しゃいんづかん#1 代表取締役/村上登武 | TOMAP社員インタビュー
事業ビジョンっていう「エスプレッソ」があることで、多種多様な事業を展開することができるようになるPROFILE趣味アニメおすすめのお店ポケモンセンター小さい頃の夢世界平和TOMAPを創業してから...
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しゃいんづかん#1では、TOMAP代表の村上をご紹介しました!
#2では代表の弟であり、TOMAPの役員兼クリエイティブアーティストでもあるSamさんの素顔に迫ります😎
クリエイティブアーティストです。デザインだけじゃなく、オフィスを作ったり、曲を書いたり、絵を描いたり。なんでもクリエイティブに生み出すのが仕事です。
「デザイナー」って言葉はあまり好きじゃなくて。デザインだけをやっているわけじゃないし、もっと広い意味で、TOMAPの世界を形作るものを作っているという感覚ですね。
TOMAPのオリジナルテーマソング『僕らの明日』
社員合宿でみんなでやるワークの内容を考えていた時に、「歌を作ろうよ」ということを閃いた。正直、ワークで何をやるかっていう中身の部分はなんでもよかった。ただ、同じ車に乗っているメンバーでチームとして何か一つのものを作ることが楽しそうだと思っていた。それに加えて、ユーモアがあって今までにないこと、TOMAPのMVVについてメンバー自身が思考を巡らせながら取り組めるものがよかった。そうなったときに、社歌を作ることがぴったりだった。
「音楽は音楽専門でやっている人じゃないと作れない」と思っている人も多いけど、実際はそういうわけじゃない。音楽は、誰でも自由に表現していいものだから、誰でも作れるもの。曲を作ったこともない音楽とは無縁の人たちが2時間半で1曲を完成させることに面白さがあるなって思う。
俺のチームは作った曲にめちゃくちゃ自信があったのね。でもそれって、俺自身が音楽経験を活かしてメロディのアドバイスとかしていたから、自信があって当たり前のことなんだよね。でも宿についた時に、音楽経験のないメンバーたちが口々に「俺らが一番」だと言ってたんだよ。そうやって、全員が自信を持って作りきれましたと言っているのがTOMAPメンバーの負けず嫌いなところがでていいなと思った。それは予想外で、感動した。
TOMAPの文化が独特だっていうのは痛感していたけど、その時に改めてTOMAPらしさを感じたね。初めてやることでも、自分たちで突破する方法を考えて、成し遂げてしまうのがTOMAPらしいなと思った。
登武(TOMAP代表で、Samさんの兄)が、激しすぎずでもバラードでもない、管楽器が入ったポップ調にしたいと音楽の方向性を決めた。そのテーマでデモを作り、ボーカルのラインを入れて、歌詞を載せる時にみんなが合宿のワークの時に作った曲からフレーズを持ってきたり、自分で出したワードをはめ込んでいって、フィックスしながら作った。
前提クリエイティブって、作る目的やペルソナなど、作る上で必要な要素が全部決まった状態で作るのは簡単なんだよね。例えば販促クリエイティブとかはペルソナや目的がしっかり決まっているから、俺は簡単に作れちゃうタイプ。
でもブランドクリエイティブとかアート寄りなクリエイティブを作るのは、自分の感覚も入ってくるから、そうなると一気に難しくなる。考えれば考えるほど負に陥っていくこともある。
新曲ではTOMAPの7、8期目を考えながら作っていたんだけど、その結果、直近でアップデートされたMVVなどを加味しようとし過ぎてしまって、視野が狭くなったんだよね。それでわけが分からなくなってスランプに陥った。
でも俺は販促クリエイティブもブランドクリエイティブもどっちも好き。めちゃくちゃ楽しい。仕事をしているというより、遊んでいるという感覚。遊んでいるのにお金もらってていいの?って1期目の時からずっと思ってる(笑)。
