Gunosyでは、2017年より豊橋技術科学大学の吉田光男助教と共同研究を行っています。2018年12月には、チリやシアトルで開催された国際学会「IEEE BigData 2018」にて、クリックベイトやフィルターバブル、エコーチェンバーに関する発表を行いました。今回は、お二人の共同研究や、企業と大学の産学連携という大きなテーマについてお話を伺います。
■吉田 光男氏(写真右)/豊橋技術科学大学 助教
筑波大学第三学群卒業、同大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。学部在学中にロボット型ニュース検索エンジンCeek.jp Newsを開発し、2006年に有限会社てっくてっくを創業。2011年より日本学術振興会特別研究員(DC1)、2014年より豊橋技術科学大学大学院工学研究科(情報・知能工学系)助教。現在は教育研究に従事し、ウェブ工学、計算社会科学、自然言語処理を専門とする。
■関 喜史(写真左)/Gunosy 共同創業者 技術戦略室
東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2011年度未踏クリエイター。大学院在籍中にGunosy(グノシー)を共同開発し、2012年当社を共同創業。創業期からニュース配信ロジックの開発を担当。現在は研究開発に従事し、推薦システムを中心としたウェブマイニング、機械学習応用、自然言語処理応用を専門とする。
難題かつ未知な課題に挑む意志を示す
- まず関さんにお伺いします。企業として、なぜ研究開発に注力するのでしょうか?
関:目的は主に二つあります。一つは中長期的な課題に取り組むため、もう一つは会社の技術ブランディングです。Gunosyは「数は神より正しい」という行動指針のもと、高速PDCAを回し、課題の改善を得意とする組織です。一方で、中長期的な課題は実装コストの高さや、効果の見積もりづらさ、計測の難しさから、取り組みづらいという側面があります。そのような取り組みづらい、しかし取り組むべき課題に対し、研究という名目で切り込んでいます。また、私たちは研究結果の良し悪しに関わらず、社会還元のために「論文を発表すること」に重きをおいていますが、これは、難題に挑み、かつ機械学習及び関連分野の技術に対し、深い理解をもって投資している会社であると対外的に示す機会にもなり、採用にも効果が見込めます。会社の基礎的な技術レベル向上や技術ブランディングにも通ずるだろうと考えています。
- Gunosyの研究開発チームとしては、具体的にどのようなことを行っているのでしょうか?
関:注力ドメインであるメディア事業と広告事業、それぞれに対して研究テーマがあります。メディア事業は、ニュース推薦システム上でのユーザー行動というテーマで、記事の品質向上、メディアとしての価値向上という目的があります。推薦システムにおいて「ユーザーが限られた情報しか見なくなってしまうのではないか」という仮説がありますが、現時点で詳しいことはまだわかっていません。私たちは推薦システムを用いてメディアを展開している企業として、どのようにユーザーの役に立てるのか、フィルターバブル*1やエコーチェンバー*2と呼ばれる問題を含め課題はあるのか、あるのであればどう解決すべきかということを明らかにしていかなければなりません。
推薦システムでは、ユーザーがクリックしたニュース記事を元に別のニュース記事を推薦していますが、ニュースというのは、ユーザーが商品やレストランのように星をつけてレビューをする訳ではなく、満足度を測ることが難しいという課題があります。クリックされているからといって、良いニュース記事だとは限らないのです。そこで、「クリックされやすいが、ユーザーの期待に応えていないニュース記事」、いわゆるクリックベイト*3の特定方法についての研究にも注力しています。
広告事業に関しては、広告クリエイティブに関連します。運用側は、ユーザーに興味をもってもらうために、大量のテキストや画像を人手で作成しており、そのサポートをするための研究です。クリエイティブのテキストから広告の良し悪しを機械が判断し、CVR*4が高い広告テキストの作成を可能にする技術の研究に取り組んでいます。実現すれば、運用側の入稿プロセスの効率化や、ユーザーへより良い広告を表示させることに繋がるのではないかと期待しています。
このように各事業から研究課題を設定していますが、短期的な事業への応用ではなく、上述したように論文化して国内外の学会で発表するということを目的に動いています。短期的な事業への応用を目的にすると、どうしても腰を据えて研究に取り組むことができなくなります。テーマは実務に即したものを目指しつつ、成果については、中長期的に論文の投稿で評価するという考えです。
企業と大学における共同研究の意義
- お二人の共同研究についてお伺いします。具体的に、その意義や研究方針についてお聞かせください。
