矢野 宏治のプロフィール - Wantedly
株式会社83Design, 代表取締役 / Design director ...
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はじめまして。モノづくりを楽しみ、本気で没頭する会社、83Designです。
モノづくりにおいて私たちが大切にしているのは、“ワンチームで楽しむ”こと。ワンチームというのは、私たちを選んでくださるクライアント様、生産ラインを担う職人さん、このモノづくりの過程に関わるすべての人たちを示します。
創造者みんなの想いが込められて、はじめて良いプロダクトができる。そのプロダクトがユーザーの手にわたり、あたたかみや想いが伝播する。手触り感あるモノづくりの過程をご紹介するストーリーです。
そこで今回お話しするのが、『PSZ機能搭載パーソナルイヤースピーカー「nwm」』の開発エピソード。装着検証を一から行い、サンプリングした耳のサイズデータを元に理想の装着感を目指したというこのプロジェクト。プロジェクトのコンペから参加し、ブランディングと並走しながらプロダクトデザインを担当した83Design・矢野、近藤が開発ストーリーを振り返ります。
「耳元だけに音を閉じ込める」というNTTが独自に開発したPSZ(パーソナライズド・サウンド・ゾーン)機能を搭載した、まったく新しいスタイルを実現するパーソナルイヤースピーカー。耳の穴を塞がず、オープンになっているのに、音漏れが少ない。リモートワークやオンライン会議に最適なアイテムになっている。
— — はじめに、PSZイヤホンのプロジェクトが始まったきっかけを教えてください。
矢野:ある広告代理店からコンペの相談が来たのが最初でしたね。というのも、NTTが新たに商品を製造販売する会社を立ち上げることになって、その代理店がブランディングを行いながら、商品開発を進めるということになったんです。でも、求められたスケジュールだと、時間が全然かけられないことがわかって。そのため、ブランディングと商品企画、開発を並行して進められるスクランブルな体制を組む必要が出てきて、83Designに声がかかったという感じでした。
近藤:ただ、相談が来た時点では、ブランディングもその他の部分も、まだ方向性が定まっていない状態だったんですよね。
矢野:そうなると、僕たちとしても何を軸に考えるべきかを考える必要がある。そもそもPSZ技術のこともよくわかっていないわけですよ。なので、とりあえずNTTにPSZ技術を体感する機会をもらって、その経験を元に施策を考えていったという感じでした。
— — コンペではどんなことを提案したんですか?
近藤:「大きい概念の部分で、決めごとだけつくりましょう」ということですね。その商品のデザインとして「こういう表現はするけど、こういう表現はしない」「こういう体験は与えるけど、こういった体験は与えない」というようなイメージです。
矢野:通常、商品の背景情報だったり、ブランディングだったりがありますが、今回はそれらの情報がまだぼんやりしている状態。ただ、関与するメンバー内には「耳の穴を見せるイヤホンをつくりたい」というようなある種の気分は感じていました。そのことを頭に入れながら「この商品は、どのようなモノであるべきなんだろう」「この技術を使うなら、こういう使い方ができると良いよね」ということをまとめていきました。
近藤:あと、コンペまで2週間程度しかなかったんですけど、みんなでアイディア出しをして、スケッチして、それをモデリングして、装着してみて、装着イメージのレンダリングも数枚つくり込んで。結局、トゥルーワイヤレスイヤホンやオーバーヘッドのヘッドフォンなどのアイテム数点を提案したと思います。
— — その2か月後、2021年の11月からプロジェクトがスタートします。
矢野:最初の頃は、装着方法をずっと模索していましたね。僕はどうしてもイヤホンにフックをつけたくなくて。というのも、イヤーフックタイプというのはスポーツタイプやインカムのイメージが強くて、新規性がやや低い印象があったんですよ。今回つくる必要があるのは、「新しい存在感のイヤホン」。PSZ技術がすごく特徴的なのに、外観でもわかりやすく新規性を感じる要素を与えたかったんです。
