サンフランシスコから一時帰国したFacilo(ファシロ)のCTO、梅林泰孝さんの時間をおさえて本取材が行われた。まだ時差ぼけが残っていると言いながら特大のコーヒーを一口飲んで、「何から話しましょうか」と穏やかに言う。前回のインタビューは2023年に行われたもの。その後もFaciloは急成長を遂げ、エンジニアチームは一気に拡大した。インタビューから1年8ヶ月が経った今、改めてFaciloのエンジニアリング、組織、求める人物像について掘り下げていく。
PROFILE
CTO 梅林 泰孝さん
新卒でGoogleに入社し、検索品質向上チームに従事。その後、サイバーエージェントで「AirTrack」を開発責任者として国内最大の位置情報プラットフォームに成長させる。米国シリコンバレーでスマートニュースのテックリードを務めたのち、Facilo共同創業。現在もシリコンバレーを拠点に活動中。毎週金曜にピックルボールをやるのが楽しみ。
最近Xアカウント(https://x.com/ystk_u)を開設し、開発者向け情報を毎日発信中。
“創業CTO”だから持てる、中長期の視点で設計した開発環境
まず開発について話を聞く。Faciloの開発は驚くべき速さで進んでいる。しかし、意外にも梅林さんが挙げたのは「持続的」という中長期を意識したキーワードだ。
「サービス運用も、開発環境も、いかに持続的であるかを重視しています。サービス運用においては、単一障害点(SPOF)をなくし、特定のシステムが壊れても全体が止まるようなことがないように冗長化しています。技術選定においても、今あるエコシステムを最大限活用できるか、コアメンバーがいなくなっても運用保守できるかという観点を強く持っています。
組織についても考え方は同じです。属人化を防ぎ、その人がいなくなると機能しない状態を作らないようにしています。
また、働き方もメンバーにとって持続的であることを意識。例えば、不具合が出たら駆けつけるオンコールをできる限りなくせるよう、不具合が出ても再起動すれば自動修復できるようにシステムを設計。今のところSLA99.9%以上を達成しているので、私たちはオンコールのない平和な休日を過ごしています」
持続的なサービス開発や組織運営を目指す理由は、梅林さんがFaciloを中長期の視点で捉えているからだ。数ヶ月、1年といったスパンではなく、数年後を見据えてさまざまな意思決定をしているのだという。短期の成果を求められやすいスタートアップで中長期の視点を持てる理由をこう語る。
「私はCTOとして市川さんと一緒にFaciloを創業しました。そのため代表との関係がイーブンで、いわゆる上司と部下の関係ではありません。この関係性があるからこそ、単年での評価のプレッシャーを受けることなく、中長期で必要な開発や組織運用に集中することができるのです。
また、創業者は創業者間契約があるため株を簡単に売却できず、ポータビリティのあるストックオプション(以下、SO)を持つ社員よりも会社に縛られています。CTOが絶対辞めないという安定感はシステムやカルチャーに大きく反映されている気がします」
エンジニアの集中時間を遮る“コンテクストスイッチ”を減らす仕組み
“創業CTO”ならではの発想で編み出した、独特な働き方についても話を聞く。性善説に基づいた開発環境は、エンジニアの働きやすさを第一に考えて設計されたものだ。
「Faciloの開発はかなり特殊で、『マルチタスクアサイン』、『セルフサインアップ』、そして『チケットに納期を設定しない』方法を取っています。各エンジニアは、チケットの中からやりたいものを複数選び同時に開発。チケットにはプロダクトマネージャーが状況に応じてつけた優先度はありますが、納期はありません。これにより、エンジニアのアウトプットを中長期的に最大化することができると考えています」
梅林さんが語る理由はこうだ。チケットに納期がありそれを守らなければならない場合、開発を中断することが多くなり、作業時間が細切れになってしまう。プロダクトの機能をリリースする前には必ず第三者のレビューが必要であり、自分のチケット納期が厳しければ厳しいほど誰かのスケジュールに割り込んでレビューを依頼しなければならないからだ。
すると、レビューを行う側の集中してコードを書く時間に割り込みタスクが発生することになる。この、開発とレビューという異なる作業に頭を切り替える“コンテクストスイッチ”によりエンジニアリングの効率が下がってしまう。それならば、中長期的に稼働率を最大化できるよう、チケットに納期を設けず自分のタイミングでタスク切換えを行えるようにし、複数のタスクを同時進行できるようにすれば良いと考えたのだ。
「エンジニアにとって、脳をフルに使い、集中して作業できる時間はとても大切なものです。その時間に“コンテクストスイッチ”を作らないことで、中長期的に稼働率が上がると考えました。レビュー依頼の他にも、Slackなどの連絡には基本的に即時対応ではなくそれぞれ切りの良いタイミングで反応すればよいことにしています。代表の市川さんやビジネスサイドからの信頼のおかげでこれらを実現することができています」
エンジニアの効率を一番に考えた理想の働き方に唸らされる一方で、本当にそれで成り立つのだろうかという疑問が頭をもたげてくる。それには「性善説なので」とメンバーへの信頼を前置きした上で、スタートアップならではの理由があると返してくれた。
