シグマアイは、量子コンピューティング技術の世界的なカンファレンス「Qubits」に、2019年から登壇しています。2023年1月に米マイアミで開催された「Qubits 2023」では、代表の大関真之が様々な先端事例を発表しました。その内容や他のプレゼンテーションを聴講して大関さん自身が感じたこと、量子技術を取り巻く日本やシグマアイの未来ついて聞きました。
大関真之(おおぜき・まさゆき)
株式会社シグマアイ代表取締役CEO。東北大学大学院情報科学研究科情報基礎科学専攻・教授。
次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動・企業活動を展開している。2019年4月には東北大学発のスタートアップであるシグマアイを創業。2016年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「Pythonで機械学習入門-深層学習から敵対的生成ネットワークまで-」、「量子コンピュータが変える未来」(共著)がある。
■「Qubits」とは?
量子コンピューティング技術を活用したアプリケーションを展開する、世界的企業「D-Wave Systems社」が主催する国際カンファレンス。近年では年に1回の頻度でハイブリッド開催されており、グローバル大企業や研究機関を中心に、最先端の導入事例のプレゼンテーションが行われる。
2018年、東北大学・僕らの実績が世界レベルにある、ということを認められた
−「Qubits」には、東北大学 / シグマアイとして、どのように関わってきましたか?
「Qubits」は、2018年にスタートした国際カンファレンスなのですが、その当時から関わっていました。当時は欧州の自動車メーカーが発表した、量子アニーリングマシンを渋滞の解消に活用した事例が注目を集めていました。その会で私は、津波からの避難に量子アニーリング技術を適応できる可能性をプレゼンテーションしたのですが、かなり受けが良かったのを覚えています。今よりは応用事例に乏しかったですし、東日本大震災の記憶もまだ残っていたので、その社会性も含めて注目されました。D-Waveのエンジニアたちも、日本から先端的な応用事例が出てくると思っていなかったらしく、驚いていましたね。
この時に私が感じたのが、「量子アニーリングの応用分野では、日本は世界に肩を並べられる」ということ。欧米の事例が数多く紹介されましたが、決して負けてはいなかった。「ここからもう一踏ん張りすれば、世界の最先端を走ることができる」と感じたことが、シグマアイ設立のひとつのきっかけにもなりました。
そして、半年後のカンファレンスでは、2つの事例を紹介しました。デンソーさんとの共同研究で行った、工場内の無人搬送車の最適化と、リクルートコミュニケーションズ(現リクルート)さんとの『じゃらん』のホテルリスト最適化の事例です。イベントの最後のラップアップで、主催者が印象に残ったプレゼンテーションを3点紹介したのですが、これらの2案件がピックアップされました。東北大学の実績が世界レベルにある、ということを認められた瞬間だったと思っています。
グローバル大企業のプレゼンを聞いた。ただひたすら悔しかった
−そして、2023年の「Qubits」には、どのように参加したのでしょうか?
2020年以降は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、プレゼン動画を提供したり事前収録の対応であったり、そうした形での参加となりました。そして、2023年1月に、久しぶりにマイアミでの現地開催となったのです。
初日から、グローバルな大手企業のプレゼンテーションを聴いていましたが、正直に言いますと、ただひたすら悔しかったですね。語弊を恐れずに言うと、東北大学・シグマアイが既に手掛けた応用事例が多かったからです。私たちとしては、何らかの理由があって、世に出していなかった事例がスポットライトを浴びている。どうして、自分たちが自信を持って、先んじて世の中に公開しなかったんだ、と。事例を生み出したタイミングで、遠慮せずにオープンにしておけば、現在のシグマアイのポジションは変わっていたかも知れない。ああ、すごくもったないことをしたな、と悔しい想いでいっぱいでした。
そのときに、日本のメンバー宛にSlackでメッセージを送りました。「自分たちの仕事にもっと誇りと自信を持とう。そして、社外にもっと伝えていこう」と。どんなに小さい仕事であっても、仮に失敗した事例であっても、そこにシグマアイ社員の想いやノウハウが詰まっている。それらを社外にオープンにすることで、何かが伝わり蓄積し、大きなムーブメントにつながるかもしれない。自分たちは変わらなければならない。そう強く感じました。
「ワンダフル!」日本での先端事例と、関わったメンバーの頑張りや誇りが、海外の聴衆に伝わった
−シグマアイのプレゼンテーションはどのように進めましたか?
