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バンダイナムコグループでマーケティング・ミックス・モデリング(MMM)を使って広告宣伝予算配分を最適化した話

はじめに

こんにちは!
バンダイナムコネクサスのデータ戦略部でリードデータサイエンティストをしている原です。

データ戦略部ではグループ内事業の意思決定に貢献するために、様々な分析PJTを進めています。今回はその中から、マーケティング・ミックス・モデリング(以下、MMM)を活用しているPJTをご紹介します。




モチベーション

2022年度において、バンダイナムコグループは売上高の5.7%にあたる(1)、約570億円を広告宣伝のために投資しています。投資効果を最大化するため、多数存在する広告宣伝施策に対し、予算配分を最適化することは非常に重要な課題です。

今回のPJTでは、あるスマホゲームタイトルについてその広告宣伝費の配分を最適化し、効果を最大化することを目指しました。なお、「効果=ゲームアプリの新規インストール数」としています。



広告宣伝予算配分を難しくする3つの問題

広告ごとの費用対効果を計測して、もっとも効果の高いものに予算を投下すればよい。素直に考えるとそうなりますが、次に挙げる3つの問題のため簡単にはいきません。

①広告宣伝施策ごとの効果を正確に把握できない問題

スマホゲームにおける広告宣伝施策には以下の特徴があります。

  • オンライン広告の種類が多い(10種類以上)
  • オフライン広告も活用している(TVCM)
  • イベント、石(2)配布などを不定期に実施している

このような状況下で、例えば「今月は100万インストールありました。さて、TVCMのみによるインストール数は何件でしょう?」と聞かれて答えられるでしょうか?実際にはさまざまな広告施策が同時並行で行われており、それぞれの施策が相互に影響し合っているため、これは至難の業だと思います。

②アドストック問題

広告宣伝施策は実施した瞬間にすべての効果があらわれるわけではありません。例えばTVCMを流してから、しばらくして口コミが広がり、時間差で売上につながることがあります。このように、施策を打ってからしばらくその効果が継続したり、遅延して効果が発現したりすることをアドストック(残存効果)と言います。

③収穫逓減問題

仮に効果の高い広告媒体がわかったとして、その媒体にすべての予算を投下し続ければよいかというと実はそうではありません。広告出稿費と獲得数は線形の比例関係に常にあるわけではなく、一定のコストを超えるとその効果は徐々に目減りしていきます。これを収穫逓減効果と言います。要因はいくつかありますが「ユーザーが広告に飽きてしまうこと」「市場が飽和して、興味の低いユーザーにも配信されるようになり効率が悪くなること」などが挙げられます。


MMMとは

そこでMMMの出番です。MMMとは「過去の広告宣伝データから、インストール数や売上などのKPIと、複数同時に実施されている各種マーケティング施策などの関係性を取り出し、その関係性を用いてKPIの最大化といった最適化シミュレーションを行う分析手法の総称」です。


分析モデル作成

MMMの前半部分であるモデル作成について説明します。

今回はモデルの構造として乗法モデルを採用しました。これは、例えば「石配布キャンペーン中にオフライン広告を実施すると、個別に実施したときよりも大きなインストールが生じる」というように、それぞれの変数の効果が掛け算の関係にあると考えられるからです。

MMMでは各変数の寄与度を精緻に見積もることがキモになります。そのためには共線性や内生性に注意しながら適切に変数を選択することが重要です。ここを誤ると、本来施策Aの寄与であったはずの効果を、施策Bの寄与であると間違って認識してしまい、結果として効果の低い施策に予算を投下してしまうという事態になりかねません。


3つの工夫ポイント

各変数の寄与度を精緻に表現するために、特に次の3点を工夫しました。

①アドストック問題と収穫逓減問題への対応

前述した問題を解消するようモデル設計を工夫します。実は今回、モデルを2段階で作成しています。第1段階ではインストール数を目的変数とし、広告、トレンド、SNSキャンペーンなど、すべての関係変数を盛り込んだ数理モデルを作成します。このとき、広告系の変数については「ピークのズレ」「減衰率」「残存期間」をパラメータとして持たせることでアドストック効果を取り込みます。このモデル作成によって広告によるインストール数を抽出します。

