前回までの流れ
事業開発における参入領域を探すフェーズでは、前回・前々回の記事で「投資家の嗜好性を探る」重要性を説明しました。
1-1. 投資家の嗜好性把握 (前編) - 事業開発の実務 - Karman Line
1-1. 投資家の嗜好性把握 (後編) - 事業開発の実務 - Karman Line
併せて、その理由は社内起業家や事業開発担当者にとって投資家・スポンサーは「所与の条件」であるためと述べました。
所与の条件を理解したら、続いて自分たちの置かれている状況を把握するために「環境分析」を行います。
環境分析
環境分析とは、前述の通り自分たちが置かれている立場を客観的に理解するために行います。一応、それっぽいサイトの解説も引用しておきます。
環境分析とは、企業を取り巻く内部・外部の経営環境を分析すること。
競合を制するためには、的確な環境分析が欠かせない。状況を正確に把握し、必要な情報を取捨選択し、それらを深い洞察力をもって解釈することにより、市場の機会と脅威を見出し、戦略課題を抽出するのである。
環境分析は、大きく外部分析と内部分析に分かれる。このうち、外部環境である顧客分析(Customer)と競合分析(Competitor)、および内部環境である自社分析(Company)の3つをまとめて3C分析と呼ぶ。 これに、外部環境分析であるマクロ環境分析を加えた4つが、主な環境分析である。
環境分析とは・意味|MBAのグロービス経営大学院
環境分析は、プロパー社員が自社について行う場合と、クライアントワークや中途入社で土地勘のない業種・業界にアサインされた担当者が行う場合で若干目指す部分が違います。
事業開発を行う企業のプロパー社員が行う場合
客観的分析により内部環境に対する経営陣・社員が持つバイアスを中和するとともに、社内の事業開発に対する合意形成を行いう易くします。
言うなれば、事業開発の必然性について合意を取る、ということです。
クライアントワークで行う場合
クライアントとの間で前提情報のすり合わせという意味で非常に重要です。
このステップを省くと事業開発の「WHY?」、つまり「なぜわざわざリスクを負ってコストをかけて、自ら新しい事業を開発するのか」の部分が揃わないので枝葉末節の議論で折り合いがつかない時にその原因を認識できません。
スタートアップが行う場合
スタートアップの場合は投資家にアピールするための自分たちの強みや、売り込むための世の中のトレンドなどを確認しておくと良いかもしれません。
使用するフレームワーク
私はだいたい SWOT分析 (参考 : Wikipedia) と PEST分析 (参考 : リコーのマーケティング) で済ませます。
3C分析やファイブフォース分析 (参考 : Wikipedia) はどちらかというと既存事業、既存市場を狙う場合に有効だと考えており、新規事業開発ではあまり使いませんでした。そもそも参入領域も不明で、競合が何になるか不透明なのが事業開発なので、あまり具体的な分析は検討初期段階にはフィットしません。
SWOT分析
「SWOT」でググるとたくさんでてきますので、あまり細かい説明はせずポイントだけ解説します。
SWOT は 以下4つ単語の頭文字から成り、内部環境と外部環境をそれぞれ ポジティブ / ネガティブ で切った四象限のマトリックスです。
- Strengths (自組織の強み)
- Weaknesses (自組織の弱み)
- Opportunities (外部環境に存在する機会)
- Threats (外部環境の変化による脅威)
本ブログでこれまで何度か指摘してきているように、社内起業家が行う事業開発は投資家・スポンサーを後から変更することができないため、前提条件である内部環境や、投資家・スポンサーの置かれている外部環境を理解することは非常に有用です。
「分析」というとなんだかおおごとな印象を受けるかもしれませんが、やることはシンプルです。あまり時間をかけず、サクッと終わらせるようにしましょう。
例として、2012年頃、ガラケー向けプラットフォームから iOS や Facebookゲーム市場が勃興してきたころの DeNA のSWOTを想像で作ってみました。
コンサルや受託開発の現場では、営業フェーズで他社 (クライアント) のSWOTを作ることも少なくありません。IRやプレスリリース、市場調査などの情報を元に、内部環境を想像することも練習になります。
基本的には事実に基づいた分析を行うフレームワークですので、できるだけ客観的な数字や根拠を集めるようにしましょう。
何のためにSWOTをやるのか
ここは繰り返しになりますが、事業開発を行う背景について投資家・スポンサーと認識を揃え、これから企画する事業の必要性・正当性の根拠を求めるために行います。端的に言えば「やらなければならない理由作り」です。
「やらなければならない理由」はポジティブ・ネガティブどちらもあります。
前述の例を前提に考えるならば、「モバイル環境が国内・海外どちらも伸びているので○○事業をやるべき」という提案にもできますし、「新しいプラットフォームでは既存の利益率を維持できないため、対策として○○のような事業をやるべき」という提案にもできます。
いずれにせよ、「担当者であるあなたが単にやりたい」のではなく「会社としてやるべき大義が合理的に説明できる」ことが大切です。
PEST分析
PSETは、以下4つの単語の頭文字から成り、事実に基づいた外部環境の分析になります。
- Politics(政治)
