経営理念「笑顔創造」に基づき、企業のブランディング・マーケティング支援を行う株式会社ライオンハート。「東海圏No.1のブランディング・エージェンシー」を目指すなかで、個性と才能に溢れたメンバー(=モンスター)たちの得意を活かす組織づくり「モンスターファーム構想」を掲げています。
そんな同社が、2024年3月にオフィスを移転。住み慣れた古巣から新しい環境への旅立ちを通じて体現したこととは。ライオンハート代表取締役会長 市川 厚(いちかわ あつし)に、オフィス移転の背景や内装に込めた想いをインタビューしました。
代表取締役会長 市川 厚(いちかわ あつし)
三重県の陶芸家の家に生まれる。大学を中退後、アパレル企業に就職。独学でデザインを学び、広告制作会社へ転職。2004年有限会社ライオンハートを設立(現 株式会社ライオンハート)。2014年設立10周年を機に代表取締役会長就任。2016年フィリピン(マニラ)にITアウトソーシング企業(LH&creatives Inc.)を設立。立ち上げのためフィリピンで3年半を過ごしたのち、帰国。趣味は格闘技で、空道(大道塾)、極真館、柔術などを嗜む。
移転決断の裏に、徹底した目的意識。自然とコミュニケーションを生むオフィスを求めて
――まず、今回のオフィス移転の背景を教えてください。
最初に移転の話を持ち出したのは、社長の長澤なんです。私自身は当初あまり乗り気ではなかったというか、必要性を感じていなかったというのが実際の心境でした。
というのも、旧オフィスには移転を急務とする致命的な欠点はありませんでした。むしろ賃料も安価で、収容人数的にも問題はない。移転をすることで、財務的負担を増やしてしまうのではと思ったくらいです。同じコストをかけるなら、他拠点進出など他の選択肢もあるし、移転の目的が明確にならなければ急いで行う必要もないと、個人的には感じていましたね。
ただ、基本的には、社長が経営判断したことはなるべく叶えてあげたいというのが僕のスタンスなんです。なので、僕を含むステークホルダーがきちんと納得できるような移転の目的を明確化するよう一緒に設定していきました。
大きな判断を下す局面で僕自身が重視するのは、生命の安全性と揺るがない目的意識。社員の安全を守るために、もっと耐震強度の高いビルに移るとかであれば、必要な判断だと思います。でも旧オフィスより耐震性に優れたビルはたくさんあるはずですし、それだけではどこに移るかまでの決断には至らない。
リモートも当たり前になっているこの時代に、なぜオフィス移転を行うのか。コアになる目的の設定をして、迷いなく移転を決断できるところまで持っていけたので、最終的にはGOを出しました。
――最終的に、オフィス移転の目的はどのような形で着地したのでしょうか。
ライオンハートで働く人にとって、「よりBETTERな状態にするため」という目的を設定しました。具体的には「今まで以上に、社内のコミュニケーションを自然と生み出す物理的空間を作り上げる」ことです。
一般的に、1日のうち働く時間は約75%。ライオンハートで働くメンバーが1日の大半を過ごすオフィスだからこそ、1日を振り返ったときに「まぁ、悪くなかったな」と思えるようにすることが大事。そのための大きな要素として「悩みを一人で抱え込まない、コミュニケーションが創出される」環境が必要だと思っています。同僚と何気ない会話をしたり、対面で人と関わることによる決断スピードUPによって、「なんだかんだ、今日、オフィスに来て良かったな」と感じられることを目指しました。
仕事の悩みや感じていること、もちろんハッピーな内容まで、「そういえば」から始められる気軽さ。リモートワークのテキストコミュニケーションにはない会話のテンポ。そういったものを自然と生み出せるのがオフィスの価値だと考えているので、物件選定も内装面も、コミュニケーションの取りやすい工夫を随所に散りばめています。その工夫が、ライオンハートの理念「笑顔創造」を体現するというオフィスの役割にもなっています。
