オマッシュ / ショップスタッフ
ファッションの魅力に目覚める
音楽が大好きだったけど、それだけでは食べていけないと思っていたところ、偶然住んでいたマンションの下にブティックがオープン。チャンスだと思い、働き始めることにしました。 語学の勉強も、お客さんとコミュニケーションしながら学んでいくことができました。
400万人が利用する会社訪問アプリ
NLINE CO., Ltd. / モデル
1979年、島根生まれ、大阪育ち。4年半のニューヨーク生活と幅広い職種経験を生かしてさまざまなフィールドで活躍中。大人になっても学び続ける姿勢を忘れずに、なんでも自分でできるようになりたい。
ずっと旅して記事にする仕事をしていたので、写真も自分で撮って文章も書ける、ホテルライターにチャレンジしたい。
自分の身体を使って、いいと思えるものをPRする
当時、家族と公園で遊んでいたところ、当時の「VERY」の編集長にお声がけいただき紙面デビュー。 その後、光文社に所属することになりました。 2020年に入った現在の事務所には、マネジメント面でデビュー時からずっとお世話になっていました。
未知の世界を楽しみつつ、リスナーと双方向的なコミュニケーションを取る
まだ知らないことを積極的に学び、なんでもできるようになる
「KOE(コエ)」が自由が丘にオープンしたライフスタイル型新業態「KOE HOUSE」のコーディネーターを務めました(KOE HOUSEは残念ながら2020年2月に閉店しました)。
パルコが食の分野における都市生活者へのライフスタイル提案として開店した「& éclé」で、オープニングディレクター&アンバサダーに就任し、店舗プロデュースを行いました。 内装からカトラリーまで、目に見えるすべてのものを決めなくてはならず大変でしたが、納得できるものになったと思います(お店は残念ながら、2019年に閉店となってしまいました)。
100人のためじゃなく、1人のために書く
知識のあるスタイリストとも深い話ができるプレスになる
当時、大御所スタイリストさんから「ファッションを好きだという子に話をしても、まったく歴史を知らない。表面上の好きじゃなくて、歴史を学びなさい」と声をかけていただきました。 彼女の言葉を聞き、円滑なコミュニケーションを取るためにもファッションの歴史を学ぶことになりました。
NY時代の経験を生かし、まだ知られていないデザイナーを日本に広める
その頃日本では、コレクションも持っていないインディペンデントデザイナーの服をセレクトショップに置くことがはやっていました。 NYで知り合った自分の好きなデザイナーを世に広めたいという思いから、NYを離れ一時帰国。 アパレルのバイヤーさんにアポを取り紹介し、その後関西のセレクトショップでバイヤーとして働くことになりました。
NY出身の4人のデザイナーが集まった「ASFOUR」が世界的に人気で、NY時代からの知り合いだったので、彼らのコレクションを買い付けてお店でインスタレーションを行いました。 NYで過ごした4年半が形になった瞬間だと感じたので嬉しかったです。
働きながら実用的な英語を学ぶ
ブティックで働き始めてからは、たくさんの人と関わることができファッションの魅力に目覚めていきました。 当時はデザイナーと一緒にポートフォリオを作ることが多く、作品撮りを20数名分行うことも。 ポートフォリオをつくる中で「もっとこの人たちを有名にしたい」と考えるようになって、日本への一時帰国、その後のキャリアにも繋がっていきました。
音楽が大好きだったけど、それだけでは食べていけないと思っていたところ、偶然住んでいたマンションの下にブティックがオープン。チャンスだと思い、働き始めることにしました。 語学の勉強も、お客さんとコミュニケーションしながら学んでいくことができました。
大学2回生で休学し再びNYで住むことに。 当時はCBGBというパンクロックのメッカというライブハウス近くに住んでいて、日本人の女の子がかなりめずらしかったので、周りの人は家族のように可愛がってくれました。 その後、バンドのプロモーターの端くれにのような動きをして、PRの仕事をしたいと考えるようになりました。
大学生になって初めての夏休みに、「ブロンクスユニティ」というメタルコアバンドにはまって、生で彼らの音楽を聴くためにNYに行きました。 きっかけはNYハードコアが大好きな友達の家で、ブロンクス出身のマイナーバンドのレコードを聴いたこと。「絶対に生で聴かなきゃ」と衝撃を受けました。
オマッシュ / ショップスタッフ
音楽が大好きだったけど、それだけでは食べていけないと思っていたところ、偶然住んでいたマンションの下にブティックがオープン。チャンスだと思い、働き始めることにしました。 語学の勉強も、お客さんとコミュニケーションしながら学んでいくことができました。