浜町のまちに溶け込み、スタイリッシュさと温かみを感じられる施設『HAMACHO HOTEL』。UDSの建築の特徴でもある、その土地の空気感を織り込んだ空間づくりが、特に反映されたホテルの一つです。滞在中に感じられるあたたかみを、「手しごと」や「緑」といったコンセプトから紐解いていきます。
《「手しごと」と「緑」の見えるまち、浜町》
日本橋浜町は、古くから安田不動産がともに歩んできたまちです。歴史と伝統を受け継ぐこのまちを、住んでよかった、働いてよかった、と感じてもらえるようにと同社が取り組まれてくる中でUDSにお声がけをいただきました。
UDSでは日本橋浜町のまちづくりの方向性を考えるところから参画し、日本橋浜町のまちづくりコンセプト「"手しごと"と"緑"の見える街」を安田不動産さんとともに策定。このコンセプトを具現化する場として、HAMACHO HOTEL&APARTMENTSが生まれました。
《クリエイティブホテルでも、コミュニティホテルでもない》
ホテル・賃貸住宅・店舗からなる複合施設のHAMACHO HOTEL&APARTMENTSは、地上15階の建物で、客室は170室、レジデンスは108戸。住民やビジター、オフィスワーカーなど、様々な人が交流できる拠点を目指しました。
HAMACHO HOTELはこの施設のホテル部分となっていて、1階は様々な人が行き交う場所を目指し、ホテルのフロントを館内レストラン「HAMACHO DINING&BAR SESSiON」と自然に繋げ、オープンなスペースとしています。2階には、日本の手しごと(の技)を発信する場としてTOKYO CRAFT ROOMを計画。2階以上は、客室となっています。3階以上は、客室となっています。
まちづくりのコンセプトを具現化するうえで、どんなホテルにしていくべきか。ホテルのジャンルは様々あるが、ビジネスホテル・クリエイティブホテル・コミュニティホテルの重なり合った部分となる「地域に根付いた文化複合型ホテル」づくりが始まります。
ホテルの名前は、当時たくさんの候補があがっていました。最終的には「浜町のシンボルとなってほしい」という想いから、シンプルに「HAMACHO HOTEL」になった経緯があります。
《手しごとが細部に息づくデザイン》
設計メンバーが「手しごと」をさらに深掘りし、デザインコンセプトを作成。浜町は職人肌を感じるまちであるが、直接的な日本の和の表現ではなく、現代の日本の生活に溶け込むような手しごとを取り入れる、『ホームメイド日本モダニズム』という言葉を掲げました。
「手しごと」のアウトプットとして、客室では以下のポイントなどで日本らしさを表現しています。
【ローマンシェード】
日本の障子を使いやすくした形で、さらに透過する光を楽しめるように、障子の横木や透け感を再現したローマンシェードを採用しました。
【姿見】
姿見は縦に細長いものを採用し、掛け軸をイメージした設計となっています。軸先(掛け軸の一番下の部分)のイメージを木で表現しています。
【小上がり】
縁側をイメージした小上がりを作成。日本の縁側らしく、人によって自由な使い方ができる良さを受け継ぎ、スーツケースを広げても寝転んでもいいような場づくりをしました。また、緑を近くに置き、緑と縁側の関係性を再現しています。
【縦ルーバー】
縦のデザインを様々なところに散りばめることで、統一感のあるデザインを目指しました。あまり主張することなく、日本らしさを表しています。
そのほかにも共有部分や客室には、手触り感のあるモルタルを使用したり、有田焼のコップを採用していたりと、客室だけではなく館全体で「手しごと」を伝えるために様々な工夫をほどこしています。
このように地域に根差した文化を体感し、「ホテルがよかった」ではなく「浜町は良いまちだった」とゲストに感じてもらえるよう、まちづくりの中核・発信を担うホテルをデザインしています。
《ロゴに込められた想い》
「HAMACHO HOTEL」のロゴを制作したのは、日本を代表するグラフィックデザイナーの佐藤卓氏。 象徴的な「H」は、HAMACHOの頭文字のほかに、HUB、 HUMAN、HOSPITALITY、HANDMADE、HARMONY、HAPPYと7つのキーワードが込められています。
デザインの特徴は、大きく2つ。「H」は、日本建築的に解釈をすると、2本の縦の柱を1本の梁(はり)で繋いでいる形と捉えられます。さらに別の解釈を加え、伝統と未来、来訪者と地元の方々、仕事と遊び、テクノロジーと手仕事など、2つの点と点を繋ぎ合わせるものとして、繋ぐ形を大切にしました。
次に、「H」の周りのつぶつぶについて。これは何かというと、彫刻で掘ったような細かな痕跡で、「手しごと」を表現しています。メインの色に関して、浜町には紺屋藍染屋が多かったことや、海に近い土地柄であることから紺色を採用。紺色の意味には、伝統の上に時を重ねていくことで深みを増していく、これからも歴史を重ねていく、という想いが込められています。
館内の様々なサインも、コンセプトに沿って作成しています。「ストレスフリーなわかりやすさ」「空間との一体性」「背景にあるストーリー」の3つを大切にして、『静かに語るクラフトマンシップ』をタイポグラフィーのコンセプトとしました。
《手しごとへのこだわり》
「手しごと」への想いを特に感じられる場所が、館内に2箇所あります。
【nel CRAFT CHOCOLATE TOKYO】
企画段階で世界共通の嗜好品であるチョコレートに着目し、まちのコンセプトである「手しごと」を掛け合わせた、職人が手がける本物志向のチョコレートショップが誕生しました。
nelのネーミングは、鍛錬して技を「錬る」と、チョコレートを「練る」が重なり合ってできたものです。チョコレートは、カカオ豆の焙煎からチョコレートバーの製造まで一貫しておこなう、Bean to Bar製法で作成。厨房内で全ての工程を行なっている店舗は他に例がなく、「手しごと」の精神が根付いています。
また、「手しごと」や「日本らしさ」を表現するために、カカオ豆の形を模したオリジナルのペンダント照明を作成。オリジナルのカカオ和紙や、花びらのような形をした和箪笥の金具部品など、こだわりが詰め込まれています。
【TOKYO CRAFT ROOM】
“Craft for the future - クラフトと未来をつなぐ場所”というコンセプトを掲げ、東京を経由してクラフトの技や精神を発信していく、という意味が込められています。
「展示空間に泊まれる客室」という在り方を定め、世の中で活躍されている方々をお呼びし、発信の場としてTOKYO CRAFT ROOMの舞台を使ってもらうことを目指しています。
《あとがき》
コンセプトの統一感や細部への落とし込み方に、徹底したこだわりを感じられる『HAMACHO HOTEL』。滞在を通して、手しごとの奥深さにふれ、手しごとの継承に少し力になれた気持ちになりました。
その土地の色を反映させるだけでなく、その土地の色をより濃く、より深くしていく存在。「緑」や「おもてなし」だけではない温かみを感じられる理由は、そんなところにあるのかもしれません。