関:共同研究の意義は、研究コミュニティにおける発信方法の習得にあると感じています。学会発表自体は2012年頃から毎年行っていましたが、適切に研究コミュニティへ発信できているかと言うとそうではありませんでした。研究に注力していることを示すには、査読付きジャーナルへの論文投稿や、受賞、国際コミュニティへの参加等が必要ですが、それを一人で行うには限界があると感じていました。そんな時に出会ったのが吉田先生です。吉田先生からは、研究をどのように論文化し、アウトプットすべきかということや、コミュニティの選び方や情報発信のポイントまでアドバイスをいただけますし、ニュースやデータ分析に知見がありつつ、最も取り組みたい課題であった計算社会科学のコミュニティで活躍されているので、その知見を活かしたサポートをしていただいています。
吉田先生:共同研究では、データを活用して研究成果を出し、社会に還元していくというのは当然目的としてありますが、まずは企業と大学でチームをつくり、研究体制を整えるということを行っています。近年多くの企業が研究に意欲的ですが、まず何をすべきなのか、どのようにアウトプットしていくべきなのか、というはじめの一歩がわからない状態であることがほとんどです。Gunosyでも、今は体制作りや学会発表のスケジューリング等を私がサポートしていて、関さんと非常に良く連携できています。
- 重視している「論文発表」について詳しく教えてください
吉田先生:論文は内容もさることながら、書き方や発表場所も重要です。内容に応じた発表場所を選定し、発表できる完成度まで仕上げられるようにサポートしています。何かの製品も、作ろうと思えばずっと作り続けられますが、いつかはリリースしなければいけません。論文も同じです。より良い成果のために、ずっと研究し続けることができますが、研究し続けて発表しないのではなく、投稿のタイミングを適切に判断することが重要です。企業の中でそれを判断できる人が一人は必要で、数年経験を積むことでその判断ができるようになると思っているので、そこまで伴走するのが現在の私の役割だと考えています。企業と大学の共同研究では、時間がなくて結局進まない、論文も出せないというケースがよくありますが、我々は焦らず、まずは数年間という時間軸で進めています。
関:そうですね。私も学生時代に共同研究を行った経験がありますが、論文化しないケースはよくあったと思います。
吉田先生:あえて教員側や企業側が論文にしないこともよくあります。本来、論文は研究結果の良し悪しに関わらず書いていいものですが、ホームラン級の成果が出るまでは書かないという研究者もいます。また、企業ではブランディングの都合上、知名度の高い場所以外での発表に消極的なケースもよくあります。それに関して、私は小さな成果であっても知見を共有するために発表する方が良いという気持ちがあり、そのモチベーションが関さんと合致していて、上手くいっているんだと思います。
関:そうですね。「論文発表に投資できる組織」であることを示すという観点で、この一年間非常に良い成果を残せていると思います。
吉田先生:これくらいの結果で発表するのかと思われたとしても、それは発表に対する感度が高いと思ってもらえればいい。短期的な目標として、国際的なコミュニティに対して、ある程度定期的にアウトプットできる組織になることを掲げているので、当然トップを目指す研究も行っていきますが、国際会議に一度も投稿したことがないチームがいきなりそれを目指すのではなく、ステップを踏む必要があります。そういった意味ではいい感じで階段を上っていると思いますね。
関:この半年は論文投稿を目標にしていましたが、もう4回投稿できています。結構なボリュームを執筆していますし、これまで未経験だった国際会議の論文投稿も果たしました。吉田先生にサポートしていただくようになって、私自身、執筆ペースやスキルセットは非常に向上したと成長を実感しています。研究をする中で、誰かと共同で行っていることが良い意味でプレッシャーにもなっていると感じます。また、人工知能学会や言語処理学会など、Gunosyの領域に関係する学会に参加した際は、吉田先生と研究していると言うと、コミュニティに参加しやすく、それは非常に価値が高いことだと感じます。個人で発表したり企業としての学会スポンサーも行ってきましたが、信用度が全く異なります。
- 企業は、そのような研究コミュニティとどのように付き合うべきなのでしょうか?
関:研究コミュニティと企業は近い存在ではないので、中々難しいところです。学会スポンサーになればいいのかと言うと、そう単純ではありません。スポンサーが増えると、逆に学会側の対応コストが増えて大変だったりもします。研究コミュニティは発表と議論の継続で成り立っているので、企業側はそれを行う義務があると思います。「短期的なスポンサードではなく数年参加する」「スポンサーだけでなく発表や議論に参加する」ことが大事だと考えます。研究コミュニティは、「巨人の肩の上に立つ」文化、いわゆる全員で人を積み上げていく、全員のボランティアワークでコミュニティの維持ができています。企業がそれに対してきちんと支援し、なおかつそのコミュニティに参加する中で、自分たちのブランドを供述するということを考えていかなければなりません。少なくとも私はそのように取り組んでいきたいと思っています。
産学連携の肝は「期待値コントロール」にあり
- 企業と大学の産学連携について、上手くいくケースとそうでないケースにはどのような違いがあるのでしょうか?
