職場環境改善を目指し、2020年度までの残業ゼロ達成を掲げた日本電産。「誰よりも長く働く」ことを組織の強みとしてきた同社の永守社長の180度方針転換には、少なからず驚きを覚えたが、それだけに、その実践の歩みは、多くの日本企業への示唆に富んでいる。
その方針転換の裏には当然にして、経営合理性があると言う。日本電産の長時間労働には、立ち上げ時の「ある戦略」が背景にある。経営資源のない会社が、大企業と同条件に持てる資源は1日24時間という「時間」。ならばそれを最大限に使う、松下電器が1日8時間ならその倍の16時間働く、というものだった。そして転機となったのは、2000年代以降の海外企業買収(永守社長は比類のない企業買収の成功率の高さでも知られるが、それについては別の機会で取り上げる)を通して、海外の働き方に触れたことだった。労働時間が短くとも利益はしっかり出ている、北欧諸国等と日本にある労働生産性と職場環境の格差を目の当たりにして、「日本もそうしなければ世界で勝てない」と確信したそうである。
すぐにできるアクションで残業削減
永守社長の改革の進め方は非常に実務的である。はじめから、いきなりスローガンを打ち出すのではなく、まず実行して試したのだ。社外への公表前の社内検証で結果はすぐに現れ、上長の定時帰宅の声掛けといった“すぐにできるアクション”で残業時間は3割減、他の施策と合わせ、今期までに半分に減少した。残りの半分は容易ではないものの、可能だと確信した時点で「2020年までに残業ゼロ」を宣言した。
「朝まで働け」と豪語していた経営者の大転換に戸惑いが起こるのは当然である。生活への不安を声にした社員に対して、「残業ゼロは『生産性を世界のトップレベルまで高める』という目的への手段である。そのことで競争力と利益が増し、その結果給料もボーナスも上がる。むしろ、君たちの収入は上がるのだ。残業代で稼げる額の比ではない」と説いた。その上で社員からの意見とアイデアに向き合った。過去最大の反響があった中で目立ったのは、管理職が部下の残業の実態を把握しきれていないという不満だったようだ。また、残業時間削減で浮いた人件費の使途は、半分はボーナス、もう半分は研修等の教育投資で社内還元すると明確に示した。
長時間残業が障害となり管理職を断念していた優秀な女性の活用に向けては、女性社員から働きやすい環境へのアイデアを募り、その全てを承認した。その結果、在宅勤務、シフト出勤、直行直帰、時間単位の有休取得が導入され、現在の人事部長も女性が務めている。
道半ばながら大変革を進め、効果も見え始めている日本電産のケースから、残業代削減へのヒントを求めるとすると以下に要約される。
- 経営がこれまでの経緯を踏まえ、施策実現の意義を考え、信念を持つ
- 「スモールスタート」、まず取り組む
- 「目指す姿」と「社員還元」を社員に明確に示す(不安の解消)
- 自分のわからない所は任せる(女性社員の声の全面的反映)
- 自ら改革を実践
そして、「上司が帰らないから部下も帰れない」という状況の打破のため、永守社長自身が率先して早く帰るようにしたという。「社内の誰よりも働く」としていた夫の変化に、夫人は困惑したようだが、浮いた時間をトレーニングジムでの運動に当てたことで、眠りの質が上がり、仕事の能率が格段に上がるのを自らも実感したそうである。
文:鈴木一秀 シニアコンサルタント