私自身のプレゼンテーションは2日目に組まれていました。資料は出国する前の週に提出していたのですが、いてもたってもいられなくなって、前日の夜に全て修正しました。私たちの実績やノウハウの全てを公開するために。深夜にプレゼンテーションの練習も繰り返しました。ここまで直前にあがいたのは、久しぶりでしたね(笑)。
プレゼンテーションでは、大規模倉庫の「業務量50%減」を目指した事例や、最適化技術を活用して、自動的にモザイクアートを生成する「Phosaiq」の事例を、余すこと無く紹介しました。シグマアイメンバーの頑張りや誇りを分かって欲しい。海外の大手企業に「日本をナメるな」と伝えたい。全身全霊でプレゼンを行いました。最後に、東北大学の実績を紹介するムービーを流したとき、不意に涙が出ました。2017年から始まって、俺たちはここまでやってきたんだ、、、と胸の奥から熱いものがこみ上げてきたのです。
参加者の方々にもとても喜んでいただけました。オンラインでの視聴者からも多くのコメントをいただき、主催者のDWのスタッフからも、舞台裏で「ワンダフルなプレゼンテーションをありがとう!」と祝ってくれました。
▲「業務量50%減」を目指した、食品包装資材専門商社の大手企業「高速」様との事例
▲量子アニーリング × アートの可能性を突き詰めた「Phosaiq」
▲三菱電機様と東北大学の空港でのトラフィック最適化
▲NECソリューションイノベーター様と東北大学の渋滞の最適化
▼当日のプレゼンテーションの模様はこちら
全ての成果や兆し、失敗をオープンにする。このような人類への貢献は、私たちにしかできない
−今回の「Qubits 2023」を振り返って、いかがでしょうか?
これまでの私たちの活動に、ひとつの区切りを付けられたのは、良かったと思います。プレゼンを通じて、積み重ねてきた実績を多くの人たちに伝えることができたので。そして、来年以降も、登壇の依頼をいただくと思います。ただし、私自身ではなく、シグマアイの若手社員が誇りを持って、自分の成果を発表して欲しいなと。自らの仕事を世界に伝えることで、そのレベルも実感できますし、他社に比べて勝っているのか、負けているのかを感じることによって、次へとつながる想いも醸成できる。仮にグローバルで自身の仕事が称賛されれば、大きな自信にもつながります。
−今後、国内外でシグマアイの成果をオープンにすることによって、事業にはどのようなフィードバックがありますか?
今回のプレゼンテーションに対してオンラインで寄せられたコメントの中で、「ノウハウがまとまった教科書や論文はありますか?」「アメリカで適用可能な事例を教えてください」といった問い合わせを数多くいただきました。量子アニーリング技術を社会の役に立てる方法が、世の中にはほとんど公開されていないのです。みんな事例に飢えてるんだな、と。
誰も教えてくれないし、体系化されたノウハウもほぼ無い。各国のトッププレイヤーでも暗中模索している状態です。そこで、シグマアイが最先端のノウハウを公開することで、より大きな影響を与えることができるはずです。成功した事例だけでなく、もっと多様な共有方法があってもいい。何らかの兆しや失敗したケースもオープンに発信することで、社会を一歩前に進めることができる。そのような形での人類への貢献は、今の私たちにしかできないのではないか。そう強く感じましたね。
“日本代表”の気概を持って、東南アジアやインド、中国に進出したい
−最後に、量子技術における、今後の日本やシグマアイの展望を聞かせてください。
今の量子技術を取り巻く状況は、日本にとって有利だと思っています。「Qubits」でも「Japan day」が開催されていて、日本の研究者や企業への注目が高まっている。日本には、要素技術を突きつめるよりも、応用分野の方が得意なプレイヤーが多いように感じます。技術の制約がある中で、何かを生み出そうとすることも上手です。例を挙げると、ファミコンもそうですよね。8bitマシンという制約の中で、世界を席巻する製品を生み出しましたから。
海外の量子技術へのアプローチはやや大味で、現状の制約の中で工夫するマインドには長けていません。日本のプレイヤーはチャンスなんですよ。さらにその先端を走っているシグマアイは、日本代表としての気概を持って、海外にも影響を与えていきたい。まずは文化的に近い東南アジアやインド、中国に進出したいですね。
幸いにも、シグマアイには海外志向の高いメンバーが在籍しています。グローバル企業への在籍経験がある人はもちろん、アメリカでパイロットの免許を取ることに挑戦したり、コロナ前はバックパッカーとして世界を放浪していたメンバーもいる(笑)。私たちが先頭に立って、日本の研究機関や企業が、世界で覇権を取る契機を生み出したい。それが今のシグマアイが果たすべきミッションです。