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最悪のシナリオ(2)

その日、私は異様な轟音で目が覚めた。次の瞬間、あらゆるものがその上下を失い、体の自由が失われた。どれくらい時間が経っただろう。どこかで目覚まし時計の音が鳴り、隙間から光が漏れて来た。朝だ。

気が付いた私は、崩れた家の瓦礫の隙間から必死の思いで這い出した。骨にヒビでも入ったか、動く度に強い痛みが走る。とにかく何とか助かった。奇跡的だ…だが、安堵の吐息を漏らす間もなく戦慄が走る。妻は、息子は、どこだ。狂気のように妻と息子の名を叫び、瓦礫を蹴散らす。しかし、生身の人力で、できることなど知れている。大きな瓦礫は動かせない。無力感と絶望が漂う。

そのとき、少し離れた所から、かすかに女の声がする。妻か? 場所を怪訝に思いながらも駆け寄り、瓦礫の下を覗き込む。生き埋めになった女性の後ろ姿が垣間見える。呼びかけても返事は無いが、モゾモゾ動き、小さな声で何か言っている。あの位置なら、小さな瓦礫を幾つか取り除けば何とか辿り着けるだろう。とにかく生きているなら、助けなければ! 痛みに耐え、瓦礫を除け、隙間に体を滑り込ませた。そして近くで女性を見たとき、全身に悪寒が走った。

女性は生き埋めのまま、笑顔で何かの説明をしていた。いや、女性ではなく、人間そっくりのアンドロイドだったのだ。悪寒の次に強烈な怒り、そして、頭痛と吐き気が襲ってきた。慌てて隙間から這い出し、怒りに震え、痛みに耐えながら、妻と息子を捜し続ける。捜し続ける。私が埋まっていた場所の近くの瓦礫を一つづつ取り除き、掻き分け、捜し続ける。

そして見つけたのは、血の流れた跡。しかし、その先を辿ろうにも、人力ではびくともしない巨大な瓦礫に阻まれ如何ともし難い。声を枯らし、何度呼びかけても返事は無い。疲れ切り、万策尽きて、へたり込む。私の研究は何だったのか。こんなことなら、もっと努力して、あと数年早く人型重機を市場に出せていたら、今ここに助けに来ていたかもしれないのに。人型重機なら、この程度の瓦礫は容易に取り除けるのに。後悔の言葉を百万回繰り返しているうちに、疲労と痛みで、意識が遠くなってきた…

再び気が付くと、救助隊が来ていた。隊員に、妻と息子が見つからないことを必死で訴える。「今の装備では、残念ですがどうしようもありません。近くで火災が発生しています。ここも危険です。速やかに避難して下さい」「妻と息子がまだ埋まっているかもしれないのに離れられるか!」「もしかしたら、先に避難されたのかもしれませんよ。とにかく、ここは危険です。早く!」

確かに、災害時には自身の安全確保を最優先することがセオリーだし、私が気を失っている間に先に避難した可能性はゼロではない。何より、このままここに留まっても、無力な私にできることはもう何もないのだ。断腸の思いで避難所に向かう。

避難所は、逃げ延びてきた人々で溢れ返っていた。知っている顔も幾つかある。「妻と息子を見ませんでしたか」片っ端から声を掛けるが、この混乱の中で手がかりがあろうはずもない。やはり居ないか…崩れた家に戻ろうとして人の少ない廊下に出たが、悪寒、無力感、疲労、苦痛に悲鳴を上げる身体が言うことを聞かない。ばったり倒れ込み、しばらくしてやっと身体を起こした。するとそこに、誰が持ち込んだのか、小さなオモチャロボットが立っている。

これは確か「世界的ロボットクリエイター」がデザインしたとかでバカ売れした「コミュニケーションロボット」のシリーズだ。そういえば、こいつには伝言機能がついていたはずだ。こんなところに意味有りげに置いてあるのだ。何か少しでも、妻と息子に繋がるメッセージは無いか。藁にも縋る思いで起動してみる。

「オツカレサマ〜」間の抜けた声。普段なら「癒される」のかもしれないが、今は神経を逆撫でされるだけだ。怒りを抑え、「伝言」と訊いてみる。「デンゴンハアリマセン」。そうか…仕方が無い。やはり戻ろう。そう思ったとき、何の音を拾ったのか、「ツカレテルミタイダネ〜ボクガダンスシテアゲルヨ。イッショニオドロウ!ゲンキニナルヨ!」場違いな音楽に乗ってそいつは踊り出した。

私の身体の中で、凶悪なカタマリが見る見る膨張し、殺意と言っていい感情が私の脳を支配した。次の瞬間、私はオモチャロボットを、力の限り叩き潰していた…

最初の「最悪のシナリオ(1)」を書いてから、五年近くが経ちました。私の研究室では多くの技術が蓄積し、ほとんど実用レベルに肉迫しています。必ずしも広い理解は未だ得られていませんが、プロジェクトとして形を成してきています。しかし未だに人型重機は実用化できていません。

その間に私は父となり、私の最悪のシナリオは変化しました。自分が無力なばかりに妻と息子を助けられなかったという記憶を抱えながら、自分だけが生きていく。もしそうなったら、精神は崩壊し、まともな人格を維持することは、もはや困難でしょう。

そして私が人型重機を実用化できずグズグズしている間に、まるで人間のようなアンドロイドや、カワイイオモチャのコミュニケーションロボットが台頭してきました。それはロボット工学者が目指すべきロボットか? インターネットに接続して天気を教えてくれるロボット? テレビや照明のスイッチをつけてくれるロボット? みんな、そんなロボットが欲しいのか? 本当に? 私は、そんなロボットは要らない。この峻烈なシナリオを回避させてくれる強いロボットを、私は、涙が出る想いで熱望しています。

  真に役立つロボットに必要な機能は
 「癒し」や「コミュニケーション」などではなく、
 「力学的機能」に尽きる。

私はそう信じています。無力な私をカワイイ仕草で慰め、癒すロボットなんて要らない。無力な私に文字通り「力」を与えてくれるロボットが欲しい。そのロボットに私が搭乗し、巨大な瓦礫を軽々と蹴散らし、愛する家族を助け出す。そのために、私は人型重機を造る。

人機ウェブ:人機一体社 公式

▶︎ 2013/05/27(月)17:32:00 = uploaded 
▶︎ 2013/05/30(木)20:16:00 = revised 
▶︎ 2018/01/03(水)12:16:27 = last revised 
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