- Economy(経済)
- Society(社会)
- Technology(技術)
外部環境という意味では、SWOTの Opportunities と Threats を政治・経済・社会・技術の切り口から分解したものという見方もでき、この2つの対象領域は重複します。
詳しく解説しているブログがあったので紹介しておきます。
PEST分析のやり方とコツを事例で学ぶ | マーケティング用語集
事業開発において、それぞれの領域がどのような意味を持つのかについて解説します。
Politics
新規事業と政治はあまり関係がないように思われるかもしれませんが、参入領域によっては非常に重要になってきます。
例をいくつか挙げます。
ヘルスケア
健康系のメディアや、健康食品販売、ヘルスケア系アプリ開発などでは薬事法について調べることが多いでしょう。
近年では、従来の薬事法が改正されて「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下、医薬品医療機器等法)」となり、2014年11月25日に施行され特定のソフトウェアが薬事法の規制対象となりました。規制は、新規ビジネスにとってネガティブに働くこともあれば、既存事業者には参入障壁として有利に働くこともあります。
また、労働安全衛生法の一部を改正する法律により新たに設けられた制度により、2015年には事業者に労働者のストレスチェックと面接指導の実施等を義務化され、関連市場が立ち上がりました。
このように、法改正によって影響を受けやすい業界は関連省庁や委員会の動向を調べ、脅威を避け機会を得られるように立ち回りましょう。
金融
Fintechに沸く金融業界も、規制に注意の必要な業界です。
例えばクラウドファンディングは金融商品取引法 (金商法)、保険の販売サイトなどでは保険業法 などに関する基礎知識と動向を抑えておく必要があります。
中でも、仮想通貨に関する行政の動向はこの数年動きが活発になってきており、金融庁のWEBサイトなどで現状を把握するだけでなく、有識者に今後の見通しをヒアリングするなどの基礎調査は必要でしょう。
自動車産業
Anyca のようなC2Cカーシェアや、Smart Drive のような運行管理サービス、私が以前担当していた NOREL など、新ビジネスの勃興が目立ち始めた自動車産業ですが、道路交通法を始め、国交省の認可事業 (自家用自動車有償貸渡業等) 等、巨大産業だけに関連する規制も多いので調べておいた方がよいでしょう。
また、自動運転関連ではジュネーブ条約やウィーン条約の改正も議論されており、国際動向が注目されています (以下、参考記事)。
他にも、2000年代に総務省の勧告によりSNSでやり取りされるメッセージの有人監視が義務付けられたり (C向けSNS業者の多くがコスト増や撤退を余儀なくされ、長期的にはFacebook や LINE の活性化につながった)、新しいビジネスは規制緩和や規制強化の影響を受けやすいです。
サービス開始後に足元をすくわれないよう、しっかりと状況を把握しておきましょう。
Economy
事業を興そうと企てる限り、経済状況の把握は間違いなく必要です。
国際的なビジネスであればマクロな経済環境、国内をターゲットにするのであればマーケットのセグメント別に経済動向を把握しておきましょう。
Society
社会の動向というのは切り口も多く捉えどころの難しい観点ですが、例えば震災後の社会における意識の変化 (第2節 震災後の国民意識の変化 - 国土交通省) や、SNSの普及やデジタルネイティブの感受性の違いといった大きなトレンドは抑えておいた方がよいでしょう。
Technology
テクノロジーの変化は新しいビジネスの呼び水となるので、常に注目しておくべき領域です。
事業開発では、前提条件 (投資家の嗜好性や自社の立ち位置) によってある程度対象を絞って継続的にウォッチします。
自動車産業の例
例えば、自動車産業であれば「自動運転」というひとつのトレンドがあり、テクノロジーという粒度だと、ディープラーニング (画像認識) 、強化学習 (ソフトウェア) 、GPU/FPGA (大規模並列処理)、ビッグデータ (プローブ情報活用)、IoT (クルマが Thing なので)、エッジコンピューティング (路車間通信) 、などに分解することができます。
テクノロジーは世に出るため、産業・ビジネスとの邂逅を待っています。ビジネスサイドからのアプローチは歓迎されることが多く、新しいコラボレーションが生まれる可能性もあり、実現すれば差別化にもなるので積極的に探索したいものです。
まとめ
今回、環境分析は、自分たちの置かれている環境を俯瞰して把握するという実質的な効果の他に、投資家と目線を合わせ、「事業をやる理由・必然性」を合理的に説明する目的があるということを説明しました。
また、事業内容の確定前段階では事実に基づいた整理・分析が主であり、最低限 SWOT と PEST をしておけば十分であろうという提案をしました。
環境分析はあくまでも事実の俯瞰的な確認なので、あまり深入りしたり、細かい部分にこだわることなくスピーディーにさらっと終わらせるべきと考えます。
一方、環境分析でそこそこ広く浅い調査・分析をしていく中で、有力な参入領域が見つかることも少なくないものです。調査に使えるリソースもコストであり、有限であることを自覚し、鵜の目鷹の目を使い分けて効果的にビジネスチャンスの探索を行えるよう心がけましょう。