ワークスペース内に配置したソファーは、一般的な家ともオフィスとも違う「別荘」のような雰囲気を意識。気軽なコミュニケーションも生まれやすく、「家にいるよりはオフィスに来た方がいいな」と思える工夫をしている。
――コミュニケーションを重視するようになったのには、何かきっかけがあったのでしょうか。
過去に弊社は倒産危機を経験したのですが、その際に特にコミュニケーションの重要性を痛感したんです。当時僕はフィリピンにてグループ会社立ち上げのためライオンハートの経営から離れていましたが、危機的状況を聞きつけて戻ってきたタイミングでした。久々にオフィスへ行くと、社員全員がそれぞれ自分の仕事を抱え込んで会話も少ない状況で。「笑顔創造」という理念とは真逆の、どんよりとした雰囲気が立ち込めていたのを覚えています。
この淀んだ空気の原因はコミュニケーションの不足にあると考え、フリーアドレスや個室廃止をすぐに導入しました。それぞれのデスクを囲う壁も目線を超えない高さに変更して、一人ひとりの様子が一目で確認できるように方向転換したんです。
きちんと顔を見合わせられる物理的な空間は孤独感を感じさせないし、自然と社内に活気が宿る。些細なことも気軽にシェアしあったり、いつもと様子の違うメンバーには声をかけたり。そうしたコミュニケーションがあれば、組織も本来のパフォーマンスも最大限に発揮できると、過去の経験から確信しています。
当たり前に思える機能でも、改めて目的を問う
――オフィスの内装デザインは、他社に発注して進められたとのこと。内装に関するコンセプトは、どのようなプロセスで形作っていったのでしょうか。
ある程度の構想は僕の中で決めていたものの、オフィスの具体的なイメージまでは考えずにいた状態で、オフィスの内装を行う会社様複数社との打ち合わせに臨みました。というのも今回、内装を外注するのは顧客体験をしたいという副次的な目的もあったからです。
結果的には、こちらがオフィスの具体的なイメージも形づくることで落ち着きました。ただ、実際に提案やヒアリングを受けてみて、日頃僕たちが提供している仕事の価値やヒアリング力を客観的に知るいい機会になったと思っています。
――例えば、今回のようなオフィス内装の案件の場合、いいヒアリングとそうでない場合の違いはどんな風に現れるのでしょうか。
例えばエントランスの話をする際、「エントランスをどんなデザインにするか」の前に「そもそも何の目的でエントランスを設けるのか」と、目的を問わないと始まりません。
インテリアや観葉植物などについても同じです。なぜそれがあるか、なぜその形状でなければいけないのか。どんな内装にするのか。その設定背景に、僕たちは明確な説明を求めます。通常のオフィスが有するあらゆる機能について、それぞれがどんな役割を担い、目的を達成しなければならないか、きちんと設定するのがまず最初の一歩。それが定まらない限り、どんな姿形になるかは議論できないじゃないですか。
それは僕たちがお客様に対して徹底している姿勢でもあります。課題の共有、目的設定があってはじめて、解決方法の提案に入ることができるんです。
経年劣化のない「笑顔創造」を目指し、居心地の良さを追究
――最終的に出来上がったオフィスの中で、市川さんが特に気に入っているポイントは何でしょうか。
新オフィスは三面採光で日当たりがよく、躯体や立地も旧オフィスと比べて優れているので、満足しています。内装は後からいくらでも修正できますが、こうした物件のポテンシャルは替えが効かないので、移転の際には30棟ほど内見して検討しました。
あとは、その日の気分によって景色を変えられるという部分も気に入っているポイントです。僕たちの仕事の性質上、デスクで仕事をするスタイルが基本ですが、座る位置によって見える景色を変えることで、日々の業務に変化をもたらす環境作りにもこだわっています。