近藤:実際、装着方法の検討していたときは、「一見突飛な装着方法に見えるけど、実は新しいスタンダードになり得るんじゃないか?」というような視点で、けっこう案を考えていきましたよね。
矢野:「耳のその隙間に差し込むの?」というような案だったり、「耳たぶにアプローチする」とか「いっそのこと耳を全部覆ってみる」という角度からも考えたよね。
近藤:「耳の形状で使えそうな部分は全部使ってアイデアを出していく」という感じですよね。針金を用いてモックもいっぱいつくりましたし。
矢野:あのときは本当に難しかった……。さっきの「耳の穴が見える」もそうだけど、「話しかけやすい」「装着感が良い」というようなキーワードは、会話の中に出ていたじゃん。でも逆を言えば、まだその他のところがぼんやりしていて。
近藤:ブランディングの視点が固まっていなかったですからね。
矢野:装着感については、言ってしまえばフックの形状は世の中にたくさんあるわけだから、それを踏襲すればある程度のクオリティは出せる。でも、音を出す部分(スピーカードライバ周辺)については、同時に技術面の制約も確認を行っていて。未確定なことがまだまだある状態だったんだよね。
近藤:様々な可能性を考慮して、議論の末、仮のスピーカードライバの位置を決めましたね。
矢野:そこから「デザイン的に、この部分はこうするべきだ」と具体的に話をしていくことになって、「イヤホンを着けていても、人から声をかけやすい状態にする」「そのためには、耳の穴を見せる必要がある」ということが改めて重要だということになった、と。そこで、耳甲介で保持するという案よりも、フックの案の中でブランドを体現していくことに決めました。
近藤:仮で決めた”耳の穴の中心から 15 ミリ上にあるスピーカードライバ”の位置を基点にして形状を探ることになりましたね。とはいえ、すでにそこに辿り着くまでいろんな形の装着方法を検討していたので、「あのときの考えは意外と使える」「この考えは要素をもう1回整理しよう」というように形の再編集を行っていきました。
矢野:装着感の検証については、その後もずっとやっていたよね。プロトタイプをつくるたびに毎回検証の仕方も見直して。細かく評価基準を分けて、それを折れ線グラフで視覚化しながら「この要素を取ると、この部分の評価が下がる」ということを話し合って。評価方法だけでも数十案は考えたと思う。
近藤:評価の仕方を設計しておかないと、なんとなく耳に着けてつけて、なんとなく「いいよね」という感じになりますからね。そもそも、プロトタイプを持っていくだけで、みんなテンションが上がってしまうし(笑)。
— — また、耳の形状を把握するために、サンプリングも行ったのだとか。
矢野:11月末ぐらいには耳のデータを取り始めていました。元々、クライアントの中に「どんな人でも、長時間着けていられるモノにしたい」というイメージがあったようなんです。そこで「100人程度の耳のサイズを検証すれば、カテゴリー分けしたときの傾向がある程度わかるんじゃないか」という話になって。
近藤:最初はミーティングに参加している人たちの耳の写真を撮ったり、サイズを測ったりしていたんですが、データが偏りますし、そもそも母数も少ないので、「もうちょっと大規模にやりましょう」と。ただ、それを行うには同じ手順で、同じ基準で測定したい箇所を明確にして測定できるようにしなければいけない。そこで、まずは基本となる装着検証の設計を考えて、そこから耳のサイズを測りに行きました。
矢野:性別、背丈、人種、年齢などが偏ることがないように、約100人の方に対して装着検証を行いました。あとはクライアントの社内や知り合いの会社の人たちにも協力してもらいましたね。
— — このような検証のデータは、どのようなところに生かしていったのでしょうか。
近藤:主には”装着のしやすさ”、”長時間装着しても痛くならないか”、”日常の動きの中で外れてしまわないか”です。トゥルーワイヤレス、有線イヤホンともにフックは共通したものを使っているんですが、その部分の曲線の形は「検証で得たデータを生かして、心地良い造形に落とし込む」ということを徹底して考えましたね。
