前回までのあらすじ。【読了時間:約3分】
自分たちの売上を上げるために顧客や協力会社に『助成金の詐欺行為』というとんでもないリスクを負わせようとした某一部上場企業のやり方になんとも言えない気持ちを抱えたまま、紹介された弁護士に会った。そこで言われたことは「ボイスレコーダーで証拠を収めてください(ニヤリ)」という、スパイごっごの延長線上のような提案だった。私はめちゃくちゃドキドキ・ワクワクしながら某社営業Aと駅前にあるコーヒーショップへと向かうのだった。脳内にアドレナリンが溢れテンションがうなぎのぼりである。
私「この店なんかどうですか」
A「いいですね^^」
最初からここだと決めていたクセに、しらじらしいセリフを吐いた私は、入り口でコーヒーを2人分買って2階席に向かう。ちなみにAは20代後半の若造である。そんな彼に当時43才の私がコーヒーを運ぶ。そしてすでにどっかと上座に座っているAの目の前にコーヒーをやさしくおいてあげた。
私「今日は本当におつかれさまでしたー」
満面の笑みでねぎらう私。いつの間にこんな裏表のある大人になってしまったんだろう…。まあいいや。胸元に仕込んだボイスレコーダーだけでなく、念のため iphoneの録音ボタンもそっと押した。
打ち合わせの内容を振り返りながら私は、徐々に本題に迫ろうとしていた。
私「いやあー。打ち合わせはうまくいきましたね。順調に進みそうでよかったです。ところで、ウチのUがイマイチ要領を得なくて本当にすみませんでしたね」
A「いっやぁー、Uさんには困りましたよ。。。」
私は「はぁっ!?」という心の声を無理やり押しつぶしながら笑顔でこう続けた。
私「それで、Uがよくわかってなかった紹介料のことですが、あんまり大きな声で言えないのですが、商店会への紹介料を御社から頂かない代わりに【某社名】のAさんのアドバイス通りに、助成金の申請金額を消費税分多めにゴマかして、あとでウチと【某社名】の消費税分も合わせて裏で商店会へ戻すという流れでよかったんですよねぇー」
私は相手を警戒させないために、あえて水増し請求や架空請求という言葉は使わなかった。そして固唾を飲んでAの出方を待つ。
A「おっしゃる通りです。消費税すら払いたくないという商店会が多いんですよね。今夜、顔合わせした商店会もそうですけど。そうすれば完全に全額助成金でまかなわれるのです。ま、そのバックする消費税分はトランプスさん(ウチのこと)が本来、私たちに支払う紹介料みたいなもので…」
私「で U は『大丈夫だと思いますよ』みたいなこと言ってたんですか」
A「左様でございます」
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よし、充分だっ!ここで私の声と表情がえげつない程に変わる。もちろんワザとだけど…。
私「へぇ〜。だったら Uはバカなんですかねー!
