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家業は継がず、技術だけを承継
節水市場を変えた製品はいかにして生まれたか

社会や企業の課題を取材・報道し、読者のみなさまの『知りたい』に答え、多様性をともに考え続ける朝日新聞と、常にReinvention(再定義)を続け、テクノロジーで社会を豊かにしていく日本HP。特集「生成発展」では2社がタッグを組み、日本の産業を支える中小企業の今と未来を考え、経営、ビジネスの視点を中心に経営者に寄り添った最新の情報をお届けする。

このシリーズでは、中小企業の多様性(ダイバーシティ)をテーマに、社会環境が激変するなか、中小企業経営にどんなパラダイムシフトが起こり、私たちの暮らしやビジネスがどのように変わるのかを全6回にわたって読み解いていく。

第5回は、会社や事業をそのまま承継するのではなく、コア技術のみを承継して新たな会社を立ち上げる、”ベンチャー型事業承継”でグローバルに打って出たDG TAKANO代表取締役高野雅彰さんに、その経緯を訊く。

文:ライター 山田井ユウキ
photo:伊原正浩

“節水率90%”——わずか10%の水流で従来の蛇口から出る100%の水流に匹敵する洗浄力を持つ節水ノズル「Bubble90」が、世界の節水市場にイノベーションをもたらしている。開発したのは高野雅彰さん。ベンチャー型の事業承継という新しいビジネスモデルのもと、デザイナーズ集団「DG TAKANO」を立ち上げ、代表取締役に就任。今まさにグローバルに打って出ようとしている。

高野さんは1978年、東大阪市の生まれ。当時、父親はガスコックを製造する町工場を経営しており、その技術力は世界最高レベルとして知られていた。「Bubble90」を生み出したのは、そんな父親から高野さんが受け継いだ加工技術だった。

ただし、高野さんが受け継いだのはあくまでも”技術”のみ。家業の町工場を継ぐことはなく、自身の会社であるDG TAKANOを創業。後に家業の町工場を吸収した。

会社や事業をそのまま承継するのではなく、コア技術のみを承継して新たな会社を立ち上げる——こうした事業承継を“ ベンチャー型事業承継”と呼ぶ。

なぜ高野さんはベンチャー型事業承継を選んだのか。家業を継いだ上で新事業として立ち上げるという選択肢はなかったのか。

「家業を継ぐつもりは一切ありませんでした」と高野さんは当時を振り返る。

「世界最高レベルの技術を持ち、父母は夜中までずっと働き詰め。それにも関わらず、生活はまったく豊かではありませんでした。そんななかで町工場を継ぎたいという子どもはいません。父親にも継いでくれたら嬉しいという気持ちは多少あったと思いますが、継ぐと大変だということもわかっていますから、僕の独立を応援してくれました」

家業を継がないという選択をした高野さんだったが、さりとて一般企業への就職にも魅力を感じていなかった。会社員は自分のやりたい仕事がやれるとは限らず、転勤や異動など会社の都合で自分の人生が動かされてしまうこともあるからだ。そもそも、働きたいと思えるほど魅力的な会社もなかったという。

「魅力的な会社がないなら、自分でつくるしかない。そう思って立ち上げたのが、DG TAKANOでした」

DG TAKANOの「DG」とは“デザイナーズギルド”の意味。世界中からプロフェッショナルな人材が集まり、それぞれの夢をかなえるために協力し合う組織(ギルド)、それがDG TAKANOなのだ。

高野さんが開発したBubble90は画期的なプロダクトだ。節水率は驚異の90%。特に節水の効果が大きい飲食業界からの引き合いが強く、世界的な水の展示会でも大反響を呼んでいる。注文は当初、DG TAKANO傘下となった父親の工場で捌いていたが、それではとても追いつかないため、現在はセブ島にも生産拠点を設けている。多拠点での製造となると懸念されるのが製品クオリティの低下だが、高野さんは進出を見越して4年前からセブ島に足を運び入念に準備を進めていた。おかげで製品クオリティも維持できているという。

東大阪の製造工場には、もともと父親の工場で働いていた従業員に加え、地元のパート・アルバイト、さらにDG TAKANOの外国人社員も勤務している。新旧社員が混在する環境は、ベンチャー型事業承継ならではだ。地元の職人と外国人社員というまったくタイプの異なるメンバー同士、うまくやっていけるのかが気になるところだが、それについては「まったく問題ない」と高野さんは言う。

「さすが大阪といえるのかもしれませんが(笑)、何の軋轢もなく溶け込んでやっていけているようです。一緒にバーベキューをするなど、楽しく交流しています。職場には世界中のお菓子が並んでいます」

それまで節水事業とは無縁だったのにも関わらず、創業からいきなり大成功を収めた高野さん。イノベーティブな製品を生み出す秘密は「デザイン思考」と呼ばれる思考法にあるという。

そもそもデザインというと、ファッションやイラストなど表面的な装飾のことだと思われがち。しかし、それは誤解だと高野さんは言う。

「デザインとは本来、設計という意味。課題を見つけて解決するのがデザインであり、そのための戦略を考えるのがデザイナーなんです」

デザイン思考は、課題の本質をとらえるところから始まる。たとえば「ダイエットが成功しない」という課題があるとして、その本質はどこにあるのか。「やり方が間違っている」のかもしれないし、「やり方は合っているが続けられない」のかもしれない。どちらが課題の本質なのか、それを見誤ってしまうと解決には至らない。まずは課題の本質をとらえ、その上で戦略を立てること、これこそがデザイン思考なのである。