矢野:ここまできちんとこだわって工業デザイナーとしてデザインしたかったんです……なんとなく形にしてしまうのは不安じゃないですか。だから、きちんと自分で理解して、みなさんと納得しながらつくってみて、自信を持った状態でクライアントさんと一緒に「これで行きましょう」と言いたいんです。
— — 年が明けてからはどうだったのでしょうか。
矢野:1月の段階も、まだ喧々諤々としていた状態でしたね。開発スケジュールはずらせないとのことで、僕らとしては決めなければ前に進めない。クライアント、製造メーカ側とのコミュニケーションは僕たちが直接行っていたので、代理店に対して製品のデザイン開発進捗を積極的にフィードバックして、足並みを揃えながら動いていた感じですね。
近藤:「そもそも主張が強めの外観なのか、控えめなのか」ということが大きなポイントでしたよね。先ほどから話に出ている「こういうことをしたい」という気分は確かにあったんですが、具体的なことはぼんやりしている状態だったんです。
矢野:だから、「金属的な表現を入れた場合、入れない場合の審美性の違い」など、議題に出たことをとにかく形に落とし込んでいく。そうやって、協議しながら案を詰めていきました。具体的には、「こういう入れ方をすると、従来のオーディオブランドっぽく見えるのでやめましょう」などの会話がありましたね。
近藤:そうやっていくと、「このあたりがブランドとしての落ち着き所だろう」というのがわかってきました。
矢野:一方、毎週ブランディングの定例ミーティングにも出席していたので、ブランディング側との認識の修正や視点の追加、また検討事項の整理も行って。
近藤:そうした話し合いで決まったもののひとつに、“不定形さ”がありましたね。
矢野:不定形さはけっこう大きな決定だったよね。
近藤:なんとなく「オーディオブランドと距離を取りたい」という空気感があったので、「真円で硬すぎるとオーディオ機器感が強くなるので、そこを外すためにちょっと崩れた感じにしましょう」と。パッと見みると四角にも見えるんですけど、よく見たら左右非対称の形になっているんです。「そういう要素を盛り込みましょう」というのは、僕たちのアプローチの成果だったのかなと思います。
矢野:これが真円の形だったら、かなり印象が違うものね。
近藤:全然違うと思います。
— — 結局、イヤホン自体のデザインが完成したのはいつ頃だったのでしょうか。
矢野:「この形でいきましょう」と決まったのが、1月末ですね。同じタイミングで、「カラーバリエーションは1色だけ」というのも決まったのかな。色や塗装については、その後も悩んでいましたね。
近藤:その後、CMF(カラー、マテリアル、フィニッシュ)の詳細を詰める期間に僕らは移行していきます。この作業は形のデザインとパラレルでやる場合もあるんですけど、このときはとにかく早く形を決めなくてはいけなかったので、そちらを最優先にしていたんです。
— — 1月になると、イヤホン以外に充電ケース等も検討していたとか。
矢野:イヤホンをスムーズに持ち運びできて、取り出せて、収納できる。あとは、家で充電するときも何か気持ちいい感じがする。「そういう体験を用意できないか」ということをずっと考えてました。
近藤:こだわって提案していたんですが……結果的にお蔵入りになってしまいましたね。
矢野:かなり面白いギミックのプロトタイプまではできていたので、少し残念ではあったよね。
— — 先ほど少し話に出ていた色や塗装の決定はどのタイミングだったのでしょうか。
矢野:2、3月に検討して、決定したのは4月ぐらいだったと思います。製品をつくる場合、その製品を構成する部品1つ1つに対して、他の部品との色の組み合わせを考えながら、各部品の色や質感を決めなくてはいけないんです。そのために色サンプルの板をつくる必要があるんですが、あのときは制作会社さんに何日も丸一日缶詰になって、たくさんのサンプルを見ながらみんなで考えて、「もうちょっと明るく」「暗く」と決めていきましたね。
