覚の研究をしている研究室を見つける事が出来たので、そこに進学しました。
ーー具体的に大学院ではどんな研究をされたんですか?
木村:「触覚フィードバックを有する空中立体映像」です。立体映像って、そこにあったら触りたくならないですか?それを実現する研究ですね。
最終的には、簡単な立体図形の映像を空中に出して、触れた人に超音波で触覚を与える。それにより、目にも手にも何もつけないで立体図形に触った感覚がありつつ、変形させたり出来るという装置を開発しました。
実際の装置がこちら。中心の白い点で構成されているものが触れる立体図形(写真は本人からの提供)。
ーーそこからなぜリコーへ就職されたのですか?当時のリコーの事業内容は、木村さんの研究内容とはあまり関係ないように思えますが。
木村:まず、空中触覚の事業をやっている会社はありませんでした。そこで会社選びの軸にしたのは、「新規事業に力を入れているか」。新規事業に力を入れている会社なら、やりたい事に挑戦できる可能性が高いと思ったからです。この軸で色々な会社を調べ、面接も受けました。その中で最終的な決め手は「社員」でしたね。
まず私のリクルーターをしてくれた方は、会社見学に行った際に、事業所が暗くなるまで私の話を聞いてくれました。最後にその方が消灯されていたので、21時くらいだったかと思います。
面談時にも記憶に残っているエピソードがあります。毎回わたしは面接官への質問として、「夢は何ですか?」と聞いていました。それは「ある程度の地位になっても、夢を持って働いてる人が居る会社で働きたい」と思っていたからです。
この質問の回答には会社によって色が出て、上手く言えない人も、鼻で笑う人も居る。その中でリコーは違いました。「20世紀は通信の時代だった。21世紀は光の時代にしたい」と言ってくれたんです。
その方は光学の専門家でしたが、「光学技術とか画像技術を組み合わせて、今までにない価値をつくっていきたい」と語ってくれました。内容というよりも、真剣にパッと答えてくれた事にぐっときましたね。後に直属の上司になる方だったので、本当に良い出逢いだったなと思います。
そういった経緯もあって、最終的にリコーに入社を決めました。
「究極のテレイグジスタンス」を目指して
ーーいま木村さんは、大学院時代の研究内容でもある「触覚」をキーワードにしてデバイス作成を行っています。その中で作ろうとしている「生きたデバイス」とはどういったものなのでしょうか?
木村:RICOH PRISM空間(約5m四方の部屋で、360°壁に囲まれ壁と床に映像を投影できる)は特殊な空間です。ただでさえ特殊な空間なのに、空間で用いる操作デバイスがTVのリモコンみたいなものだったら、ユーザーは余計に空間と距離を感じてしまいますよね。でも私は、ユーザーには空間に溶けていってほしいと思っているんです。
だからxCubeには「生きたデバイス」で居てほしい。やんわり光を放っていてどこか愛らしかったり、「少し怒っているのかな?」と思わせるような可愛い存在。そのxCubeで空間を操作できれば、ユーザーが空間に溶けるのに一役買ってくれると思うんです。xCubeを用いる事で、ユーザーがよりRICOH PRISMという空間に陶酔しやすくなる。そんな風にしたいですね。
ーー技術的な面で実現したい事はありますか?
木村:触覚を用いた錯覚効果を実現したいです。細かくわけると2つあります。
1つ目は、「触覚だけ」を用いた錯覚です。わかりやすい例だとiPhoneのホームボタン。物理的に押していないけど、押した感じがするというもの。あれは触覚のフィードバックによって、「ボタンを押した」という錯覚を生み出しているんです。それと同じような錯覚効果を用いて、xCube上のただのボタンが「カチッ」と押せたり「ぬるっと」押せたりしたら楽しいですよね。
2つ目はいわゆる「クロスモーダル」と呼ばれるもので、「複数の感覚を同時に与える事で、一個の感覚では得られない感覚を得る」というものです。
「メタクッキー」という研究があります。例えば、通常サイズのクッキーを持っている人にHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をつけてもらって、映像としては実物よりも大きいクッキーを表示する。この状態でクッキーを食べてもらうと、食べた人の満腹感が通常時より増すんです。面白いですよね。これは触覚と視覚の組み合わせによって生まれる錯覚になります。
こんな風に触覚と何かを組み合わせて、ユーザーに新しい体験を提供したいです。RICOH PRISM空間では映像や音を贅沢に使えるので、それが出来ると思っています。
ーーRICOH PRISMとは関係なく、個人の目標はありますか?
木村:「究極のテレイグジスタンス*」を目指しています。
遠隔コミュニケーションの歴史で言うと、電話が出来て声が聞けるようになったというフェーズがありますよね。それが今は、テレビ電話みたいなものが当たり前になっている。この先もっとコミュニケーションの次元をあげる時に、例えば話している相手が等身大で目の前に現れたらもっとリアルになる。リアルな人が出てきたら「触りたいな」って思うはずなので、触覚が必要になってきます。究極のテレイグジスタンスには触覚が必要なんです。
そういうものが実現できれば、もしくは私が生きているうちに完璧な実現までは至らなくても近づいていければ、そう思っています。
ーー最後に、会社に対して何か思う所はありますか?
木村:私はすごく幸せに働けているので、自分のような人が社内にどんどん増えてほしいです。
今は社内副業が活発になっていたり、TRIBUS(社内外からイノベーターを募り、リコーのリソースを活用しイノベーションにつなげるプロジェクト)に誰でも応募できたりと、やりたい事に挑戦する機会は沢山ある。まずはそういった制度を継続させるのが大事だと思います。
社内で何かやりたいと思ってくすぶっている人が集まって、呼応しあってチームになる。RICOH PRISMのある3Lがそんな場所になったら良いですね。
*テレイグジスタンス(TELEXISTENCE/遠隔存在)とは、TX inc. の創業者の一人でTX会長でもある東京大学名誉教授 舘暲氏が1980年に世界で初めて提唱した、人間が、自分自身が現存する場所とは異なった場所に実質的に存在し、その場所で自在に行動するという人間の存在拡張の概念であり、また、それを可能とするための技術体系です。参考リンクより引用。