こんにちは。クラシコム人事の筒井です。
「専門職」といわれるお仕事に就いているみなさん、あなたの役割ってなんですか、と聞かれたらどう答えますか?
私は新卒で入った会社で最初に人事に配属されてから、10年以上ずっと人事キャリアです。
30歳になったとき、今やっていることは何に繋がっているのか、このまま狭い領域のことだけしかやったことなくて大丈夫なのだろうかと、急にものすごく不安になり、社外の同年代の人事が集う講座に半年間通ったことがあります。
講座では、かわるがわる人事界隈のドン(ワンピースで言えば四皇)が登場して、ありがたく、そしてとても手厳しいお話をいつもしてくださいました。
一番印象的だった、ある回の四皇からの宿題。
「あなたの役割はなんですか?」
え?なんだろう?
その問いをきっかけに、その時の私がむむむと編み出した、今でも自分の仕事の指針になっている3つのことを今日は書こうと思います。
別に領域問わず、全ての仕事が高度専門化しているから、もしかしたら広くあてはまる話かもしれません。
1.Doctor:医者
自分の人事としての役割を考えるにあたり、自分が理想的に思う「専門職」ってなんだろう?から妄想を始めました。
その頃、私の生きている範囲の中で最も専門性が高そうだと思ったのは、弁護士資格を持ったトリリンガルの管理系担当役員(常務)でした。その方に「専門性ってなんですか?」と聞いた際、教えてもらった古代ギリシャの「ヒポクラテスの誓い」にヒントがありました。
ヒポクラテスの誓いは、医師の倫理・任務などについての、ギリシア神への宣誓文。現代の医療倫理の根幹を成す患者の生命・健康保護の思想、患者のプライバシー保護のほか、専門家としての尊厳の保持、徒弟制度の維持や職能の閉鎖性維持なども謳われている。
条文の中の一つ↓
自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
*Wikipediaさんより引用 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%9D%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AA%93%E3%81%84
これです。自分の能力と判断で、相手に利益をもたらす方法を選ぶ、害を与える方法は選ばない、ということが専門性の起源です。これだよ、これこれ!(←なぜか上から目線)と私はとても納得しました。
言い換えると、問題を解決したり、より状態をよくしてくために、現状を診断し、プロとして適切な治療法を決め、実行する、それを継続的に行うということが、一つ目の役割。
この役割には、前提として以下を備えている必要があるなとも同時に思いました。
(1)プロとしての知識(だからここはずーーっと高め続けないといけないんだよなぁ)
(2)相手のためにリスクテイクできる決断力(効果的な治療法ほどリスクも伴います)
(3)人の命(≒社員のキャリア、会社の命運、サービスの要など、それくらい大事なもの)を左右することをやっているという覚悟
つまりは、同じ医者でも、財前教授ではなく、ブラックジャックの方の医者ということですね。(あれ?あってるかな?)
でも、高い知識と技術を持って目の前の相手に貢献しているだけでは、私の中の「理想の専門職」にはまだ足りませんでした。
2.Interpritor:解釈・翻訳者
専門領域って、どうして「専門」って切り出されているのかなと考えたのですが、超ざっくり言うと、(1)難しくて、(2)大事、だからかなと。
だからこそ、「難しいから簡単に」して、「大事なことだからこそ伝えてまわる」ということが必要だと思いました。
(1)難しいから簡単に
難しいから、誰でも簡単にすぐ理解できるという訳ではないことが多いです。なので、それに精通している専門家は、関係する相手にわかりやすく伝える必要があります。私の妄想上では、いけてる専門家は難しいことをシンプルにしたり、自分の知っていることを明確に相手に伝えたりしています。
専門性が高いからこそ、そこをブラックボックスにしてはいけないと思うのです。(「私だけがこれについて知っている」というのは、蜜の味なんですけどね)
(2)大事だから伝える
専門性が高い領域というのは、その企業が顧客に提供している価値・経営が成し遂げたいビジョン(=大事なこと)と直結していることが多いように感じます(だからこそ難しい)。例えば、「新しい購買体験を作りたい」というビジョンに対し、直結している要素の一つはシステムであり、専門家はエンジニアです。
経営者・会社が考えていること、やりたいことを、翻訳してメンバーに伝える、プロダクトに落とし込む、仕組みにする。【ビジョン】→【自分】→【プロダクト】
逆に、現場で起こっていること、お客様が感じていること、市場の動向を経営へフィードバックする。【現場】→【自分】→【経営】
そんな風に、誰かと誰か、何かと何かの間を取り持って、いろんなレイヤーや立場を行き来しながら、複雑で重要なことを解釈・翻訳してまわる、ということが二つの目の役割です。
3.Mother:母的存在
ここまでで、高い技術を持っている医者、様々なレイヤーを縦横無尽に動く翻訳者ときまして、いいやんかっこいいやん、となりました。が、なんだかもうちょっと足りない気もしてきました。なんだか人間味に欠けるというか。
みなさんもきっと、お仕事のいろんなシーンで、ロジックだけではうまくいかないなぁ、なんて思うことが500回くらいあったと思います。あいつ正論ばっか言いやがって、というのは1000回くらいあったかもしれません。
自分の体験上、何かを成し遂げていくプロセスというものはやっぱり、正しさだけじゃなくて、優しさや相手の成長を鑑みた厳しさがあって初めて、前に進むんですよねぇ。
その意味で、医者や翻訳者が持っている「論理、正しさ、本質、真、客観」のような類のものは「縦の糸」で、一方には強いけど、他方にはすごく脆い時があります。
横糸に、「やさしさ、あたたかさ、厳しさ」をミックスしたら、サスティナブルでしなやかな存在になれないかしら。(縦の糸、横の糸ときたら、あの名曲が頭の中を流れますね)
なので、三つ目の役割は、「母的存在」です。「女性」というような生物学的な性の意味ではありません。これはちょっと私の好みが入っているかもしれませんが、ラピュタに出てくる「40秒で支度しな」のドーラみたいな感じです。
人の成長を鑑みたやさしさ、あたたかさ、厳しさが横糸として加わって、専門家はより強い存在になれる気がします。(「強い」というのは、何によっても動かないぞー!ゴゴゴという感じというより、しなやかさ、レジリエンスってイメージです)
やっていることではなく、何を目指してどうやっているかが大事
高い技術を持って、経営と現場を結んでいるドーラ。
専門職の役割は何ですか?と聞かれたら、答えはこれです。(なんだそりゃ)
でも、「今やっていることは自分の何になるのか、自分はどこへ向かっているのか」と迷い子だったその頃の私は、「具体的にやっている仕事内容は高尚だろうが雑事だろうが何でもいい。全てにおいて、こうやって出来上がった3つの役割を目指して、それに基づいた行動をすればいいのね。」と、納得し、安心しました。(これを書きながら、リーダーとしての役割もこれに近いのかも、と思い当たりました)
それにしてもそれにしても、この3つの役割を担っていくって、なんて難しくて、そして美しいんでしょうね。進み甲斐がありますね、はぁ。
理想とのギャップにあゆみが止まってしまいそうですが(←お得意の)、あっちへふらふら、こっちで休憩しながら、ボチボチいこうと思います。
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