…てことは、ウチと商店会は国(≒全国商店街振興組合連合会)に対して詐欺行為を働くっていうことだよね。全振連に聞いても消費税は商店会が払うべきものだって言ってたよ。弁護士にも確認した…」
そして本来、私は「Aさん、これはどういうことでしょうか。商店会さまと弊社のリスクに関してご説明いだだけますでしょうか」というべきところを、つい…。
私「おい、A!(呼び捨て)いったいどういうことだよ!(コーヒーカップがひっくり返るほどに机をぶっ叩く!)客と協力会社にリスクを負わせて金儲けってどういうことなんだよ!説明しろ!オイ!」
よく覚えていないが机自体も蹴った(かもしれない)。周りにいた客は、むしろ全くこっちを見ない。ネクタイを締め小綺麗な格好をしたインテリや○ざが子分をシバいてると誤解されているに違いない。誰も微動だにしない。その場に響くのは、ただただ私の怒声のみ。
さらに本来は「先ほど、弊社のUに対して『困ったものだ』という趣旨のご発言をされましたが、詐欺行為の教唆をされた御社に当方は甚だ困惑しております。むしろその違法性を確認しようとしたUに対して謝罪していただけないでしょうか」というべきところを、ついつい…。
私「おいお前!さっき『Uには困った』とかクソ生意気なこと抜かしたよなー!何が『困った』だよ。てめえらが訳のわからない話持ってきて困ってんのはコッチなんだよー!Uに謝れよ!おおー!(再度、机をぶっ叩く!)」
(筆者注)念のため言っとくけど私は激昂してるわけでも怒っているわけでもなんでもない。この場合は相手に伝わるように強めに注意をしているだけである。私を知っている人ならわかると思うが生まれてから一度も女性に手をあげたこともなければ、むしろ「怒ることなんてあるの?」と言われているくらいなのだ。今回は異例中の異例なのだ。
A「も、申し訳ありませんでしたぁー」
この場に居もしないうちのU に対して謝らされる某一部上場企業の営業A。
私「わかってんな、コラ! ウチはたった今この仕事は降りるから。上司に言っとけ!」
このひと言で “ 億”を超える機会損失が確定した。
気がつくと彼のYシャツは汗でビチョビチョに濡れていた。脇汗で濡れるというレベルではない。水びたしの洗濯機からまんまYシャツを引っ張り出して無理やり着たくらいに上半身全部ビッチョビチョである。きっと後ろめたい気持ちもあったのだろう。
言いたいことをいうだけ言うと私は、逆にAがとても不憫に思えてきた。そして、ふと彼の100万円は下らないパネライの腕時計に目がとまった。そして私は心の中で、
「こんな若い彼がウチのUを怒鳴ったってことは、きっと普段、彼は上司にもやられてるんだろうな。かわいそうに。高級腕時計ができる程度のカネで丸め込まれて、うまくコントロールされてんだろうな」と思い、私は怒気を消して普通の調子でこう言った…。
「…でもさぁ、君がこの手口を思いついたんじゃないんだろ。そのくらいはわかるよ。上司にやれと言われたんだろ。お前も辛かったんだろ。でもな、そんなヤツらに転がされて『世の中、金だ』とか言ってお客さんや協力会社をハメて喜んでるようじゃダメだよ。オレが本当に怒ってるのは君の上司なんだよ。経験上、こんなことを部下にやらせるようなヤツが、いざという時に君を守ることはないよ。もし問題になったら君は責任をなすりつけられて捨てられる。そのくらいわかりなよ」
彼は、さもありなんと思ったのだろうか。うつむいて肩を震わせていた。そして私は少しだけ自分の辛かったときの経験を語り、彼の将来を案じて励ますと「それじゃあ、お先」とその店を後にした。
そう、まだやらなければいけないことが山積みなのだ。私はすぐさま商店会の打ち合わせ会場に踵(きびす)を返しつつ、携帯で別の商店会長の店の前でスタンばっているUに電話をかけた。
私「Uくんおつかれー。Aが認めたからさ、予定通りウチは某社が関係する仕事すべてを降りるよ。そっちもよろしくー」
その電話をきっかけに、すぐさま U部長は東京の郊外にある別の商店会の会長に、事情を説明して私たちが仕事を降りる旨を伝えた。ギリギリで業務委託契約を結ぶ前に降りることができたのだ。
そしてまた、私もこれから先ほど打ち合わせを終えたばかりの商店会のメンバーに事情を説明する必要があるのだ。このまま仕事が進み、もしもバレた時、商店街に助成金が今後いっさい出なくなるリスクの説明と、証拠をつかむためにダミーの打ち合わせを行ったことなどをお詫びしなくてはならないのだ。
しばらく歩いて商店会の主要なメンバーがいる打ち上げ会場の前に着くと
私は神妙な面持ちで、その店のドアをゆっくりと手前に引いた…。
【つづく】