関:上手くいかない理由は、9割程が互いの期待値コントロールの問題なのではないでしょうか。当たり前ですが、研究者は企業勤めの経験がない方が多いので、企業の意思決定フローが分からなかったり、企業側も、担当者が研究費やテーマ設定、研究者が求めていることや、進め方が分からないということがよくあります。吉田先生ははっきりしている方なので、可能不可能を明確に伝えてくれます。私たちは期待値コントロールがうまくできているので、順調なのだと思いますね。
吉田先生:大学側が押さえておくべきなのは、企業の意思決定フローを理解し、意思決定者と話すことだと思っています。当然企業は階層構造になっているので、いくら現場の人と意気投合しても、経営層に話が繋がらなければ、産学連携を進めるのは難しいでしょう。その点、関さんは会社の動きを理解した上で、経営層とコミュニケーションをとり、本人のビジョンも明確。責任ある立場としてスピーディーに物事を判断することもできるので、スムーズに研究を進めることができます。
‐ お二人の共同研究が順調な理由はそこにありそうですね。
関:そうですね。あとは、対等に会話ができることも要因の一つではないでしょうか。私は、会社のフェーズを鑑みて、同世代かつフラットな関係で議論ができる研究者と組みたいと考えていました。実際に、いま私が先生に教えを乞うという訳ではないし、吉田先生が私の顔色をうかがうこともない。相互に良い研究をする、良い論文を書く、そしてその本数を増やす。Gunosyという企業が研究開発に対してプレゼンスのある会社になる、そしてその意志を示すという目標に対し、目線を併せて対等にコミットできていることが大きいのではないでしょうか。
注視すべき、研究が経営にもたらす影響
- 今後の課題と、ネクストチャレンジについて教えてください
関:よりレベルの高い国際会議の本会議で発表を行い、研究全体のプレゼンス、質の向上を目指します。また、中長期的にはブランディングだけでなく、事業貢献もしていかなければならないと考えているので、現在取り組んでいる研究テーマ以外も育てていく等、探索的な活動も重要になってくると思います。
また、これは我々の会社だけでなく国内企業全体に対して言えることですが、今後、経営の意思決定にポジティブな影響を与えられる研究チームが必要になってくると思います。現在のコンピュータサイエンス領域は技術の進展が早く、革新的な新規事業は研究開発をベースに生まれているものも多いです。昔は、研究はあくまでも未来のことで、目の前の経営とは切り離して考えられていました。しかし現代においては、研究結果をキャッチアップし、今に活かさなければ、それらを武器とする競合他社や新規参入企業に圧倒的な差をつけられてしまう。優秀な研究チームを抱え、技術に関する未来の動向を理解した上で経営戦略を立案しているFacebookやGoogle、NetflixやAirbnb等の海外企業の躍進がそれを証明しています。今はまだ机上の空論でしかありませんが、実際に私も効果を出していきたい。それが課題でもあり、ネクストチャレンジです。
吉田先生:事業貢献という点では、そのような競合優位性の確立や売上への貢献だけでなく、研究は社会問題から身を守る盾になるとも言えます。私たちの研究内容は、社会科学から関わっているもので、最近では法規制やプライバシー、情報統制に関わるところもあるのではないかと思います。社会的な問題は、研究をしていく中でその芽に気づくことが多くあるのです。フィルターバブルやエコーチェンバーについても、少しずつメディアに取り上げられているものの、まだ本格的な問題になってはいません。しかし、今後大きな社会問題になるだろうと予測しています。企業はそれに対して何をしているのかと問われた時、今の私たちの研究は一つの楔(くさび)になるでしょう。
また、研究が全体的にフラットになることを望んでいます。同じ方向を目指している企業同士、複数社合同で大規模なプロジェクトを動かすことができたらなと思います。様々な壁はありますが、どんな障害を取り除けば、純粋に研究だけへの貢献として、大きな社会的チャレンジを実現できるのか思案しています。それが数年以内にできれば嬉しいですね。
以上で、今回のインタビューは終了です。お二人ともありがとうございました。
*1:「インターネットの検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断する機能」(フィルター)のせいで、まるで「泡」(バブル)の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなること
*2:自分と同じ意見があらゆる方向から返ってくるような閉じたコミュニティで、同じ意見の人々とのコミュニケーションを繰り返すことによって、自分の意見が増幅・強化される現象
*3:ウソではないけれども、PV獲得のために過剰なタイトルなどを使って集客すること
*4:広告がユーザーにクリックされた回数のうち、それがサイトの目標とされる購入や会員登録などの成果(コンバージョン)に結びついた割合
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