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エンゲージメントを高めるチームづくり。常盤成紀さんに聞いた、事業課が大切にしている思いとは?【インタビュー】

大学を卒業後、銀行や市役所での仕事、大学院での研究、アートプロジェクトの主宰など様々な活動を経験したのち、2021年、堺市文化振興財団に事業係長として着任した常盤成紀さん。以前は、仕事では地方創生やまちづくりを、学問的には17世紀イングランド政治を専門にしてきたそうです。様々な経験を総合化して財団で働く常盤さんが大切にしているマインドを伺うことで、事業課で働くイメージを共有できればと考えています。(本記事は2024年2月時点のものです。)
◎インタビュー:狩野哲也

常盤さんが堺市文化振興財団を選んだ理由

ーーー常盤さんが堺市文化振興財団に着任するまでの経緯を教えていただけますか?

大阪大学法学部を卒業後、紀陽銀行という和歌山に本店がある地方銀行で営業をしていました。ですが元々研究者を志していて、ほどなく母校の大学院に帰りました。大学院では、17世紀イングランドの政治体制と思想哲学について研究していました。

また大学院では、研究科とは別のプロジェクトにも関わっていました。医学・経済学・文学・工学などの全研究科から集まった大学院生がチームを編成して、企業やNPOが提示するさまざまな社会課題に取り組みます。

そこでは思考ツールとしてデザインシンキングを学び、僕のチームはロボット製品を企画しました。この経験のおかげで僕は、現在堺市がめざす「文化芸術を通じた社会的課題の解決」という言葉は、違和感なく自分の中に落とし込むことができました。

僕の芸術との関わりは、在学中の2015年に立ち上げたプロジェクト型オーケストラ〈アミーキティア管弦楽団〉から始まります。当初は素朴なクラシック音楽ファンが集まるアマチュアオーケストラでしたが、先ほどお話した大学院での経験や、日本センチュリー交響楽団(当時は大阪センチュリー交響楽団)の補助金見直しを目の当たりにしたことで、芸術は社会にとってどんな価値があるのか、芸術と社会との関係はどうあるべきなのか、といったことを追求するのが、僕のオーケストラ活動のテーマになりました。

僕のオーケストラでは、あまりホール公演は行いません。その代わり、さまざまな地域に出向き、人々の持つ歴史・生活・文化・記憶と音楽表現を重ねるように、コンサートやワークショップで、選曲や創作、即興表現をしています。

当初僕はこうした活動を表現活動として行っていたのですが、他方でこのような地域との関わり方、プロジェクトの立ち上げ方は非常に「まちづくり」的だと感じるようになりました。そしてそれを職業的に深めようと、地域おこし協力隊制度を活用して、2018年からは京都市北部山間地域に移住しました。そこで開発したコンサートは現在、淡路島でのプロジェクトとして継続しています。

このような経験を通して感じてきたことは、歴史や文化といった地域資源も、人口減少や産業構造変化といった社会課題も、芸術的な切り口で地域にとって前向きなプロジェクトに変換できるということです。僕はここにクリエイティビティを感じ、また、在りし日のテーマである「芸術は社会にとってどんな価値があるのか、芸術と社会との関係はどうあるべきなのか」に対する自分なりの答えだと思えるようになりました。

その京都での活動が任期を終える頃、堺アーツカウンシルでプログラム・ディレクターに就任した上田假奈代さんから、「堺市文化振興財団で、地域と芸術をつなげる人材を探している」と聞き、応募することにしました。

上田さんとは、2017年から〈釜ヶ崎芸術大学〉で一緒にコンサートをつくり、またそのコンサートは僕が今お話したような活動にとって原点のような経験でした。その上田さんの声掛けがきっかけで、僕は財団に着任し、生まれ故郷である堺市に戻ってきました。

エンゲージメントの高いチームをつくりたい

ーーー財団の仕事をはじめてみてどうでしたか?

