今回は、インフォメティスで海外事業や国際標準化活動を推進し、2021年10月にはその活動が評価されIEC(国際電気標準会議)1906 Awardを受賞したJoshさんにお話を伺いました。本記事では、インフォメティスの推進する国際標準化活動に焦点を当て、活動内容や現在の状況について紹介したいと思います!
Josh Honda
2014年入社
ドイツ生まれ、欧州生活25年のうちソニーで合計15年赴任。大学3年時にイギリスに語学留学し、国際的なビジネスに興味を持つ。ソニーに入社しディスプレイ製品を中心に経理、国際仕入、販売会社管理、マーケティング、物流、商品企画、新規ビジネスなど幅広い業務経験。インフォメティス設立当初はボランティアで参加し、アマゾンジャパンを経て入社。社内では週一ペースで英語講座を主宰し、国際的視野を紹介している。
NILM産業を世界で成長させる。国際標準化への挑戦
――この度は、IEC1906 Award受賞おめでとうございます!そもそも、なぜインフォメティスは国際標準化に向けて取り組んでいるのでしょうか?
国際標準化に取り組むことは、産業全体を健全に成長させるためと自分たちが市場から排除されないためといった2つの役割があります。インフォメティスでは、NILM(ニルム)という世界が注目する最先端技術を産業として育てていくために国際標準化活動に取り組んでいます。
NILMとは、Non-Intrusive Load Monitoringの略で日本語では「非侵襲型負荷モニタリング」と言います。家全体の総消費電力計測から詳細な特徴や時間変化をAI分析することで、「いつ、どの家電が使われたか?」といった情報を推定する技術です。世界中で研究されている技術ですが、最先端が故に商用化の事例はまだまだ少ないんです。日本では私たちが先駆けて商用サービス化に成功し、東京電力パワーグリッド株式会社と合弁会社(株式会社エナジーゲートウェイ)を設立するなど、NILMをさまざまな分野に役立てようと取り組んでいます。現在も進めている数々のプロジェクトの知見を活かし、世界のNILM産業を盛り上げていくために国際標準化活動を行っています。
また、日本でどんなに商用化が進んだとしても、他の国の企業が主導してNILMを国際標準化してしまうことで私たちの技術が活かせなくなってしまう可能性もあります。各国でバラバラな製品の構造、性能や技術の規格を世界で統一することで健全な産業促進と消費者を守るのが国際標準ですから、国際標準で排他されてしまうと私たちの技術は幅広く貢献できなくなります。そうした事態を防ぐためにも主体的になって活動しています。
ーー国際標準化活動に取り組んだきっかけはあるんでしょうか?
私たちがソニー出身者が立ち上げたベンチャー企業で、ソニーの遺伝子が組み込まれているからと言っても過言ではありません。ソニーでも、世界で戦うための重要な戦略の1つとして国際標準化活動に取り組んでいました。ほとんどの場合、何年もかかり多くのリソースを割く大変なプロジェクトなので、ベンチャー企業が取り組むには荷が重たいです。同様に、世界の他のNILMベンチャー企業もこのような取り組みはしていません。しかし、私たちが未開拓な領域でビジネスを進めていく中で、将来を見据えたNILM市場の成長のためには国際標準化活動が必要だという想いで2017年から取り組みました。そのタイミングで経済産業省の「省エネルギー等に関する国際標準の獲得・普及促進事業委託費(省エネルギー等国際標準開発(国際電気標準分野)」に採択されたこともあり、日本で一丸となって国際標準化活動を推進できることになりました。
3年間でNILMに関する国際標準文書の発行。功績が認められIEC1906 Award受賞
――国際標準化活動について教えてください。
電気や電子技術に関する標準を定めている国際機関がIEC(国際電気標準会議)で、1906年に発足しました。わかりやすく言えば「電気技術における国連」みたいなものです。172ヶ国から2万人以上のエキスパート(主に企業からのボランティア)が参加してルール作りをしています。IECの国際標準には3段階あります。TRと呼ばれる技術報告書(Technical Reports)、TSと呼ばれる技術仕様書(Technical Specifications)そして最も厳しいのがISと呼ばれる国際規格(International Standards)です。私たちは3年間の取り組みで2段階目のNILM-TSの発行に至りました。(正式名称 IEC TS 63297:2021)
当初は1段階目のTR発行を目指していました。TRは「こんな新しい技術がある」と世界中に紹介できる文書のことです。当時もNILMはまだまだ認知度がほとんど無く、社会的に認められるためのお墨付きが欲しい、そんなところからのスタートでした。
――TS発行まではどんな道のりだったのでしょうか?
