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クルージングヨット教室物語4

Photo by Buddy Photo on Unsplash

「うわ、寒いっ」

佐藤麻美子は、海に出航した隆のヨットの上で呟いた。

麻美子は、本当は寒いし冬のいまの季節は、ヨットに乗るつもりはなかったのだが、隆が進水したばかりの新しいヨットに1人で乗るというので、何かあったら心配なので一緒に乗ることにしたのだった。

「まだ進水したばかりでクルーもいないし、来週はシングルで乗るよ」

初め、隆からそう聞いたとき、シングルというヨット用語の意味がわからなくて、まさか1人でヨットに乗るつもりだとは思っていなかったのだった。

ヨットのシングルとは、シングルハンドの略で、1人でヨットに乗るという意味だったのだ。

「それは心配だから、私も一緒に乗りに行くわよ」

麻美子は、隆に伝えて、いま寒い海の上のヨットにいるのだった。

「さあ、セイルを上げよう」

隆は、マストの根元に移動すると、ロープを引っ張ってセイルを上げていた。セイルは全部で3種類あって、船体の前方から順番にジブ、メイン、ミズンというのだそうだ。それぞれのセイルを上げると、セイルを引っ張ったり出したりして調整すると、セイルに風を受けて、ヨットは走り出した。

生まれて初めてヨットに乗る麻美子には、セイルをどう出したり引っ張ったりすれば、ヨットが走り出すのかさっぱりわからなかった。ただ、隆がセイルを操作しているのを黙って眺めているしかなかった。

「隆、キャビンの中に入っていても良いかな」

ヨットが海に出航してからずっと船上のデッキにいた麻美子だったが、さすがに海の寒さに耐えきれなくなって来たので、隆に声をかけてからキャビンの中に逃げこんだ。

「船内には、暖房も付いているんだよ」

一緒にキャビンの中に入って来た隆は、操舵室の計器板にあるスイッチを入れると、自分はまたキャビンの外に出て、セイルの操作に戻っていた。隆がエアコンのスイッチを入れてくれたらしく、しばらくするとキャビンの中はポカポカと暖かくなってきた。

麻美子がキャビンの中にあるソファに腰掛けて暖まっていると、ヨットは金沢沖の漁港に入港して、そこの岸壁にロープで舫われた。隆のヨットが岸壁に舫われ停泊すると、隆のヨットと同じ横浜のマリーナに停泊しているヨットがやって来て、隆のヨットの横に横付けで停泊した。

「お腹空いたでしょう。これから、ここでお昼ごはんにしよう」

船内に入って来た隆が、麻美子に言った。

「今日のお昼は、生野菜とパスタがあるから、サラダとスパゲッティにしようか」

ヨットのキッチンにある食料庫から野菜とパスタを取り出している隆の姿をみて、隆が料理してくれるごはんなんて初めて食べるからちょっと楽しみだなと麻美子は期待していたが、しばらくパスタのパッケージに書いてある説明文を読んでいた隆は、諦めたようにキャビンの外に出て行ってしまった。

「結局、私が作らないとだめか」

麻美子は、隆がいなくなったキッチンの中に入ると、お鍋にお湯を沸かして、パスタを茹でる準備を始めた。パスタを茹でている間に、隆が出してくれた生野菜を切り刻んでサラダを作った。

「あ、麻美子が作ってくれていたんだ」

キャビンの外から戻って来た隆は、料理していた麻美子に声をかけた。

隆の後ろからキャビンの中に入って来たのは、隆のヨットの真横に横付けした同じ横浜のマリーナに保管しているヨットのオーナーとクルーたちだった。

「フェリックスの市毛さん」

隆は、隣に横付けしたヨットのオーナー、市毛さんのことを麻美子に紹介した。そして、隆はキッチンの冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、リビングのソファに腰掛けている市毛さんたちに手渡した。

「サラダの前に、何かビールのつまみになるようなものを作ってくれるかな」

隆は、麻美子に命じた。麻美子は、船長の隆に言われて、既に作り始めていたサラダを中断して、冷蔵庫の中からつまみになりそうなものを探し出して、お皿に盛り付けた。

「うちのクルーの麻美子です」

麻美子が、リビングにいる市毛さんたちに、おつまみの盛り付けられたお皿を持って行くと、隆が麻美子のことを市毛さんたちに紹介してくれていた。

「いつも隆がお世話になっています。よろしくお願いします」

いつの間にか、麻美子は隆のヨットのクルーにされてしまっていた。

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