なにしろ組織に所属するのは銀行以来です。しかも係長として着任していきなりチームを持つことになりました。組織は僕に対して、自身の経験を基に事業を再編し、新しい方向性を示すことを期待しました。

ただ他方で、元々プレイヤーとして活動してきた僕には「現場では担当の思いが一番尊重されるべきだ」という信念がありました。ひとつひとつの現場をどうつくりたいかは、個々の担当者がそれぞれに一生懸命考えることが大事です。

なので僕の仕事は、チームメンバーにとって判断の指針となる共通の価値観を浸透させることと、各自が十分尊重され、安心して仕事に参加できる環境を整備することだと考えました。

僕は、よくクラシック音楽の現場で使われる「本物を届ける」という言葉が好きではありません。「いい音楽」はあるけれども、「本物の音楽」などというものはない。少なくとも子どもたちにとっては、クラシック音楽の価値は自明ではありません。

その自明さにあぐらをかくのは常に大人の方で、クラシック音楽を演奏しておけば、それは無条件に子どもにとってはよい体験だ、となりがちです。でも、例えば学校公演でも、授業というだけで別に希望して集まったわけでもない子どもたちに響く演奏を届けるためには、届ける相手がどんな子たちで、なぜ他でもないその作品を、他でもないその方法で演奏するのか、ということを本来は考え抜かないといけないはずです。「本物」という考え方は、それを妨げてしまいます。

アウトリーチはもっと子どもに寄り添った方がいい。子どもの興味を引き、琴線に触れるためには、「クラシック音楽は素晴らしい」ではだめで、子どもと対等の関係をつくらないといけないのです。ここでは言ってみれば、クラシック音楽を聴く機会が多いか少ないかではなく、届け手の態度の方こそが問題になっているのです。

僕は普段事務所で、みんなとこういう話をしています。僕から話すだけでなく、みんなからも考え方を聞きます。忙しさに追われていると、本質的なことを話す時間は少なくなりがちです。あるいは職場によっては、そんなことを議論しても仕方ない、という空気に包まれているところもあるかもしれません。でも、こういう部分を大事にせずにただ量産されるだけの現場に、一体どれほどの価値があるでしょうか。

事業課では、こうした本質的な部分をもっとも重視しています。そのため、アーティストや学校の先生たちとも対話を重ねます。そのために業務の工数が増えるのであれば、実施件数自体を減らすことさえします。この仕事は、数さえこなせばいいものではないからです。

おかげさまで事業課では、僕が細かいところまで指示しなくても済み、安心してみんなに現場を任せることができています。担当から挙がるアイデアは、誰よりも現場を知っている人間による、最も信頼すべき声です。そのアイデアによって、僕が来てからの3年間、事業課の事業はどれも本当にいい方向に展開してきました。

子どもが自分のできることを自分で見つけるワークショップ

ーーー事業の中で、何か印象に残っているエピソードはありますか?

以前ある子ども食堂で、子どもたちと一緒に鉄パイプを切り出してつくった鉄琴で音あそびをするワークショップを実施したことがあります。

その鉄琴は「ファ・ソ・ラ・シ・ド」が鳴るのですが、ワークショップでは音名を一切言わず、また何かの曲を練習して発表するということもしませんでした。代わりに、「この鉄琴で鳴らせる一番小さな音をみんなで鳴らしてみよう」とか「りんごの音はつくれるかな」と、子どもに問いかけるようなあそびを行いました。

子ども食堂の運営者の皆さんと話していると、 もう何度も顔合わせているのに、自分から自分の名前を言えない子が多かったりとか、流しそうめんで取りに行こうとしない子どもがいて、聞いてみると「失敗すると怖いから」とか、「自信がない」「やったことがないから怖い」という子どもがとても多いと聞きました。

そういう子どもたちには、学校での授業のように、何かを練習させるとか、成果を発表させるとか、そういうのとは違う内容がいいのではと思いました。

実際のワークショップでは、「小さな音」を出すために、例えば鉄琴の土台の部分をちょっとこするアイデアを披露する子どもが現れます。鉄の部分を叩く、という発想を子どもが自分で越えるわけです。

そして大人が心から驚いてそれを褒めると、それが子どもにとっての自信になります。こうしたワークショップは、子ども食堂だからできたことでもありました。

ーーー学校の音楽の授業とはまた違う、豊かな時間になりそうですね。子ども食堂のように、日頃からさまざまな地域の現場に出向いているんですか?