NILMを広めるために1番最初に目を付けたのは、NILMに必ず必要な電力計測器です。IEC/TC85(電磁計測の専門委員会)の議長が来日した際、NILMのコンセプトを説明し国際会議で議論させて欲しいと訴えました。そして、2018年1月にベルリンでの国際会議にゲストとして参加し、NILMについてプレゼンテーションをしました。当時は、参加していた各国の古参のエキスパートたちは私たちの説明に半信半疑のようでしたが、「とりあえずやってみよう」ということで、TC85WG20というIECの国際作業グループでの活動をスタートさせることができました。
しかし、計測器に長年携わる経験豊かなエキスパートたちにとってNILMという概念は新しく、その価値を十分に伝えることは難しい挑戦でした。ましてや、正確に測ることが至上命題とされる彼らの世界に「人工知能を使って主要家電の消費電力を推定する」ことは邪道と思われる可能性もありました。幸い、私自身が欧州生活が長かったこともあり、英語やドイツ語を使いながら各国のエキスパートとコミュニケーションを重ねることで、少しずつですが、NILM産業が成長した時に彼らが属する会社の計測器市場も拡大する可能性が大いにあると理解してもらえるようになりました。
――コミュニケーションの積み重ねが各国のエキスパートを動かしたのですね。
TR(標準報告書)の発行でも通常3年は絶対にかかると言われていましたが、2年目の後半には「TR(標準報告書)ではなく、NILMビジネスを見据えたTS(技術仕様書:技術的な仕様を定める形式)にしたらいいんじゃないか」と、議長国のフランスから逆提案があり、3年目にNILM-TSの作成に取り組むことになりました。その時は、ずっと片想いで気持ちを訴え続けているうちに、ついに相手の方から告白されたかのような心境でした。
NILM-TSでは測定器のスペックの定義を行いました。電力測定器では、データ測定の粒度、取得の頻度、データの大きさの3つの要素がどんな計測器でも共通した点であり、これらを元にクラス分けを行いました。クラス分けというのは自動車を例にすると、普通自動車、小型自動車、軽自動車といったように構造や性能で分類するものです。計測器のクラス分けが実現すれば、これを元にどのようなNILMが可能なのかを連想しやすくなり、ビジネスへの展開を加速化できます。
そして何度も国際会議を経て、最終的には、参加国の100%の賛成票でNILM-TSが発行されることになりました。当初は懐疑的だった他国のエキスパートもNILMビジネスの可能性について理解してもらえるようになり、その将来性に期待をしている結果だと思います。
――この活動の成果がIEC1906 Awardに繋がったのでしょうか?
IECの1906 Awardは、国際標準化活動における取り組みそのものを表彰するものなので、若いベンチャー企業がNILMという斬新な技術を持ち込んで短期間で成果に結びつけたことが評価されたのだと思います。
この受賞は私個人の名前で頂きましたが、本活動においては経済産業省のご支援、日本電気計器検定所(JEMIC)や国立研究開発法人産業技術総合研究所からのサポート、国内の検討委員会にご参加いただいた関係者各位の皆様に支えていただけたからこその結果ですので、本当に大変感謝しています。
世界中にNILMビジネスの可能性を認知。国際規格発行に向けた次の道のり
――今後の国際標準化活動について教えてください。
次の3年間では、世界中のNILMに取り組む企業からビジネスの実例を集めて発行することを目指しています。「NILMにはこんなビジネスの可能性があるんだ」「世界ではこんなビジネスが成り立っているんだ」と知ってもらい、具体的なビジネスを推進するためです。
NILMのような最先端技術にとって国際標準化は壮大なテーマで、すぐに最も厳しい国際規格の発行となるようなものではありません。世界各国のライバル企業とも是々非々で交渉しながら、可決に必要な票を着実に確保しないといけない困難なチャレンジです。
しかしながら、全く経験のないところから3年かねてNILM-TSの発行を実現し、IEC1906 Awardを受賞したことは自信に繋がりました。今後も、インフォメティスやNILMを広く認知してもらい、ますます企業として成長し、日本の最先端技術の世界展開していけるよう国際会議の中で旗を振って推進したいと思っています。
――ありがとうございました!
NILM-TSの購入先:https://webstore.iec.ch/publication/66131