近藤:商品を売り始めた後に、「やっぱり、この色は違うよね」ということになったら大問題になってしまうじゃないですか。だから、ざっくり言うと、まずは“ゴールデンサンプル”というターゲットの色を決めて、それをベースに製造をしていく必要があるんですよ。
矢野:そもそも色というのは絶対ブレれてしまうものなんです。だから、最初に許される色の上限と下限を決めて、量産ラインの検査工程の際にズレているものを弾いてもらうんです。その中央値がゴールデンサンプルですね。
— — 最後の項目が2022年4月以降となっていますが、このあたりはどんなことをされたんですか。
矢野:僕らがデザインしたのはイヤホンが2つですよね。それらのデザイン自体は決まっているんですけど、それらを現実的に作るため筐体、金型の設計が必要です。そこでも「できる」「できない」というのが出てくるんですよ。それに応じた形状の修正は、時間をかけてやっていましたね。
近藤:終わったのが、たしか4月か5月ぐらいですね。量産に向けての調整なので、どうしても数か月はかかってしまうんです。「ここができないということは、こちらの部品の形を変える必要がある」「その部分だけ新しくアイデアを考えよう」と、そういうことをずっとやっていましたからね。
矢野:素材や色、印刷の問題も出てくるんですよ。「この素材にすると、発色が悪いけど問題ないか」というように。あと、例えば「耳につけたときに音が鳴る」「外したらオフになる」ということを感知する近接センサーがあって、それを機能させるには窓が必要で。その窓の部分は製造メーカーさん側で「どの距離で、どれくらいの明るさだったら反応するか」をテストする必要があるので、それに応じて都度デザイン修正も行いましたね。
近藤:必要に応じて「ここの窓も大きくしなくてはいけない」「そうしたら、この部分の形状も考え直さなくてはいけない」「ネジ丸出しは嫌だから、キャップにしよう」「ちょっとこっちにズラせないのか」「いや、もう基板はフィックスしているので難しい」というように、そういうのを同時にやっていましたね。
矢野:とても地味な作業に聞こえるかもしれませんが、工業デザインでは絶対に必要な作業と思っています。
— — そして、ようやくPSZイヤホンが完成。改めて、プロジェクトを振り返ってみて、いかがでしょうか。
近藤:定量的にデータを取って、装着検証を細かく設計をして、それを元にプロジェクトを進めていくというプロセスはとても印象的でしたね。「どこの点を測るといいのか」という問題が毎回出てくるので、議論を進めるために材料をきちんと整理していく必要があったのはけっこう大変で。でも、そういうことをきちんとやったからこそ、ある種の納得感をクライアントと形成していけたのかなと思います。
矢野:マネージャーの方が、いまだに僕らがつくった装着検証の資料を使ってくれているらしくて。その話を聞いて、「あれをやって本当に良かったな」という感じがしたよ。
近藤:確かにそうですね。
矢野:一方、僕としては少し反省点もあって。というのも、何も決まっていない状況から始まったプロジェクトではあったので、もう少しその状況を生かせたんじゃないかという想いがあるんですよ。クライアントに対して、代理店さんに対しても、僕らの方で決定を促せるような情報を用意して、もしくは考え方を提示して、プロジェクトを引っ張っていくことはもっとできただろうな、と。
もっと言えば、「ブランドはこうあるべきだ」「じゃあ、なんでそう考えたのか」を考えて、さらにそれを有用性、使い勝手以外の部分も含めて競合他社と比べながら、ブランディングや事業の観点から検討する。積極的にそういう提案をしていたら、「どのようにプロジェクトが進んでいたのか」を想像できるし、我々の今後のサービスのヒントにもなりそうだな、と。それは、今後の課題かもしれないですけどね。
背景情報もブランドもない状態から、手探りで始まったプロジェクト。
それでも最終的には、ワイヤレスイヤホンの常識を変える価値を提供するにいたりました。形・色・素材へのこだわり…みんなでアイデアをシェアしながら、まるで部活動のように没頭するモノづくりの姿が、ここにはありました。
工業デザイナーとして、私たちと一緒に働きたい!まずは話しを聞いてみたい!こう思っていただけるのであれば、ぜひカジュアルにお話ししませんか?