僕が財団に来てからは、小中学校、こども園、子育てサークル、子ども食堂、高齢者施設、障害者施設、病院、あとは車いすバスケットボールチーム等とも連携して事業を実施してきました。

「高齢者」でくくらない、ひとりひとりの人生

先日、就労継続支援B型作業所として運営されている「どら焼き」屋さんと、高齢者のデイサービス施設が併設されている多機能ホームで、利用者さんたちと一緒に、施設の歌や踊りをつくり、最後に映像といて残すというプロジェクトに取り組みました。

僕たちは日頃から、プロジェクトを立ち上げるにあたり、その現場にはどういう人がいて、その人たちは何が好きで、現場の人たちは何を課題に感じ、何を望んでいるのかをリサーチ・ヒアリングします。

この時は、利用者の皆さんが元気になれるような、日々の生活が豊かになっていくような体験をしてほしい、そして施設として今後さらに地域に開かれていくために、地域の祭りとしても応用可能な歌や踊りがほしいという思いをお聞きしました。

ワークショップは、詩人の進行に沿って、まずはみんなで歌詞をつくるところからはじめます。歌詞をつくるなんてできるかしら、という不安をよそに面白い歌詞がどんどん出てくるのがアーティストのすごいところです。

そして歌詞ができると、それを口ずさむ声が音楽家によってメロディに変換されていきます。最後に、その歌に合う踊りを、ダンサーが進行しながらみんなでつくります。高齢の方々でもできるように手の動きを中心にするなど、ダンサーはいろんな工夫を重ねます。

実際には、ケガもなく、しかも利用者さんからどんどんアイデアが出てきました。終了後の振り返りでは、施設の職員さんから、ここまで利用者の集中力が持つなんて信じられない、奇跡のようだ、という声がありました。また、基本的には寝たきりの利用者さんも心では参加していて、話しかけると必ず表情や手の動きで返事をしてくれたのも印象的でした。

踊りの部分では、非常にきれいな手の動きをされる方のアイデアが取り入れられたのですが、あとで聞くと、実は昔、日本舞踊をされていた方でした。自分が昔やっていたことが改めて活きるような場にもなっていたわけです。現役時代には社長だったという人が、ちょっとした役割を任せられて張り切る姿もありました。

一般的な福祉のイメージでは、「高齢者」「支援される人」という風にくくられますが、それぞれに歩んできた人生があって、ひとりひとり違うわけですよね。そうした個性が尊重され発揮されることが、生きがいにつながるのです。ワークショップを持ち込むと、まさにそれが、とてもいい形で表現されるのを目の当たりにします。

どんな経験でも活かせる仕事

ーーー最後の質問になりますが、どんな人と一緒に働きたいですか?

よく「私は芸術には詳しくないから」と言われますが、別に文化芸術業界を経験していないと出来ない仕事ではありません。すでにお話したように、僕たちは学校、病院、福祉施設といったさまざまな業界と連携して事業を進めています。

ですので例えば、以前は教員でした、とか、ケアマネジャーでした、というような方は、むしろある意味で即戦力なのです。そして、これからも連携先はどんどん広がります。ですので、この仕事はおそらく誰が来てもその人がそれまでやってきたことが活かせる仕事だと思います。

また、新しい課題や案件に対して、その都度考えながら事業を組み立てていくような仕事なので、 今までにないことをやるのが好きな人は、とても向いていると思います。こういう言い方はよくないかもしれませんが、新しく加わることになる人に、仕事における正解や正攻法をすべて、あらかじめ教えてあげることは不可能です。なぜなら僕たちは、常にまだ誰ももやったことのないことに挑戦しているからです。

この業界では、 手掛けた仕事に自分の名前がついて回ります。いい仕事をすれば、あのプロジェクトって誰々さんの企画だよね、という風な評価になり、それが次のキャリアにつながります。

僕はチームメンバーの上司として、ひとりひとりが、自分なりに思い入れのある仕事をして、それが評価され、キャリアアップにつながるような人生を全力で応援しています。

今日、働き方や雇用形態、キャリアパスはかつてなく多様です。堺市文化振興財団で仕事をすることが、自分の人生を自分で描ける、そのベースづくりになれば幸いです。

取材時の撮影:中田絢子 編集・執筆:狩野哲也

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