元々小さい頃から絵を描いたりはしていたけど、音楽に触れ始めたのは母親が車で聴いていたMD(ミニディスク)に入っていた曲を聞いていたのがきっかけかもしれない。その影響でバンドにハマった。登武がピアノを習っていたから家に電子ピアノがあったんだけど、登武が家にいない時にそれでこっそり遊ぶようになったんだよね。でも当然ピアノの知識なんてゼロだったから、適当に鍵盤をカタカタやりながら口ずさんでいたら、気づけば曲ができていた。
そしたら母親が「すごいね!!もっと聞きたい!」って言ってくれて、それが妙に嬉しくて。単純だけどそのおかげで「俺ってすごいのかも?」 って、子どもながらに思ったんだよね。登武は当時俺が作った曲を今でも覚えてて、会社でもたまに口ずさんでるよ(笑)。
それから時が経って中2の時にいとこからギターをもらったんだけど、その瞬間からバンドを組みたくて仕方がなくて、中3でついに初めてバンドを組んだ。そして学園祭でカバー曲を披露したんだけど、体育館のステージ前に生徒がいっぱい集まってきて、俺たちの演奏で盛り上がってくれたんだよ。その光景と感覚がめちゃくちゃ気持ちよかった。
高1になるとバンドを組み直して、カバーじゃなくてオリジナル楽曲でライブハウスで演奏するようになった。どっぷり音楽にのめり込んで、「ロックスターになって、バンドで食っていく」 というのが俺の夢だったから、気づけば20歳までずっとバンドを続けていた。
でもその時に登武が俺のこの先を心配してくれたのか、「この先どうするかもし何も決まっていないなら、プログラミングスクールの営業手伝ってよ」って話があって。そこから登武が大学3年の時に立ち上げたTOMAPの前身となる会社で、スクールの営業をやってみることにした。
そしたら俺の紹介でスクールに入会してくれた友達が、めちゃくちゃ楽しそうにプログラミングを学んでいたんだよね。それを見て、「なんか面白そうだし俺もやりたい」と思うようになって(笑)。それで俺自身もスクールに入会した。ちなみにこの時はまだ、TOMAPが現在運営しているプログラミングスクールの「ZeroPlus」は存在してなくて、その前身となるスクールに入ったって感じかな。
スクールを卒業した頃くらいに、そのままTOMAPの正式な立ち上げに関わることになった。最初に任されたのは、実はデザイナーじゃなくてZeroPlusの講師だったんだよね。「そんなんじゃフリーランスにはなれないですよ」って厳しく指導してたから、生徒からは怖がられていたと思う(笑)。
でも、組織が大きくなるにつれて講師のメンバーも増え、気づけば俺がいなくても十分に回るようになっていた。そうなると、「じゃあ、次は何をしよう?」と考え始めたんだよね。ちょうどその頃、TOMAPには専任のデザイナーがいなかったから、俺は昔からデザインが好きだったし、「じゃあ俺がやるわ」と自然な流れで2019年からデザイナーとしてのキャリアをスタートした。
仲間に喜んでもらいたい。俺が作ったものでみんなが装備してカッコよく見えたり、それを武器に戦ったりしてくれる。そうやって喜んでもらうのが俺のやりたいこと。
デザインスキルを付けたいとか、こういうことができるようになりたいとかそういうのはあまりないかな。ただ、仲間が喜んでくれれば十分。俺自身もずっと仲間に助けられてきた人間だから、仲間をすごく大事にしているんだよね。 仲間がやりたいと言ったことを全力でサポートする、最高のサポーターでいたい。
昔持っていた「音楽で飯食っていく」という夢は、今では「TOMAPをでかくする」という夢に変わった。 今は音楽はやりたい時にやれればいいかなと思う。そういう意味では、新しい人生の夢を見せてくれた登武には感謝している。ママも、俺の将来を少しは心配していたと思うから、登武が自分の会社に巻き込んでくれて、感謝しているんじゃないかなと思う。
あともう一つ。これは昔からずっと言っているけど、今までもこれからも仲間にできる限りの愛を送っていきたい。俺の中での仲間の定義は、「仲間だと思ったら」。 同じコトに向かっていなくても、俺が仲間だと思ったら仲間なんだよね。
嘘をつかない素直な人。人の心にズカズカ入って来れる人。一線を引かずに、一緒に熱くなれる人。一線はこちらで用意するんで(笑)。
てぃる。
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