「スタートアップで働く醍醐味のひとつは、そのエコノミクスを理解して楽しめることだと思います。事業や組織を2倍、3倍、10倍、さらには100倍にスケールさせる経験を得ることができる可能性を秘めているのがスタートアップですよね。スケールするごとに技術的なチャレンジが発生するし、会社が大きくなるっていうことは社員に配っているSOもそれに匹敵するくらいレバレッジが効いてるってことですよね。その環境でサボるのは損じゃないですか」
“Facilo式”のフラットな開発組織を目指して
代表からCTOへ、そしてCTOからそれぞれのエンジニアへの信頼で成り立つFaciloの環境。ここまで自由かつ裁量が大きいと、気になるのは組織運営や評価制度のことだ。組織運営で梅林さんが目指すのはフラットで、コードを書く人が評価されるものだという。
「これまでの経験で、技術力が高い人がマネジメントだけを行うのはもったいないと感じることがありました。そのため、いくつもの階層を作って多くのマネージャーを必要とする組織ではなく、できるだけフラットな組織を理想としています。
一般的にマネージャーの役割は大きくふたつ、メンバーのパフォーマンスを上げることと、チームのパフォーマンスを最大化することだと思っています。どちらの役割も、ソフトスキルに依存するところが大きく、仮にそこまで技術に詳しくなくても担うことができると考えています。技術については詳しい誰かに聞けば理解できるし、全方向の技術に精通している人は稀ですからね。マネージャーは単にロールであり、エンジニアの出世とイコールではない。エンジニアは技術を語ってこその職種であり、その観点では技術あるエンジニアがあまり得意でないマネージメント業をするのは酷ですし、それよりも得意なことを伸ばしていきたいですよね。
また、“マネージャーのマネージャー”を置かない組織体制にもこだわっています。“マネージャーのマネージャー”となると、私の中ではあまり役割が明確にイメージできず、むしろエンジニアリングからより離れてしまう気がしてもやもやしています。また、事業の意思決定をするCTOまでの階層が近いことは、働く上での納得感にもつながります。なるべく私へのダイレクトレポートの数を増やし、最大でも"ふたつ上の階層にはCTOがいる”くらいの距離感にしたいですね」
これまで、数々の組織でエンジニアリングを担ってきた。そこで見てきた優れた制度や重ねてきた経験から、Faciloに合った組織運営を常に考えている。
「これまで、大型の組織で成功した組織運営が、必ずしも全ての組織でワークするわけではないということをキャリアの中で感じてきました。どこかの企業で成功したとしても、それは事例のひとつ。他社の事例や一般的な組織論を一通り学んだ上で、その本質を見極め、Facilo式の組織を開発したいと考えています」
数時間後にFacilo初のエンジニア採用イベントへの登壇をひかえているという梅林さん。そのために十数時間かけて帰国するほど、採用にかける想いは熱い。最後に、一緒に働きたいエンジニア像について聞いてみた。
「Faciloはフルリモート、フルフレックスなので非同期のコミュニケーションがメインです。同期的なミーティングは最低限にしているし、朝会ももちろんない。だからこそ口調や表情が伝わらないテキストコミュニケーションを上手に行える、チームへの思いやりを持ったエンジニアの方と働きたいです。いわゆる、“いいやつ”です」
一緒に働く人に“いいやつ”であることを求める代わりに、構築してきた組織や、これからの構想にはそれに対する責任が反映されている。
「“いいやつ”が“いいやつ”であり続けることは、実はとても大変です。そのためFaciloでは、“いいやつ”であり続けられるための仕組みや動機づけを用意しています。例えば、今日お話しした『チケットに納期を設定しない』こと。これはコンテクストスイッチによる稼働率の低下を防ぐだけでなく、“困っている人を助けやすい”環境を作るのにも一役買っています。チケットに納期がないので、突発的に発生するビジネスサイドからの相談やバグの修正依頼にも積極的に取り組める。そういったタスクもまたエンジニアのコアジョブであり、平等に重要なものと考えているからです。チケットの消化率を競う動機づけはありません。現在のFaciloで、個人を特定せず『@engineers』のメンションで質問が来ても、回答する人が固定されていないのはうまく機能している所以だと思います。こういう広範囲のメンションって回答する人が毎回一緒になっていたりしませんか?」
なるほど。これまでFaciloのエンジニアと関わる中で感じてきた、他に類を見ないチームワークや温かさや熱量は、この考えに基づき構築された環境で育まれたものだったのだ。インタビューの締めくくりに、エンジニア組織の魅力を改めてたずねると、「いいやつと働ける、広い権限、なんとなくではなくシステムをしっかり理解できる、伸びている組織に参画できること」と答えてくれた。
“いいやつ”として仕事をするのは容易いことではない。もしも、その原因が環境にあると考えている人はFaciloで働くことでそれを解決することができるかもしれない。事業の伸び、エンジニアリングおよびメンバーのレベルの高さ、そしてCTOの思いやりと熱量はすでに用意されている。