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【インタビュー】人生の価値観や多様なキャリアを広げる。山口拓也が架け橋をつくりながら圧倒的スピードで進む理由

2021年4月15日、田舎フリーランス養成講座(通称:いなフリ)は「株式会社ワークキャリア」になりました。ワークキャリアでは「人生の選択肢を広げる」をコンセプトにキャリアスクールを運営しています。では、ワークキャリアの経営陣は初めから人生の選択肢を広げ続ける道を選んできたのでしょうか?前回の行武さんに続き、ワークキャリア代表取締役CEO山口拓也さん、現在の選択の意思決定に至るまで、そしてワークキャリアへの想いと描きたい未来を伺います。

では、ワークキャリアの経営陣は初めから人生の選択肢を広げ続ける道を選んできたのでしょうか?前回の行武さんに続き、ワークキャリア代表取締役CEO山口拓也さんが、現在の選択の意思決定に至るまで、そしてワークキャリアへの想いと描きたい未来を伺います。

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【インタビュー】仕事の選択肢が得られる"教育のインフラ"を。行武亜沙美がワークキャリアで大切にするコミュニティづくり | 株式会社ワークキャリア
2021年4月15日、田舎フリーランス養成講座(通称:いなフリ)は「株式会社ワークキャリア」になりました。ワークキャリアでは「人生の選択肢を広げる」をコンセプトにキャリアスクールを運営しています。 ...
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人生や価値観を「増やす」ではなく「広げる」サポートを

ー山口さんは経営者、マーケター、Web関連、町おこしやYouTuberなどさまざまな切り口で事業に取り組まれていますが、肩書きとしては何になるのでしょうか?

マーケティングキャリアの代表とワークキャリアの代表取締役CEOに就任していますが、肩書きというよりは役職なので、現時点では特にないですね。
昔は意識していましたが、今は個人よりも会社や事業のブランドの方が大事だと思っています。

ー現在最も注力している事業のひとつがワークキャリアになると思いますが、ワークキャリアの核である「人生の選択肢を広げる」という言葉は、どのような経緯で生まれたのでしょうか?

実はワークキャリアの事業は、「自分の仕事を近くで手伝ってくれる人がいると嬉しいな」という気持ちから始めたんですよね。チャレンジしたいけど行き詰まってしまった人が、ワークキャリアを通して新しいキャリア、新しい人生を歩んでいる姿をたくさん見て、私自身も影響を受けたんです。その結果生まれたのが「人生の選択肢を広げる」という言葉です。

ー実際に新しいキャリアへ進む人たちの存在が大きく影響しているのですね。

そうですね。そもそも、人生の選択肢は「増やす」ものではなく「広げる」ものだと思っています。
一般的に「増やす」のイメージが強いですが、ワークキャリアでは、その人の人生や価値観を広げていく感覚が強いですね。
ポンッとひとつアイテムを渡して「増やす」のではなく、その人自身にすでにある選択肢や価値観を「広げる」のを、私たちがちょっとだけサポートしていきたいですね。

さまざまなキャリアを実現できる、価値ある場所をつくりたい

ー次に、ワークキャリアや山口さんご自身の展望をお伺いします。山口さんはこれから、ワークキャリアでどのような未来を作っていきたいですか?

中長期的にいえば、さまざまなキャリアの形を提示をしたいですね。それによって、参加者の選択肢を広げていくことにつながりますから。
例えば、僕自身が漫画家に興味を持ったことがあり、その時どう実現すればいいかわからなかった経験があります。だから、いつか漫画家養成講座も開催できたらいいですね。
高校生から主婦、シニア層の人たちなど老若男女問わずワークキャリアに価値を感じてもらえるようにしたいですね。

ー山口さん個人としては、今後どのようなことを目指しているのでしょうか?

私自身の目標は、市長になることですね。

直近一年で、行政がもつ影響力の大きさは計り知れないと感じました。だからこそ、カリスマ的存在として30代で市長になり、市民のためになる施策をおこないたいと考えています。

ー30代でカリスマ的な市長!素敵ですね。そのために何か取り組んでいることはありますか?

まずは自分を認知してもらうことですね。会社も社会的地位を得るために、あと数年で上場させることが直近の目標です。

想いよりも行動が結果を変える


ーここからは山口さんのこれまでの人生から、「人生の選択肢を広げる」という価値観に至った経緯を伺います。幼少期はどのような子どもでしたか?

幼少期はおとなしい性格で、率先して何かをするタイプではありませんでした。
10歳の頃に桃鉄にハマり、そこで自分の世界が広がる経験をしました。「社会に対してどういった形で関与できるのか」を考えられるようになったことが大きかったですね。

ー桃鉄から、社長という職業を知ったそうですね。

子どもの夢って、自分が知っている職業の中で一番ピンとくるものだと思うんですよね。
私自身も、職業を少しずつ知るなかで、「収益が上がることでできることが増える感覚」が心地いいと感じるようになりました。それに最も近いのは社長かもしれない、という理由から意識し始めました。

ー山口さんは成長速度が早く、自分ができることも周りにあわせてやらなければいけないことに違和感を感じたそうですが、当時から自分は人より進んでいるという自覚はありましたか?

ありましたね。小学生の時から問題を解くのが早かったり、誰よりも成績が良かったりしました。得意な勉強に関しては負けたことはありません。
今もその自覚はあります。要因の一つとしては、最上志向や競争性が強い特徴があるからだと思います。やらなければいけないことは早く取り組んだほうが得だし、人から注目されるからという意識でした。

ー最上志向や競争性が強いとのことですが、スポーツにも取り組んでいましたか?