「デザイン思考はイノベーションを起こすためのマニュアルなんです。デザイン思考を知らずにイノベーションを起こすことはできません」

かつて、日本の企業は米国生まれの電化製品などを改良し、かつ安価で販売することで世界のトップに躍り出た。しかし、そのビジネスモデルは、新興国が採り入れ、今では同じ方法では太刀打ちできなくなっている。だからこそ、デザイン思考を使った発想の転換に踏み出すことが重要だと高野さんは強調する。「アイデアを軽視せず、分析力と想像力で駆使することが必要なんです」。

そう語る背景には、世界トップクラスの技術力を持ちながら、倒産した企業を目の当たりにした経験も影響している。「東大阪に、テレビのブラウン管を作るのに、世界一の技術力を持っていた会社がありましたが、つぶれてしまいました。その技術は別のものに代用できたのかもしれません。同じ技術を一から開発したら、何十年もかかります。倒産する前に、当時の僕が何か考えられていたら・・・」。技術力を持っていることで満足するのではなく、その活用法を考えることこそが、今後、企業が生き残るために重要なファクターになる。

一つの武器になるのが、さまざまな「モノ」をインターネットでつなぐIoTだ。農業にIT技術を採り入れて効率的な栽培につなげるなど、多くの分野で取り組みが進んでいる。最先端のIT技術でなくても、他の企業を出し抜くことも可能な時代に入っている。「たとえば、運送業が製造業に闘いを挑むことができるんです。これまで崩せなかった牙城を崩せるかもしれません」と高野さんは話す。

Bubble90で節水市場の常識を根底から覆したDG TAKANO。しかし、同社は決して節水オンリーの会社ではない。「最初に参入したのが節水市場だっただけ」(高野さん)なのだ。世界にはまだまだ解決すべき課題が山積み。高野さんはすでに次のステージに向けて動き出している。

DG TAKANOには、そんな高野さんの夢に共感した優秀なメンバーが世界中から集まっている。社員における外国人比率はなんと70%。「優秀な人材を採用していたら、自然と外国人が多くなった」と高野さんは笑う。

たとえばDG TAKANOをシステム面で支えるロシア出身のエンジニア、ウラジーミルさん。実は彼が入社するまで、DG TAKANOはITの専門家が不在だった。

「うちのようなベンチャーは、どうしても情報システム部門の整備が後回しになりがちです。セキュリティがしっかりしていなかったことが原因で、何度か痛い目にあったこともあります。彼がセキュリティソフトの選定など、情報を外に持ち出せないような仕組みを構築してくれたことで、ようやくセキュリティを向上させることができました」

今や同社は入りたくても入れない憧れの企業だ。2015年には「大企業で働く3000人が選ぶ『働きたいベンチャー企業ランキング』」(トーマツ ベンチャーサミットMorning Pitch Expo)で1位を獲得、応募倍率は300倍にも上る。

人材が殺到する理由は、どこにあるのか。水不足の問題が世界の最重要問題の一つになる中、世界最高レベルの節水テクノロジーを発明した日本のスタートアップにあたるのが理由の一つだ。加えて、デザイン思考を生かした経営にも理由がある。同社では、デザイン思考を使って、全く異なる分野でもオンリーワンとなる複数のプロジェクトを進める。組織作りも含めた経営自体にデザイン思考を生かし、世界に二つとないコンセプトをつくり上げたことで、世界中から人が集まっている。

町工場の将来性に不安を感じ、別の分野で起業するという道を選んだ高野さん。今も世の中の町工場の将来には危機感を持っているという。

「すでに東大阪市では、最盛期に町工場が約1500社ありましたが、今では300~400社です。東京都の大田区や墨田区でも、ほぼ同じ割合で減っています。課題に対して適切なデザインがなく、技術だけを持っていても意味がありません。0.5㎜のシャーペンの芯に穴を開けられる技術があっても、その技術を何に使うのか分からなければ価値はありません。それを考えるのがデザイナーの仕事です。また、ブランディングや人材のマネジメントができていないところも多いです」

こうした中小の町工場やベンチャー企業を支援するため、2018年1月にDG TAKANOは起業支援などを手がけるリバネスと業務提携を発表した。リバネスはベンチャー支援を行っており、DG TAKANOと同じビジョンを共有している。2社の違いは、DG TAKANOがデザイナー集団であるのに対し、リバネスは研究者集団であることだ。お互いの強みを生かすことで、アイデアの創出からプロダクトの製造、そして世界に届けるところまで一気通貫で支援することができるという。

中小企業の事業承継には、①技術的な連続性 ②新規事業 ③取引関係―の3つの要素が大事だと言われるが、DG TAKANOはすべてをクリアした。家業の工場から世界的な技術を引き継ぎ、節水ノズルという新しい製品を発明したのは、水不足という世界の課題を解決するためだった。事業を1人でスタートさせたので、すぐには海外に出て行けなかったが、国内のレストランに販売することで企業体力を蓄え、海外に打って出る布石にしたという。当初から見据える世界の課題解決。高野さんは、その歩みを着実に進めている。

「パナソニックだってトヨタだって最初は町工場でした。それと同じように、中小の町工場から将来の大企業が出てきてほしいと思います」

これから先、ベンチャー型事業承継を経て起業する人も出てくるだろう。そうした若手起業家に高野さんは「たくさんチャレンジして失敗をすること」の大切さを伝えたいという。

「失敗を経験せずに成功している人はいません。シリコンバレーでは『早く安く失敗しろ』という言葉をよく耳にします。失敗も含めて、いろいろと経験しながら進んでいってほしいですね」

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