シグマアイは量子技術の社会実装を手掛ける会社です。この記事では、東北大学教授・シグマアイ代表の大関が、直近の応用事例を紹介します。MBSのラジオ番組「上泉雄一のええなぁ!」でのトークと、国内最大規模の展示会「量子コンピューティングEXPO」での講演内容を編集してお伝えいたします。
量子コンピュータの特徴は?どういうことに役立つの?
既存のコンピュータと比較すると分かりやすいです。「1+2=3」のように、入力と出力が明確に出てくるのが今までのコンピュータ。量子コンピュータは「3の確率は●%」「4の確率は●%」のように、ゆらぎのある解を出してくれます。そんなコンピュータを足し算に使いたいとは思わないですよね。
でもたとえば、「明日の天気を予測する」という問題では、そうした確率的な数値を答えに利用する量子コンピュータが活躍するかもしれません。
天気予報はもちろんこれまでのコンピュータでも頑張ってきた分野です。過去のデータから予測してきたのが既存のコンピュータですが、極端なことを言えば、水分子の動きを実際にシミュレーションして確率を計算するのが、量子コンピュータです。こうした世の中で起きていることを実際にやらせることができる。身体の中に起きていることや、物質の中で起こっていることなども調べることができる。その期待から新薬や素材の開発での利用に期待されています。
ただし、まだまだ「生まれたての赤ちゃん」のような技術ですので、そんなに無理はさせないで大きく育てていきたいです。
※上記の箇所のみ、ラジオ番組「上泉雄一のええなぁ!」のトークから引用
量子コンピュータは、大規模なスーパーコンピュータのように、莫大な消費電力を必要としないという特徴があり、同じ計算処理を行うことができるようになったら、その消費電力の少なさから一気に置き換えが起こり、並列化されて大量の量子コンピュータで一気に社会を変えていく可能性を秘めています。
自動車部品工場の無人搬送車、ドローンの経路を最適化
多くの要素が複雑に絡んだ問題で、最も良い組み合わせを見つけ出すのが最適化問題というものです。その最適化問題を解くことで、一気に効率化できる分野は多くあります。私たち東北大学およびシグマアイでは、化学、製造、物流、インフラなど、様々な業界の企業との協業を重ねてきました。東北大学とデンソー様との共同研究の事例では、工場の無人搬送車の制御に量子アニーリングを活用。自動車部品の資材や完成品を運ぶ搬送車は、自動で動いています。その制御に量子アニーリングを用いることで、移動搬送経路を最適化することに成功しました。
他には、住友商事が出資しているアメリカのスタートアップ企業と、ドローン輸送の最適化問題への取り組みがあります。ドローンは規制によって、飛ばせる台数が限られています。どのドローンをどのタイミングで飛ばすのか、どの地点から飛ばしてどの地点に着陸させるのが良いのか、最適化する必要があるのです。また、東日本大震災のデータを活用して、災害時の避難経路の最適化にも取り組んだ実績もあります。
大規模な物流倉庫内の作業効率を2倍に。ただ、その裏には、数々の悪戦苦闘があった
東北大学発・スタートアップのシグマアイからも、続々と新しい事例が生まれています。仙台市に本社がある、食品包装資材の商社「高速」様とは、倉庫の配置の最適化に取り組みました。スーパーに並んでいる食品のパッケージや、そこに貼るシールなどを扱っている会社です。膨大な種類の商材が、同社の大規模な倉庫に並んでいます。その搬入と搬出、ピッキングには膨大な労力が掛かっていて、それらの作業を効率化するために、倉庫内の配置を量子アニーリングで最適化することにチャレンジしました。当初シミュレーション上での試算では2倍の効率化が期待できるということで意欲的に取り組みました。
シミュレーション上での最適化はそれほど難しくはなかったのですが、現場への実装が大変でした。従業員の皆さんが商材を陳列して出し入れしているのですが、「現場ならでは」の多くのルールが存在するのです。「〇〇と〇〇はペアなので一緒に配置する」「〇〇は商品の特性上、横に倒して置く」などなど。量子アニーリングのシミュレーション結果と、現場のルールや暗黙知をすりあわせる必要が出てきたのです。
これはもう、徹底的に現場に向き合うしかないかと。私自身も千葉県柏市の倉庫に入って、従業員の皆さんと一緒に汗をかきながらレイアウト変更を行いました。そこで細かいオペレーションについて、何度も確認したのを覚えています。また、倉庫で働く人たちの歩数を計測して、コストを算出するシミュレータを開発しました。このシミュレータにより精緻にレイアウト変更の効果を分析することで何が最も大きな要因となっているのか、今後につなげる発展を模索することもできるようになりました。
そして、現在は、さらなる最適化・効率化に取り組んでいます。一度導入して終わり、ではなく、さらなる改善への努力を継続することで、量子アニーリングによる変革が、現場に根付いていく。そう考えています。
工場での生産工程を最適化する、自社プロダクトをリリース。アートの領域にも進出
その他の量子アニーリングの応用実績では、製造業向けの「自社プロダクト」の開発事例もあります。シグマアイが開発した「Opt-Operation」は、生産工程を最適化できるプロダクトです。工場には複数の機械が設置されていますが、「どの機械にどのような作業を、どのようなタイミングで割り当てるのか」を最適化できます。もともと3〜5日掛かっていった作業を、1.5日程度に短縮した事例もあります。
また、アート領域での取り組みも始めました。こちらのモザイクアートは、博士課程にも在籍しているエンジニアが作成しました。小さい画像同士の関係性を分析して、最適な画像を配置する仕組みです。デジタルミュージアムで展示するアートを作成したり、3月に私が出演したTV番組『カズレーザーと学ぶ』でも、カズレーザーさんのお顔を作成させていただきました。収録が終わった後に、ご本人にプレゼントしたら喜んでいただいて、番組の中でも紹介してもらいました。
「生成AI × 量子アニーリング」を実践してみた
「Chat GPT」など生成AIが流行っていますよね。私は絵や写真が好きなので、画像生成に量子アニーリングを応用してみました。生成AIが画像を作るプロセスには、一般的には「拡散モデル」が活用されています。キレイな画像を用意して、そこにわざわざノイズを掛けてデタラメなデータに変えていきます。そして、その逆のプロセスを機械学習することによって、画像を生み出す仕組みです。このノイズを掛ける際に用いる乱数を、量子アニーリングで作成しました。そして、パラメータを調整することで、色々な絵を生成することに成功しました。
生成AIでは、学習をするたびに、ユーザーが何かを生成するたびに、サーバーが稼働して電気を消費しています。1回1回の消費電力は小さいかも知れないけれど、世界中で使われると莫大な量になる。量子コンピュータは省電力で稼働するので、環境保護、エネルギー問題への解決方策としての観点でも、今後の存在感は大きくなってくると思っています。