職場は、自宅に次ぐセカンドプレイスでなければならないと考えています。昨今は仕事のしやすいカフェやコワーキングスペースも増えていますが、そうしたサードプレイス以上に魅力のあるオフィスを目指しました。
――今回の移転に際し、空間からアイテムの細部にまで市川さんのこだわりが詰め込まれていると伺っています。どのような部分にこだわったのか、教えてください。
何か1つシンボリックなアイテムを選ぶより、空間全体で「個性」を表現できるように意識しています。
僕らが目指すのは、「個性と才能に溢れたモンスターたちの得意を活かす組織づくり」です。個性を表現する際、何か1つ印象的なものを使う手法が選択されがちですが、そういったものに頼らなくても十分に個性は表現できるはず。小さい個性の集まりによって、全体から独自性を滲ませることができたら、「なんだかわからないけれど、センスがいいな」と印象づけられる。そう考えているんです。
オフィスの真ん中に大きなオブジェを置けば、確かに最初のうちは目を惹くかもしれない。でも数ヶ月もすれば見慣れて、その意義はなくなってしまいます。オフィスは長年にわたって使い続けていくものですし、そこで働く社員にも、お客様にとってもつねに居心地のいいものでなければならない。そういった意味でも、先述した経年劣化に影響されないオフィスを意識しました。
オフィスの全体像。空間全体で「個性」を表現しつつ、居心地の良さを意識。
――「笑顔創造」を生み出すために、具体的にはどんな仕掛けを講じているのでしょうか。
例えば、エントランスに置いているベルにも、きちんと役割を付与して選定しています。
他社のオフィスでは、ベルの側に「御用の方はこちらを押してください」などと案内を添えていますが、弊社はあえてそれを置いていません。一見不便に感じられますが、来客に気づいたら誰でもすぐにお声がけするカルチャーがすでに根付いています。ベルで担当者を呼び出す仕組みを遠ざけることで、社員がホスピタリティを発揮する機会をあえて作るようにしているんです。
オフィスに入ってすぐ右にあるテーブルにベルを設置。奥にはメンバーのワークスペースが広がっているため、お客様がお見えになるとすぐに気付けるようになっている。
社員がお客様に接する機会を増やし、その対応が丁寧であればあるほど、良質な顧客体験として積み重なっていく。社内だけでなくお客様との間にも小さなコミュニケーションを生み出せるよう、あえて不便を設けて「人を動かす」オフィス環境に作り込みました。
もっと“変”になってほしい――新オフィスで個性豊かな社員を育みたい
メンバーの健康やリフレッシュのために取り入れた、オフィス内のジムスペースにて。
――移転後、実際に社内外のコミュニケーションに変化は見られましたか。
社内コミュニケーションは増えていたのではないかと思います。仕事中の会話量も増えましたし、休憩時間にはカウンターテラスに自然と人が集う導線ができました。
また、旧オフィスには1部屋のみだった会議室を今回は「目的」と「キャラクター」を分けて設定して2部屋用意したことによって、お客様をよりお招きしやすくなったのも大きな変化です。実際にオフィスをご案内し、完成までのプロセスを説明することで、弊社の考え方や仕事の進め方に感銘を受けてお仕事のご相談をいただいたケースもありましたね。
――今後、ライオンハートの社員にどうなってほしいと思いますか。
極端に言えば、もっと“変”になってほしいと思いますね。
どんな分野にもある程度対応できるという汎用的なスキルはもちろん大切ですが、そういった能力はすでに弊社の社員はある程度有しているものと考えています。常に目的を問い、笑顔創造するブランディング・エージェンシーとしてさらに先に進むには、何か特定の分野に以上に情熱を燃やしたり、異常なまでに詳しかったりと、多少の「いびつさ」が鍵になってくる。
オフィスも新しくなって特徴的になったので、今まで以上にのびのびと個性を爆発させて、自らを尖らせてくれたらと思います。
(執筆:神田 佳恵)