小学生の頃はサッカーをしていましたが、中学からはテニス部に入りました。シングルスだとマイペースに楽しめるし、勝ち負けに対して誰かと責任を共有する必要もないので、テニスは自分にとって相性がよかった。自己責任のなかで生きていたいという意識がありましたね。

ー現在のポジションである社長の仕事にも通じるものがありそうですね。中学を卒業されてから、どのような進路選択をしていったのでしょうか?

高校と大学は早稲田でエスカレーター方式の進学だったのですが、「せめて学部選びは自分の意思でやろう」という気持ちでいました。また、当時は起業を意識しておらず、高校時代は映画監督に興味がありました。

ー社長ではなく映画監督だったのですね。

社長になろうと思っていましたが、中学生の時に「社長は役職でしかない」と気付いたんです。社長になりたかったのも、結局自分のペースで自分なりにやっていきたかったからでした。
例えば小説家、漫画家、映画監督などのいわゆるクリエイターも、自分のペースでやりたいようにできる職業だとわかったんですよね。その中でも、映画監督は早稲田大学の授業を受講すれば映画の作り方が学べるので、進路が見えやすかったために選びました。

ー実際に、大学で映画を学ばれましたか?

大学に入学してからは、自分で何かを作る対象物は映画じゃなくてもいいかなと思ったんですよね。自分には作品を通して伝えたいことがないので、映画監督のような表現者にはなれない。しかし商業クリエイターは、クライアントに伝えるべき物事に対してクリエティブを発揮すればいいので、これなら自分もできると感じて広告に興味を持ちました。

ー表現する世界から商業的なクリエイティブに興味関心が変化した結果、大学では広告研究会に所属されたのですね。

そうですね。広告研究会ではリーダーとして、サークルをまとめていました。昔から学級委員をはじめ、人前に立ってみんなをまとめるのは自分がやるべきことだと思っていて。社会に対して、自分自身の価値の最大化ができるポジションだったのでしょうね。

ー昔から今に至るまで一貫されているのですね。大学在学中に人材ベンチャーで働き、その後世界一周の旅に出発されたと伺いました。世界一周のスタート地点として、なぜインドを選ばれたのですか?

やりたい目標があったのに上手くいかなかった時期があって、その時に「インドへ行ったら人生が変わるよ」と言ってもらったことがあったんです。
最初は「そんな簡単に変わんないでしょ」と思ったけど、人生が変わることへの興味と自由な時間があったのでインドへ行くことを決めました。

ー当時どのようなことに悩んでいたのですか?

飲食店を起業するという目標があり、それを実現するのが難しかったことです。

広告の力で飲食業界の発信方法を改善できるのではないかと思いましたが、業界構造的に難しい現実を知ったんです。それなら自分でカフェを経営すればいいのではないかと。マーケティングや発信ができればさらに稼げそうだという発想から飲食店の起業を志しました。

けれども当時、飲食店の起業はなかなか厳しく、調べると開業に約1,000万円の費用が必要でした。その資金をどう確保すればいいのかわからず行き詰まっていましたね。

ーすごく悩まれていたのですね。インドに行ってみて、山口さんの人生は変わりましたか?

正直インドに行くことが目的になっていたので、インドに到着した瞬間に目標が達成されました(笑)。なんでインドに来たんだろうと思いましたね。しかしインドで、おいしいと言えるレベルではないのに繁盛する日本食レストランを発見したんです。これなら自分の方がもっとお客さんを呼べるし、できることもたくさんあると気づきました。
この経験から、自分が日常的にいるフィールドではなくて、いろんな世界、競合がいないフィールドで挑戦すればいいと気付けたのは大きかったですね。

ーフィールドを変えることで選択肢が広がることを目の当たりにしたのですね。その経験を踏まえ、どのような選択をされたのでしょうか?

大学休学中に半年間世界一周してみて、海外で日本食をビジネスとして起業するのもいいけど、海外の文化を日本に発信することにチャレンジしたい気持ちになりました。
Ponnufの理念である「架け橋をつくる」ことで、まだ知られていない興味深いものを多くの人に伝えていくおもしろさや喜びを感じたためです。

ーこれまでのお話を伺っていて、山口さんは戦略的思考が非常に高いと感じました。それと併せてご自身の中で実現したい想いの部分を事業に対してお持ちだと思います。戦略的思考と「架け橋になる」といった想いの割合はどれくらいなのでしょうか?

想いをどのように実現するかを考えるのが戦略なので、一概には言えないですね。
ただし、仕事に対しての想いよりも経験値や習慣の方が大事だと実感しています。同じ仕事に対して自分よりも想いが強い人がいたとしても、最後はいかに行動しているかだと思うんです。
経験や習慣から導かれたその人のスキルで全ての結果が変わると信じて、スピード感を大事に前へ進んでいます。

さいごに


行動することで経験と習慣が身につき、それが結果につながるという山口さん。これまでの人生でも自らその言葉を体現し、スピード感を持つことでさらに前へと進んでいます。
さらに多様な経験をしたからこそ、「架け橋をつくる」理念を大事にし、ワークキャリアで多くの参加者の人生を広げることができるのかもしれません。

ワークキャリアでは、共に人生の選択肢を広げるための架け橋をつくる仲間を募集しています。

「実際にどのような人たちが働いているのだろう?」と気になる方は、ぜひこちらのインタビュー記事も併せてご覧ください。

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