第2段階として、第1段階の結果を用い、広告によるインストール数と広告コストの関係を別途モデリングします。このとき関数としてhill関数やsigmoid関数を仮定することで収穫逓減効果を表現しています。


②フラグデータの連続値化

例えば無料ガシャイベントを1週間開催したとします。このとき、データとしてはその1週間についてイベントを実施したというフラグが立ちます。しかし、実際に1週間継続して同じインストール数への寄与があったかと言うと、経験的にはそうなりません。イベントは初日が最も効果が高く、日を追うにつれて効果が減衰していくのです。この現象を表現するため、その日イベントを実施したか否かという0/1のデータを1/x^aに比例する形で効果が減衰すると仮定し連続値化します。

③トレンド成分の抽出

インストール数におけるオーガニック(3)のトレンドは、アプリストアのストア内検索数にあらわれるだろうと仮定しました。というのも、ストア内検索はユーザーが自身で対象のアプリ名を検索することを指すため、ストア内検索をオーガニックとみなすことには妥当性があると考えたからです。そこで、ストア内検索数にEMD(経験的モード分解)をかませ、トレンドの主成分を算出しました。



モデルの精度

上記工夫ポイントを盛り込みつつ、定式化した乗法モデルをpythonで書き下し、MCMCアルゴリズムを用いて係数を推定。結果として誤差平均(MAPE)7.0%でモデル化することに成功しました(グラフの実数値はマスキングしています。ご了承ください)。

また、作成した数理モデルから広告ごとのインストール数を抽出し、コストとの関係をモデリングした結果は下図のようになりました。


広告宣伝予算の最適化結果

広告ごとにコストとインストール数の関係がわかったので、これを使って広告宣伝予算の最適配分を計算します。最適化はラグランジュ未定乗数法を用いました。結果は図の通りです。過去実績の平均コスト(緑線)でみると、最適化によってインストール数を1.5倍程度引き延ばせることが期待される結果となりました。その後実際にフィージビリティスタディを行い、インストール数の増加を確認できました。

展望

実は今回、イベントデータなどの一部のデータについては利用可能な形で蓄積されていませんでした。そのようなデータを扱う場合は、関係者に問い合わせたり自分で調査したりする必要があり、それなりの工数を要します。今後はデータ蓄積の自動化を進め、MMMを他のゲームタイトルにも横展開することで、グループ全体として収益向上に貢献したいと考えています。


さいごに

MMMの活用にフォーカスしてPJTの紹介をさせていただきました。いかがだったでしょうか?現実世界の構造を読み解いてモデルを作り込むというところにMMMのおもしろさがあると感じています。

もし、エンタメ業界のデータ分析に興味をもっていただけたなら、ぜひ気軽にお話を聞きにきてください!


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(1)2023年3月期(第18期)有価証券報告書p83売上高990,089百万円、p97広告宣伝費56,798百万円より算出。
(2)ゲーム内でのアイテム購入などに使える仮想アイテムのこと。主にガシャを引くために使用される。石の無料配布はユーザーにとって一番のインセンティブであり、インストール数に大きな影響を与える。
(3)広告やプロモーションなどの有料マーケティング活動に頼らずに、自然に(オーガニックに)ユーザーの関心や検索を通じてアプリが見つけられ、ダウンロードされること。
(4)アプリストアから取得できるデータには「ストア内検索数」「ストア内探索数」「その他」の3つに大別される。このうち、「ストア内検索」はユーザーが自身で対象のアプリ名を検索することを指し、「ストア内探索」はストア内のランキングやフィーチャー(特集)等から遷移することを指す。





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